上条龍美:第九話 かすかな変化
二学期が始まった。夏休み中にあわなかった友達とは適当に話をして、昼休みになるとまだあつい屋上までわざわざやってきている。
龍美にもっと友達計画を立ち上げた俺、真白冬治は悩んでいた。いたって根本的なところであり、この問題を解決できなければ俺たちに明日はない。龍美のお父さんから言われている以上、手抜きは出来ないんだ。
「うーん、友達ってどうやってできるんだろうなぁ」
ほしいのは遊び友達ではなく、心の底からつながっていると言えるレベルなわけだが、そういった人間を見つけるのは難しい。ほいほいと見つかっているようであれば、誰もが悩みはしない。
「そうっすねぇ」
協力者の下舌もこればっかりは難しいようで腕を組んで悩んでいた。
「別に無理して友達を作る必要性はないんじゃないっすかねぇ」
「その通りなんだけどな。だけど、俺は龍美のお父さんと約束を交わしたんだ」
「有言実行を目指そうとする姿勢は評価出来るっすけど。やっぱりそれは冬治君のおせっかいっすね」
この前と一緒っすよとばっさり切り落とされる。
「何も、友達を作るだけが学園を楽しむ方法じゃないと思うっす」
パンをかじりながらそういう下舌に俺はうなずく。
「ふむ、確かにそうかもしれない」
「あ、こんなところにいた」
自分の分の食事を買ってきたのか屋上へと龍美がやってきた。
「二人で何の話をしていたの?」
「当ててごらん」
「……浮気?」
冗談で聞いたのだろう節がありありと見える。
「そこで、はいと言ったらどうなるっすか?」
下舌が手を挙げて質問をする。
「そうだねー……冬治君を殺してわたしも死ぬかな」
雨が降ってきたから傘をさそう。そんな簡単な感じで答えられた。
深く突っ込む気にもなれず、それは下舌もそうのようで闇は案外ふかいのかもしれないっすねとつぶやいたりする。
俺は一つため息をついて人差し指を立てた。
「部活を作ってみようか」
「えっと、部活?」
本当に何の話をしていたのだろうかと龍美が考え込む。
「あー、それはそれで面白そうっすね」
「だろ」
「けど、なんの部活を作るんすか?」
「……食玩部……あ、まずは食玩同好会って名前になるか」
「直球すぎっす。本人、それを隠しているっす」
「その通りだな。そこに所属していながらあえて、食玩には興味がないとのたまうと」
「もう頭のおかしいレベルっすよ。立ち上げていながら興味がないとか……」
その通りなんだよなぁ。
結局俺は龍美に説明をし、学園を楽しんでもらうにはどうしたらいいかを聞くことにした。俺一人が突っ走っても亀裂しか生み出さないからな。
「そんなの、別にしなくてもいいよ」
そしてやはりそういった返答。
「……それでも俺は、お前さんの力になりたいんだよ」
「あ、うん。ありがと」
割とあっさり目に返されてしまった。ちょっとショックだ。
「でもね、本当に大丈夫。前も冬治君がおせっかいを焼いてくれたからね。二学期に入って、わたし、ほかの人とも話をすることに決めたの」
「へぇ、成長したっすねぇ」
どうでもよさげな感じで下舌がパックの牛乳をすすりだす。
「うん、けどさ、やっぱり趣味は隠したままだけど」
そういって肩をすくめて見せる。なるほど、龍美のやつは少し成長しているらしい……胸が。
「そっか」
「なんというか、やっぱり恥ずかしいし否定されるのが嫌だから。でもね、別に話さなくてもそれはそれでいいと思うんだ。友達だからって、全部を話す必要ってないじゃん?」
「まぁ、そうかもしれないが」
「冬治君だって、彼女の私に内緒にしていることってあるよね」
「そうだなぁ」
しばらく考えて答えが見つけられなかった。俺の中では特にないと思う。
「ないなぁ」
「え? 本当?」
「ん、思いつかない。もしかしたらあるのかもしれないけれど、ぽんと出てこないな」
「ないならいいんだけどね」
あれ、龍美さん。さっきと違って疑惑の視線を俺に向けてませんかね。
「ともかく」
下舌が手を叩く。俺らはそっちのほうへと自然に誘導される。
「たっちゃんがそれでいいのなら学園にいることを楽しく思えるのならそれでいいと思うっすよ。結局、本人が楽しめなければどれだけおぜん立てしようとも意味がないっすから」
「これまたその通りだけどなぁ」
「それより、冬治君のほうはどうなんすか? 友達とか、いるんすかね?」
失礼なことを言うやつである。
「……それなりにいるよ」
俺が友達と思っているだけで相手は実は親友と思っているかもしれない。そう考えると悪いことをしている気がするなぁ。
