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羽根突律編:最終話 偶然うまく、いっただけ

 俺は部長と話してから三日目に女子水泳部へ復帰した。

「愛の力ってすごいね」

「……そうだな」

 二人でミーティングをおこなっていた時に田所はぽつりとつぶやいた。彼女の言葉に俺はとぼけたりつっこみをすることなくしみじみと頷く。

「我々は侮っていたのかもしれない、あの、羽根突律と言う少女の行動力を」

「まるで生物兵器に町を蹂躙された人が言うようなセリフだ」

「実際問題、あの子が暴れたらそのぐらいの被害が出そう」

 付き合いだしたその日の夕暮れ、りっちゃんは俺のことを怪しいと思い、田所のところに現れて無理やり話をききだしたそうだ。二日目は残っていたパイプ椅子の清掃や処理を水泳部全員で行うよう説得した。もはや彼女の用済みとなり、一緒に遊ぶための障害となった清掃を処理するためだ。

 まぁ、パイプ椅子の清掃が終わっただけでほかのボランティアは普通に参加予定なので簡単にうまくいくはずもないが。

「まさか話すなと言っていた張本人がばらすとは」

 俺のジト目を受けて、田所は目をそらした。

「あははー、悪いね。まさかあの子が私のあんなことやこんなことを知っているなんて」

 どうやら弱みを握られているようで、これから先の部長がやりづらいだろうなぁと思っていたりする。

「パイプ椅子の掃除が終わったときの羽根突の表情見た?」

「ああ、見たよ」

 作業が終わり、俺に対してサムズアップするりっちゃんにどのみち、イメージアップをする必要があるから一緒なんだよと伝えてあげた。じゃあ、そいつをなくせばいいじゃないですかと言われた。

「まぁ、確かにその通りだがね」

「見ててくださいよ、お尻を拭くぐらい、わけありません」

 そして、二日目には職員室に殴り込み。これこれ、こういうことがあって本来評価されるべき人間が(といっても下着泥棒の猫を捕まえた程度だが)不当な扱いを受けている。そういったことを野放しにしていいのかと問題提起した。

 これを好機と見たのか七色先生も加勢してくれて急遽先生たちは話し合いをおこなった。学園ボランティアの参加予定欄にはほとんど俺の名前が載っていたこともあり、女子水泳部のみんなも話をしてくれたのでうまくいった。また、教師側としてもこれが原因でいじめにつながるのではないかという危惧した意見も出たそうだ。

 決め手となったのはりっちゃんが自分はあの男の彼女であると断言したことだった。まぁ、決め手となったといったが、あくまでりっちゃんから聞いた話。決め手にすらならなかったんじゃないかと俺は思っている。

