南山葵編:第八話 試しのデート
本日のデートコース。
第一のコース、二人で映画を見に行く。
第二のコース、喫茶店でお昼を食べーる。
第三のコース、なんか適当にウィンドウショッピングしてお茶をにごーす。
終わったらさっさと帰る。以上だ。
デートと言っても変に気張らず、いつも通りに遊ぶ感じで。しかし、実は相手のことをさりげなーく気遣いながら、二人きりで楽しいという意思を相手にそれとなーく伝えるのが重要だと聞いた。
無理じゃね、これ。
「……まぁ、俺には惚れ薬があるし」
切り札、惚れ薬。今は出番を待ってポケットで待機中だ。これさえあれば俺は無敵と言える。はやる気持ちを抑えつつ……と言いたいところだが、切り札うんぬんよりも先に朝熊さんから聞いていた言葉が頭の中でちらついて仕方がない。
彼女なりのテスト、しかも変に気張る必要はないときた。あくまで、言ってきたのは朝熊さんだ。だが、どうやら彼女は葵の親しい友人のようだし、無視していいことでもないはずだ。
もちろん、いくら親しい友人だからと言ってはずすことはあるだろうし、そもそも彼女は相手をからかうようなタイプにも見えた。だったら、デートと言う事を知った俺のことをからかった可能性もある。
「そう、ここはあの言葉に惑わされてはいけない」
平常心、平常心。俺は落ち着いて予定していたプランをまずは平均的にこなすことだ。目標は低いが、まずは及第点を目指していくしかない。
つい、心配になって約束の時間よりも四十五分早く来てしまった。
「おはよ、冬治君」
「あ、うん、おはよう葵……」
すでに、彼女は来ていた。
しかも、上下緑色のジャージで髪の毛もぼさぼさ、度のきつそうな大きな黒縁眼鏡を着用している。足は健康サンダルで、その姿は普段のぴしっとした姿とは非常にかけ離れていた。挙句、まるで果し合いの時間を待っているようなピリピリとしたオーラを放っている。
それはテストなのだという朝熊さんの言葉が再度よみがえってくる。すでに、テストは始まっているってことか。
「なにか?」
文句あるのかと言う普段からは想像できない凄みをチラ見せしてくる。
その格好で、デートをするのか。いつもの俺だったら絶対に突っ込んでいただろう。だが、今は服装の話は無しだ。割といい、ジャージを着ているねっていう言葉も飲み込んでおく。
「ねぇ」
「え、な、なに?」
「この格好、どう? 似合ってる?」
スルーは許してくれないってことか。
「できれば……赤色のジャージがよかった。緑色のジャージも似合ってるけどさ、勝負服って赤色だからね。俺とのデートを楽しみにしてくれていたのかなって気分が上がってたさ」
「相変わらずだね、ま、そっちのほうが冬治君っぽいかな」
最初に感じていた触れればしびれそうなオーラは消えていた。まぁ、多少は残っているので取扱注意である。
「今日はさ、冬治君が考えてきてくれたわけ?」
「あ、デートの内容ってこと?」
「そう」
「うん」
「まずは何をするの?」
「映画を見に行こうかなって」
「私、映画館嫌いなんだよね」
「じゃ、じゃあ、喫茶店で優雅にお茶を……」
「え、喫茶店はちょっと……」
「絵画展が近くにあるし」
「絵を見るだけだとデートっぽくないよ」
このテスト、と言うのは圧迫面接の一種か何かだろうか。俺にストレスをかけてみて、どういった態度をとるのかチェックするのかもしれない。
俺とデートをするのが嫌なのかと思えば、葵は俺の言葉を待っている節がある。
しかし、テストをする理由がよくわからないな。いや、まて、迂闊にテストと言う言葉を信じるわけにはいかない。だがな、朝熊さんが俺を仮にだましているとしてもいったい何のメリットがある? からかうには葵の過去を話したし……あぁ、朝熊さんが余計なことを言うから変に勘ぐってしまう。
「ん、そっか。だったらどこか行きたいところあるかな」
これ以上、他の案を出したところで否定されそうだ。素直に相手に聞くことにした。もっとも、もっと他に案を考えてないのかと言われる可能性もあったが、その時はその時だ。
さすがの俺と言えど、火山が爆発するってもんだよ。
