南山葵編:第二話 ぐいぐいとワンモア
最近、気になる女の子がいる。
屋上で昼飯を只野友人、七色虹と一緒にベンチに座って空を眺めながら食っている中考えてみた。
「あはは、風紀風紀。風紀を乱す奴はさらし首じゃあ! ばーい、南山葵」
「違う、七色じゃない」
風紀をそれなりに愛しつつ、適度にガス抜きが出来そうな人物である南山葵さんだ。しかし、聞いた話じゃ教師側にも堅物で通っており、そっちの信頼も非常に厚い。
「冬治爺さんや」
「なんだい、友人ばあさんや」
「女子生徒の情報を集めてくれといわれて多少引いているのに、更に南山さん限定でって来られると普通に引く。お前は将来、電車に乗って痴漢して人生破滅の道に向かうね」
「は?」
そこで七色が手を挙げた。
「この人、痴漢です!」
「駅員です。ちょっと話を聞かせてもらいたいので事務所に来ていただけますか」
俺の人生が一度終わった気がした。
「冤罪はともかくとして、この前、南山さんに恥をかかされただろ?」
「恥?」
「底辺組の俺たちがいつ恥をかいたって言うんだ? いつだって恥をかきまくっているじゃあないか」
謙遜するなよと言われ、七色からは肩を叩かれた。
「お前さんらと一緒にするなっての」
「そんな、ひどい、私とは遊びだったの?」
泣き崩れる七色。
「はい、都合の良い女友達でした」
「俺とも遊びだったのか」
泣き崩れる友人。
「イエス」
「わたしとも遊んでくれるの?」
気づけば、南山さんがベンチの端っこに座っていた。友人がぎょっとして立ち上がる。
「敵襲、てきしゅー。南山さんが来たぞー。あ、七色が南山さんの威光を受けて浄化されてしまうっ」
「げやぁぁぁぁ、こ、心が、心がきれいにな……」
なぜかそこで無の表情になった。この後、どうなるんだろうかと全員で注意深く見ていると女の子がしちゃいけないひどい顔になった。
「げやぁぁぁぁ……」
「何もネタが浮かばなかったからと言って叫び声でごまかすのはどうかと思う」
「あと、女の子があげていい悲鳴じゃ絶対にないよね」
「ぐさりっち……」
七色は胸を押さえて動かなくなった。大して無い胸だから防御が出来なかったか。
「被害者は言葉の刃物(推定刃渡り五十センチ以上)を胸に受け、重症です」
その場でぱたりと倒れて動かなくなった。
「あ、そうそう、只野君。お昼からの数学の授業ね、小テストがあるんだって」
「はーん? この暴虐の限りを尽くすヒャッハーともくんが小テストが怖いとでもぉ?」
こいつ、ろくに勉強しないからなぁ。南山なりに心配して、情報を横流ししてくれたのかもしれない。
「今度のテストで悪かったら先生が只野君と話をしたいってさ」
案の定だった。
「今から教科書を見直した方がいいんじゃないかな……もちろん、強要なんてしないけどね」
「あらそう? 葵ってば情報渡してくれるなんてやさしー」
「ヒャッハーともくんはどうした?」
「……す、数学のちぇんちぇーと俺のママン、知り合いなのね」
ああ、それはご愁傷さま。
「んじゃ、とぉじぃ、あたしぃ、これ以上おふざけできないからさき戻るねぇ。ほぉら、七色も帰ろうって」
「……女の子として傷つけられた。もうどうすればいいのかわからない」
ギャルになったまま、友人は七色を伴って行ってしまった。
「小テストがあるのか。俺も戻った方がいいかも」
置いて行かれてしまったが、俺も戻って対策をたてたほうがいい。
「ストップ。何のために人払いをしたのかわかる?」
腕を引っ張られ、俺は再度座らされる。
「わかりません」
告白だろうか、なんて馬鹿な事を考えちゃいない。じゃあ、何か。冷静に考えてみれば良くないことだ。