「この学園に転校してから翻弄されてばっかりな気がする」

 学園内で迷い、裏庭でさらに迷い、水泳部のパンツをつかみ取った。その後は新聞部とか第二新聞部とかもうわけわかんないよ。

「何言ってるの、これからもっと振り回されるんじゃないの?」

「え、なぜ?」

「ははぁ、そこでなぜと言う言葉が出るあたり、あの子のことをまだよくわかっていないんじゃないのかなぁ」

 部長はそういって深いため息をついていた。

「……まぁ、確かにな」

「さて、申請書の印鑑はもう押したから、あとは顧問に渡しておいてよ」

「わかった、いつぐらいになるのか生徒会にも聞いておく。わかったら田所に伝えるよ」

「ぶ、ちょ、お? おっけー? あなたはマネージャーで、私は心根が優しくて美貌を兼ねそろえたスーパー部長だからね?」

 スーパー部長ってなんだかスーパーにいる部長さんっぽいぞ。

「わかりました」

「よろしく」

 そういって二人で男子更衣室を後にする。

 更衣室を出ようとして、先を歩いていた部長が足を止めた。

「どうした? 田所部長」

「なんだろう、プールサイドからガールズトークが聞こえてくる」

 そんなことを部長が言うときはご機嫌が斜めになり始めた証拠だ。

「わが愛しの水泳部員に乳無し共は真面目に泳いでろと命令したばかりなのに」

 とりあえず確認するために扉を開けた。そこにはプール内部で水鉄砲片手に遊んでいる連中やら男子水泳部にまじって筋トレをしている人たちもいた。

「筋肉系女子、これは流行る!」

「マッチョ、マッチョ、マッチョ」

「いい? 筋肉は日々のお手入れが大変なのよ!」

 男子水泳部も女子と合体したためか、和気あいあいと部活をしていた。

 真面目に練習をやっている部員はどこにも見当たらない。

「……今後のことを考えると、お互い苦労しそうね」

「本当、どうしようか」

 俺は部長と一緒に肩を落とす。

「これ、すごくない?」

 そんな中、おニューの水着を披露しまくっている彼女の背中を見つけた。

「すげー、彼氏ができてまだ一週間たってないのに大胆カットのビキニとか!」

「この悩殺ビキニで彼氏を堕落させたげる」

 ない胸を逸らしたところで周りの水泳部は笑っていた。

「無理だわー」

「これで落ちる奴はいないよね」

 そういいながら全員が意味ありげな顔でこっちを見てきた。

「こらー、お前らいい加減練習しろっての」

 俺が何かを答えるよりも先に、田所が両手を挙げると部員たちは散り散りバラバラ逃げていく。もっとも、プールに逃げ込んだのは数人でほかはベンチやら更衣室だったりする。

「マッチョ殺法壱の型、演劇の時の草役!」

「弐の型、木役!」

「さ、さすが男子水泳部……だけどね、元女子水泳部員にも奥義はある。みよ、元女子水泳部奥義、通りすがりのボイン!」

「んなふざけた方法を奥義にするな!」

 男子に交じってふざけていた連中も漏れなく部長に追いかけられた。もちろん、男子生徒も田所部長に折檻されている。

「まったく、先代の部長はよくもまぁこんないい加減な奴らを率いたもんだ」

「今日から俺たちも水泳部員なんで、一緒にお仕置きをお願いします」

「素直でよろしい、全員とっちめてやる!」

 そういって逃げて行ったメンバーを探しに行った。それを機会と見たのか、左野とりっちゃんがこっちにやってくる。

「どぅです? すんごいえっちぃでしょ?」

 変にしなをつくって聞いてくるりっちゃんには苦笑しか出ない。

「セクシーすぎて目がつぶれそう」

「それ、誉め言葉じゃない気がする」

 左野に突っ込まれたが、なぁに、些細なことだから気にすることはない。

「彼氏が最大級の誉め言葉を言ってくれた。もう言い残すことはない」

 そういって成仏した。

「……いいんだ、あれで」

 多分違うと思う。変なテンションになっているだけじゃないだろうか。

 その場でクルクル回る彼女を見て、今後も世話してやったり、逆にされたりすることもあるんだろうなと退屈しない未来を想像するのだった。

 部長の説教で大半の部活の時間が削られた。顧問から説教は短くして、相手に改善してほしいところを告げないと何が言いたいのかわからないわよと注意を受けていた。

「途中、なんで私には彼氏が出来ないのよって私情がまざっていたし」

「うっ……すいません」

「もう、いっそのこと、部長は注意せずにマネージャーに任せておいてもいいかもね」

「え、俺ですか」

 七色先生の言葉に驚くしかなかった。先生に申請書を出すために待っていたのが間違っていたかもしれない。

「それ、いいかもしれませんね」

 隣で待っていたりっちゃんもそんなことを言い出す。

「いや、そうなったら部長が私の仕事を盗るなって怒るでしょ」

 田所を見ると何やら考え込んでいる。

「んー、面倒くさいけどそっちのほうがいいのかも。ほら、真白が深く知っての通り、私って怒ると周りが見えなくなるし」

 今日は二桁のビート板が宙を飛び、二本のコースロープが部員を襲っていた。後半はマジ切れさせたことに部員たちは後悔していたりする。

「なんというか、ふざけて犬がご飯を食べているときにちょっかいだしてたら咬まれた、みたいな?」

 こういっていたのは一番ふざけていた女子部員だったりする。

 結局のところ、真面目にやっていなかった部員たちが悪いのだが。

「面倒くさいことは全部マネージャーになげっぱします」

「えぇ?」

「大丈夫、困ったときは私を頼っていいから」

 そういってりっちゃんが胸を力強く叩いた。

「……一番ふざけていた部員がよくもまぁ……」

 部長はぶつくさいっていたが、その日は解散となった。

「お待たせ」

「終わった?」

「ああ、なんとかな」

 校門で待っていた左野を含め、俺たちは帰り始める。

「輝かしいことに、真白マネージャーのお仕事がまた一つ増えました」

「え?」

 驚く左野に、りっちゃんが説明している。俺のほうは今後どうしたらいいかわからないので何か知識を手に入れる必要がありそうだ。

「ねぇ、冬治先輩」

「なんだ?」

「迷ったときは、あたしを頼っていいから」

「……一人一人の水泳部員が、そうやって相手のことを気遣ってくれれば部長の心労も減るだろうさ」

 後日、他の水泳部員たちからも自分を頼ってくれと言われた。頼れる部員たちの満面の笑みがこいつ、からかっているのかと思わせるには十分だった。

「それはそうと、海に行きましょうよ、海。彼氏に水着を見せなくちゃ」

「もう見た」

「うわぁ、本当に彼氏としてそれでいいの?」

 左野に呆れられた、りっちゃんはトラブルメーカーだからな。

「そうだ、左野も一緒に海に行くか?」

「え?」

「まだ俺だけじゃりっちゃんの子守は難しそうだ」

「んー、えっと、いいの?」

 左野はりっちゃんに確認している。俺の彼女はうんとうなずいた。

「もちろん。彼氏に飽きたら親友で遊ぶから」

 笑顔だけは百点のりっちゃんがそう答えてると左野の顔は少しひきつっていた。

「よし、これで女子が増えたな」

「うっわ、それひどい」

「いやー、なんだろうか。男子一人で女子二人っていいよな。ハーレムみたいで」

 俺のこの発言が、海に水泳部員が男子を含め全員集う結果を招くとはこの時思ってもみなかった。

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