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南山葵編:第七話 友達割引

 なぜか俺と葵の間でそろそろ血を血で洗う争いが起きるんじゃないかと噂されていた。

 そんな中、行われたテストは平均点より上ぐらいの結果に終わった。調子が悪かった葵は学年で八番目という結果に終わったらしい。十分凄いんだけどな、葵は気に入らなかったのか机でため息をついている。

「葵、結果があまりよくなかったのか」

「うん、まぁ……」

「悪い」

「こんな屑共の勉強に付き合わずに、自分の事をすればよかった!」

「それは葵が言っていいセリフな」

「あ、痛っ」

 俺は失礼な事をいった友人の頭を叩いた。当の葵は苦笑している。

「何よ、この前のテストじゃ右手で数える順番だって聞いていたから勉強を教えてあげたのに、あたしは五十位以内に入れなかったじゃないの」

「こーら、勉強教えてもらったんだから素直にありがとうって言いなさい」

「あいたっ、ありがとうございます」

 馬鹿二番手の七色の頭をはたく。

「悪いね、葵。礼儀がなってなくて」

「別に気にしてないよ。三人の成績は良くなったんだから、教えてよかったよ」

「本当、悪いな」

「あーあ、このダメ男のせいで大学推薦のための材料が弱くなっちゃった」

「あ、そうだ。このダメ男に勉強教えて学園内の成績を上げて、育成しましたって言えば内申点にプラスになるかも」

 好き勝手言って俺の肩をぺちぺち叩くあほ共に頭の中の何かが切れた。

「……おい、友人、七色、そこに立て。ケツにすげぇの一発お見舞いしてやる」

「こ、ここは逃げるべきか……」

「……逃げるなら、おまけをつけてやろう」

「友達割引は効きますかね」

「効きません」

「ぐはっ」

 友人に制裁を加えたのち、俺は七色を見た。

「次は、お前だ」

「ひっ……お、女の子にそんな事をしないよね?」

「安心しろ」

「よ、よかった。友達割は効かなくても女友達割はきくんだぁ……」

「俺は男女差別をするような卑怯な人間じゃないからって意味で、安心しろって言ったんだ」

「くそーっ、やっぱり安心できないっ。あたしは部屋に帰らせてもらうっ」

 奴は窓から逃げて行った。ここ、一階じゃないんだが。

「冬治君、大げさすぎ」

「さすがに葵に悪くてな。恩をあだで返すようなことは許せない」

 かくいう俺も、彼女の足を引っ張った一人でもある。

「本当、ごめんな」

「そんなに悪いと思っているのならさ、私の言う事を聞いてくれない?」

「わかった、なんでも聞いてやる」

「四つん這いになって椅子になってよ」

 この言葉を葵が口にした瞬間、水を打ったように教室が静かになった。そりゃそうだ、普通、そんな事を口にする奴はいない。

「いいだろう」

 俺は即答してその場で四つん這いになった。すぐさま、頭をはたかれる。

「あのねぇ、頼まれたからってそういうことはやっちゃだめだから。教室、ざわつかせちゃってるから」

「えへへ、さーせん」

 そういって怒られた。また、あいつらが何かやっているという視線で周りから見られるが葵も、もはやこっちの人間だ。

「葵に悪くてな。で、何でも言うことは聞くぞ?」

「じゃあ、デートしてよ。私と」

「いいだろう……えぇ?」

「あ、ちょっと待った。先生、さっきのところ聞き取りづらかったんで、もう一度言ってもらっていいですか?」

 俺と葵の間に復活した友人が割って入ってきた。

「うん、だから、デートしてよ」

「オッケー、この友人、どこでもいきますよっと」

「あ、ごめん。冬治君だから」

「……ぐはぁぁぁぁっ」

 なんだかよくわからないがダメージを受けて友人は自ら壁に張り付いた。

「お、俺とっ……俺とやつにどんな違いがあるっていうんだ」

「くそ、泥棒猫め。このタイミングで攻勢を仕掛けてきやがった」

 葉っぱや木の枝を体に引っ付けて、窓から飛び降りた女が戻ってきた。案外、体が丈夫なようでぴんぴんしている。

「で、返事は?」

「あぁ、もちろん……」

「ダメって言ってもわがまま聞いてもらうからね? 今度の日曜日、駅前に集合だよ」

 なんでも聞くと言ったのだから、俺は何度も頷いておいた。