「ね、DVDをレンタルしてきてさ、私の部屋で見ようよ」
「え?」
「お昼は何かピザでも頼もう? ね? だめ、かなぁ?」」
割と強引に腕を引かれ、それはそれで楽しそうだったので提案に乗ることにした。
「まったく、しょうがないな。最初から考えているのなら言ってくれればいいじゃんか」
「だって、冬治君が本屋に行くのを見てたんだもん」
途端に背中に冷や汗が。その後、数分後に朝熊さんと一緒に出てきているからな。あの時は周りを見渡す余裕なんてなかったから葵がいたのに気づいていないのかも。
「あれさ、デートコースの知識を本で入れようとしてたんでしょ?」
「あ、あはは、ネットで調べてるかもよ?」
「うーん、冬治君は本で調べてそう」
この調子だと朝熊さんと一緒のところは見られていないな。
途中、軽くヒヤッとしながらも二人でレンタルビデオ店へと向かい、到着後すぐに葵は言うのだった。
「面白いと思うものを十五分後にレジに持ってきてね。それで勝負しようよ」
「よし、受けてたとう」
ここは受けを狙うしかないな。
「あ、受けを狙ったものを持ってきたら私、帰らせるから」
すねて帰るのかと思いきや、俺を家に帰すのが葵っぽい
「じゃあ……」
「ないとは思うけど、エッチなものを持ってきても当然駄目だからね?」
「……は、ははは、あるわけないじゃん。そもそも、そのエリアには入っちゃダメな年齢だし」
そういって迂闊だったと思ったりする。
「……へぇ、年齢的に大丈夫だったら持ってくる気なんだ?」
「持ってくる……わけないじゃん、うん」
途中、般若顔になったので否定しておいた。
なだめすかしていったん解散し、俺は面白いDVDを探し始める。
「お笑い……はツボが違うだろうから選びづらいな」
じゃあ、何がいいのだろうか。アニメは基本的に外していいだろうし、刑事は違うし、純愛物は俺、わからないしなぁ……無難なところでドンパチした海外のアクションものだろうか。
「……おっと」
なんとなく手にしていたのは海外のホラーだ。有名ではなく、B級ホラー。ちょっと面白そうなタイトルだったが、やめておいた。
こういうのはあれだ、俺の経験上、いわゆるサービスシーンがある。見ると気まずくなってしまう事間違いなし。
途中、葵とすれ違ったが相手はすでに決めていたらしく俺を尻目にレジの待ち合わせ場所へと向かっている。
「うぅ……」
残り時間はもうあまり残っていない。
割と店内の端のほうにあるエリアまでやってくると、任侠映画がおかれている。
「新作にしておいたほうがいいだろうか」
「……お?」
「ん?」
店内の端のほう、人が少なく、かつ、十八歳より下を拒絶する暖簾がかけられている向こう側のエリアより友人が出てきた。
「なーんだ、冬治じゃんかよ。驚かせんな」
「そりゃ、お前さんの心がびくついているからだろ」
「へっ、俺のことはいいんだよ……あれ、そういえばお前、今日デートじゃなかったか?」
「デートだよ」
「デート……ねぇ? はは、嘘つきやがって。どうせすっぽかされて自分を慰めに来たんだろ?」
やらしい笑みを浮かべ、それが当然だと言わんばかりに俺の肩に手を回す。
「新作がご所望だろ? 確認してきたが、入ってたぜ?」
「おい、離れろよ。今はやばいんだよ」
「なになに、やばいって何が? ははぁ、こんなところでスタンダップか。家まで待てよ、店員のかわい子ちゃんに通報されるぜ?」
さぁ行こう、あの限界の向こうへと俺を暖簾側へと連れて行こうとする。
「だから、今はデート中なんだ」
「デート中だと? 初めてで相手をここに案内してきて部屋でDVDでも見ようって誘ったのか? ないわー、ひくわー」
「へー、そんなに悪いかな?」
「悪い悪い。俺から言わせてもらえば悪手だね、そんなもん。いいか? 相手を過度に緊張させるし、DVDの内容なんて頭に入らないぜ。それにな、気まずいことがあったらどうするよ? 今後のことを考えてない、自分のことしか考えてないやつだって思う人もいる。冬治、お前思い付きで相手を困らせたらダメだ……ぜぇ?」
そこで隣に立っている葵さんを見つけて驚いていた。
