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上条龍美:第五話 っす?

 六月中旬、今日もじめじめしている。

 下舌虎子とか言う奴を探して歩いて二十分。龍美が言っていたと言う事は、相当なスタイルの持ち主だろう。

「あいつか」

 中庭でアニメの歌を歌いまくっている奴を見つけた。昭和のロボットアニメみたいな調子の歌だ。しかも、超うまい。

 ぐるぐる眼鏡にお下げ、だっさい格好は情報通りだ。

「あっ……」

 その時、風が吹いてどうやら目にゴミが入ったらしい。俺の都合のいい通りに、物語が展開している気がする。

 眼鏡をはずし、目をこすっている。

「ふぅ……」

 眼鏡を外して髪をほどくとすっごく美人になるのも情報通りである。

「あー、おなか減ったっす。ご飯食べようっと」

 鞄から取り出したのはプラモデルの箱とコンビニのおにぎりだ。

「いただきます」

 ニッパーをとりだしてランナーから部品を外し始める。カッターやら紙やすりもとりだしていた。ついでに言うなら接着剤も出していた。

「あれ、最近のプラモじゃないのか?」

 接着剤なんて要らないんじゃないのかと思いつつ、その光景を見守っていると腕を引かれた。

「ねぇ、冬治君」

「驚かすなよ……龍美か。お前さんの情報が本当なんだろうなと確認している最中なんだ」

「……胸が大きければうれしいんだ?」

「そんな話は誰もしていないだろう」

 その間にも下舌の腕は止まらない。あっという間におにぎりなんて食べ終わってニッパーを忙しく動かしている。

「おいおい、あいつ全部バラバラにしちゃったぞ」

「下舌虎子は組み立ての説明書を暗記するんだってさ」

「マジかよ……どうして龍美がそういうことを知ってるんだ」

「自慢してた」

「自慢になるのか?」

「今一つなってないと思う」

 見ながらやっている俺だってたまに間違えるのに。

「しっかし、可愛いな」

 手元のプラモさえなければアイドルの休み時間みたいなもんだ。現に、下舌虎子の追っかけと思しき連中が何人か彼女に寄ってきている。

「……へぇ、やっぱりあんなのが好みなんだ」

 口調があれで、見た目があれなのだが、仕草一つ一つがかわいい。

「なんだかおもしろくない」

「悪いな。別に比べているわけじゃないんだ。親しみやすさだったら龍美のほうが上だよ。俺にとってはな」

 軽く龍美の頭を叩いてやる。

「そ、そりゃあ、一日の長があるし?」

 こいつ、友達が少ないからほかの友達に取られるとでも思っているんだろうか。子供の時に、近所のお姉ちゃんを取り合った気がするなぁ。普通だったら女子と遊んでいる男子なんてどうかと思われそうだが、その姉ちゃんはうまく周りをまとめて男子と遊んでいたから人気があったんだよなぁ。

