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南山葵編:第五話 二人で一人の

 本日、運動会本番である。

 運動会とは関係のない話だが、俺は葵の事をどんな性格なのか未だに把握していない。真面目っぽいんだか、意地悪なのか、小悪魔的なのか、変なところで怒りっぽいのか。

 ただ、からかうと面白いと言うのはよくわかった。あまりやりすぎると怒られるのはわかったので、そこらへんは気を付ける必要がある。二人三脚を通じてそんな葵の一面を知ることが出来たので良かったと言えるだろう。

 本人は勝ちにこだわらない性格のようで、前日の準備終了後は特に練習もしなかった。

「意外だな?」

「ん、冬治君は一着狙いじゃないでしょ」

「まぁ……な」

 以前、葵と一緒に走りたいからと言ったからな。あそこでみんなのために葵とではなく、七色と走ると言っていたらおそらく葵は変更を認めたことだろう。

「怪我無く、葵と走れたらそれでいい」

「うん、私も」

 まぁ、気楽に出来るのならそれに越したことはないね。本当に勝ちに行くのなら葵に変装させた陸上部員を準備していたし。

「冬治君、おはよう」

「あいあい、おはようございます」

 朝、校門前で葵が待っていた。朝日を浴びた彼女の顔は少し眠たそうにしている。

「これ、お守り」

「え?」

「絶対一着で抜けようね?」

「この前と言っていることが違うぞ」

 何かを思い出したのか、葵は軽く暗い笑みをしていた。

「う、うふふ……七色さんが所詮は咬ませ犬、駅に置いて行かれたやつは私と変われとか意味わからないことを言ってきたから」

 言葉の意味は分からないが、挑発されたんだろう。

「勝負事で有名な神様にお願いしてきたんだ。本当は二人で行きたかったけど、冬治君は昨日、疲れてそうだったから私一人で行ってきた」

 じゃあね、そういって葵は去っていく。

「……負けられない戦いが、そこにあ……」

「おはよう、冬治。なにぼーっとしてるんだ?」

「見ろよ、友人。葵からお守りもらったぜ?」

 お守りを見せると頷かれた。

「なるほどなぁ、交通安全のお守りって一番大切だよな」

 なんだかちょっと、お守りの趣旨からずれている気がしてならないが、しょうがない。走るのだから交通安全のお守りでもオーケーだろうか。

「交通安全のお守りってさ」

「うん」

「道交法が適用される場所だけかな」

「どうだろうなぁ、交通安全って言うぐらいだからそうじゃないかな」

「じゃ、じゃあ、敷地内の競技には適用されないかな」

「だと思うぜ。ま、安産祈願よりはいいんじゃないのか?」

 こういう場合は大抵間違えて安産祈願を渡されるからなぁ。

 脱力した状態のまま、運動会は始まった。男子全員参加の綱引きでは綱が引きちぎれると言うアクシデントがあったものの、他はおおむね問題なかった。

 午前中の競技ラストである二人三脚が始まるまで、俺は集中力を高めるために友達と賭けトランプ(ちなみに大富豪)に興じていた。

「ここで、革命」

「くっ……馬鹿な、一巡前の段階でなぜそれをしなかった! 普通はそこでやる。思い切ってやる場面っ。一歩間違えれば、自分が危ないと言うのにっ……」

「甘いな。順調に行ける、その考えが間違い。くくっ、いかんよぉ? セオリー通りに事は進まない。それが、命取り」

「暴落っ、目の前がゆがむっ!」

「……何してるの?」

 ぞっとするような葵の声が聞こえてきた。

「え? トランプでごっこ遊びだ」

「中央に置いてあるクッキー缶は?」

「お金が入っております」

「賭け事?」

 この言葉に全員が首を振った。

「んーん、違うよ、ママ」

「きもい」

「そう、違うんだよ、ままぁ」

「うざい」

 あまりの恐怖に幼児化を始めてしてしまう一般生徒達。縋りつこうとするが、足蹴にされておぎゃあと転がっていく。

「ただ俺たちはクッキーが食べたかっただけなんだ」

「そうだよ。そこのデブがクッキーを多く食べるからそれじゃ不公平だと言う事で誰が一番クッキー代金を出すか、トランプで決めていたんだ」

「ある意味賭け事だけれど、クッキーがおいしすぎるのが悪いんだ」

「クッキー会社を訴えるぞい」

 お前さんのところのクッキーがうますぎてかけ事をしてしまったとアメリカなら実際にありそうな内容だな。

「……冬治君、本当なの?」

「はいぃ、本当です」

「そう、じゃあ冬治君だけ来て」

「え、俺だけ?」

 何となく、他の生徒たちを見ると、大丈夫、お前ひとりの責任にはさせないと目で言ってくれていた。

「一人は皆のために」

「お前の苦しみは俺のもの、俺の幸せはみんなのものだ」

 転校してきて数か月。まさかこんなにも早くみんなと馴染める日が来るなんて。

「あ、ちなみにこのまま何も言わずに連れて行かせてくれた場合のみ、他の人は完全に見逃します。おとがめなしです」

 ここでみんなは俺に背を向けた。

 男たちの背中は静かに、俺たちのために行ってくれと語っていた。

「何か最後に言う事は?」

「友情という言葉はいかに薄っぺらい事か。金の切れ目は縁の切れ目と言うが、逆を言うと金があれば縁は切れない。友情などという目に見えぬものこそ、友達との間にあってはいけない……そればかりに頼り切るのはいけない事を知った」

