南山葵編:第四話 それっぽいイベント
マロングラッセ、ビーフストロガノフ、ハバネロ。
俺はこの言葉を初めて聞いた時、豪華そう、強そう、耐久値が高そうだと思った。実際に見てみるとあくまでイメージはイメージとなるわけだが。
同じように体育祭という言葉がある。以前は秋にやっていたイメージだが、最近じゃ暑いからという事で前倒ししている所もある。うちの学園もそうだ。
「はい、というわけで出る競技はリレー関係以外くじ引きです」
南山さんがそういってくじをつくり、順番に引いていく。運動が得意な奴なら競技二枠出るとラッキーだろうが、苦手な奴は大変だろうなぁ。
俺も誰かと一緒にやるものは苦手だ。だから、出来るだけ単独競技がいい。借りもの競争がベストだが、くじ運はないからなぁ。
「さ、冬治君の番だよ」
「神が死んだ今、いったい誰に拝めばいいというのか……」
そして俺は男女混合二人三脚になった。やはり、神様は死んでいるらしい。
「俺の右乳首と、お前の左乳首を擦り合わせて優勝を目指そうぜ? な?」
相手は友人だった。あたりとも外れともいえない。
「表現がきもい」
「自分でもそう思った」
「じゃあ、何故言ったんだ」
「ほかに良い表現がなかった。毎回毎回、面白い言葉が出ると思うな」
誰も思っちゃいねぇよ。面白いなんて、一回も思ってないからな。
「しかし何故、俺がお前と二人三脚なんだ。男女混合だろ?」
「知らない。俺の運命の相手がお前だったというだけだ」
気色の悪いことを。
「ここはもう、女装するしかないだろ」
それでいいのか。
「俺は嫌だぞ?」
「俺に任せてくれ」
「なんでそんなにやる気なんだよ……」
「これを見てくれ。結構、女の子っぽいだろ?」
そういって確かに綺麗な写真を見せられた。ぱっと見た感じ、女の子だ。もとが美形なだけに、悪くなかった。
「む、なるほどこれなら問題ないな」
「だろ? 俺は将来探偵を目指しているんだから変装は頑張らないとな」
そういう場合は無理せず、人を雇えばいいと思うんだが、人で何でもしたがりなのか、こいつは。
「はい、ノリノリのところ悪いんだけどくじが単純に間違えていただけだから、はしゃがないでね」
そういって南山さんが割って入ってきた。すこし騒ぎすぎたらしい。
「只野君は騎馬戦だから」
「こんなひ弱な男子に騎馬戦をやれと?」
友人は見た目だけなら中性的な見た目の、あまり筋肉質ではない男子だ。
「あのね、私にこのまま騎馬戦をやれって言うの?」
「屈強な男子生徒の群れに南山さんが入り込んで滅茶苦茶にされるのか」
その想像を男子生徒全員がして、全員が首を振った。俺もその中の一人だ。
「今、途中から大将になって相手を打ち取ってたぜ?」
「あ、俺も。なかなか悪くない采配だな」
「相手もひるむ」
「なら、このまま騎馬戦は風紀委員長で問題なくね?」
「だな」
「むしろ、只野が来ても役に立たないんじゃ?」
全力で迎え入れるべきじゃないかと言って、相手が女子なら多少男子も油断するかもしれない、その一瞬のすきを突いて相手の大将を落とせばいいと言っていた。
「いやいや、無いから。私は冬治君と二人三脚するから」
南山さん、俺とそんなに二人三脚がしたいのか……なんて思うわけもない。ほかの女子ならいざ知らず、南山さんだ。
「まぁ、委員長がそういうのならしょうがないな」
「じゃあ、俺は女装して騎馬戦に出るから」
「相手の動揺が誘えるかもしれないな」
「あぁ、ルールに女装して騎馬戦しちゃ駄目って書いてない方が悪い」
ふざけて言ったのか知らないが、本番、かなりの効果を上げることになる。
「二人三脚、よろしくね」
「オーケー」
俺はしばらく考えて、男子から見たら二人三脚で女子と走れるなんていいじゃないかと思うんだ。
「事故を装ってラッキーがあるかもしれない」
昼休み、男子連中にそんな事を話したら白けた顔をされた。
「お前、何歳だよ。ガキじゃないんだから」
「むしろ俺らの年代の方がストライクでは?」
「いや、触りたい時に触らせてくれる彼女いるし。なぁ、皆?」
その問いかけに八割が頷いていた。
「え、えぇ……?」
なに、ここの学園の男子ども。
「いや、ねぇ、残りの二割の方々は?」
「ちなみに我々は現実に絶望し、二次元に世界を求めた。なぁ、同志達よ」
「だな。既に仮想現実の世界が出来上がっているので後は意識を潜り込ませるだけだな」
「ふへへ、僕のゆなたーん」
残りの二割も精神的に余裕があるのか、笑っていた。よく分からないが、超技術によってクリアしているらしい。
俺は転校前の学園を想像し、あのころは若かったのかとギャップにショックを受けていると友人に肩を叩かれた。
「お前の気持ち、何となくはわかるぞ」
