南山葵編:第六話 平坦な道と茨道
テストの期間に近づくにつれて、人の性格というのはにじみ出てくる。何の関係ないぞ、元気いっぱい遊ぶぞいという人もいれば、そろそろテスト間近ですね、眼鏡くいっという人もいる。また、ま、僕は予習復習しているので問題ないんですよ。年末の大掃除と理屈は同じですと言う人もいる。
「テスト勉強をしようぜ、冬治」
「お前さんにしては殊勝な心がけだな。何かあったのか」
昼休み、友人が頭でも打ったのかと思いたくなる発言を始めた。
「おうとも、実は最近気になっている女の子がいてな」
「うん」
「親のすねをかじっているような奴とは付き合いたくないって言っててな。俺、自立を決意したよ」
「……俺らの年代だと大抵の人間が親のすねをかじっているに値しないかね」
学園に通いながらだと、お金を稼ぐのは夜になり、さらにいうのなら衣食住の金額稼ぐとなると学園辞めないといけないんじゃないか。
「結果として、学園で勉強を頑張って、良い大学に入り、一流企業と言えないまでも休日は休める企業に滑り込みたいわけだ」
働けるのならどこでもよかったと最後につぶやいた。
「なるほど、将来の事を考えてなさそうで実は考えているんだな。偉いな」
「ああ、俺と一緒に勉強しよう」
「え、なに二人ともこれから遊ぶの? 混ぜて混ぜて」
七色が能天気な感じでやってきた。
「やぁ、七色君」
「え、なにこれ友人君?」
「そうです」
あと、なにこれは酷いと思うよ。誰これにしろよ。
「俺は生まれ変わりました。クリアしたいゲームのタイトルは年一でゆっくりと一日十分で攻略していこうと思います」
「空いた時間に宿題とかする感じ?」
それだと単なるほんの少し真面目君になっただけなんで何となく、パンチが弱い気がするな。これまで真面目に頑張ってきた連中と競り勝って一流企業には入れなさそうだが。
「いいや、空いた時間にはビジネス書を読もうと思ってるよ」
俺と七色は固まった。こいつ、本当に頭をどうにかしたんじゃないのか。
「び、ビジネス書って大人が読む奴じゃ?」
「考え方や色々とためになることも載っているから悪くねぇよ。それにな、趣味は何ですかって聞かれて、読書ですで押し通す際にどういう本を読むんですかって来るだろ?」
「来るのか、七色」
「ど、どうだろ、わかんない」
未知の生命体を見る目で見ているとにやっと笑われた。
「趣味の話をするときってさ、相手と話を何となくあわせる時ってあるだろ」
「あるっけ?」
「あたしはないなぁ」
お前さんはわがままだからな。俺もそうだからわかるけど、相手がつかれるまで振り回す感じだ。
「部活の面倒くさい先輩を相手にするときだよ。構ってほしいってくる先輩いるじゃん?」
こっちに転校してきたばっかで部活は言ってないし、中学の頃にもそう言う人はいなかったなぁ。
「そういう時にサッカーが好きな先輩に野球の話を一生懸命してもはっ? って顔をされるだろ」
別に話を合わせてくれると思う。この前の乱闘、レットカードが飛び出すぐらいの勢いだったよな、みんながピッチに出てきて相手投手に向かって言ってたし……と、野球とサッカーごちゃまぜにしたことを話してくれそうだ。
「な、そうだろ?」
「あぁ、そうかも知らんね」
「それと一緒だ」
つまるところ、ビジネス書を良く知らない俺たちに対して友人が熱く語っても何言ってんだこいつってなるってわけだ。
「ねぇ、騒いでるけど遊びの計画? テストも近いから勉強しなきゃ駄目だよ、冬治君」
「はい、はーい、わかってますよ」
「もー、そういう態度ばっかりとって……知らないんだから。
友達の一人である葵も首を突っ込んできたが、どこかに行ってしまった。
「やれやれ、おせっかいなんだから……どうした、二人とも?」
そこで、少し空気が冷えていたらしい。
「えっと……」
「お邪魔か、俺たち」
なぜだか、七色と友人が二人で顔を合わせている。
「おいおい、変な勘繰りするなよ?」
いやー、もてる男はつらいね。