「おつとめ、ご苦労様です」

「帰ってきたらムショの空気がどんなものなのか教えてくれ」

 連中の撤収は早かった。手早く片付けて小走りを始める。

「ぜぇぇぇったいに、俺の分もクッキー残しとけよ?」

 俺の言葉に、誰もが親指を立てていく。

「本当だったんだ……」

「嘘だと思ってたのかよ」

「まぁ、ね」

「ははぁ、疑り深い風紀委員長様のことだ。さてはクッキーではなくバームクーヘンだと思ってたんだな?」

「……いや、違うけど」

 違うと言うのならカステラだろうか。

「勝ったら」

「ん?」

「一着になったら私がクッキー買ってあげるよ」

「え、マジで?」

「うん、一着だよ?」

「おっけい」

 太っ腹だね、葵。クッキー、一つの缶で一万五千円ぐらいするけれど、それを買ってくれるなんてさ。一度食ったら定期的に食わないと手が震える気がするんだよね。

「やる気ゲージがマックスになった」

「クッキーで? 大げさでしょ」

「いやいや、一度食べたらうまぁって言って、その虜になるのさ」

「やばい原材料が使われてるんじゃないの、それ」

「製作者が愛をこねてるって言ってた」

 俺のこの言葉に更にうさん臭そうな表情を見せる。

「愛情、ねぇ」

「愛を馬鹿にするタイプ?」

 臭いセリフだと思うが、大切な事なんだよな。

 何も、恋愛感情ってわけじゃない。相手を思いやる気持ちを突き詰めた言葉じゃないかと俺は思ってる。

「ううん、そうは言わないけど、その愛情は誰宛なのかなって」

「そりゃあ、食べる人宛だよ」

 牛さん豚さんと言った家畜の方々も人間さんにおいしく食べられてもらうために生まれてきたようなものだ。本当はやめて、食べないでと声にならない悲鳴をあげつつ、屠られるんだろうがそれはそれ。人の血となり肉となることを忘れないようにと先生が言ってたっけな。

 いただきますという言葉は命をいただくことに対しての簡易表現だと聞いた。つまるところ、殺し屋さんが相手を殺すときに言ってもおかしくないと言う事か。

「つながりもない相手に愛情なんて与えないでしょ」

「そうかもしれないけどね、相手を思いやる気持ちだと俺は思うよ。生きとし生けるものってある意味自分とつながってるから、見ず知らずの相手でも、愛そうって気持ちを大切にしないといけないよ」

「だけどさ、作っている人はあくまでイメージの中での人に対して、それって美化されているってことだよね」

「まぁ、そうじゃないかな」

「やっぱり、そうでしょ? そんな人、現実にはいないのに」

 そう言うと白けた表情をされる。脳内でしか食べてくれる相手なんてイメージできないと思うんだが。

「たまに冬治君ってさ」

「はいはい」

「薄気味悪いことを口にするよね」

 割ときつめの言葉が来たが、俺はその程度でへこたれない。

「ここがね」

 俺は人差し指で自分の頭を叩いて見せる。

「具合が悪いんだ。だけど、イメージであれ、そういう気持ちって大切なんじゃないかって俺は思う」

「ふーん? ねぇ、もっとわかりやすい表現ってないかな?」

「ないね、今の表現が俺の限界」

「他人に理解してもらおうって気概が無いの?」

「ありません」

 そう言うと不機嫌そうな顔をされ、彼女はそれ以上何も言ってこなかった。お互いがコミュニケーションをあきらめた瞬間と言える。

 こうして俺たち二人は微妙に溝が出来たまま白線の前に立った。おかしな話だ、朝だけみれば、仲良い雰囲気だったんだがね。

 自分の気配り具合の低さに嘆くが、もはやこれまでだ。しかし、ここから先は運命共同体。互いに協力という言葉を理解し、勝利という目標に向けて走る必要がある。

「位置についてぇ」

 女子生徒のそんな声が聞こえてきた。俺は前だけを見ている。遥か遠い場所にでも、絶対にたどり着けない場所にゴールがあるわけではない。

「今この瞬間は」

 そんな声がすぐ隣から聞こえてきた。

「うん?」

 声を発した人物と目があった。少しいたずらな感じの微笑みが湛えられている。

「二人で一人でしょ……さっきは、ごめんね。私がおかしかった」

「……いや、俺も意固地だったよ。自ら謝ることが出来るとは、さすが我が半身」

「葵だってば」

「スタート!」

 そして俺たちは走りだす。

「いっけー!」

 みんなの声援を受け、俺たちは走った。

「ふあっ」

「ぐえっ」

 しかし、どちらかわからないが、派手にこけて最下位になった。

 救護テントの下で足首を見てもらっていると、先に見てもらった葵が俺の肩に手を置く。

「えっと、けがは?」

「あ? あぁ、大丈夫だ。すげぇひねって涙目になりそうになったぐらいで済んだよ」

「……え、本当に大丈夫?」

「男の子は女の子の前じゃ強がる生き物なの」

 少しふざけてみたが、割と痛そうな顔が相手に伝わったかもしれない。

「……強がる必要なんてないのに」

「あぁ? んじゃ、んほぉぉぉぉ、痛すぎて涙が出ちゃうから、そのぱいぱいで慰めてって言っていいんですかね?」

「極端すぎるって……えっと、ごめんね」

「はい、何のことですかね?」

「……こけたのは私だし、ほんと、ごめん」

 そういって頭を下げられる。

「怪我」

「え?」

「葵、けがはしてないか?」

「……うん、おかげさまで。下になってくれたもんね?」

「さーて、何のことだか。偶然だろ」

「わかった、そういうことにしておくね、ありがとう」

 葵が去った後、保健の先生に意外と素直なわけじゃないのねと言われた。


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