表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
208/283

上条龍美:第一話 彼女が好きなもの

 転校してきた日数が浅いこともあり、目に映る景色がすべて新鮮。建物すべてに興味がわくお年頃ってわけでもないので、本屋や飯がうまい場所、あとは買い物をする場所を決めることだろうか。さすがに、ここの商店街はなになにが安い、あっちのスーパーはこれこれが安いとベテラン主婦のようなことは出来そうにない。

 学園が終わったら何となくお菓子が買いたくなった。近所を散策しつつ、諸々が安いと噂のスーパーへ足を向けてみた。タイムセールが始まって少し経っていたようで、恐ろしいほどのおばちゃんたちが目的の品物へわれ先に群がっていた。

 確かに、どの品も安いがあの群れの中に入り込んで生きて出てこられる自信がない。食材にされて外に押し出されそうだ。

「すげぇな……熟女好きにはたまらない光景だろうが、あいにく俺はそこまで上級者じゃないんだよなぁ」

 まるで動物園にでもやってきたみたいだ。タイムセール品が客寄せパンダと言うわけか。それらに興味の無い俺はおばちゃんたちの脇をよけようとしたら見事に失敗してしまう。そのまま流されるままになんとなくタイムセールス品を手に入れてしまった。

 籠に入れた商品もおばちゃんたちから『あんたには必要ないだろ』と別の品物と交渉と見せかけて奪われる結果になった。

 あれだ、取られて悔しくないのかと思う気持ちとともに俺が持っているよりも家族に食わせるのなら致し方の無い事だろう。断じて、おばちゃんが怖いわけではない。

 まるで化け物のようなおばちゃんたちに傷つけられた俺は、心と体を癒すためにお菓子コーナーへ向かう。脳みそに甘さを与えることで現実逃避が可能ならばどれだけいいだろうか。

 子供の桃源郷の一つであるお菓子売り場には子供に交じって学園の生徒が混じっていた。男子ではなく、女子生徒。ほかの子供とは明らかに違うオーラを出して真剣さが違っている。

 子供が喜ぶ食玩のコーナーで箱を振って何かをしている。俺もあのくらいの歳なら食玩の箱が並んだ場所をおもちゃ箱のような感覚で見てたなぁ。

「ところであの人は何してるんだろ」

 近づいて聞いてみる事にしよう。しかし、いざ近づいてみたら話しかけられるほど気易い雰囲気はなかった。まるで、博打に挑む勝負師のような面構えの少女だ。まわりがざわざわしている。

 髪型はボブとでも言うのだろうか。そう言った感じの短さで、身長は女性にしては長身な方だろう。真剣な表情は見ほれるものがあった。

「……これは違う」

 たったそれだけの言葉で次の箱へと手を伸ばした。

 少女が手を伸ばした箱は『全世界アントフィギュア』だった。全九種+シークレットのブラインド方式の食玩。おそらく美味しくないであろうラムネが一つはいっているみたいだ。

「……シロアリ、うん、このかさかさ、重さはシロアリだ。これこれ、これが欲しかったの。すごいっ」

 先ほどの博打は勝負に勝ったらしい。その表情は晴れ晴れとしていて子供がおもちゃを手に入れたような顔をしているのだ。

 見ていて清々しい気持ちになったので、俺もほんのちょっとだけその食玩に興味を持った。

「それってそんなに凄いのかい?」

 声をかけたのもテンションの高さによる勢いだと思ってもらいたい。なんというか、楽しい人にはどうした、何かいいことがあったのかと聞いてしまう性質なのだ。

 突如、俺の目には先ほどの表情は全く違う『怖れ』の表情が映り込んでいた。何かまずい事でも聞いたのだろうか、それなら愛想笑いの一つでもした方がいいかと笑って見せる。

「にいっ」

「え、あ、うん?」

 だめだ、余計怖がらせた上に混乱させたらしい。そりゃそうか。

「え、えっと、あんた…そこの学園の生徒?」

「羽津学園のことか?」

「そう、なるね」

 俺の頭の上からつま先まで見ていく。まぁ、制服を着ていればわかるだろうな。

「そうだよ」

「……あぁ、そうなの」

 何やら警戒されているようだ。何でこんなに警戒されているのかわからなかったので素直に聞いてみた。

「最近転校してきたばっかりで良くわからないけど、羽津学園生は制服のまま、何かを買っちゃいけないって決まりでもあるのい?」

「……そう言うわけじゃないけど」

「じゃあ、どうしてそんな警戒しているんだ?」

 俺はのほほーんとした感じを体から放出して見せた。本来存在しない人を癒すとかいう触れ込みのマイナス的なイオンを発散しているつもりだ。

 そんな俺の態度が功を制したのだろう。野生動物張りに警戒していた女子生徒は警戒レベルを下げていた。

「あのさ、あんたって口は堅い方?」

 言われて考え込む。

「そうだなぁ、平均的じゃないかな。言わないでくれって言われれば言わないだろうなぁ」

「でもさ、人の口には戸は立てられないって言うっしょ? 秘密だよって言ったことはたいてい、ほかの人に漏れているし」

 人差し指を唇につけた仕草のかわいい女の子だな。

 彼女が言ったことは実に納得のいくことわざだ。秘密にしてほしいと他人にしゃべったことは必ずと言っていいほど漏れてしまう。他人に知られたくないのなら、誰にも言わなければいいのに、なかなかどうして、人間というのは我慢が出来ない。

