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羽根突律編:第二話 不運と噂の男子生徒

 一学期はものすごく残念な毎日を過ごす羽目となった。新聞部が俺のことを下着泥棒の犯人として間違えて壁新聞に掲載してくれたおかげでひどいものとなった。まぁ、後に女子水泳部の皆様が俺の悪評を消してくれたわけだが、風評被害か、女子生徒のヘイトを稼ぎやすくなったりする。

「何かの拍子に捕まったら体育館を借り切ってブルーシートの上に女性のパンツが色とりどりに並べられそう」

「電話がかかってきたら何色のパンツをはいているのか聞かれそう」

「夜な夜なパンツを履いてそう」

 こんな感じだ。

 ちなみに、これらの噂を聞いてりっちゃんと左野は怒ってくれた。

「まったく、ひどい噂よね」

「最後のは本当だぞ?」

「……え?」

 まるで浴室に発生した黒カビを見つけたような視線を向けられた。

「え、左野ってばパンツは脱いで寝る派?」

「……あ、そっか。てっきり女の子のパンツを履いて寝てるのかなって」

「きっとノーパン部がでっちあげた噂だな」

 本当の名前は穀物育成部らしいが、パンを憎しんでいるためお米のことしか頭にないらしい。朝食のパンにノーと言おう、からノーパン部となったそうだ。ついでに、部長がパンツを履いていないことで有名だ。ほかの部員はノーパン部と呼ばれることをあまり快く思っていないとのこと。

「新聞部の部長もさ、人間には誰しもミスがあるみたいなことを言うし、お詫びと訂正の中にも新聞部は悪くないみたいなことを書いていたし」

 憤慨する左野にりっちゃんもうなずいている。

「だよね、おかげで元からあった新聞部アンチが第二新聞部を作っちゃうし」

 そして、第一新聞部は何やらスキャンダルがあったそうで第二新聞部に脅されて各部員は退部に追いやられ、壊滅した。第二新聞部が設立して一週間程度の出来事だ。

「いまだに先輩の誤解は放置されたままだし

「確か、第二新聞部はりっちゃんの友達が部長だったか? だったら頼めないかな」

 第一がなくなったのなら第二に任せればいい。そう思ったが、りっちゃんの反応は鈍いものだった。目を細め、何やらうなっている

「んー、第二新聞部も解体しちゃったしなぁ」

「え?」

「あくまで反対派の人間たちばっかりで、新聞部と言う存在には興味がなかったみたい。掛け持ちの生徒も多かったし、機能してないね」

 第一をつぶすという目的をもって集まった人たちは見事目標を達成して解散したらしい。そして、その発端となった俺の被害はそのままである。

「どうしよっか?」

 左野の言葉に、俺は深いため息をついた。

「もう夏休みも明後日から始まるしなぁ……」

 めんどくさいし、このままでいいかな。別に、女子生徒全員に嫌われたわけではないし。女子水泳部の皆さまはこれまで通りだし、俺のことを慕ってくれる後輩女子がいる。

 割とこれっていいことだと思う。

 タイムを計測したり、部の備品を買いに行ったり、顧問の先生や水泳部員の連絡係となったり、俺の部屋がたまにたまり場になったり……あれ、これっていいように使われているだけか?