「最近ね、怪しいサプリメントを売りつけたりする事件が起こっているんだって」
「ほぉ」
そう言えば転校してくる前の学園でも気をつけましょうって話があったな。
「それで、一人の生徒に話を聞いたら、とうじという男子生徒に渡したって話があったの」
「なるほど」
そいつは良くないな、うん。怪しいサプリメントがどういった効果をもたらすのか知らないけれど、あまりいいことはないんだろうね。
「よろしい、協力しましょう」
「話が早くて助かるよ」
「名前がとうじの男子生徒を見つければいいんだろ? 容疑者確保に人員が必要か」
そう言うと微妙な顔をされた。おかしい、これから二人でちょっと非日常な事件を追いかけて気づけば二人の間に熱い友情が芽生えるはずなのに。
「……はい、両手をあげて」
「Why?」
「あなたが容疑者の一人です。お名前は?」
「人呼んで、ノータッチゲイザーと申します」
南山さんの目が少し怒りに傾いていた。切り札はあるが、できるだけ穏便に済ませたい。
「オーケーオーケー、いいでしょう。ここはおとなしくしておきましょう」
「ご協力感謝します」
「いえいえ」
「簡単にボディーチェックするから」
何も悪い事をしてないし、ちょっと変わった物なら惚れ薬ぐらいしか持ってないな。というか、ボディチェックってまるで不良みたいだ。
「あ、待った」
「え?」
惚れ薬って、一般的に考えて怪しい薬だし、アウトかもしれない。
「あそこに、怪しい奴がいない?」
「うん?」
屋上側を指さすと振り返ったのでその隙に茶色い小瓶を屋上の端へと転がしておいた。
「……いないけど?」
「もう逃げたのかも」
彼女の目が俺を見据えたが、受けて立つような視線を送っておいた。
「……まぁ、いいでしょう」
そういって彼女は踵を返す。
「え、ボディーチェックしないの?」
「今やったって、効果ないでしょ?」
今の一瞬だけで勘付いたのだろうか。そうなるとかなりの疑り深い性格か、それとも女の勘ってやつかねぇ。
「さてね、何の事やら」
「嘘をつくのは自分のためにならないよ」
俺もね、変な事で嘘はつきたくないんだけどまさか惚れ薬を所持していましたとか言えないじゃないの。
こうなったら嘘は最後まで突き通さないといけないが、相手に信頼を与える方法を見つける必要が出てくる。
「よろしい、いまだ容疑者と言うことか」
「ええ」
彼女の見る目は友達に向けられるものではなく、容疑者に向けられるもの。いい目をしている、
「俺は悪者じゃないと言う事を証明する。そのとうじという人間を捕まえればいい」
「ふぅん?」
「手伝いを申し出るのはおかしいことかな?」
「好きにするといいよ」
惚れ薬を使用すると言う話は一旦脇に置いておくべきだな。所持していると危険だ。
去っていく南山さんの背中を見送る。
彼女が完全に屋上から姿を消すのを確認してから俺は転がしておいた惚れ薬を探そうとして足を止めた。
背後に、人の気配を感じたからだ。
「あれ、南山さん忘れ物?」
振り返らずそういうと、声が返ってくる。
「ん? 何が? 冬治君も探し物でもあるんじゃない?」
「なんの事かな? 俺はこれから体を動かすつもりだったんだよ」
姿を消して一旦俺を油断させ、罠にはめるつもりだったのだろう。恐ろしい子である。とても、この年齢が考え付くようなものじゃない。まるで、悪者の手の内を知っているかのごとき考えだ。
「南山さんはどうしたの?」
「冬治君と一緒に戻ろうと思ってね」
「なるほど。嬉しいことを言ってくれるね」
俺は屋上に未練を一切感じさせないように戻ることにしたのだった。両社痛み分けと言った感じか。
今度、回収しに行く必要があるな。




