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上条龍美:最終話 続く明日

 龍美のために新しい友達を作ろうとして結局うまくいかず、かといって龍美と心の底からつながっているというわけでもない。なんとなく、悩んでしまうことがあったりもするけれど、龍美は相変わらずだ。

 多分、俺が張り切りすぎているんだろう。龍美のためにと思ってしまうこと自体がよくないのかもしれない。もっと力を抜いて龍美のためではなく、龍美のことを見てやる必要があるんだろうなぁ。

 いや、こう考えること自体が考えすぎかもしれない。寝ても覚めても龍美のことを考えるなんて重症だ。下舌のおっぱいでも後ろから抱き着いて揉んでやれば俺も少しは冷静になることが出来るかもしれないな。こんど、お願いしてみようかな。

「この食玩は値段の割に作りが甘いかなぁ。ひとつ前のシリーズだと結構よかったんだよ? 塗りも悪くないし」

 二人でデートの帰りには龍美の部屋で講釈を聞いている。かといって、以前のように離れてではなく、ベッドの上で二人寄り添ってというところが違う。

 真面目に講釈しているのでそういったいいムードになることもたまにあるが、龍美が恥ずかしがって逃げることが多い。

「ふむぅ」

「そんでね、監修している人も割と有名な人で……」

 ま、そうやって真面目にやっているとちょっといたずらしてみるのも悪くない。

 脇の下にまず手をやる。

「ひやっ……」

 たったそれだけで龍美がびくついて言葉をなくした。

「……お、折れそうな細い部分も軟質素材で対応していてね?」

 ほぅ、こいつ頑張るつもりだよ。俺はそのまま胸のほうへ指を這わせる。ブラを服の上から指の上でなぞってみせると完全に龍美の動きが止まった。

「龍美、話の続きは?」

「う、うん」

 意地悪くそういうと横から見える龍美の顔が真っ赤になっていた。

「あと、関節の部分も……」

「ほぉ」

 俺は胸のほうではなく指を下のほうへ、お腹のほうへと移動させる。

「え、そっち?」

「そっちとは?」

 龍美の声に返答するが、何も言わない。

 また違った柔らかさの肉質にへその周りをいじってやっていたりして気づいたことがあった。

 龍美のやつ、少し太ってないだろうか。

 この言葉を口にした瞬間、しまりのない横顔でぼーっとしている俺の彼女との甘い空間は一発で終わりを迎えるだろう。

 空気がビシッと言ってダメになる。まぁ、太ってもいいじゃないか。

 それから数十分後、さんざん龍美で遊んだ後にそろそろ帰ることにした。

「あれ? 晩御飯食べていかないの?」

「え? ああ、さすがにデートのたびに彼女の家でご飯を食べていくのってどうなんだろう」

 今日は休日で、下には龍美の両親がいる。まぁ、当然変なことは出来ないので龍美をいじって遊ぶぐらいが関の山だ。

「大丈夫だって。お父さんもその気だよ」

「龍美のお母さんがその気ならわかるんだけどな……ま、もう準備してあるっていうのなら食べていくよ」

 なんでお父さんがその気なんだろうか。そんなに気にいられるようなことをしたつもりがないから逆に怖いよ。

「ちょっと待っててね。確認してくるから」

「おう」

 さっきまで一緒に座っていた龍美のベッドに再度腰かけて、スマホを取り出す。なんとなく、横になってみたら龍美の匂いがした。嗅いでいると安心できて、脳みそにとって栄養がありそうな感じ。

「……いつから匂いフェチになったんだろうか」

 天井を見るとそこには白い世界が広がっている。龍美は毎朝起きたとき、この光景を見ているんだと考える。

 何度か瞬きをしているうちに眠たくなってしまった。このまま横になっているとじきに眠ってしまうだろう。

 ま、どうせそれも龍美が戻ってくる間のこと。軽くまどろんでいても何かの物音で起きるに違いない。いい夢が見られるのならここで寝てみるのも悪くない。

 そして俺は目をつぶった。

 俺が目をつぶってどのくらいたったのだろうか。あれから結局、眠ってしまったようで何か甘いにおいがしたから目を覚ました。ここが龍美の部屋だというのはわかったし、どうしてここにいるのかもちゃんと思い出せる。

「……ん?」

「お、おはよう」

 耳をくすぐるような龍美の声がして俺の意識は完全に戻った。俺の目と合うとなぜだか目を閉じる。

「んっ……」

 そして、自身の唇を押し付けてきた。触れるのは数秒。すぐさま離れて顔を真っ赤にしていた。

「おはようのキス! もう夜だけど」

 俺は近くに置いてあったスマホを操作し時間を確認する。

「……結構な時間、寝ちまってたんだな」

「うん。何をしても起きないからいろいろしちゃった」

 何、いろいろしちゃったって……一体、何を?