「お、おう」

「おー、二人とも、楽しんでいろいろな思い出、作ろうよ」

 俺らの間に割って入り、手を握って楽しそうにしている。

「あ、七色さんもいらないから」

「い、いらな……げふぅぅぅっ」

 友人の隣に七色も張り付いた。

「え、今の見た? ぼけとかつっこみとか一切関係なく、素でいらないって言われた……信じられないっ」

 葵なりに、二人に対して憤っているのかもしれない。

 最近は割と忘れていたが、これって惚れ薬を使うチャンスじゃないだろうか。

「ん、ぬへへへへへ……」

「うわ、気持ち悪い」

「はぁ? なんだよ、友人。誘われなかったからと言って僻みはよくないぞ」

「冷静に自分の姿を想像してみろよ」

「……うわ、気持ち悪い」

「素直だねー」

 放課後、いつものように友人、七色と一緒に帰っているとそんなことを言われた。

「でもさ、どうしたんかねぇ、南山さんってそういうことするタイプじゃないでしょ」

 割と真面目な声音で友人がつぶやいた。

「ま、そーね」

 七色もその意見にうなずいている。

「あたしが知る限り、南山さんが誰かをデートに誘うところなんて見たことないなぁ」

「心配してくれてありがたいが、俺には問題なんてなぁにもありはしない。あの子は俺にめろりんりんだ」

「……この自信はどこから来るんだか」

 こっちには惚れ薬があるからな。隙をついて使ってみるとかね。その場でへたってどうせ使えないとは思うがな。

「じゃあさ、月曜日にどうだったか教えてくれよ?」

「おう、皆より一歩進んだ俺のことを報告しよう」

「むしろ、俺たちは遅れてるんだよなぁ」

 それを言うな。悲しくなってくるだろう。

「おっと、こうしてはおれぬ、さっそく本屋でデートコースを検討せねば」

「……こんな調子で大丈夫かな」

「なんだかんだで大丈夫だろ」

 七色が俺に対して心配そうな視線を向けていたが、友人のほうは苦笑している。なぁに、何も心配することはない。

 二人と別れ、本屋へ行くと俺らの学園の女子がいた。

「おや、おやおや?」

 相手は俺を見ると、近寄ってくる。

「ん?」

「お久しぶりー」

「……誰だっけ」

「うっわ、地味に傷つくっ。心臓えぐり取られた」

 大げさに傷ついていた。

「えーっと……あぁ、あの人だ」

「そうそう、あの人」

「……」

「……」

 お互いに無言でにっこりと笑い合う。

「朝熊さん」

「そうそう、その朝熊。よかったー、出てこないのかと思った。もし、出てこなかったらドロップキックしちゃうところだった」

 目が本気だった。

 惚れ薬がばれそうになった時、葵と一緒に行動していてあった人たちだ。確か、カラオケに行くって言ってたんだっけ。

「あれから葵とはうまくやってる? 体育祭じゃ派手に転んでたけど」

「うわ、見られてたのか」

 あれは確かに恥ずかしかったが、葵とはまた一つ仲良くなれたイベントだったと思う。

「その件で葵から何かお小言とかあった?」

「ううん」

「仲はいいほう?」

 なにやら心配性なのか、小首をかしげて答えを強要してくる。目は口ほどにものをいうタイプらしい。

「割といい関係だと思うよ?」

「へー、そう思うエピソードを一つ以上挙げよ」

「今度、デートに行くんだ」

 そういうとにやぁと笑われた。

「あ、君ってば転校生だったっけ?」

「うん、まぁ」

「実は、葵ってね……」

「うん?」

 待っていても、一向に話が始まらなかった。

「この後、暇? ここじゃなんだから、さ」

「暇じゃない……」

「やだなぁ、そんなにうれしいだなんて超うれしいよ」

「あ、ちょっと俺の話を……」

「おっけー、一名様ごあんなーい」

「俺はこのあと用事が……」

 朝熊さんに引っ張られ、近くの喫茶店へと連れてこられる。見た目と違って強引な人だった。

「いらっしゃいませ」

「二名で。いつもの席に座ります」

「かしこまりました」

 手慣れた様子でやり取りをし、一番奥の場所に腰かける。俺らのような学生が入るには少し躊躇しそうな落ち着いた雰囲気の場所だった。

「まず、何から話そうかなぁ……」

 彼女はコーヒー、俺は紅茶を頼む。すぐさま彼女は思わせぶりに悩み始めた。

