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上条龍美:第六話 気になるあの子は恥ずかしがり屋?

 次の日の放課後、俺は龍美のクラスへとやってきて声をかけた。

「龍美」

「……え?」

「何驚いた顔をしてるんだよ」

「だ、だって、いきなり教室に来るから。これまで、来たことなかったし」

 なんでそんな異性の友達が部屋に遊びに来ているときにお父さんが顔を出した時みたいな顔をしているんだ。

「なんだよ、水臭いことを言ってんな。友達のクラスにきて何が悪いんだ」

「ん、えっと、悪くはないけど、目立ってる。学園でのあたしは日陰者なんだからさ」

 周りの目を気にするようにあたりに声が漏れないような小さい声でしゃべっていた。

「部屋で俺と話してくれる時とは大違いじゃないか」

「ちょっと、声が大きいって。勘違いされる。恋人だって、思われるじゃん」

 そういう目で見られることを龍美はこの前も嫌っていた気がする。なんというか、好意を向けられるのが嫌いなんだろうか。

 いくら鋼鉄の、いいや、ハートに毛が生えている俺でもちょっとへこむ。

「悪いな」

「今度から気を付けてくれれば……」

 ただ好意を向けられるのって悪くない気がするけどな。どうしてそうやっていやそうな顔をするんだろうか。

 俺だったら、かわいい女の子に好かれているとわかったら告白されないまでもでれでれしているかもしれないのに。

「うえへへへ……」

「トリップするなら帰った帰った。恋人ならまだしも変人はいらないよ」

「下心がない分、健全では?」

「変って漢字はドジョウ掬いをしているようで気持ち悪いから嫌い」

 何、その斬新な理由は。まぁ、言われてみれば変って漢字はそう見える気もするけどね。

「悪かったよ」

「それで、本当の用事は?」

「用事がないとお前さんに会いに来ちゃいけないのか」

「……だから、そういうのって本当に迷惑」

 不機嫌になってしまった。今日に限って、また地雷を踏んでしまったらしい。

 冗談を続けてみてもいい気がしたけれど、もう一人一緒にいればなぁと思ったりする。そいつにフォローなりなんなりしてもらえばいいのだからなぁ。

「よし、じゃあついてきてくれ。お前さんに会わせたい相手がいるんだ」

「会わせたい、人ぉ?」

 露骨にいやそうな顔をされた。

「大丈夫、取って食われたりはしないから」

「骨までしゃぶる気なんじゃないの?」

「俺も出会って間もないが、そういう人間じゃないな」

 あいつも心に孤独を抱えて一人で道を歩いているタイプなのかもな。だから、率先して人と話して自分と一緒に歩いてくれる人を探している気がするんだ。

 人間は死ぬまでに、そういった人間を何人見つけることが出来るんだろうか。

 龍美の手を引いて屋上へ向かうと、ぐるぐるメガネの下舌虎子が待っていた。

「……げ」

「ご挨拶っすねぇ。冬治君、あまりいい印象を初対面で与えられなかったみたいっす」

 ふぅと一つ息を吐いて苦笑している。

「下舌、すまんね。龍美、今のはさすがに失礼だと思わないか?」

「……そこは、まぁ。ごめん。態度が悪かった」

 龍美も素直でいい子だと思うよ。何様だって思われるかもしれないがね。

「それで、冬治君はどうして紹介しようと思ったわけ?」

 今度は龍美の顔が険しくなった。

「単純に、友達になったほうが龍美にとってプラスになるかと思ったんだ」

「ありがた迷惑だよっ」

 突っぱねるようにそう言って俺をにらむ。軽く爆発した龍美を凝視してしまった。

「……そうは言うがな、俺としては龍美が楽しそうな顔をもっとしてくれればいいと思ったんだ。さっき、教室で見た顔はちっとも楽しそうじゃなかった」

 つまらなさそうに窓の外を見ていたっけな。

「そういうのがおせっかいだって。確かに、冬治君と一緒にいるときは楽しそうな顔をしていたかもしれないけどさ」

「あ、そこは認めるんすね」

「外野は黙ってて」

 こほんと咳をしてまた俺をにらむ。

「それを別にほかで見せなくたっていいじゃん。何も問題なくこれまでやってきたし、不具合だって起きないの。友達なんてそんなに多くいなくたって、わたしは楽しい時間を過ごせるんだからっ。というか、ここまで過干渉してきて冬治君はいったい、何さ……」