「ところで、あの連中は一体何だ? やっぱり、おっかけか」

「そうだよ。下舌虎子ファンクラブじゃないかな。似たようなのに左野初って子、一年に居るでしょ? あの子にも年上の変態どもがいるじゃん。あんな感じ」

「なるほどね」

 左野はともかく、下舌ファンクラブは納得がいく。見ているだけで癒される、そんな人のようだ。

「あー、見てて腹が立つ。普通学園までプラモデルなんて持って来ないでしょ?」

 人差し指でい抜くようにプラモを指差している。

「ま、まぁ、確かにな。模型部にでも所属しているんじゃないのか」

 それなら昼休みも部活動に充てている熱血系と言っても間違いじゃ……ないかな、うん。

「違う、あいつはあんな奴なんだよ。そもそもさ、今眼鏡外しているじゃん。あのぐるぐる眼鏡、伊達なんだよ」

 親の仇でも見るような目で唸りだした。

「お前さんも伊達眼鏡したらどうだ?」

「全力で拒否します」

 二人でその後も下舌を見張っているとお昼休みの終わりが近づいてきた。

「っと、こんなもんかなっす」

「全然進まなかったぜ? そんなに組み立てるのが難しい奴なのかな」

「さぁ? あの人はゆっくり作るのが好きなんじゃないの?」

 そこでまた肩を叩かれた。一体誰だと後ろを振り返ると其処には『下舌』と書かれた鉢巻きを付けた男が二人立っていた。

「きっ、君達、下舌虎子さんを見てたね? 何か用かな?」

「あ?」

「こいつら、下舌ファンクラブの連中だよ」

 龍美が俺に顔を近づけてそんなことを言ってくる。みりゃわかるが、どうでもいい。

「俺らに何か用事か? 見ての通り、いちゃついている途中だ」

「む、そうなのか」

「そうだ。偶然、学園の有名人を見かけて二人で話していただけだよ。お前さんらだって有名人がいたら話したりするだろ」

「……そうだな。悪い、僕が勘違いをしていたようだ」

「何、気にするな。ただ、次に空気を読まず近づいてきたらいちゃいちゃオーラをぶつけてやる」

「こういってはなんだが、まったく出ていない。君の片思いか」

「うるせー、お前さんには見えないのか。このピンクっぽいオーラが」

 見えないと断じられて男は去っていった。

「さてと、俺らも行こうか」

「う、うん。でもさ、今のは友達って言っておけばよかったんじゃない?」

「肩引っ付けて、あんなに顔を近づけて話してたのを見られているんだ。彼女って言ったほうが問題ないだろ。じゃないとどう見ても監視しているように見えるだろうし」

「……かもしれないけど」

「勝手なこと言って悪いな。今後はもうちょっと気を付けるよ」

「いいよ、別に。嫌じゃないし」

 それはどういう意味か少し聞きたかったけれど、やめておいた。

「それよりさ、うそがとっさに出てしかもなめらかなんだねぇ」

「いやいや、心の中じゃひやひやものさ。顔に出やすいってこの前言われたから改善したんだよ」

「嘘くさい」

 投げっぱなしでも別にいいだろう。ま、下舌虎子を拝んだ事だしもう会う事もないかも。

 その日の放課後に出会うとは俺も思っちゃいなかった。

 ぼさっとしながら廊下を歩いていると、曲がり角で下舌とぶつかった。

「痛……っす」

「あ、悪い、下舌」

 しりもちをついてスカートを広げた下舌は色気のない下着を穿いていた。軽くラッキーと思う程度で俺は彼女の腕をつかんで立たせる。

「自分のこと、知っているっすか?」

 彼女は自分を指さして目を瞬かせる。

「知ってる。下舌虎子ちゃんだろ。今日の昼休みに中庭でプラモを作ってた」

「はい、そうっす」

「しかし、すごいね。俺もたまにプラモ作るんだけど、全部切り離してもわかるんだ?」

「ええ、何度も作っているうちに覚えました」

 記憶力がいい人間はうらやましい。それだけでいろいろと選択が広がりそうだから。

「あのさ」

「はい」

「ちょっと相談なんだけど、俺の知り合いでオタク系統の人がいるんだよね。マニアかもしれないんだけど、俺には今一つ区別がつかなくて」

 ほぼ初対面の相手に相談なんて何をやっているんだろうと思いつつ、それでも相手は真剣な表情を見せてくれた。

「どちらでもいいと思うっす。その人は気にするかもしれませんけど、自分とあなたには関係ない呼び方っすから」

「おっと、名乗るのが忘れてたな。俺は夢川冬治だ。二年」

「あ、じゃあタメっすね」

「ま、好きに呼んでくれ。んで、その子なんだがあまり人にそう言う趣味を知られたくないらしい」

「……それは単純に、自信がないからだと思うっす。その子、相手のことを気にするタイプっすよ」

「そう、かもな。熱が入ると割としゃべってくれるんだが」

「うーん、過去にそうやって友達が引いたんじゃないんすかね。本人じゃないから何とも言えませんけど。人間って一度失敗すると臆病になったりするっすから」

 この子も過去、そうやって別れた友達がいるのかもしれない。

「下舌は友達が離れていったことはないのか?」

 聞くのはどうかと思ったが、聞かずにはいられなかった。

「そういう人、いるっすよ。でも、それは仕方のないことっす。たまたま道が交わって、少しの間仲良くできたのならそれはそれでいいと思うっす。合わなければ当然別れるし、互いが少し努力をすれば一緒にいる時間は増えると思うっすけどねぇ」

「……難しい問題だな」

「でもまぁ、その子にとっていいことは一人じゃないことっすね」

「どうしてそう言えるんだ?」

 興味対象を見つけたような子供の目をしていた。どうして子供って、ザリガニを見つけるとばらばらにしちまうんだろうなぁ。

「その子は冬治君みたいに一緒の道を歩こうって努力をする人がいるっすから」

「下舌にもいるんじゃないのか? 友達、いっぱいいるみたいだ」

「んー、それはあくまで同じものが好きだからいるだけっす。趣味ってある意味移ろいゆくものっすよ。だから、趣味だけのつながりだと案外脆いものっす。何せ、お互いが必ず肩を並べられるってわけじゃないっすから。嫉妬が入り混じることもあるんすよ」

「……そうだなぁ。馬が合わなければそういうこともあるかもしれない」

「見たところ冬治君は普通の人間っすね。その子とも別に趣味が同じで知り合ったわけでもないんすよね?」

「ああ。そうだな」

「案外、そういうほうが長いこと付き合えるんすよ。たまに興味を持ってお前の趣味はどうだい、みたいな感じで」

 のんびりと口にしながらどこかにそんな相手がいないかを探しているみたいだ。そういったよく言えば都合のいい人間なんてそうそう見つかることなんてありえないんだろう。

 上条のような引っ込み思案な人間ではなく、率先的に動きそうな人間で見つけられていないのだから、人生とはままならない。

「ま、自分の意見はこんなものっす」

「意見を言ってくれてありがとな。参考になるよ」

「それで、話を聞いてあげた代価が欲しいっす」

「か、金をとる気か?」

 無料相談だと思ったらちゃっかり有料だった。

「お金はいいっす」

「じゃあ、体が目的だなっ!」

「そういうの寒いっすからいいっす」

 そういって軽く微笑まれて手を振られた。

「じゃあ、何が望みだ?」

「友達になってくれないっすか?」

 有料かと思ったら優良だった。

「あぁ、こちらからもぜひお願いしたい」

 彼女の右手をしっかりと握り、俺は新たな友情の出会いに感謝する。下舌のような人間なら龍美も気にいるかもしれない。


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