「仮の話なんだけど」

 そう前置きして、彼女は俺に話し始めた。

「とあるところにNさんがいました」

「はぁ」

「あぁ、ごめん。A.Nさんね」

 右手の人差し指をくるくる回し、イニシャルを言ってくる。それに該当する人物は一人しかいない。

「そのあ〇いさんは中学生のころ、実は超絶な不良娘だったの」

「……あの、隠せてないとおもう。それと、そういう話は本人のいないところであまり聞かないほうがいい気がするんだ」

「ま、確かにそうかもね。だけど、今後訪れるであろう嵐を乗り切るには対策が必要だと思うんだ」

 その顔には影が差す……が、目は笑っていた。

「嵐?」

「うん、そっちのクラスに私の知り合いがほかにいてね。その子から葵の機嫌がすっごく悪かったって」

 原因はうちの馬鹿二人なんじゃないかと思うと改めて葵に謝りたくなったりする。しかし、朝熊さんは謎だな。なんというか、仲がよさそうなにおいはするんだが、何か距離を感じる。

「だから、再開したのも何かの縁ってことでね。私のことを不思議に思っている頃合いだろうし」

 今度はテーブルを人差し指でとんとんと叩く。勘もいいらしいな、この子は。

「大丈夫、本当に必要な部分は私の口からは話さないから」

「……本当?」

「本当だって。名前も一応、伏せるからさ……じゃあ、こほん、行くよ?」

「わかったよ、聞くよ」

「不良だった葵ちゃん」

「すでに伏せてすらないし」

「しかし、今では中学生のころに出会ったとある真面目娘によって見事、更生しました」

 私であるといった具合に自分を指さしていた。

「……真面目娘?」

「そそ、こう見えて元はみつあみ、ぐるぐるメガネの真面目でした」

 そんな人間が今のご時世、いるとは思えないが……案外、目の前の人間をそのように仕立ててみたらこれがまた似合っていた。

「あ、似合ってるかも」

「でしょう? 実にもてましたとも」

「え?」

「真面目系、おさげ女子だけどあふれ出る魅力は眼鏡では隠せなかった……」

 ちょっと自慢気に指を立てる。

「話がずれちゃったけど、葵の家には毎日通ってね。遅くまで話をしたり、逆に聞いたりしたよ。彼女が不良になった原因は家庭に不満があったんだって」

 割とよく聞く原因だが、これほど解決が簡単ではないものもない。

「無関心な父親に世間体を気にする母親。紆余曲折に山あり谷ありで何とかこうにかうまくまとまったんだ」

「相当な苦労をしてそうだ」

「うん、まーね」

 遠い目をする朝熊さんは今はもう訪れることのない遠い日を見ていることだろう。

「ま、それで今では真面目娘になったわけで、葵は当時の友人に心の底から感謝し、彼女をまた尊敬したのだった」

「すげぇ持ち上げるね」

「彼女は学園に入ったのち、不良生徒や、他の生徒のお話を聞くにようになった。しかし、いくら更生しようとイライラすると悪くなり、他人に対して意地悪をしたり……」

「意地悪をしたり……?」

 闇夜で相手をぼっこぼこにするのだろうか。

「相手を噛みます」

「え、噛むの?」

「噛むのは冗談として、自分に近づいてきた人間に対してはなんというか試すような行動をするんだよね」

「普通に近づいてもそんな試されるようなことはされてないぞ」

「あぁ、物理的にじゃないから。なんというか、心と心の距離?」

 相手を試す……それは入団テストみたいなものだろうか。

「たぶん、今度のデートがそれだと私は睨んでいるよ」

 運ばれてきたコーヒーに口をつけて、朝熊さんは淡く笑った。つまり、俺は割と気合いを入れてデートコースを考える必要があるんじゃないのか。

「あぁ、そんなに肩ひじ張らなくても大丈夫だから」

「え、そうなの?」

「そうそう、何かのテストを受けるという気概だけを持ち合わせておけばいいから」

「本当にぃ? もしダメだったらどうするつもりで?」

「その時は私がデートしてあげる」

 俺の問いかけに、朝熊さんは笑って言う。

「財布の中身、搾り取ってあげるよ」

「……え、遠慮しときます」

 舌なめずりをする相手に、俺は丁重にお断りしておくのだった。


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