南山葵編:最終話 これも一つの回避」
俺は今、先日彼女になった葵のロッカーに潜んでいる。数あるロッカーの中から葵が使用している場所が適当にあたったのは非常に運がよかったと言える。
「……まずいことになった」
今の状況を簡単に説明すると、友人にそそのかされてここにやってきた。そんで、女教師が女子更衣室にいる。
別に、女子の着替えを覗きに来たわけではない。二学期の期末テストの試験問題が女子ロッカーにあると言われ、二人で体育の授業を途中からさぼってやってきたのだ。
「本当にあるのかよ」
「あぁ、確かな情報だ」
「……しかしよ、紛失とかしたらまたどうせ教師が作り直すだろ?」
「おいおい、取るとしても、写真を撮るだけだよ」
「そんなうまくいくかねぇ」
「しっ……誰か来た」
俺らが見つけるよりも先に、誰かの足音が聞こえてきたのだ。友人は掃除用具入れへ、俺は手近なロッカーに無理やり入り込んだ。
入って数秒後、誰かが入ってきた。
「あったあった」
声の主は中年の女性教師。ロッカーの隙間から見てみると、その手には白い紙が見える。友人が言っていたことはどうやら本当だったらしい。
女性教師は更衣室を出ていこうとする。やれやれ、俺らのさぼりは無駄になったというわけだ。まずいことになったと思ったが、うまく切り抜けられそうだ。
「……ん?」
その時、教師が足を止めた。
「何か物音がしたような?」
友人が隠れているほうから聞こえてきたのかわからないが、隙間からもはや見える範囲ではないのでどうにもわからない。
靴の音は友人が隠れているほうへと向かっていく。そして、金属のきしむ音が聞こえてきた。
「……気のせいかな」
かなり緊迫した数分、いいや、数十秒だっただろうか。教師は出て行ったが、もしかしたら戻ってくるかもしれない。
数分後、スマホが震えた。チャットアプリで友人が呼び掛けてきている。
「いったか?」
「ああ、そのようだ」
二人で外に出ようとして、素早くまた戻った。
「ふー、もう本当に寒くなったよねー」
やばい、女子が帰ってきた。
「お、おいおい、帰ってきたぞ?」
俺が友人にそう送ると、すぐに帰ってくる。
「そうか、がんばれ」
「は?」
「俺が隠れているのは掃除用具入れだ。お前はどこだ? あとは言わなくたってわかるよな?」
おそらく、俺がいることがばれた際に乗じて、やつは逃げ出すつもりなのだろう。女子が俺に気をとられているうちに、やつが素早く出れば逃げ出せると考えているだろう。この更衣室の隣には男子の更衣室があり、中に逃げ込めれば内側から鍵をかけられる。扉を開けるのに手こずっているうちに、窓から出て男子連中と合流すれば何の問題もない。
もっとも、俺が捕まった時点でよくつるんでいる友人に容疑が向けられるのは間違いないが。
「でさー、この前彼氏ができてね……」
葵の声が聞こえてきた。友達と話しており、俺の入っているロッカーの前に立つ。
無機質な開閉音が開き、葵と俺の目が合った。
そして、すぐに扉が閉められる。
「葵? どうしたの? 着替えないの?」
「えーと、あはは、この後、この格好で彼氏と会う約束だから」
よく、わからないが葵は俺を助けてくれるらしい。
今日ほど、葵の彼氏でよかったと思ったことはなかった。
そして、スマホが震える。
「運がよかったな。危うく飛び出るところだったぜ」
「やっぱり、一人で助かろうと思っていたんだな?」
「当たり前だ。志が同じ時もあるだろう。そして、別つこともある。俺とお前は今、味方同士ではない。食うか、食われるかなのだよ」
味方パーティーから寝返ったキャラみたいなことを言う。
「え、その姿のまま会うの?」
「あぁ、うん。私の彼氏、なんっていうか女の子が運動した後の汗を好むタイプの人」
「うっわ、変態じゃん……葵の彼氏って、四ヶ所君だよね?」
「うん」
「……そんな風には見えないけどなぁ」
クラスメートからのうれしい反撃があった。もっとも、逆に葵のほうをいぶかしんで結果的に俺が見つかったら意味がないのだが。
「いやいや、好きそうだけどねぇ」
そういって、話に七色が割り込んでくる。しっし、あっちいけ。お前さんがくると絶対にややこしいことになる。
「あたしさ、運動終わりに冬治君に抱き着いたことあるんだけど割と好感触だったよ」
「え、嘘」
葵が驚いていた。
「え、そんなことあったか?」
