夏八木千波:第十話 肩すかしのファクター
文化祭が終わったばっかりで、期末テストがやってくる。もちろん、千波といちゃいちゃしつつ満身創痍で始末したさ。今ではクリスマス会の準備に追われているがな。
行事、テスト、行事、テスト…本当に休む暇がない。いちゃいちゃする時間も微妙に削られたりする。
うん、だから、俺は千波と一緒に居たいのだ。
「兄さん、こんなところでキスは……」
「そういいつつ、お前がしてくるのは何なんだよ」
「接吻です」
「それはキスだろ」
「いえ、ちゅーです」
でもまぁ、こうして準備とかこつけて千波といちゃつけるんだからいいことなんだろう。
付き合い始めてちょっとした間は周りにはやしたてられもした。
今では、『けっ、いちゃつくなら余所でやりやがれ畜生!』と言われている。
「んっ…」
物陰に隠れていちゃついていると……あまり評判の良くない先生が通りかかった。生徒の話によると『Iもうと倶楽部』を部活中に読んだりしている先生だそうだ。
「……夢川」
「は、はい」
慌てて千波を隠すようにして先生の前に立つ。たぶん、今のはばっちり見られた。
「……ちょっとこっちに来なさい」
「……はい」
「兄さん……あの、千波も、行きます」
「お前はクリスマス会の準備をしてこいよ。大丈夫、すぐに終わるから」
千波の事を凝視している。なんだか、嫌な視線だ。
彼女の背中を追いやって、俺は先生の方へと近づく。
「ここらは人が多いな……屋上へ行こうか」
この期間に人がいない場所なんて屋上以外無いだろう。
せわしなく走りまわる生徒をよけながら、先生と俺は屋上へと向かった。
「ぐふぅっ」
「あ、すんません先生」
たまに、こう言った事が起こったりもする。
「先生、大丈夫ですか?」
「気にするな」
ふんと言ってそのまま先生は屋上へと向かっていった。
気にするな、そう言うんだから放っておいても問題は無いだろう。
屋上につくと先生は『立ち入り禁止』の札をかけ、屋上に誰かがいないかを確認する。
「あの、話って……さっきの事でしょうか」
「そうだ。まぁ、それ以外もあるがな」
嫌な笑みを浮かべた……ように見えた。気のせいか。
「夢川はわたしが『Iもうと倶楽部』を読んでいると言う噂を聞いた事があるか?」
「え、あ、えーっと、ないですよ」
嘘をついておく。まさか、真正面からこんな事を言われるとは……。
「そうか、実はな……その噂は、本当なんだよ」
「え…」
「私は妹系が好きだ。いや、大好きだ」
宣言された。
何だか、嫌な話をされる気がする。さっきの事を盾にして色々要求してくるつもりなのかと思えば、自らIもうと倶楽部の読者だと伝えてきた。
意図が全く読み取れない。
「あの、俺戻ってもいいですか」
「…これを先生達に見られたくないなら黙って言う事を聞いたほういいぞ」
「あ、あんた…」
俺と千波がばっちり口づけを交わしているところを撮られていた。見られているかもとは思ったものの、携帯で撮られているとは思ってもみなかった。
「……何が、目的なんですか」
「何、悪いようにはしないよ。ちょっと協力してほしい事があるだけさ」
やはり嫌な方向へ話が進んでいる…そんな気がした。
「私は妹が大好きだ」
「それは聞きました」
「君達は学園、外問わずどうやら人目を憚らず仲良くやっているようだねぇ」
携帯をちらつかせながら、聞いてくる。それには答えなかった。
「……天導時先生、何が言いたいんですか」
「おっと、大目に見てくれよ。わたしも生徒を脅すなんて生まれて初めての行為なんだ…そうだな、時間もあまりない」
そして先生は言ったのだった。
「実は、わたしが妹…いや、義理の妹に告白するのを手伝ってほしいんだ!」
「は?」
あいた口が塞がらなかった。
「え、えーっと?」
「……君達は家族じゃない。しかし、君の趣味で夏八木君に『兄さん』等と呼ばせている」
「いや、それにはわけが……」
「私は君達の噂を聞いて、ピンと来たよ。この二人は私にとっての天使、いや、エンジェルだと」
「天使…」
何だか凄い言われようである。それに何故、言い換えたんだ。
あと、キューピッドじゃないのか?
「ちょっと強引だとは思った。でも、そうしてもらうしかない……今度のクリスマス会に妹を呼んで告白するつもりだ。だから、それに協力してもらいたい……いや、君が考えているよりも問題はもっと簡単で、少し複雑なだけなんだ」
肩を掴まれてそう言われる。ややこしい説明だし、先生の勢いのおかげであまり頭に言葉が入って来ない。
「協力してくれるかっ」
「あ、は、はいっ」
その勢いに負けてか、それとも、先生の熱意に負けたのか…俺は、首を縦に動かしてしまった。
「ありがとう! データは消そう! ほら、確認してくれたまえ!」
「え、ああ、はい」
ちゃんとデータは消えていた。ついでに、他のデータも読み込まれる。
「……この人ですか?」
「そうだよ。綺麗だろう?」
なるほど、綺麗な人だ。
「再婚相手の連れ子でね……小さい頃から一緒だったんだ。結婚するつもりだったよ。約束もしている…ただ、この歳にもなると血が繋がっていないとしても世間体が気になってしまう。諦めようと何度『Iもうと倶楽部』に溺れようと思った事か…」
それが原因かよ…。しかも、そっちに溺れるなよ。
「ただ、やっぱり偽の妹は妹じゃあない」
「そ、そうですか……」
俺がもし、千波に告白していなければこうなっていたのかもしれないな。
他人事とは思えなかった。
「駆け落ちする覚悟がこちらにはある。夏八木君にも協力してくれるようお願いしておいてくれ!」
そのまま先生は屋上から去って行った。
「…何なんだ、一体…」
こうして、俺と千波はこの先生に協力することになったのだ。