「ありゃー……今日はオフの日で?」
「ねぇ、四季君」
「はい、なんでしょうか教官殿!」
店内と言う事を忘れてか、その場でビシリと敬礼する。
「人のデート内容に文句言うとかどういうつもりかなぁ」
「は、失礼しました。しかし、そんなことで相手が楽しいものかと言う自分なりに奮起をしてがんばっていただけるかと思った所存で……」
「私が冬治君を部屋に誘ったの」
文句あるのか、あぁんという雰囲気が伝わってくる。近くに数名いた客はそれを恐れていなくなってしまった。
「はっ? それは大変失礼いたしました。初回から狼を懐に入れ込むとはなんという器の広さ。感服いたします……」
「うん、そう思うでしょう?」
「その通りであります」
すでにゴールインしていたのかと言う視線を感じていたが、無視だ。
「あの、教官殿。自分はそろそろ行ってもよろしいでしょうか」
「よろしい」
「では失礼いたします」
そういってのれんの向こう側へと行こうとしていた。
「待った、そっちは出口じゃないでしょ」
「これは俺としたことが……失礼」
そういって俺たちの横を通って逃げていく。
去り際、俺に対して親指を立てていった。頑張れという意味だろうが……今日はそういう日ではないと思う。
「さ、邪魔者は行ったね」
「邪魔者て……」
「だって、デートの相手をこんないやらしい場所に連れ込もうとしてたんだよ? もし、迎えに行くのが遅れていたらどうなっていたと思う? 私、突入するの嫌だからね」
「大丈夫、行くわけないって」
疑惑の視線を向けられたが、俺は無視して話を進めることにした。
「それで、何を見るか決めたの?」
「冬治君は決まった?」
「なかなか決められなくて手元にはこれしかないね」
俺の手に持っていたのは宇宙人任侠映画でゾンビ要素も加味されたものだった。あのオクトパスゾンビ学園監督が挑む大スペクトラムと煽り文句が書かれているが、なんのこっちゃ。
「えっと、本気でそれが見たいの?」
あ、偶然同じものを選んだんだねと言う展開には当然ならなかった。
「……ほかになくて」
俺の勘だが、この映像にはエッチなシーンが絶対にあるので選ぶことは出来ない。気まずくなって、その後どうしたもんかという未来が見えた。
「ちなみに私が選んだのはこれ」
葵はそういって俺に青色のパッケージを出してきた。もしかして、オクトパスか巨大鮫の煽りが売りの代物だろうかと思ったりする。
「あぁ、これ」
俺も知っているものだが、これは……あれだ。雄大な自然をご自宅のテレビで堪能できるというものだ。
「いいよね、広い海をイルカが滑るように泳いでいくあの光景。荒んでいる心が癒されて、ついつい見入っちゃうよ」
「へぇ、そんなにすごいんだ?」
「すごいよ? じゃ、これでいいかな?」
「あぁ、うん。見たことないし、葵がおすすめだって言うのなら楽しみだよ」
ほくほく顔の葵の隣に立ち、彼女の家へと向かう。
「ここから近いの?」
「うん、それなりにね」
「あのさ、一つ聞いていい?」
「何?」
機嫌が良さそうなので一つ聞いてみることにした。
「どうして、今日は部屋でDVDが見たいって言ったの?」
「……悪い?」
機嫌が良さそうなのは一瞬で、少し不機嫌になった。友人がいなければここまで不機嫌にならなかったんじゃないか。
「単純に理由が聞きたいだけだよ」
「……えーっとね、試したくて」
「試す?」
テストだよ、テスト。私、言ったじゃんと脳内で朝熊さんが笑っていた。
「なんというか、周りが知っている私のイメージで、冬治君は私のことを見ていないかって思ってね」
「……周りが知っている私のイメージ?」
「そう、品行方正で、文武両道、心根も優しくてちょっとおちゃめなみんなの憧れの葵さん。何でもかんでも、完璧な人だなぁって」
「熱は? ないか……さては俺らの近くにいすぎて脳内に七色の細胞が混ざったのか? それとも、友人のオーラにあてられたか」
「いや、いたって真面目だから」
真面目にそんなことを言っていたら余計心配になってくる。
「とりあえず、冬治君がいつもあっているのは公的な私。プライベートな私はちょっとがさつで、服には無頓着な、軽いわがままを言う人なの」
