羽根突律編:第一話 迷いの先にいる女神
羽津学園と言う絶対迷宮学園に転校してきたのは間違いだった。校舎内は移動教室の場所を覚えるために一人でうろついていたら普通に迷った。その後、偶然ながらも何とか(窓から)脱出できた。
俺が出てきたのはどうやら、裏庭だったようだ。
「この裏庭、なぜ迷路が?」
二メートルほどの生垣によって構成された緑の迷路。隙間を通ることのできない垣根が俺の前に立ちはだかっている。
右手法と言う時間はかかるが意地悪な迷路以外はクリアできる手段で脱出。やっとこさ脱出したゴールには造園部が作りましたという写真が飾ってあった。
「どいつもこいつも満面の笑みでむかつく」
チョップで額入りの写真をたたき割ってやりたかったが、余計な体力を使いたくなかったのでやめておく。
「そこの人っ」
改めて家に帰るため、校門を目指そうとしたところで声が飛んできた。振り返ると、いっぴきのブチ猫がこちらに何かを咥えて走ってくる。
「水色の……?」
魚だろうか。よくわからなかったが、猫の後ろを走っている女の子と目が合った。
「捕まえろってか」
「うん!」
久しく感じていない心と心が響き渡る瞬間だ。初対面だが、俺たちはもしかしたら気が合うのかもしれない。
「よし、任せろ!」
俺は両手を広げて走ってきた女の子を抱きしめた。
「ちょ、違うっ! 猫、猫を捕まえて!」
「ちょっとした冗談だ」
「冗談で初対面の女の子に抱きつきますかね」
初対面だからこそできるのさ。なまじっか、相手のことを知っているとこんなことは出来ないよ。
よく言うじゃない、旅の恥はかき捨てってさ。まぁ、この学園に今日から通っているんだけどさ。
猫は生垣を抜けようとして突っ込み、引っかかったのかこちらに卑猥なアナルを突き出していた。
「これが壁生えか。エロいな」
立派なふぐりが見えてるぜ。
「よーし、悪い子め。逮捕だ」
背後から優しく捕まえて引っ張り出してやるとデブ……失礼、すこし、ほんの少しだけぽっちゃりとした猫だ。彼は思いのほかおとなしかった。口には水色のパンツを咥えている。
「お前さんが探していたのはこれかい? ほぉら、返すんだ」
右手を猫の口元にやってくるとおとなしく返してくれた。猫に日本が通じたらしい。
「ほれ」
パンツを掴んで女の子に渡す。相手はぽかんとしていた。
「なんっていうか、雑に扱いますね?」
「雑? そうかい? 悪いね、女子の下着の扱い方なんて親から教わってないからよくわからないんだ」
「そうじゃなくて、普通、欲望渦巻く年齢の男子生徒なら口に含むか、頭にはめてみるでしょう?」
初対面の相手にすごいことを言われた。
「悪いが、このパンツは食用じゃないし、ヘアバンドでもない」
「冗談で言ったのに真面目に返された……」
「……冗談だったのか」
ちなみにパンツに興奮すると言っていた友達がいたのでまねてかぶってみたことがあったが、興奮は得られなかった。
「じゃ、俺は行くよ」
ふてぶてしい顔の猫を逃がし、俺も相手に背を向ける。
「あ、もう行っちゃうんですか? こういうときって名乗り合うのが普通だと思いますよ」
ないと思う。
それとね、直接相手には言わないけど絶対に、ぜーったいに変わった子だよね。面倒くさそうな子は出来れば遠慮したいんだよ。
顔立ちはけっこうよさげなんだけど、きれいなバラにはなんとやらだ。
「私、羽根突律って言います」
そういって俺を見てきた。名乗ってくれと目が言っている。
ここで俺の人生がゲームだったら選択肢が出ていたことだろう。名乗る、もしくは名乗らない。第三として各自、ふざけた選択肢が頭に浮かぶだろう。
「あぁ、いま、名乗らないって言おうとしましたね?」
「まるで俺の脳内を確認したかのような正確さだ」