スマホでも友人から聞かれていた。
「い、いや、あいつ、フレンドリーじゃん。割とそういったスキンシップ取ってくるし」
言外に俺は悪くないよと滲ませておいた。葵と突き合う前は好きにさせていたのだが、付き合った後もそういったことをやってくる。
まぁ、幸か不幸か、今のところは葵に見られていない。
「あー、俺もたまにあるかも」
「だろ?」
俺らの誤解は解けたが、ロッカーの外はそうではなかった。
「あー、七色さんってたまにやってるよね」
「……えっと、初耳、なんだけど?」
「そりゃ、南山さんがいないのを確認してやってるよね、七色はさ」
一人の女子がそういうと、他の女子がうなずいていた。すでに着替え終わっている女子も多いが、一部は下着だったりする。
下着も魅惑的なのだが、なんだか俺の状況がやばい方向に向かっている気がしてならない。
「ははは、南山さんにばれたらやばいじゃん。彼女が見ている前で、そういうことは出来ないよ」
「……いなければいいんだ?」
「ばれなきゃ問題ないよ」
「今、自ら喋ってばらしているよね」
葵は一度、こちらを向いた。あとで、詳しく話を聞かせなさいと言った感じだ。
ここで葵が感情を爆発させれば余計面倒なことになる。どうにか耐えてくれと言う視線を送っておいた。
「あー、ごめん、話がずれているし、そろそろみんな着替えてよね?」
改めて俺が見ていることを再確認し、他の女子に着替えを促す。俺が変態っぽいかどうかの話はそこで打ち切りのようだ。
「ねね、葵ってば」
「な、なに?」
「冬治君とはどこまでいったの?」
葵と付き合い始めて数日が経っているが、みんなが想像しているであろう、そういうことはあっていない。
クラスメートには付き合っていることを話しているが、みんなが見ている前では割といつも通りだ。
「学生らしく清く正しいお付き合いをしてますけど?」
「へぇ、さすが風紀委員長様だ」
いやらしい笑みを浮かべた女子生徒が周りと頷いている。
「でもさ、昨日、校舎裏でキスしてたよね?」
「う……」
俺のスマホが震える。
「え、お前何やってるの?」
「あれは、葵がやってくれってせがんだからだ」
ロッカーの外も盛り上がっていたりする。
「あれは、冬治君がどーしてもキスしたいって言ったから」
「えぇ? ほんとぉ?」
「あったりまえでしょ。嘘だと思うのなら、教室で聞いてみてよ」
俺に丸投げするつもりだ。ここでの借りを返してもらうつもりだろう……彼氏と彼女の関係なのに、貸し借りありって言うのが少し世知辛いな。
「葵の言っていることが嘘だったら?」
「……その時は、みんなの前でキスしてあげたっていいけど?」
こりゃ、早急に確認するっきゃないと着替え終わった七色が宣言し、ほとんどの女子が出て行った。その数十秒後に葵一人になる。
「……もう、出てきていいよ」
「悪いな」
俺はロッカーを開けて葵に詫びた。
「で、どうしてそんなところにいるの?」
咎めるような視線が突き刺ささる。正直に話したほうがよさそうだ。友人のことは伏せて、葵に話しておいた。
「……ふーん、そういう悪いことを平然とできるんだ?」
「ま、葵にあれを使おうとするぐらいの人間だからな」
不敵に笑って見せる。
「変に悪ぶらなくていいからさ。それで、本音は?」
「……悪いと思っています、はい」
素直に頭を垂れる。
「本当に悪いと思ってるの?」
「ああ」
「じゃあ、罰として……」
「反省文か?」
「ううん、愛をささやいて、キスしてよ」
葵はキスされる前に何か言葉を欲するタイプらしい。言葉がないと避けられるし、機嫌を損ねることも多い。まぁ、言葉自体は凝ったものではなくて好きだと言う事が伝わればいいそうだ。
それはいいとして、問題はこの場所ですると友人が聞いていることだ。運が良いことに、この場所ならば直接見られることはない。
「……わかった」
声の大きさを小さくし、耳元でささやく。
「好きだよ、葵」
「うん、私も」
そういって俺たちは唇でつながった。
「南山さん、冬治君いなか……いたーっ!」
その言葉に俺たちはあわてて離れる。
「あぁ、すげぇ、キスしてたよ!」
「え? じゃあ、やっぱり校舎裏は葵のほうから求めたんだ!」
なんともまぁ、ある意味空気を読んだように現れる女子たち。
「うっわ、四ヶ所君って本当に運動した後の女子に興奮する変態さんなんだ」