 それを聞くのもなんだか怖かったのでへたれな俺は上体を起こす。

「晩御飯出来てるよ。冬治君の分もあるんだって」

「悪いね」

 今度ご両親に何かを買ってきたほうがいいんじゃないか。そんなことを考えていたら龍美が俺の太ももに乗ってくる。

「ど、どうした?」

「あのさ、また気遣いしようとしたでしょ?」

「龍美に対してじゃないけど、よくわかったな」

「うーん、冬治君って気を使いすぎだよ。相手のことを思いやるのはいいことだけど、それだといつか疲れちゃうって」

 俺の両肩を押して、ベッドに押し付ける。そのまま自身も俺の胸に手を当てて至近距離で俺と目を合わせたままだ。

「わがまますぎるのはよくないけれど、気を遣うのも相手にとって似たようなものだよ」

「……言っている意味がわからないな」

「結局それはね、わがままなんだよ。相手の気持ちを察しているようで、結局自分のことを押し付けてる。少なくともあたしはそう思っちゃう。相手のために気遣っているつもりが、こう思われているのなら意味ないよね?」

 龍美の言葉より、彼女の目に宿る色のほうが気になった。心配とやさしさに染まっていて、この人は俺のことを考えてくれているのだと理解できた。

「そう、か」

「うん。冬治君が優しいっていうのはわたしがよくわかってる、ううん、本当はわかっていないから理解してあげたいんだ。だからもっと肩に背負っている物を降ろしたほうがいいよ」

 そんなものを背負った覚えがないのだが、心に深く食い込んだ言葉だった。

「……わからないけど、まだ無理だ」

「そう?」

「ああ、だけどな、これからも龍美と一緒にいたらそのうち、軽くなっているかもしれない。だからさ、これからも一緒にいてくれないか?」

 そういうとさっきまでの優しい雰囲気が消えた。龍美が黙り込んだのだ。

「それって、プロポーズ?」

 今度は俺が固まる番だった。

「プロポーズか。はは、龍美らしい勘違いだ」

「か、勘違いって……」

「プロポーズはいつかするさ」

 俺は龍美の胸に手を置いて、そのまま起き上がる。

「ちょ、ちょっと……触っちゃダメだって」

「事故だ」

「本当?」

 上目遣いの龍美に、一つ咳払いをする。変な空気になる前に逃げねば。

「今は下に降りるぞ。二人が待ってるんだろ?」

「ううん、下りてくるのが遅かったからもうわたしたちご飯食べたよ?」

 その日の晩ご飯は生まれて初めての体験だった。俺が食べている間、ほかの三人が俺のことを見てくるのだ。

 動物園の中にいる動物って、こんな気分なんだろうなぁ。

「冬治君」

「はい?」

 飯を食べ終えた後、俺にお父さんが話しかけてきた。最近離れたもので、俺の名前を先に呼んだときは二人で話したいことがあるときのサインだ。

 二人で場所を移動し、お父さんの部屋へとやってくる。書斎とは言えないような部屋であり、どっちかというと物置部屋みたいな感じなのは相変わらず。

「最近、あいつが学園に行くの楽しいって言い始めたよ」

「そうですか。それはよかった」

 俺が頑張ったわけではなく、おそらく龍美の頑張りだろう。

「だがなぁ、今度は君のことで心配だと言っていた」

「……大丈夫です。さっき、龍美と話せました」

 そういうと一度笑った。

「どうか、しました?」

「いや、な。あの龍美が自分以外の誰かを思いやられるようになったんだなってな。それと、君も龍美とそういった話ができるんだなと感心した。俺はそういうのが苦手だからな」

 俺と龍美とはまた違うような感じなんだろう、龍美のお母さんとお父さんは。

 話を終えて、俺が外に出ると龍美が待っていた。

「珍しいね」

「そうか?」

「うん」

 それから龍美のお母さんに帰ることを告げて外に出た。龍美はまだついてきていた。

「なぁ、龍美」

「ん?」

「俺はお前さんと出会えてよかったよ」

「まるでこれから死んじゃうようなことを言ってるよ」

「いやいや、そう簡単に死なないから」

 一つため息をついて龍美と向き合った。俺らの上には星空が広がっている。

「俺は龍美のことが好きだ」

「改まっちゃって」

「そういう気分だったから。じゃあな」

 俺は右手を挙げて龍美にさよならを告げた。

「また明日ね」

「ああ」

 明日また、龍美と会ったらどんな話をしようか。

 いつか、俺が勝手に背負っている方の荷物とやらを下せる日が来るんだろう。その日が来たら、龍美とまたくさい話をしようと思う。


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