「第三の選択まで準備してそう。口には出さないけど、おっぱい揉ませろ? みたいな?」
もしかしたらエスパーっ娘かもしれない。
おっぱいという単語が出てきたのでなんとなく、相手の胸へと視線が向いた。
「揉めるだけの胸がな……失礼」
「いいんです、今後は大きくなりますから」
「そう願っているのなら怖い顔でこっちに寄ってこないでくれ」
「本当に悪いと思っているのなら……」
怖い表情が一変し、満面の笑みとなった。
「名乗ってください。そうしたら許してあげます」
こういわれたらもう逃げるわけにもいかない。ここで無視したら今後、放送室をジャックして俺を探してくるかもしれぬ。
「真白冬治だ」
「なるほど、冬治先輩。心が冷えて態度が冷たそうな人間みたいな名前ですね」
「そこまでひどいこと言われたの生まれて初めて」
「あ、冬治先輩は私のこと、りっちゃんって呼んでください。まるで幼馴染みたいな親しさで、りっちゃんって」
「オッケー、りっちゃん」
そういうと唖然としていた。
「なんだ、どうした。ニュアンスが違っていたのか」
「ここは照れて、いや、俺は羽根突って言わせてもらうって……言うかなって」
「そうしたほうがいいのか?」
「もう、りっちゃんでいいです」
少し調子の狂う相手と知り合いになったわけだが、根は悪くなさそうなので良しとしよう。
さて、今度こそ帰ろうかと考えていると窓が開いてスクール水着を着た女子生徒が顔を出してきた。
「リッキー、犯人は捕まった?」
「うん、逮捕しちゃった」
そういって俺の腕を捕まえる。俺は自然と、スク水の女の子と目が合う事となる。
「……あんたね、屑野郎は!」
一気に憎しみのこもった視線へと変わった。
「待った、誤解だ」
「何がよ?」
「俺は何も悪いことはしていない」
女の子を抱きしめ、パンツをわしづかみにして、貧乳娘を哀れんだだけだ。
「リッキー、本当?」
そいつに聞いちゃいけない。俺が言うよりも先に、りっちゃんは口を開いた。
「この人に強く抱きしめられちゃった。乙女のハート、きゅんきゅんしちゃう」
俺の腕を放して、自分のほっぺに手を置いて悶絶していた。
これ、場合によっちゃ恥のかき捨てできずに停学、その後の退学コースじゃなかろうか。
「……あんた、リッキーの被害者ね」
深いため息とともに俺を気の毒そうに見る少女。
「なんだろう、日ごろの行いって大事なんだって思ったよ」
「で、その人は誰なの?」
再度友人だろうりっちゃんに答えを聞く。
「真白冬治先輩。下着泥棒の猫から下着を取り返してくれた人」
「恩人じゃないの。しかも先輩だったんだ……えっと、真白先輩、ありがとうございます」
少女は俺に頭を下げた。おやまぁ、つんつんしてそうだとおもったけど、案外素直なところもあるのね。
「あたしは左野初って言います」
「誰かの助けになれたのならよかったよ。じゃあ、俺、そろそろ行くから」
「あ、ちょっと待って。水泳部のほかのメンバーにも話したらぜひプールに連れてきてって言われたので行きましょう?」
りっちゃんがそういって俺の腕を引っ張る。
「そうね、それがいいわ」
「今は男子水泳部と女子水泳部に別れているんで、女子だけの水着姿見放題ですよ!」
「ちょっと、リッキー……そういうこと言わないでよ」
そういって少しだけ俺を警戒するような眼で見た。俺は悪くないんだが、まぁ、しょうがないか。
「すぐ近くには男子もいますから」
それだと分けている意味があまりないんじゃないかなぁ。
この後、俺は女子水泳部で英雄扱いを受けた。もっとも、その英雄扱いも数日程度だろうが。
ちなみに、盗まれたパンツは顧問の若い女教師のものだったりする。てっきり、りっちゃんか左野のものかと思っていただけになぜだか惜しいことをしたもんだと思ってしまった。