「そう言うつもりは一切ないし、どっちかというと険悪だって話を聞いてるぜ?」
友人がそう言って追うように七色も頷いた。
「そうかね? 別に、険悪ってわけじゃないぞ」
それは事実だ。逆に、世話をよくされるようになった気がする。彼女曰く、だらしない部分を見ているとあまりうれしくないとのことだった。
もしかしたら、他人から見てそういった部分が険悪に見えるのかもしれない。
「さすがにさ、あたしもどうかと思うよ」
「え? 七色がか」
「うん、びしっと言ってくる」
「あ、待てよ……あ、言っちゃったよ」
「あいつ、脊髄反射で生きてるからなぁ」
男子二人はのんびりしたもので、どうなるものかと遠巻きに見ることになった。
「ちょっと、南山さんっ」
「ん、何?」
「さっきの注意の仕方、冬治君だけっておかしくない? あたしたちだっていたのに、ピンポイントで彼だけなんてさ」
その言葉に南山さんは微妙な顔になった。彼女自身も、七色や友人に注意しなかったのはおかしいと思ったようだ。何せ、この二人はあまり成績が良くないことでも有名だからな。
「まさか、二人三脚が原因ってこと?」
「え?」
すぐに違うと言えばいいのに、彼女は驚いたまま、黙ってしまった。何かしら思うところがあったのかもな。それが何なのかはわからないが、七色のほうはおそらく優勝できなかったことを南山さんが俺の責任人だと思ったのかもしれない。
「やっぱり、そうなんだ」
「おいおい、そのぐらいにしとけって」
ヒートアップし始めた七色を友人が止め、俺に何か視線を送ってきた。
「なになに? 次は、遅めの……インコース?」
てっきり、援軍を頼んできたのかと思ったら投球指示だった。
「嘘、冗談でアイコンタクト送ったら正しく伝わっちまった」
ざわついていた教室が静かになった。え、こいつら何言ってるのという雰囲気だ。
「あぁ、あほらし」
「ほぅら、散った、散った。午後のこげ茶の時間が始まるぞ」
こげ茶とは現代社会を教えてくれている先生のあだ名だ。何故こげ茶かは知らない。色白だし、要素が一つもないのにな。
放課後、友人たちと一緒に帰って俺の家に向かう事になったのだが、葵もついてきた。
「え、なんでついてくるの?」
「これから勉強するんでしょ? 私もやろうと……おばかな冬治君に教えてあげようと思ってね」
「冬治君、あんなこと言ってるよ? いいの?」
「七色すぁん」
俺は落ち着き払った声を出した。
「……なに?」
途端に警戒色を滲ませる七色。
「勉強がしたい、だから友達の家に行きたいのはとても良い事です。七色すぁん、来るものを拒んではいけませんよ」
「途端に漂い始めるうさん臭さ」
今の状態だと半ノリ状態だろうか。
「じゃあさ、あたしが目の上のたんこぶみたいな存在だったら同じ対応してくれるの?」
「もちろんですよ。この四ヶ所冬治は来るものを拒まない、慈愛に満ちた精神をしております」
「どんなに糞でも?」
「はい」
「本当の本当?」
「本当の本当ですとも」
そう言うと途端に顔つきが悪くなった。
「あー、ちっ、転校してきた四ケ所冬治って奴、マジうぜぇ、尻の穴に人参突っ込まれねぇかな、むしろ直接入れてぇ」
そう言ってこちらを見てきた。葵は女の子がそんなこと言っちゃだめでしょとつぶやいていたが七色が一睨みして黙らせた。
「お待ちしていましたよ、七色すぁん」
「安易に人の振りとボケを殺さないように。生かして!」
「この俺たちのやり取りを見て、葵が七色は一歩進んでいると理解してくれるだろう」
「えっ……そういう狙いが!?」
そういって葵の方を見たが白けた面をしているだけだった。
「え、今の面白かったところある?」
「いーや、これっぽっちもなかった」
友人も首を振った。
「古来、地球には水と油という言葉があるのじゃ、七色よ。絶対に合わない者同士のこと」
「無駄に壮大になった……それでどう転がす感じ?」
「俺たち(七色と南山)の戦いはこれからだ!」
「結局まとめられないからわけわかんない方向で誤魔化すと」