「イメージアップしたほうがいいのかも」

 りっちゃんがそういって人差し指を立てた。

「イメージアップ?」

 俺と左野は首をかしげる。

「そう、学園のボランティア活動に参加するとか、生徒会メンバーに交じって毎朝校門の前に立って挨拶をするとかね」

「挨拶はもう夏休みだし時間がないんじゃない?」

 左野がそういって、りっちゃんもうなずく。

「そだね、だからボランティア活動」

「ボランティアかぁ……」

 うへぇという顔をする左野に、俺は苦笑した。

「別に、お前さんがするわけじゃないんだぞ?」

「え? あたしも事情がわかっているし、やったほうがいいかなって」

 単純にいい子である。

「左野はいつも通り水泳部に参加してて。私と冬治先輩で参加するから」

「リッキーが?」

 少し意外そうな感じで見ていた。普段はそういった活動に参加していないのかもしれない。

「うん、もとをただせば新聞部に伝えたのは私だからね」

 彼女なりに責任を感じていたようだ。

「あの時、私がこの感動は彼にパンツを差し上げてもいいって言ったのが間違いだったのかも」

「……なんだろう、素直にお礼を言えなくなってきた」

「そうね……」

 左野も人差し指でこめかみ押さえてるし。

「作戦指揮はこの羽根突律が責任を持つから安心して」

 右手で軽く胸を叩き、鼻息荒く胸を逸らす。

「それで、学園のボランティアってどんなものがあるの?」

「えーと、今の募集は……」

 白い指でスマホを操作し、りっちゃんは画面をこちらに向ける。

「草むしり、ゴミ拾い、パイプ椅子の清掃、体育倉庫(用具清掃)、温度調査」

 大体は想像のつくものばかりだが、最後のものはよくわからなかった。

「温度調査?」

「学園のあっちこっちに温度計が設置されているから正午になったら温度を確認するんだって」

「ほー」

 簡単そうだけど時間指定だから面倒そうだな。

 俺たちが選んだのはパイプ椅子の清掃だった。何のことはない、一番簡単そうだったからだ。

 夏休み初日、友人から遊びに誘われたがイメージアップのためにボランティアだと告げるとお前も大変だなと言われた。

「ま、もう巻き込まれちまった以上、自分のことだから何とかしないとな」

「それにかこつけて後輩女子といちゃこらするんだろ? 聞いてるぜ、一年の女子水泳部の羽根突とすげぇ仲がいいそうじゃねぇか」

 左野とならもしかしたらあるかもしれないが、りっちゃんか。

「出会って間もない、変人の気質がある相手といちゃこらできる胆力があると思うか」

「そういうもんは関係ねぇよ。気が合うのなら、時間なんてもんは関係ない」

 何か知ってそうな感じで親指を立てられた。

「ま、頑張ってくれ。俺はこれからラグビー部とともに海に繰り出し、水着のお姉ちゃんをナンパするのさ」

 そういって去っていった。帰ってきたら戦績を聞いておこうと思う。

 準備を終えて、俺はりっちゃんとの待ち合わせ場所の校門へと向かう。本来なら体育館に直接行く手はずになっていたのだが、彼女が男女の待ち合わせは校門と決まっているんですと言ってきたのでしょうがない。