「ストップっす」

 そういって俺と龍美の間に下舌が割って入ってきた。

「自分の名前は下舌虎子っす。君は?」「

「わ、わたしは上条龍美」

「いい名前っすね」

 うんうんとうなずいて名前をほめた。そして、次に俺のほうを見る。静かで、意志の強そうな瞳だ。これを初見でやられていたら軽く惚れていたかもしれない。

「冬治君、これから先、ちょっと女の子同士の話がしたいので、席をはずしてくださいっす」

 ぐるぐるメガネの奥底が光った気がする。

「……わかった。頭を冷やしてくる。俺も出しゃばりすぎた」

「わかってるんすね」

「ああ、俺はおせっかいだよ」

 俺の言葉に龍美は何も言わず、下舌も何も言わなかった。

 頭を冷やすにはどうしたらいいのか考えて、俺は結局学園を出ることにした。

 一人で道を歩いて、どうして俺があそこまで龍美に肩入れするのか少し考えてみる。

「単なる、おせっかいなのかねぇ」

 先ほど、龍美と軽く言い争いになったとき、俺はあいつの楽しそうな顔をもっと見たい、周りにも見てほしい的なことを考えていた。

 良いものを周りにも良いと思ってもらいたいという共有認識の欲求でも持っているんだろうか。

 ただ、もっと物事は単純に見たほうがいいのかもな。龍美にとってはどうでもいいことだろうが、やはり、龍美が学園でも楽しそうにやってくれたほうが俺はうれしい。

 あいつが学園を楽しいと思えば、それでいいんだと思う。龍美のことをどうこう言っているけれど、こういったときに相談できるような相手がいなかったりする。

 ま、今は俺のことより龍美のことだ。

「……とはいっても、好きなことを実はよく知らないんだよな」

 俺とあいつは友達だが、意外と俺は龍美のことを知らなかった。食玩が好き、周りにそれがばれたくないといった程度しか知っちゃいない。

 その程度しか知らない相手が過干渉してくるのならそりゃ、龍美も怒るわな。お前、何様だよと。

「謝ろう」

 怒らせたのなら、謝って許してもらおう。

 許してもらえなかったらどうするかな。下舌だったらそこであきらめるんじゃないかな。この人とは道が交わらなかったって言いそうだ。ただまぁ、互いに努力が必要なのかもしれないし、俺は龍美と仲良くしていたい。

 この気持ちがなくならない限り、俺は彼女と仲良くなる努力を続けるだろう。努力しっぱなしでは疲れるからそういう時はからかうのも悪くないかもしれない。

 ただ、今すぐ回れ右するわけにもいかないので窓の外を眺めて時間をつぶした。そして、時間を見て屋上に戻ったのだがそこには誰も居なかったりする。

 その日の晩、俺は龍美に電話していた。

 数回のコール音がして、恐る恐るといった感じの龍美の声が聞こえてきた。

「……もしもし?」

「俺だ。誰だかわかるか?」

「知ってる。表示されてるから」

「そうだな」

 何を馬鹿なやり取りをしているんだろう。落ち着けと自分に言い聞かせるが、手に汗がにじんできた。俺は悪いことをしたつもりはないんだが、龍美の気持ちを考えてなかった以上、悪いことなんだよな。

「あのさ、ごめん、なさい」

 言葉が口から素直に出て来ればよかったが心のどこかで抵抗しているのか歯切れが悪くなってしまう。

「……何が?」

 案の定、不信感丸出しの声が聞こえてくる。

 謝ろうと決めたのに相手の機嫌を損ねるような態度をとるなんて俺はダメな奴だ。心を無にし、許してもらうんだ。

「放課後のことだよ。お前さんを無理やり引っ張って、屋上まで連れて行って下舌を紹介したこと」

「……ああ、そのこと」

 少し、気持ちが沈んでいるようだ。原因が俺ならやはり、取っ払うのも俺のほうがいい。

「俺さ、龍美のことを友達だと思っていた」

「思っていた?」

「そうだ。よく考えれば、食玩好きってこと以外よく知らないんだ」

 ほかにも話をしていた気もするけれど、やはりその趣味が一番前に出てくるんだよ。おそらくそれは、彼女との出会いが俺なりに面白いと思ったからだ。

「龍美はもしかしたら俺とは大して仲良くならなくてもいいと思っているかもしれない。だけど、俺のほうは龍美ともっと仲良くなりたいんだ」

 そこで俺は一つ思い出した。この言葉だとなんだか深い意味に取られるかもしれない。

「もちろん、友達としてだぞ? 女の子として好きになるってわけじゃない。語弊があるかもしれないが、お前さんが迷惑だと思っているんならそういうのは極力注意するさ」

 なんとなくだが、お前のことは女としてみることが出来ないと言っている気もするが、これは龍美が望んだことだからしょうがないと思う。

 俺は龍美のことが気になり始めているんだけどな。

 数分程度の無言が続き、俺はもしかしたら電話の向こうで龍美がいなくなっているんじゃないかと思ってしまった。携帯電話だけでどこかに放置して、逃げてしまったんじゃないかと。