しょうがないだろ、仕方ないだろ、小手先と誤魔化しとその場しのぎでここまで生きて来たんだからさ。
そんな感じでぐだりながらも俺の家についた。俺の家と言っても、家賃の支払いは当然親だ。
「わし、ここで独り暮らしをしておるよ」
「口調を戻したほうがいいよ」
「拙者、この住まいに……悪い、時代劇口調は案外難しいでござるな」
「語尾にござるを付ければいいと思っているのか。全国の侍に謝れ」
「すまんでござる、にんにん」
「お前、忍者だったのか」
「ねぇ、七色さん」
「何?」
「この面子で本当に勉強って成立するの?」
「……どうだろう」
即答できない時点で、七色の負けと言える。
「まぁ、何だ、ゆっくりしてってくれや。お風呂はトイレの近くだから後で案内する。晩飯は八時前ぐらいでよろしいかの」
「語尾統一しろよ」
うるせぇ、まさかいろいろ人が来るとは思っていなくてちょっと焦ってるだけだ。
「そこまでがっつりしていくつもりはないぞ」
「あぁ、そうなの? じゃあ、せめて晩御飯だけでも。せっかくだから出前を取ろうか。何がいい? もちろん、俺全額持ちで奢っちゃうよ」
出前なんて滅多に頼まないからこういうのもワイワイやって楽しいじゃないか。
そう思ったら他の三人が若干引いていた。
「怖い……いったい何を企んでいるのか」
「は?」
「ちゃんと出すからみんなで割ろうよ? 場所を提供してもらっているんだし……」
「うん、お金が欲しいのなら渡すから」
なんだかお腹に一物抱えてそうな危ない人だと思われているかもしれない。
家の中に案内すると、友人が他の二人に言っていた。
「あ、そうそう二人とも」
「何?」
「けっして家探しをしようとするな。マネキンっぽい首や腕、胴体が出てきてもそれが普通だと思え」
「え」
「おいおい、何固まってるんだよ。ここじゃこんなの序の口だぞ?」
「うそ……」
そりゃ誰だってそんな説明されたら固まるわ。
「あと、トイレを使用する際は何かカメラが設置されていないか……」
「おい、やめろ。俺をなんだと思っているんだ」
「すまんすまん、この前、そう言った犯罪者の映画を見たんだよ」
はっきり言って性質が悪すぎる冗談だ。まぁ、惚れ薬と言う危険薬物があるのは間違いないので当たらずとも遠からず。
思えば、葵に使うチャンスでもあるわけだが、失敗して七色ならまだしも、友人が飲んでしまったら目も当てられない。今回は当然、無しだ。
「……待ってよ、冬治君」
「なんだ、七色」
「そういう犯罪者を捕まえればあたしって一躍有名人じゃない?」
「じゃないです」
「正義の味方で、格好いいじゃん」
「やめましょう、無理無茶無謀の、正義心」
俺は一つため息をつくと、近くにいた友人を壁に押し付けて腕を押される。
「ちょっ……いひゃいっ」
「俺が本気出したら友人なんてこの通りだ」
「……只野君って大して腕力ないじゃん」
「は? 俺が本気出せば豆腐はぐちゃぐちゃ、プリンなんて跡形も残らねぇぜ」
「な、なんて恐ろしい男なんだ」
「えぇ、もう麻婆豆腐とプリンドリンクにするしかないじゃない」
「あのさ」
「なんでしょうか」
ここで葵が口を開いた。
「勉強、するんでしょ?」
呆れた調子からその言葉が出た時、誰もがああ、そうだったと頷くのだった。
尚、当然のように勉強が今一つ進まなかったのは残念な事だと言っていい。葵の足を存分に引っ張ることとなった。
「……明日もまた、ここで勉強会ね」
「えぇ?」
それから連日、勉強に付き合ってくれた葵だったりする。
「出来の悪い人間なんて放っておけばいいのにな」
俺の言葉に、友人はしばらく何か考えていたが、首をすくめた。
「彼女の場合、他人事とは思えないんじゃないかな」
「それ、どういう意味だよ」
「……さぁ、俺も詳しくは知らんがね。思わせぶりな立場を演出したかっただけだ」
なお、テストが始まるころには七色も友人も素直に勉強するようになったので、多少の効果はあったのだろう。