「そういうのは他の人がいてこそ、友達がいてこそだな」

「そうだけど」

「さっきも言った通り、俺は転校してきたばっかりだから友達もいないんだよ。だから、秘密を言われたとしても話す相手がいないっていうね」

「そっか、うん、それならちょうどいいや」

 ちょうどいい。つまるところ、彼女は秘密を抱えており、彼女も我慢できない性質の人間のようだ。

「これからあんた、暇?」

「ああ、暇だな。ここにはお菓子を買いに来ただけだから」

「じゃあさ、いいものを見せてあげるからついてきてよ」

 少女はそう言ってにっこりとほほ笑んだ。まぁまぁ可愛い子だ。

 女子生徒に誘われて断るのも何だか悪い気がするので大人しくついて行ってしまう。

 レジでお金を払って外に出る。まるで今生の別れをしていた相手と出会ったように食玩の箱へ頬ずりをしている。

 よほどほしかったものが手に入ったのだろう。

「あのさ、それ見せてくれないか」

「え、これ?」

「そうだよ」

「はい」

 渡されたそれを眺める。箱の後ろには九種類のアリがサンプルとして乗っていた。そのどこにもシロアリの姿は無い。

「シロアリって無いのに何でシロアリだなんて言ってたんだい」

「シークレットがシロアリだから」

「へー。でも何でシークレットがシロアリだってわかるんだ?」

 今の時代、食玩のシークレットなんてネットで一発検索ヒットするんだろうな。多分、それで知ったのだろうと思ったら違うようだった。

「うない棒一本で小学生を買収して教えてもらったんだ」

「なるほど」

 情報量安いな。

「しかも、はてな味」

「そいつはひでぇ」

 はてな味のみに『うな重味』『ひつまぶし味』『うにに限りなく近いプリンにしょうゆ味』といったレア味が付加されているそうな。もちろん、既存の味全部から選ばれる為狙って当てるにはコツがあるとか無いとか。

「っと、ここがあたしの家」

 まさか家に案内されるとは思わなかった。何せまだ名前を聞いていないし、こっちも名乗っちゃいないのだ。

 名乗りもしない男を家に連れ込むなんて変わった人だ。そのまま家の中へとあげてもらって部屋へ入れてもらう。

 部屋に入ったとき、俺は素直に驚いた。

「すげぇ……」

「すごいっしょ?」

 部屋は机と箪笥以外の家具はなく、あるのはガラスケースばかりだ。しかも、結構大型のもので中には食玩とかのフィギュアがところせましと並べられていた。箱の表面が切り取られて、置かれた食玩の後ろに飾られている。

「羽津学園一のコレクター、上条龍美の部屋へようこそ」

「上条龍美さんか……へぇ、こういうのが趣味か。いいなぁ」

 何となく、威嚇しているカマキリのフィギュアを見ると龍美さんがよってきた。

「それが気になった?」

「ああ、リアルだな」

「値段の割は造形に力を入れられてね。もう売ってないし、手に入れようとするとちょっとした買い物になっちゃうよ。それの一番右はね、『威嚇しているカマキリシリーズ』のシークレット、『威嚇してないカマキリ』だよ」

「へぇ、威嚇しているシリーズなのに威嚇していないやつがシークレットなのか」

「そだよ。そっちのほうがレアじゃん。これさぁ、なかなか当てられなくてね、中学の頃の修学旅行先でようやく手に入れたんだよ~。っと、ついでだけどさ、そっちの右にあるのが狸シリーズ。ほとんど同じに見えるけれど、シークレットが酒の瓶をもった狸の置物なの」

 こういう人種は一度アクセルがかかるとそうそう止まる事は無い。

 実際、それから約二時間ほど食玩のことについて話を聞かされまくった。このシリーズは造形が素晴らしいとか、色の付け方が甘いとか、そんな話だ。

 本来ならうんざりするもんだが、説明がうまいのか、聞いていて不快に思うことはなかった。

「いやー羽津学園にはこういった趣味の人が極端に少ないから本当、嬉しかったよ」

「何か勘違いしているみたいだけど、俺は食玩集めているわけじゃ…」

「いやいやいいや、そう言う意味じゃないよ。あたしみたいな人を見るとね、やっぱりどこか引いちゃうんだ。男ならまだしも、女はねーって具合に」

 どこだか困った風に頬を掻いて龍美さんは笑っていた。

「えっとさ、一人でずっとしゃべっちゃって気持ち悪いでしょ」

「ん? 別に。俺、そういうのあまり気にしないし、説明がおもしろかったよ」

「そ、そっか……あのさ、ちょうどいいから。友達になってほしいなー…なんて、どうだろ? あ、友達になってくれたらシロアリ、あげるよ」

 さすがに、あんな表情まで見せてもらって簡単にもらうわけにもいかない。価値を見出す人にこそ、そういうものは必要なわけで、普通のありと白アリの違いもほとんどわからない人間が持っていてもいいものじゃない。

「シロアリは龍美さんがやっと手に入れたんだろ? 俺だって友達がいないから別に友達になるぐらいお安い御用だ」

「そっかぁ……よかった。でもさ、記念だよ、シロアリは持って帰って」

 またコレクションを見せてあげると言う約束をしてその日は大人しく帰ることにした。

「……付属のお菓子まずいな」

 中に入っていた駄菓子の感想だ。

「値段の割には本当、うまく作られているもんだな」

 家に帰ってネットでシロアリを検索して見比べると実に精巧に作られていた。最近の食玩って進んでるんだなぁ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