「友人……」
よかった、俺にはまだ理解してくれる友達がいたんだ。
「しかしな、ワンタッチ反省文十枚は、正直辛い」
「は?」
「じゃないと、女子生徒全員にこういう事をしたと言う情報を送った挙句、ご両親にも送ると言われたら書くしかない」
ほかの男子もそのようで、さっきの言葉は強がりらしい。
「むしろ書かせてくださいだ」
「そうだ、その程度の制裁で済むのならやってなくてもやるよ」
「俺も去年、やってないのに言われたけど書いたよ!」
「いや、何故触ってもないのに書いてるんだよ」
ほかの男子たちが騒ぎ始めた。
「だってよぉ、触ってない? もし、触っちゃったら駄目だよって人差し指でおでこを突かれたんだぞ? 構ってもらうのなら触りました、すみませんって言うだろ」
言わねぇよ。ありえねぇよ。
「……触れる相手がちゃんといるんだよな?」
もしかしたら頭の中にいるのかもしれない。触れる相手がいると言いながら、実体を伴っていない場合は詐欺と言える。
「おうとも、隣のクラスにいる」
だったらそいつで我慢しとけよ。
「まぁ、なんだ。セクハラで訴えられないように気をつけろよ」
「……気をつけとくよ」
そして、個人練習をおこなうと言う事でその日の昼休みにグラウンドに集合。
「ねぇ、冬治君」
「何、南山さん」
「それ」
俺の脇腹に人差し指を突き付けてくる。
「な、何さ?」
何かおかしなことをしただろうか。今日はまだしてないぞ。
「それ、南山さんっていうの」
「それはお前さんのことだろうに」
実は違う苗字なのかもしれない。
「は、さてはお前さん、南山さんじゃないのか? どこの忍者だ」
「……ごめん、疲れるから真面目にやって」
「つい……それで、呼び方がいけないっていうのか?」
「そう、呼び方、葵さんに変えてよ」
「は?」
片眼をつむって、いたずらっぽくつぶやいていた。
「葵さんと呼んでね。二人三脚をするのに他人行儀だと転ぶかもしれないから」
そんなの初めて聞いた。だけど、そうやって近づく機会があるのはいいことだ。誰かと仲良くなるのって、楽しいことだからな。
「んー、それよりさ」
「あ、もしかしてもっといい呼び方があるとか?」
「うん」
「へー、冬治君って、積極的だね。なんって呼んでくれるのかな」
「あのさ、我が半身の方が格好良くない?」
俺たちは二人で一人的な熱い展開があるかもしれないし。
別の展開としてはえっちなほうか。こちらは、ないない。だってワンタッチ反省文なんてリスク高すぎて触る気が全く起きない。
「ださい」
「一刀のもとに切り捨てられる我が言葉よ……少し、中学生っぽかった? ほかの候補だと……」
「いいから。葵さんって呼んでよ。わかった?」
「わかった、ただ、さんを付けると年上っぽいから葵って呼び捨てにするよ」
「え?」
露骨に嫌そうな顔をされた。何、想定内さ。本当に通したい自分の意見というのは一度断られた後に持ってくることによって、相手の妥協を誘いやすくなる。
「駄目なら我が半身」
「葵でいいから」
俺たちは一心同体なんだと言う暑苦しい展開は今後なさそうだ。
「じゃあ、さっそく紐で足を縛って」
「俺が葵を縛っていいの?」
「力いっぱい絞めないでよ」
俺は屈んでため息をついた。
「……女の子を縛るってなんだかドキドキするね」
「せんせー、ここに変態が一人います」
「ああああ! 待ってよ、我が半身」
「葵ね?」
華奢な人差し指が俺の下あごに突き付けられた。
「今度間違えたらコンビ解散だから。そうなったらどうなるかわかる?」
俺は顎に手を当てて考えてみた。
「わかるさ」
「どうなるか言ってみてよ」
「本番において二人三脚の優勝候補は俺になるだけだ」
この返答に彼女は頭痛がしたらしい。人差し指でこめかみを押さえていた。
「……一応聞くけど、どうして?」
「俺一人で走る。よって、優勝する」
「それさ、全生徒の前で、保護者の前で二人三脚中に独りでスタートラインに立って、走るんだよ? 恥ずかしくないの?」
確かにそうかもしれない。
「葵の言うとおりだな」
「そうでしょう」
「だけどね、勝つためには必要なことだってあるんだよ。勝つためには、手段を選んだりしない。クラスの貢献の為なら俺は、恥辱に耐えてみせる。そして我が半身、南山葵の御名を優勝後のコメントで高らかと告げるのだ、んほぉぉぉ……」
あとは野となれ、山となれ。
「二人三脚は一人で走れません」
「横暴だ。ルールブックに書いているとでも言うのか」
「書いてます。普通に失格だからね?」
「俺は、俺はどうすればいいんだ……」
恥辱に耐える精神があるというのに、まず走ることすら許されないなんて。