「それでも、自分たちと一緒にいることが多いっすよね」
「そ、そりゃあ、好きな女の子と一緒にいるのがベストだろ」
「いやー、照れるっすね……たっちゃん、無言でフォークを振りかざすのはやめるっす」
「龍美、愛してるぜ」
そういってサムズアップしてみた。主に、下舌を助けるためだ。
「はいはい」
「た、龍美がさっきから俺の言葉に対してそっけない」
「だって、親友の前でぽんぽんこたえられるわけないじゃん。はしたない」
そういって両手で頬を挟んでいる。
「その割には昏い表情をちらつかせるっすよね」
「いくら、親友と言えど許せることと許せないことってあるよね」
笑顔で言う龍美が少し怖かったりする。
「そういえば冬治君」
「なんだ」
「たっちゃんとはどこまで行ったんすか?」
「ぶっ……」
吹き出すしかなかった。龍美も顔を真っ赤にして下舌を驚いた顔で見ている。
「ど、どこまでって……言えるわけないだろ」
「行きつくところまでっすか。さすがに、できちゃったらやばいんじゃないっすかね」
龍美をからかう方向から俺へとシフトチェンジしたらしい。下舌と言えど、命は惜しいと言えるし、実に懸命な判断だ。
「俺はひっかけにはのらんぞ」
「つまらないことを言うっすねぇ」
後頭部を掻くと下舌は今度、龍美のほうを見る。
「どうっすか?」
「え、えっと……秘密。これからもっと楽しいイベントもあるし、仲良くするつもり」
「やれやれっす」
下舌は立ち上がって俺たちを一瞥するとこういった。
「たっちゃんが学園を楽しんでいるのはこれでよくわかったっすよ。自分らで何かをする必要はないっすから、あとは様子見にとどめておくのが一番っす」
「……わかった」
屋上から出ていき、俺たち二人は残される。二人して何気なく空を眺めるとまだまだ青くて遠かった。
「なぁ」
「うん?」
「最近、食玩を買いに行ってない気がするから今度一緒に行かないか?」
「デートのお誘い?」
「おう」
「わかった。いつにする?」
「今日の放課後はどうだ」
「うん、いいよ」
こんなだらだらで学園生活を楽しめているのだろうかという疑問がわくのだが、楽しんでいるのならそれでいい。
彼女といえどそこはやはり他人だ。相手の心を知るのはなかなかに難しい。
放課後、校門前で待ち合わせして歩き出すと龍美のほうから話しかけてきた。
「ねぇ、冬治君って奥手だよね?」
「奥手?」
「うん、ほら、男の子って、特に冬治君の年代の男の子なら女の子好きでしょ?」
自分だって同じ年齢のくせにおかしなことを言う。男性経験が豊富ってわけでもなく、自ら目立ちたがらない性格でそれはないだろう。
そしてもう一つ、龍美は勘違いしている。
「好きじゃないな、大好きだ」
「はいはい」
やはりまた流されてしまった。
「話を逸らさないでよ。もうちょっとこう、なんだろう。入れ食い状態? 血走った目で毎日見られるのかと思ってた」
「人をケダモノと一緒にするな。俺は紳士なんだよ。」
紳士検定があったら結構いい線行くと思うよ。強きをくじき、弱気を守る。そして、干してある下着を見つけたらばれないようにそっと眺めるだけの気概を持ち合わせている。
「うーん……わたしとしては魅力が足りなくて敬遠されているのかなって思って」
「ははぁ、紳士の俺と言えどたまには欲求を我慢できなくなる。そういう時は夜な夜な目を覚まして……」
「彼女がいるのにそういうことしてるんだ?」
軽蔑するような眼を向けられてしまった。
「……目をつぶり、胡坐をかいて心の中に円を作るんだ。そして、それを維持して心を落ち着かせる」
「間違ってるよ! そういう時は夜中でも我慢できなくてわたしに連絡してくるのが筋ってもんでしょう?」
ぐいぐい来るな、俺の彼女。
「寝ているところを起こすのはよくないから」
「いい子ちゃん過ぎる。もうちょっとわがままになっていいんだよ?」
「はぁ? つまり触りたいときは触っていいと?」
「事と場合によります」
それってつまりは触っちゃだめですって言ってませんかね。
「……わかったよ、今度夜中に目が覚めたら龍美に連絡する」
「約束だよ? 絶対だよ?」
後日、そういう機会があったので俺は龍美に連絡をした。
「人が気持ちよく眠っていたのに電話かけてこないでよっ!」
あの言葉を聞いたとき、俺たちは長くはないかもしれないとなんとなく思うのだった。次の日にそのことを言うと電話なんてかけてきてたのと疑問符を頭に浮かべているからまぁ、新しい一面を見れた気がする。