そして、あらぬ疑いに拍車をかけてしまった。
―――――
放課後、俺たち二人は机に突っ伏していた。
「あぁ……どうしてこうなった」
「……全部、冬治君が悪い」
今日はとても疲れる一日だった。女子更衣室での一件が見つかって以降、教師には黙っておいてやるからもっと詳しく教えろとおもちゃにされた。
葵のどこに惹かれたのか、好きな仕草は何か、根掘り葉掘り、穴ががばがばになるまで掘られ続けた。
「葵、そろそろ帰ろうぜ」
まぁ、明日からも少し言われるかもしれないがこういうのは慣れだ。
「……やだ」
「なんでだよ?」
「だって、私、風紀委員長だよ?」
「あぁ、知ってる」
「学園でキスしたなんて噂が広まったらどうなると思う?」
突っ伏したまま、聞いてくる。
「……ごめんな、みんなが抱いているイメージが崩れるか」
「みんなのイメージは別に、いいんだけどさ」
いいのか。なんだかこだわっている節がある気がしてならないが。
「私さ、中学の頃にあこがれていた人がいてね?」
今の葵は何かを語りたいらしい。俺は黙って、また席に腰かける。
「その人みたいになりたくて、風紀委員長になったの。あ、誤解しているかもしれないけど……相手は女の子だから」
脳内で朝熊さんがサムズアップしていた。絶対にあの子だ。
「助けてもらったって私は思ってる。あの人のように真面目で格好いい風紀委員長になりたかった」
「なってると思うよ」
「……そう、だと思いたいんだけどね」
「俺が言ってもあまり説得力がないな」
俺は過去の葵を見たわけではない。それではうまくいってやることが出来ない。
「冬治君は私にとって大切な人だけど、この件だけはその人から言ってほしくてね。だけど、気づいたらなんだか少しだけ距離が遠くなってる気がして」
言われてみれば、葵が朝熊さんと話しているところを見たのは結構前の話だ。それ以降、彼女の近くにいる気がするものの、朝熊さんと長く話しているところを見たことはない。
廊下ですれ違えば少しだけ話したりもするが、それだけだ。
「今の私がいるのもあの人のおかげだから……今はちょっと疎遠になっちゃったけど、あの人が私の噂を聞いたときはさ、良いものであってほしいから」
「話は聞かせてもらった!」
そういって、乱暴に教室のドアが開いた。
廊下に立っていたのは、朝熊さんだったりする。ついでに、七色や友人、俺らをおもちゃにしたクラスメートも割といた。
「ねぇ、葵」
「え、な、なに?」
少しきょどった感じで葵はたじろいでいたが、朝熊さんは遠慮はいらんとばかりに葵の手を取っていた。
「あの頃は葵と私、ずっとべったりだったじゃん。せっかく葵が自ら変わったんだから、このまま私だけと一緒じゃだめだって思ったの。だから、それとなく距離を置いたんだ。それから葵は風紀委員に入って、気づけば風紀委員長。あなたって変なところでこだわるから、少し心配だったんだ」
「私は……朝熊にきちんとありがとうって言えなかったから。恥ずかしくってさ」
「あはは、そうなんだ。風紀委員としてうまくいっているように見えたけど、あなたがそんなことを考えているなんて全然わからなかった、言葉で伝えなくてもわかるかなって思ってたから……ごめんね」
「……うん」
「だけどね、葵はもう十分やったと私、思ってるよ。葵は私をまねてやってきたんだろうけど、葵のほうがうまくやれていると思う。ね、みんな?」
そうだそうだとクラスメートたちが口々に言っている。
そんな割と青春している中、俺は七色と友人の前に腕を組んで立っていた。
「おぅ、お前さんら、どうせまた覗こうとしてたんだろ」
「いやぁ、違うよ?」
「そうそう、違うよ?」
「嘘つけ。嘘をつくときは顔を真面目モードにしとけ、にやにやすんな。どうせ、また放課後のいい感じの雰囲気に流されてあいつら絶対ちゅっちゅするって七色あたりが言ってそうだ」
「えぇっ? どうしてわかるの?」
「そんで、おおかた友人あたりがクラスメートをかき集めたな? みんなー、あつまれーって具合だろ」
「ぐっ……こいつ俺の脳内を読んだっていうのかっ」
読めるか、気持ちが悪い。
「そのうち、脳内に直接話しかけられるのかも」
「七色、今夜どうだいって感じで」
「うわぁ、怖い」
「どこら辺が怖いと思う? はっきり冬治のやつに言っておかないと本気でやりそう」
「彼女がいるのに、他の人を誘うって考えが怖いよね」