 一瞬だけ、俺の家に来ているかもしれないとくだらない青春脳が働いたりもするがあり得ない。

「……怖いんだよ」

 無言が破られたとき、そんな言葉が聞こえてきた。あぁ、くそ、やっぱり俺の家には来ていなかったか。

「怖いって、何が?」

「わたし、感情がいっぱいになったら自制できないの。今日だって、これまでだってそうだったでしょ?」

 そうだろうか。今一つ納得がいかないというか、理解できなかった。

「……例えば?」

「食玩の説明をするとき。それをやって前にも友達がいなくなったことがあった」

 当然だと思っていたことが実は周りじゃそうではなかった。それが取り沙汰されるなんてよくある話だ。

「俺は気にしなかっただろ」

「それは、そうだけど。だけど、虎子が割って入ってくれなかったら冬治君に嫌な言葉を言ってた。そういうのが続いても一緒にいてくれる人なんていないよ」

「……なるほど龍美はそういった考えか」

「うん、わたしはこれ以上冬治君のことを」

 何か余計なことを口にされる前に、俺はしゃべっていた。

「なぁ。なぁ、これから会いに行っていいか?」

 会いに来てくれないのなら行けばいい。

「え?」

「やっぱり顔をあわせて話したい」

 それからまた無言が続いた。もしかしたら、龍美のやつが俺のところへ来てくれるんじゃないかと想像してしまった。

「わかった。じゃあ、駅前のベンチで待ってる」

 なんとなく拒否されるんじゃないかと思っていたので、ほっと胸をなでおろす。あと、やっぱりこっちには来てくれないか。

 家を出て、俺は走って目的地を目指す。息が切れそうになっても、自然に笑みが出てきてしまった。

「気持ち悪いな、俺」

 さらに余計な青春脳が働いてすぐそこの曲がり角から龍美が飛び出してくるんじゃないかと思ったりする。

「うっひゃうっ」

「ばっきゃろー、気をつけろいっ!」

 飛び出してきたのはバイクだった。危うく、死にかけた。

「く、くくく……跳ねられそうになったっていうのに笑っちまうなんて俺、どこかおかしいな」

 龍美よりも先について落ち着かないとな。

 しかし、人生とは早々うまくいかないみたいですでに龍美が待っていた。

「す、すまん。遅れた」

 心臓が破裂しそうでそのまま四つん這いになってせき込んでしまった。あぁ、格好悪い。

「べ、別に……わたしも走ってきたから」

 向こうも息を整えていた。

「ははっ、そんなに急がなくたってよかったんだぜ?」

「それさ、冬治君が言えるセリフかなぁ。そっちも走ってきてるじゃん」

「そうなんだけどな。途中、跳ねられそうになった」

「本当、危ないことしないでよ!」

「悪い」

 俺は深呼吸して頭を下げた。今度は今日やったことに対しての謝罪だ。

「龍美、ごめんなさい。俺、こうなれば龍美にとっていいことになるって勝手に思って動いちまった。誰かに与えられた楽しさなんて、それはちょっと違うよな。やっぱり、本人が動いて得たものじゃないと、心の底から楽しめないんだよな」

「えっと、ごめん。なんだか話がややこしくなってない?」

「単純に、強引に下舌を紹介する流れを謝っているだけ」

「大げさだよ」

 俺はそう思わないけれど、龍美がそう思うのならそうだろう。だけど、俺の考えも理解してほしかった。

「そうかもな」

 顔を上げると龍美と目が合った。しかし、すぐさま目をそらされる。

「だけど俺は大げさじゃないって思ってる。気持ち悪いかもしれないけれど、俺はそれだけ龍美との縁がなくなることが嫌なんだよ」

 俺の言葉に龍美はそっぽを向いている。話自体は聞いてくれているようだからほっとする。

「それとさ、仲直りとして今度の休みに遊びに行かないか?」

 少し、無言になったが腕を組んだ後、俺と目を合わせてくれた。つい、ほおが緩んでしまう。

「にやにやしないでよ」

「悪い」

 今日の俺はあやまってばかりだな。

「それで、どこに?」

「そりゃあ、一緒に決めようぜ」

「……うん、そうだね」

「今日、今からって言いたいけどもう暗いしなぁ。あまり遅い時間帯まで遊んでいると親御さんから怒られるだろ?」

「大丈夫。連絡すれば。それと、冬治君が家まで送ってくれればね」

「おっけ」

 そして俺らは本屋に行ったり、フードコートで話しながら休日にどこに行こうかと話し合い、隣の市にあるプールへと向かうことになったのだった。


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