「はぁ……えっと、そう、なんだ」
「引いた?」
「んー……引いた」
「ぐふぅ……」
軽く相手にダメージが入った。
「だけど、素直に言ってくれてうれしいよ。俺も他人にいっていないこと、あるしさ。いいんじゃないかな、そのぐらいはさ」
「……えっと、そうかな?」
「相手を試すようなことも他の人はどうか知らないけどさ、案外、臆病な自分を守るためなんだろうなぁ……」
「あのー、さ」
「何さ?」
「冷静に分析するの、やめてくれない? なんだか恥ずかしいからさ」
「思ったことを口にしただけだ」
それに、テストと言う言葉を事前に朝熊さんから聞かされてなかったらまた違う結果になってたかも。
「まー、そういう意地悪するのなら、私も冬治君のことを暴いてやるんだから」
「あぁ、うん、好きにどうぞ」
「ふふふ、腕が鳴るなり、ほとどきす」
やっぱり、俺らの近くにいすぎたせいで脳みそに多大な影響が出ている気がする。
それから数分後、葵の住んでいる家に着いた。そこはマンションで、見上げても屋上が見えそうで見えないような大きさ。
「でかい」
「でしょ。すごいでしょ?」
ふふんと胸をそらした。今日はテンションがおかしいのか、それともプライベートの彼女がこんな感じなのかはよくわからない。
三階の一室に案内され、そこが家らしい。休日と言う事もあってか、ご両親がいらっしゃった。
「お帰り」
ソファーに座っていた女性がおそらくは葵のお母さんだろう。一時の母親にしては十分若く見える。
「……そちらの人は?」
ソファーに座っていた片割れの男性。こちらは非常に厳格そうな顔立ちで、俺のことをじろりと見ていた。
「ただいま。ごめん、プランBに変更」
「え、プランB……母さん、Bってなんだったっけ」
「すでに説明済みのため、場を引っ掻き回さないようににこやかに挨拶をする。あとは夫婦でそろって仲良く外出ね」
「そうだったか」
いかんね、年を取るとどうも忘れっぽくなるといって頭を掻いていた。
先ほどまで少しだけ重かった雰囲気。しかし、世帯主がにこやかぁに笑うだけでかなり軽いものになった。
プランAってなんなんだろうな。非常に怖い。別の世界線ではそちらに進んだ俺が後悔してそうだ。
「あぁ、こほん。葵、そちらの方をわしらに紹介してくれ」
「クラスメートの四ケ所冬治君。二人三脚の人」
「あぁ、あの子か。葵から話は聞いているよ、けがをしないよう、かばってくれたそうだね」
ありがとうと頭を下げられた。
「あ、えっと……優勝できなくてすみません」
「はは、また君たちには来年があるだろう? 今年の失敗を糧に来年また頑張ればいいさ」
「はぁ、ありがとうございます」
優しい人なのだろうかよくわからないが、印象は悪くないようだ。
「おっと、名乗るのが遅くなったな。わしは南山一郎じゃ。母さん、自己紹介を」
「初めまして。葵の母の菊子です。葵ったら、あなたのことを家に帰ってきて話してくれるのよ」
「ちょっと、お母さん」
「え、話してくれることがあるんですか?」
葵が俺のことを家でも話すなんてこれは脈あり、惚れ薬なんていらないんじゃないのか。
「うん、月に一回あるかないか」
「……普通だぁ」
「うそうそ、四時間に一回ぐらい、毎日携帯電話で報告を受けてるから」
「それはそれで多すぎます。ストーカーですかっ」
「おぅ、人の娘をストーカーよばわりたぁ、聞き捨てならねぇなぁ」
ここで葵父が入ってきた。
「ほら、プランCじゃなくて、プランBだってば。早く二人とも出て行ってよ」
「こら、葵。父に向かってなんだその態度は」
「じゃあ、お父さん、私たちと一緒にDVDを見るつもりなの?」
「父さんはそれでもかまわん」
葵父は俺らと一緒にDVDを見てもいいのか。
俺と葵の間に入り込む葵父。そして、三人で肩を寄せ合って一つの画面にくぎ付け……雄大なアースの自然を楽しめるであろう映像だ。なんだか変に肩がこりそうだ。
「冬治君、君はどう思っているんだ?」
「えぇ? 何のことですか」
「もちろん……」
もしかして、葵のことだろうか。
