上条龍美:第七話 待機のお願い
待ちわびた休日。本日、快晴。雨が降らなくてよかった。まぁ、雨が降っても屋根のある場所で遊ぶのだから俺にとってはあまり関係がない。
「ごめん、待った?」
待ち人の声が聞こえてきたのでそちらを向くと、Tシャツにジーパン姿だった。普段は制服姿をよく見ているだけにラフな格好の私服姿がまぶしく見える。
「待ってないよ」
「そっか」
「んじゃ、そろそろ行こうか」
「うん」
駅前から電車に乗り込む。
「休日だというのに、意外と人がいないな」
「そだね。施設的にはわたしたちの市のほうが大きいし、買い物だってこっちに来るからのぼりのほうが多いのかも」
「そうなのか」
「たぶんね」
そう考えていたのは間違いだったようで、次の駅から一気に人が乗ってくる。お年寄りに席を譲った結果、二人で立つ羽目になった。
「汗で……すごいにおい」
「え、俺?」
急いで両肩を動かしてにおいをかいでみるがよくわからなかった。
「違う……香水のにおいもするし……うぷっ」
気分が悪くなった龍美にさらに追い打ちで電車が揺れ、俺のほうへと押されてくる。
「ぐ……あふんっ」
俺のほうも足を踏まれたりとひどい目に遭っていた。押し付けられた龍美のもろもろを楽しむ余裕なんてこれっぽっちもなく、目的地の駅にたどり着いたら二人でまず喫茶店に入った。
「疲れたね……」
「ああ……」
「もう少し休憩して、プールに行こうか」
「そうだな」
お前さんの水着が楽しみだなと言いたいが、やはりそういう意識してしまうようなことを言ってしまうのは龍美的にNGなのだろう。
男としてはどうかなと思うのだが友達と来ている以上、そこら辺の配慮はしておいたほうがいいだろう。高まる期待は心の底に押し込まないといけないな。
せっかく、仲直りの記念にきているのだから変な行動をとってまた気まずくなるのも避けたい。
「……ねぇ、黙り込んでどうしちゃったの?」
「え? ああ、ちょっと考え事を……当ててごらん」
そういって俺はコーヒーを飲む。当てられない自信があった。何せ、龍美のほうからそういった話題を好き好んでするはずがない。自ら墓穴を掘る真似を、誰がするというのだ。
「わたしの水着姿?」
「ぶっ」
そして、俺の考えは容易く言い当てられてしまう。
「げほげほ……ち、違うぞ」
「そうかな? 顔に書いてるけど?」
俺はテーブルを拭いて龍美を見る。
「そうだとしても、俺はそうだと言わないよ。意識するのは嫌だって龍美が言ったんだからさ」
負けたけど、負けてないと言い続ければ無敗を誇るという子供理論を貫き通すしかない。負けを認めれば龍美のご機嫌を損ねるかもしれない。相手の顔色を窺っていちゃ何も始まらんぜよとは思うが、すれ違いはこの前やったばかりだからな。またそうなったら面倒だし、こじらせて修復不可能になったら終わってしまう。
「……うん、ごめん」
「謝らなくたっていい。龍美が悪いわけじゃない」
俺は比較的ダンディーな声を出して場を和ませようとしたが龍美の顔はシリアス全開。全裸になってドジョウ掬いでもしないとこの空気をぶち壊せそうになかった。
「そういうことじゃないよ」
「じゃあ、どういうことだ?」
「ごめん、先に謝っておくけど……わたしさ、最初から冬治君を友達として見てなかったのかもしれない」
見えざる言葉のナイフが見事に俺の急所を貫いていった。
「え、ええっと? 話の展開によっちゃ、俺がピエロってことになるのか?」
都合のいい存在だったって話になったらどうなるんだろうか。まぁ、これまでのことから考えるとそうはならないだろうが。
俺から少し、右のほうを見て龍美は一つ、ため息をついた。
「男の子として、見てました。でも、冬治君にとってはそうじゃないかもしれないし、そういのってさ、うざいと思われるかもしれないじゃん? まだ会って間もないんだし。あ、いや、時間がたてばそういった態度をとっていいとか言っているわけでもなくてね。そしたらなぜだか冬治君のほうがフレンドリーっていうかわたし個人的には押したらいけそうな雰囲気だけどダメっぽいとかよくわからない状況に陥ってきてなぜか下舌虎子とはいきなり知り合いになっているし、その経緯も聞いてないし、ああもうっ、何が何だか分からなくなってきたっ!」
途中から一気に早口になって目をぐるぐる回している。
その言葉を聞いて、俺は優雅にコーヒーを口に含んだ。
「……そうでしたか」
「はい……」
なんだろうか、この空気は。
肩透かしとうれしさ。
そうか、やっぱり俺はうれしいのか。コーヒーに口をつけて、にやけた顔を元に戻す。
「とりあえず、そろそろプールに行くか」
「うん」
二人で外に出て、俺はちょっとだけ考えた。
「なぁ、手をつないでいいか?」
「……誤解するかもよ?」
「うん、いいよ」
「じゃあ、お願いしま……」
最後まで言わせず、俺はその手を掴む。
「えっと……」
「さ、行こう」
「うん」
すっかり静かになった龍美の手を取ってプールへと向かった。
屋内プールでいったん分かれ、俺は数十秒後に人の多いプールサイドへとやってくる。
「人が多いなぁ」
あたりを見渡して時間をつぶしていると、突如として目の前が真っ暗になった。