「そこかよ、脳内に直接話しかけられるのはいいのか」
「ほら、そこは心でつながってるみたいな? あたしたちもさ、あの二人のようにいつまでも仲良くいたいからね」
七色はそういって朝熊さんと葵を見つめていた。
「……まぁ、そうだな」
友人もその意見には賛同してみていた。
「葵」
「何?」
朝熊さんが俺のところへとやってくる。
「もし間違えていたら悪いんだけど、他のことにかこつけて、冬治君を捕まえたんじゃないの?」
「う……い、いや、冬治君が私のことをすきだから逆に捕まえられたっていうか……」
ごにょごにょと尻すぼみになっていく。まぁ、俺たちのきずなはそんじゃそこらの人たちとは違う。惚れ薬と言う違法性の匂いがぷんぷんしたお薬でつながっている絆だ。
「それはそれでいいんだけどね、この際、冬治君にも改めて気持ちを伝えたらどうかなって」
「……みんなが見ている今、ここで?」
「そ、みんなが見ている今ここで、だよ」
優しく微笑む朝熊さんに、葵は覚悟したらしい。
「え、えっと、冬治君」
「なんだ?」
顔を真っ赤にした葵の前に立つ。面白いことが始まったという外野の視線は完全無視を決め込もう。
「私は、風紀委員長として冬治君がやろうとしたことは無視できません」
「はぁ」
話がさっそく見えなくなった。風紀委員としてそういった態度をとっていたことないだろ。
「だけど、私個人としてはその……あなたがお遊びやからかいで使おうと思っていないのはよくわかりました」
周りの人たちには何のことやらだろう。
「えーっと……だから、今後も、私のことを愛してください……約束だよ?」
「うん、よくわからんが、わかった」
なんだかすんなりいったような気がする。周りの生徒もよくわからんが、うまくまとまったようだという雰囲気になっていた。
このまま解散の流れかと思ったら、七色と朝熊さんが手を挙げていた。
「なんだ、どうした」
「今のは五十点」
「は?」
「固い」
「そしてつまらない」
七色にそう言われ、イラついたのか葵の顔が険しくなる。
「私たちがお手本を見せてやろう」
「刮目せよー」
そして俺の左腕に七色が、右腕には朝熊さんがしがみつく。
「お、おい?」
「ねー、冬治君。冬治君とは学園でも家でも、いちゃいちゃしてたいな……判定は?」
「媚びている感じが悪くない、八十点」
「……へぇ、冬治君は皆の前で彼女を辱めるんだ?」
そういえば、葵は五十点だったか。
憤怒の顔に変貌しつつ、こちらにやってくる。逃げようにも、両腕におもりが引っ付いていてどうしようもなかった。
「すたーっぷ、葵、怒るのは私が終わってからにしてよ」
「どのみち怒られるのかよ」
朝熊さんはそういって、腕から離れて俺の真正面から抱き着いてきた。
「こ、これはさすがに……」
「ね、なかなかいい体つきでしょ?」
「ま、まぁ……」
「んふふ、素直だなぁ。このあとさ、葵に黙って……いいことしない?」
「あの子、シンプルにエロ路線で行くのか。度胸があるな」
友人の冷静な発言にほかのクラスメートがそのようだと相槌を打っている。
「ね、判定は?」
「……きゅ、九十五点」
残り五点は葵に対して悪いと思ったからだ。満点は避けておいた。
「う、うふふっ、あはははっ……」
残念なことに、この五点差し引きは葵にはうまく伝わらなかったらしい。
「まずい、みんな逃げるんだ。今の葵は超危険だ」
言われなくてもわかったらしい、雲の子を散らすようにみんないなくなっていた。
「……冬治君」
「はひっ」
地獄の底から立ち上る声に、俺の喉は無理やり声を絞り出された。
「……覚悟、してよね?」
数十分後、俺と葵は職員室でこってりと絞られることになる。そしてその後、一部の女子を覗いて俺たちのことをからかってくる奴はいなくなったとさ。
今回で南山葵編、終了です。本編のほうでは駅で冬治が逃げるような形でいなくなって、また別のお話に続くというものでした。また、そっちでは葵がほとんどいてもいなくてもよかったような気がしてならなかったので割と変更しております。惚れ薬としての存在意義は葵に対して冬治が使おうとしていましたが一筋縄じゃいかないということに気づいてあきらめたというものがあります。次回は東風平編を予定。こちらも、変更点を入れていこうと思います。感想、メッセージなどがありましたら是非、お願いいたします。