 ここで変にいやだと言えばいたずら盛りのこの子は何か変なことをしでかすことだろう。

「あれ、真白君? 今日も部活を手伝いに来てくれたの?」

「あ、ども」

 水泳部顧問の七色先生が俺の姿に気づいて近づいてくる。

「今日はボランティアのために学園に来ました」

「ボランティア?」

「ええ、体育館の壇上の下に保管されている、パイプ椅子の清掃です」

「ああ、あれに応募したんだ?」

 参加者少ないんだよねぇとため息をついていた。業者がやるべきことかと思っていたが、ボランティアで賄おうと考えているのが少しどうかと思える。

「今日、羽根突と一緒に参加するんですよ」

 そこで先生が不思議そうな顔をした。

「そうなの?」

「ええ、あ、そういえば今参加名簿を管理しているの俺でしたね。理由はまぁ、俺のイメージアップとやらを手伝ってくれるってことです」

「どういうこと?」

 教師側には伝わっていないらしい。壁新聞が貼られてから少し時間がたっているし、七色先生自体が事情を知っているからあまり気にしなかったのもしれない。

「ほら、下着泥棒事件があったじゃないですか」

 懐かしいわねぇと先生はほんの少しだけ目を細めた。

「それで新聞部が間違えて俺を犯人として報道したおかげで、女子からはあまりよく思われていないんですよ」

「新聞部に撤回してもらえば……あ、そっか。第一と第二に別れたんだっけ」

「ええ、第一はその後廃部で、第二はもう機能していないそうです」

「困ったことね」

「ま、新聞部には頼れないので自分でどうにかすることにしたんですよ。それからイメージアップのためにボランティアをしようって羽根突が考えてくれたんですよ」

 うんうんと先生は頷いていたが、あまりピンと来ていないようだった。

「えっと、真白君。私がこんなことを言うのも違うと思うけれど……それ効果あるのかな」

 申し訳なさそうに言われ、俺も苦笑する。

「本当、教師が言う事じゃありませんね」

「ごめんね」

「いえ、俺もボランティアをしたところでイメージアップにはならないと思ってますよ」

 生徒で気にしている人なんていないと思うしなぁ。体育会系の部活なら活躍すりゃ、多少はイメージアップになるかもしれないが、俺は別に部活に入っているわけでもないしな。

「じゃあ、どうしてやるの?」

「羽根突が提案してくれたからです。イメージアップがたとえうまくいったとしてもマイナスがゼロになるだけでしょうけど、あの子とは一緒に何かをできますからね」

 俺がりっちゃんの意見に反対しなかったのは彼女が考えてくれたからだ。

「ま、ダメでも思い出になりますよ」

 もとから学園の女子と仲良くなりたいと思っていたわけでもないし、幸か不幸かそれが原因で水泳部の人たちとは仲良くなることが出来ている。

「そっか、真白君がいいというのならそれでいいのかな」

「ええ」

「本当に困ったら先生を頼ってね?」

「……そうですね、考えておきます」

 俺の生返事に先生は少しだけ困った顔をしたが、校門を通過していった。

「あ、先生」

「何?」

「夏休みに水泳部に顔出しても大丈夫ですかね?」

「当たり前でしょ、マネージャーさん」

 これはこれで問題になりそうだが、まぁ、いいや。目の保養になるし、時間つぶしになるだろう。

「しっかし、りっちゃんのやつ遅いな……うおっ」

 少し先の曲がり角からこちらをうかがっている待ち人がいた。なんだか知らないが、視線がじっとりとしていた。まるで浮気を見つけた娘(父親に虫のような視線を送り始める中学生ぐらい)のような感じだった。

 俺が気付いたことで相手はようやく近づいてきた。

「……謎の淫行教師との密会ですかぁ?」

「失礼すぎる。七色先生に謝りなさい」

 そういって俺は先生の後姿を指さした。相手がわかっていて謎も何もないだろうに。

「さーせんです、はい」

 心のこもっていない謝罪を終えた後、人差し指を立てた。

「年上だけど見た目が幼い感じの人が好きだと?」

「いいや」

「じゃあ、教えてくださいよぉ、冬治先輩の好きな女性のタイプを」

 田舎のヤンキーみたいに後輩女子が絡んできた。ほかの女子水泳部員もこんな感じのノリなんだから、やはりイメージアップしてほかの女子とも仲良くしたほうがいい気がする。

「ほらぁ、はやく答えてくださいよぉ」

 俺の好きな女性のタイプねぇ。

「そだね、まずは落ち着いている感じ」

「私だ」

 満面の笑みで自分を指さしていた。

「そんで、上品に笑う」

「これもぴったりぃ」

 手を叩いてその場で一回転。信じて疑わないその表情はサンタを待ち焦がれる純真ボーイの綺麗な目をしていた。

「おっぱいが大きくて」

「将来の私に違いない」

「髪の毛は長い」

「んー、いまは短いから伸ばせばいいか」

 ショートカットのりっちゃんは余裕ありげに笑っていた。

「やだなぁ、そんなに私にくびったけですか」

「ハートが強いねぇ」

「女子、水泳部員ですから」

 関係あるのかわからないが、彼女は今日もいたって元気だ。

「さぁ、そろそろ椅子の清掃に向かおうか」

「あーい」

 俺の腕をとって歩き出す。俺は将来、彼女がそんな人間になるのだろうかと後頭部を見つめてみた。

 もしもタイムマシンに乗って十年後の彼女がやってきても今と大差ない気がする。


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