「私と一緒に走ればいいだけ。変な方向性にもっていかないように」
「はーい」
「それと、劣情を抱かないように真面目にね?」
「……へーい、そちらは重々承知してます」
そして俺たちはそれから真面目に準備に取り掛かった。
とはいっても、お互いの足を縛るだけだが。
お互いの身体を密着させ、俺たちは二人で一人になった。変な事を考えるなと言われた以上、隣の奴を男だと思っておけばいい。
「葵」
「なぁに?」
思ったよりも肩幅広いなと言おうとしてやめた。この発言は後々問題に発展しそうである。
「走り始める時は内側と外側、どちらから行くつもりだ?」
「んー、外側かな」
「よし、さっそく練習開始だな」
肩の高さが違うため、それなりに走り辛い。それは向こうも同じようで何度かこけそうになった。
そして、疲れたころにこけてしまって葵を下敷きにしてしまった。
「あ、悪い」
「こ、こういう時は……」
「なんだね」
「男の子が下になってかばってくれるものじゃないの?」
葵を助け起こし、俺は首をすくめた。
「ないない、葵に劣情抱かないよう、女として一切見てないからねぇ。それに、変に当たって反省文なんて、あほらしい」
頭の中のヒロインは葵から七色にシフトしている。だって、あっちのほうがちょろそうだし。惚れ薬を使おうと思ったが、何せ、タイミングが難しい。ガードが固く、時折、俺のことをたまに怪しむからな。
「あぁ、そう。そう言う態度取るのならもういいよ」
葵はそういってその場を立ち去ろうとした。
「葵」
「引き止めないで」
「まだ、紐を解いてな……」
案の定、彼女はこけそうになったので後ろから支えてやった。
「意外とそそっかしいのね」
「ちょっといらっとして周りが見えなくなっただけだから」
俺はしゃがんで葵と繋がっていた紐を取った。
「はい、これで動いてもこけないから……あ、ちなみに俺にタッチしても反省文とかないから安心してくれ」
「うっさい、ばか」
一発俺のお腹にパンチをして葵は去っていく。初めて、あの子に馬鹿と言われたかもしれない。
「あれ、冬治ってば何してるの?」
「あ、七色か。今ちょうど、二人三脚の練習が終わったんだよ」
おそらく、最悪な形で。
「へー、面白そう。あたしも一緒にやってみていい?」
「いいけど、制服姿だとこけると汚れるぞ」
「大丈夫、予備があるからさ。ね、いいでしょ?」
「しょうがねぇな」
「行くよ、我が半身!」
「……センスのなさを改めて実感した」
その後、俺たちは少しならしたあと、実際にコースを走ってみる。一度もこけずに葵の時よりいいタイムが出た。
「あれれぇ? あたしたちってば体の具合もいい感じ?」
「……このこと、絶対に葵に言うなよ?」
「あなたの一番に、あたしはなれないの?」
「なってるから問題なんだよなぁ」
ははぁ、風紀委員ざまぁと首切りのジェスチャーを七色はやり始めるのだった。
さすがに俺が言いすぎたので葵にはその後、謝っておくことにした。
「別にいいよ、気にしてない」
「その割にはすっごい顔で俺のことを睨んでないかね?」
苦虫をかみつぶした目で俺を見ていた。
「それはやましい気持ちがそうさせているんじゃないのかな……で、どうして七色さんが冬治君の隣で首切りのジェスチャーをずっとしてるの?」
「えっと……わからん」
「ははは、風紀委員長、お前の時代は終わった。これからは私たちの時代……彼はあたしを選んだのだ」
「って、言ってるけど?」
そこのところ、どうなっているのかと言う目を向けられる。
俺は黙って葵の隣へと移動した。
「え、冬治……嘘だ、そんなの」
「ごめんな、お前さんとは遊びだった。暇つぶしに付き合ってくれてありがとな。でもさ、お前さんも楽しんでくれていただろ? だから、俺一人を一方的に攻めるのはかんべんな」
「う、あぁ……」
「葵も何か言ってやってくれよ」
「……冬治君のパートナーは私だよ。今まで、お世話をしてくれてありがとね。だけどもう、何もしなくていいから、してもらったら、困るから。さよなら」
葵もなぜかのってくれた。普通は怒りそうなものなんだが。
その場で七色がくるりと回る。
「次回、気になるあの方は鍋奉行。彼氏と思っていた相手が実は嘘だった。七色虹に絶望が訪れる……」
男ってやっぱりくずばっかりねと占めて、クラスメートたちに拍手を強要し、七色は去っていった。
「で、ノリに乗ってあげたけどあなたの一番とはもう走らなくてもいいの?」
「ありゃりゃ、見てたのね」
「……そりゃあね」
憮然としていたあと、そっぽを向いた葵の肩に俺は手を置いた。
「俺はそれでも葵と走るよ。もうおふざけは一切なしだ」
「そ、じゃあ、頑張ろうね」
「ああ」
これからうまくやらないとな。




