上条龍美:第三話 本屋にいた子
学園内で上条龍美に会うよりも学園外で出会いやすいのはしょうがないのかもしれない。友達であるが、あいつとはなかなか会わないからな。
何とはなしに入った本屋で上条の後ろ姿を見つけた。
「上条」
「真白君か。びっくりさせないでよ」
「おいおい、声をかけたぐらいで驚くなんてありえないだろ」
そういって何を見ているのかつい見ると『食コレ! 今季はこれがクル!』と書かれていた。
「なるほど、こりゃ声を掛けられたら驚くか」
他人に趣味を隠して生活しているのはさぞかし大変だろう。何せ、プライベートな時間で外を歩いていてもそれを知られないように振るまわないといけないからな。
「まぁね。誰だって隠し事の一つや二つ、あるでしょ」
「無い人はいないだろうなぁ」
「真白君もあるんだ?」
上目遣いでこっちの顔をうかがっている。
「ああ。もちろんだとも」
巧妙に隠された本棚のブツに、PCに入っているあれなど。あとはお風呂においてあるあひるちゃんだな。彼は浮かべてほっこりするためにこの世に存在していると言っていい。
「教えてよー」
「たとえ俺が死のうとこの秘密は明かされることがないだろう」
「ちぇー、わたしのは知っているくせに」
「偶然知ったときはちゃんと教えてやるよ」
まぁ、そうなったら俺が蔑まされるのは必然だな。
食玩のカタログらしき本の流し読みを再開させたので俺も本日発売のマンガ本を眺めに行く。
「おっと、売り切れか。密林で頼むかな。ん?」
視界の隅に十八禁のコーナーがうつった。
そこには何となく、気になっていたエロ本が置かれている。
「……いや、しかしだ」
後方には食玩の本を飛ばし読みしている上条がいるのだ。素早く手に取り、レジに行ったとしても気付かれるに違いない。
それでも、なかなかいいエロ本のようだ。最近の商業誌はいまいちだと言う人もいるけど、やっぱり手軽にぺらぺら捲って堪能したい。
エロ本を買っているところを友達に見つかるなんて末代の恥だろう。以前通っていた学園で見つかった男子生徒はこう宣言した。
「これはエロ本じゃないんだ。男のドリームなんだ。え、それでもダメ? 畜生、みんなだって買ってるだろうに何故俺が村八分をくらわなきゃならないんだっ。こうなったらおれはこの学園きってのエロ本マスターになってやるぞっ」
あの人は今、どうなったのだろう。
その人物を思い出したおかげで俺は伸ばそうとしていた手を止めた。安直じゃないか、そもそもすぐ近くに知り合いがいようとしているのにエロ本を買うのはおかしなことだ。
「あのー、真白君。何してるの?」
しかし、龍美は俺のことを見ていたようで後ろを振り返ったら目が合った。
「え、何でもねぇよ」
「でもさ、その割にはあの一角を……」
そういって大人の絵本がおいてあるスペースを見ている。体制がないのか、顔が赤い。
「見てなかった?」
「い、いや、そういうのじゃないんだ。」
俺の声が店内に響き渡り、迷惑そうな顔で立ち読み客と店員が視線を飛ばしてきた。
「悪い、ちょっと大きな声を出しちまった」
「ううん、男の子だもんね。わたしを気にしなくてもいいんだよ。本当、気にしないから……」
逆に気遣いがつらい。俺が手を伸ばしていたのならまだわかるが、ちょっとした勘違いじゃないか。
「あ、えっと、これってちょっとした弱みになるかな」
「え?」
恥ずかしくなったのか顔をちょっとだけ桃色に染めて上条に尋ねられた。
質問の意図がわからない。それでも、素直に頷いておいた。
「そりゃあ、まぁな。そうかもしれないな」
「じゃあ対等だね」
「対等? 一体どういう事だ」
その言葉に首をかしげるしかなかった。
「あたしは真白君に知られたくない事を知られたでしょ?」
「知られたくない事を知られた、ねぇ。うーん、何かあったかな。スリーサイズとか?」
「教えたことないでしょ」
「そうだったな」
「もう、わたしが軽蔑した眼差しを送ったらどうするの」
「すまんね。しかし、対等って……俺は上条の何か秘密を握ってたか?」
「鈍いんだね。食玩のことだよ」
「あ、食玩の奴か」
そこでようやくピンと来た。そうそうと頷かれて何となく場が和んだと思う。
「弱みを握られた状態って嫌だよね」
「別に俺は上条のことを脅すつもりはないぜ?」
「わかってるよ。だけどさ、これであたしと真白君はお互い首を絞め合った状態。もしくは拳銃をむけあっている感じかな」
「もうちょっと友好的な関係じゃないのか? 俺の中じゃ、結構仲のいい部類に入れてるぜ」
「それはそれ、これはこれだから」
お前もか真白君と言わなくちゃいけないからねと首を竦められた。そこまで裏切りキャラにしたいのか。
「でもさ、実際買うつもりだったの?」
「友達が近くにいるのにエロ本を買えるほど俺の心は鋼じゃないんだ」
「確かにね」
これ以上、本屋にいると変な方向へ話が進みそうだったので龍美と一緒に外へ出る。
「えへへー」
「何だ、偉くご機嫌じゃないか」
「本当の意味で友達になれた気がするから」
「お前さんの言う友達はお互いの首を絞めている者同士のことかよ」
「やだな、さっきのは比喩だよ、比喩。やっぱり、真白君もぼいんでぷりんな子が好みなの?グラビアの……ほら、有名なあの子みたいな。あんなのにはどうやったらなれるんだろ」
「うーん、上条もいい線いってると思うぜ? スタイルいいし、胸は大きいし」
自分で言って、変なことを口走ってしまったと思う。
何せ、さっきは大人の絵本のことを話していたのだ。意識しないわけがない。案の定、顔を真っ赤にした上条が困った表情を浮かべている。
「ご、ごめん。まさか褒められるとは思ってなかった」
「いや、すまん。つい本音を出しちまった。俺のほうも配慮が足りなかった」
そう言う目で見ていると言ってもいい発言だったんだろうな。
何か言ってやればよかったのに俺はすぐさま忘れ物をしたとその場から逃げだしてしまったのだった。