「だーれだ?」
そして背中に何かが押し当てられる。あぁ、神様。これまで真面目に人助けをしてきた俺へのご褒美なのですね。
「あーっと……龍美だろ」
「正解」
当てたのにいまだ目の前は真っ暗だ。
「なんだ、離れてくれないのか?」
「うん、ご褒美としてもう少しだけ」
「……も、もういいぞ。これ以上はプールの中に入り込まないとやばくなる」
ちょっと茶化してみたが、困惑しているようだった。
「え? な、何が? 何か問題が起こるの?」
「斜角とか斜め上の展開とか……そういうの……いや、もう我慢できない、お見せ出来ないんだ」
俺はその言葉が終わると同時にすぐさまプールへと入り込んだ。
「えっと、どうしちゃったの?」
「どうもしてない。男は滾るとプールに入り込む生き物なんだ」
反り具合とか斜角の話だ。これ以上は聞かないでほしい。
「今気づいたけれど、ビキニか」
「うん、どうかな?」
そういってポーズをとってくれる。淡いピンクのビキニ。
「来てよかったよ」
そして飛び込んでおいてよかったよ。
「え、えっちな目で見るのは禁止」
龍美はそういって体を隠そうと両手で前を覆うがその姿がまた素晴らしい。ブラボーといって拍手したい。
「じゃあ、美術的な目で見るから脱いでくれって頼んだら脱ぐのか?」
「ここだとさすがに……」
俺は突っ込まないでおいた。
それから二人で増え続ける人の波に揉まれながら数十分遊んだ。
「うーん、人酔いした」
「よっわ」
ビキニの気になるあの子はさっそくグロッキー状態。人が多いのがだめらしい。このまま休憩しようとよからぬことを考えたが今はそうするときじゃないな。
「ちょっと早いけど出るか」
「え? でも、冬治君楽しんでないでしょ?」
確かに、流れるプールもスライダーも行っちゃいない。ビキニ姿の女の子にだーれだされて、欲情してプールに飛び込んだ後にローアングルからビキニ姿の龍美を堪能したぐらいだ。
あれ、別にそれでよくないか……。
「冬治君?」
「お、お前さんが楽しくないのなら俺も楽しくないのさ。そんなことより、ここの近くに商業施設があったろ? そこに行こうぜ」
「うん、いいけど……」
どこか元気のない龍美を引っ張って、今度は商業施設のお菓子売り場へと向かう。
「やっぱり、こういうところのお菓子売り場は他と違うなぁ」
何よりでかい。俺らの市のほうが大きい場所もあるんだろうが、ここでも十分だと思う。そして、龍美はさっきまでの沈黙が嘘のように……というか、煙のようにいなくなった。さっそく食玩を探しに行ったのだろう。
「冬治君」
「お?」
後ろから声をかけられて振り返ると下舌と一緒に龍美が立っていた。
「やぁ、っす」
ぞんざいに右手を上げる下舌に、どうしよっかという顔の龍美。お前さん、知り合いを見つけるの早すぎ。まるで出番を待っていたようじゃないか。
「二人と一緒に遊びたいんすけど、お邪魔っすか?」
そういわれたので龍美のほうを見ると問題なさそうだった。
「んー、俺のほうはいいぜ。今日はデートじゃないからな」
「ほー、じゃあ、次にお二人と出会ったらデートってことっすね。声をかけないようにしたほうがいいっすかねぇ」
「さてね。そこらへんは次に会ったとき龍美に聞いたほうがいいかもな」
訳知り顔の下舌の顔を見ると、もう情報が言っているのだろうか。
それから俺らは三人で遊ぶことになり、夕方までゲーセンで遊びまくった。驚くべきはやはり下舌か。俺ら二人を相手にしてエアホッケーで連勝し、クレーンゲームでも絶好調だった。二人で写真を撮るやつも、俺と龍美で撮ってうらやましがろうと見せてやったらやつも半分透けている男と一緒に写っていたらしい。
さんざん遊び倒して駅前まで戻ってきてから、下舌は俺らを見てくる。
「お邪魔虫をしてしまって悪かったっす」
「別に、龍美が楽しかったのなら俺はそれでいい」
「つまり、冬治君は自分と一緒だと楽しくなかったと?」
「いや、ものすごく楽しかった」
ダンスゲームをしていた時は二人とも一生懸命だったからな。おへそちらりがよかったよ。胸もすげぇ揺れてたしな……って、これでは俺、ただの変態じゃないか。
「どうしたっすか、冬治君?」
「なんなら今度二人で遊ぶか?」
「冬治君っ」
龍美が眉をひそめて怒っている。
「こうなるから黙ってたんだ」
「なるほどっすねぇ……冬治君と一緒に遊ぶときはたっちゃんに注意っすね」
「たっちゃん?」
「龍美だからたっちゃん。安直ですけど親しみがこもってるっすよ」
下舌がそういうのなら正しいんだろうな。
「たっちゃんかぁ……」
本人が満足しているのならまぁ、いいか。
「じゃ、そろそろお暇するっす」
「おう」
「またね」
手を挙げて去っていく下舌の背中を見送り、俺ら二人も歩き出す。
隣に龍美がいるからだろうか、夕焼けがものすごく綺麗だった。
「ねぇ、冬治君」
「うん?」
龍美も俺に何か用があるらしい。
「わたしが、わたしが言うからそれまで待っててっ」
「……はぁ、よくわからないがわかった」
両手を握り締めて、龍美は決意を見せてくれた。
一体それが何なのかはわからないが、好きにさせてあげようと思う。