「わしと一緒にDVDを見ることについてだ」
「……どうコメントすればいいのかわかりません」
「ダメですよ」
先ほどは場をかき乱す存在であった葵母が割って入る。
「約束通り、出かけますよ」
「む……しょうがないな」
葵の時と違い、すんなりと身を引く。
「じゃあ、お父さんたちは出かけてくるから。あまりうるさくないように遊びなさい」
「ふふ、がんばってね」
一体何を頑張るというのか。意味深な言葉を我が娘に投げかけ、俺はあり得ないだろうがよからぬ妄想をしてみたりする。
「さ、こっちが私の部屋だから」
「あ、うん」
明確な二人きりと言う、単なるデートなら絶対に緊張していただろう。が、しかし今日は本気の葵ではない。葵で言うところのテストだ。
本当に楽しみにしていたかのように鼻歌交じりにDVDをセットし、俺にベッドに腰かけるように促した。
「ほら、座りなよ」
「じゃあ、失礼して……」
「固いなぁ。いつも通りでいいのに」
駅前で待ち合わせした時の表情とは全然違う、少し呆れた感じで笑っていた。
「……本当?」
「うん、いいよ」
「ひゃっはー、葵のベッドだぁっ」
「やっぱりたたき出したくなったから抑えてよ」
「あ、はい」
結局今日一日は紳士でいようと思いました。
それから葵はデッキを操作し、DVDを突っ込んでいる。
「私たちの住んでいる地球。そこには、過酷ながらも美しい自然で……」
なんだか眠たくなりそうな声が響いてきた。次に、引いては返す、波の音。
「始まったよ」
「あぁ、うん」
いつもよりもかなり近い距離に葵がいる。そう思っていたら、葵の肩が俺に引っ付いていた。
「ね」
「うん?」
「もう一度だけ聞くけどさ。私のこと……私の周りのイメージで、私のこと、見てないよね?」
「あぁ、見てないよ」
テレビの中ではイルカが泳ぎ、夕日をバックにジャンプしていた。
「どうして葵がそこまで気にするのかわからないけど……俺は別にギャップがあっていいと思う。最初は確かに真面目なところにひかれたかもしれないけど、そんなもの、一緒に学園生活送っていくうちに消えて、まぁ、なんというか……葵のことをいいなと……えっと、変な意味じゃなくてだな? そう思ってるよ」
なんとなく、隣を見たら葵がこっちを見ていた。
「うおっ」
「え、なんで驚いてるの」
つい、離れようとしたが腕を掴まれる。
「まさかこっちを見ているなんて思わなかったから……冬治君って、そういう顔もするんだね。普段は済ましていて、周りに合わせているときがあるのにさ」
「え、そう見える?」
「うん」
「……そういうつもりはあまりないんだが。まぁ、さっきはびっくりしたよ」
「ドキドキしてる?」
「う、まぁね」
「じゃ、こういうのは?」
そういって俺の腕を胸の前で抱いた。おかげで、彼女の熱が腕に伝わってくる。俺はもう、葵のことを見ていられず、テレビのほうへと視線を向けた。
「ねー、答えてよ」
「ぐっ……答えなくたって反応見ればわかるじゃん」
「それを言わせたいんだってば」
そして気づけば俺は……ぐっすりと眠っていた。
「やべ……」
部屋に葵の姿はなく、俺はあわててリビングへと通じる扉を開けた。そこには、うつむいた葵が立っていたのだった。
「……出てって」
「え」
「いいから、出てって」
これまで感じたことのない、葵からの怒りだった。
「えっと……ごめん」
「そのごめんは、私が思っているものに対しての謝りじゃないよね」
「え?」
「惚れ薬のことじゃ、ないんでしょ?」
葵の手に握られていたのは、俺のポケットで出番を待っていた切り札だった。
おそらく、寝ているときに転げたのだろう。しかし、小瓶にラベルで惚れ薬と書かれているわけではないので葵がわかるはず、ないんだが。
「えっと、どうしてそれが惚れ薬だとわかったの?」
「瓶の底に、シールで貼られてたよ。用法、用量を正しく守ってくださいってご丁寧に書かれてたけど?」
び、瓶の底にそんなことが。知らなかった。
「これ、預かっとくね」
「あ、ちょっと……」
俺は部屋から追い出された。
どこか遠くで、バイクのエンジンがむなしく鳴り響いていた。




