東未奈美:最終話 見直した結末
三年生が卒業する日がやってきた。
約一か月前から俺の下駄箱には謎の人物から大量のラブレターが入っていることが多くなった。途中まではあなたのことが好きになった年上の女の子ですと書かれていたが、最近は脅迫じみた文章が多くなった。お前の嫌いなものばかりを料理として出すぞ、や、この学園の生徒会長は何でもない女の子と寝食を共にするのかなどだ。
「君ねぇ」
「へぇ、なんでしょうかい」
ぶすっとした表情で俺の顔を見ているのは東先輩だ。朝食の優雅な時間をマイナスな感情で過ごすのはどうかと思う。
「まだなの?」
「さぁ、何のことでしょう」
俺はすっとぼけて食パンにバターをのっける。
あれから俺は完全に東先輩に甘えており、ほとんど同棲生活を送っている。一緒に夕飯の買い物をして、晩飯を作ってもらっているからな。さらに、勉強まで教えてもらっているわけで……成績もよく先生の評価も非常によろしい。
ただまぁ、健全と言える日々を送っているのかはもうわからなくなってきた。お風呂の時間はどちらが先に入るかで心理戦のじゃんけんが行われており、俺が先になれば東先輩が乱入してくるし、夜は先輩がリビングの俺の布団の隣に横付けして寝ているのだ。
そこまでやって何もない。実に健全的な日々を送っている。
うん、何もしていないのであればやはり健全だというしかないな。
「男子って狼じゃないのね」
「既成事実を作ろうとする努力、見上げた根性、御見それします」
「あのさ」
「はい」
「……本当にしてくれるのよね?」
「しますよ」
「あの、ここまで焦らされるとさすがに不安になってくるから……いつ言うのかだけ教えてくれない?」
一種の敗北宣言を東先輩が俺に出した。
「卒業式のなんですかね、あれ、あれですよ、あれ。在学生挨拶の時にやってやります」
「……みんなが聞いている前で?」
「劇的でしょ。サプライズにはちょうどいいです」
「……それ、今言っちゃいけないやつでしょ」
「東先輩が教えてほしいと言ってきたので」
「黙っておきなさいよ!」
恨めしそうな顔で見られたので俺は首をすくめてやった。
「言わないと、さっきのは間違いなく怒ってましたね」
「そ、そうだけども……くぅ、なんだか冬治君の掌の上で踊らされている気分」
「え、違いますよ。俺が東先輩の掌の上で、全力で踊っているんです」
「……すごく、馬鹿にした踊りをしているんでしょうね」
俺は何も答えず、味噌汁に口を付けるのだった。
学園まで一緒に行くと、東先輩に胸倉をつかまれて引き寄せられた。
「うわー、東先輩がまた指導してるー」
「本当だ。熱心なんだねー」
しかし、周りから見たらそうでもないらしい。いつの間にかこのポージングは熱心指導になっているらしい。
「ねぇ、冬治君。在校生代表は確か北原さんだったわね」
「そうですね」
「と言う事は、朝のあれは嘘ね?」
「いやー、ばれちゃいましたか」
「何が掌の上で踊っているよ」
「あぁ、安心してください。卒業式のプログラムには生徒会長挨拶もあるんで」
「……信じるからね?」
「うへへ」
乱暴に解放されて、悔しそうな顔を東先輩が見せていた。
そして卒業式が始まる。
つつがなく、一切のトラブルなんて怒らずに卒業式は終了。涙を流しながら校門を抜けていく卒業生が多い中、激怒している制服姿の女の子がいた。
「冬治君っ」
「はい、東先輩。なんでしょうか」
「お話がありますっ」
生徒会メンバーは全員がきょとんとしていた。
「あのー、生徒会長。なんで東先輩は怒っているのでしょうか。普通、泣くところでは?」
「わたしにとって、卒業はどうでもいいことなの。ただの通過点だから」
「は、はぁ」
「……あの、生徒会長」
「なんだ、北原」
「まだ、してないんですか?」
呆れた表情で見られた結果、ほかのメンバーも何事か理解したらしい。
「それは生徒会長が悪いですね」
「実は、もうすでに仕込んであるんだ。東先輩が家に帰ると手紙が届いており、その中に俺が書いたラブレターが入っているって感じだな」
「ここでそれ言っちゃだめですよね?」
「……みんな、だまされちゃだめですよ。この子、人が好さそうな顔をして朝も騙されたから」
「それは東先輩が言えることですかね」
「話を逸らそうとしないで」
「うわぁ、これは疑心暗鬼の目だ……本当、これで喧嘩別れになったりしたら私、泣いちゃいますよ」
「なんで北原が泣くのかわからないが、ま、大丈夫じゃね」
「……んっと、東先輩。この後どうしますか? あれだったら、みんなでお昼ご飯でも行きましょうか」
「……ごめんなさい。さすがに今の冬治君の発言を無視できない」
「引っかかる気満々ですね、東先輩」
「生徒会長が言う事じゃないですよね?」
かなり生徒会メンバーからの信頼度が下がった気がするがまぁ、今日は卒業式だ。東先輩の新しい門出を祝いたいからな。
「ただいま」
「……ただいま」
目つきの鋭くなった東先輩が郵便受けに手を突っ込むと、茶色の封筒を取り出した。
「へ、へぇ、今度は嘘じゃないのね」
「わかりませんよ? 中身は違うかも」
そういって中を開ける。便箋を手に取って黙読し始めた先輩はその場にへたり込んだ。
「どうかしましたか?」
「普通。思った以上に普通で、拍子抜けして……力が入らなくなって立ち上がれなくなった」
「大丈夫ですか? よいしょっ」
俺はそんな先輩をお姫様抱っこする。周りに人がいたら絶対にするつもりはないが、今は二人きりだ。
「よ、よいしょって掛け声は何? 重たくないでしょ」
「ま、そうですけどね。それで、返事は?」
「……ちゃんと、君の口からききたい。手紙じゃなくて、君の声で」
「好きです、東未奈美さん。本当はあなたの気持ちを知ったときにはっきり答えてあげるべきでした。でも、部屋に誘われてそうなった関係だったらどうなるかわからなかったので、卒業するまでは待っておきたかったんです。歯止めが利かない恐れがあったので」
「……理性的だったくせに」
「ええ、そこらへんは自分をほめてやりたいです。それで、俺に対しての返事はどうなりますか」
「……好きよ。ずっとそばにいなさい」
「そっけないですね」
「いいの。ずっと前から決めていたんだからこのぐらいで。冬治君にはこれで伝わるでしょ」
「ええ、まぁ」
「冬治君」
「はい」
俺の目を見て、東先輩は少しだけさみしそうな顔をした。
「わたしは明日から学園で君と会うことはないけれど、今の生活を続けてくれるのなら……一緒にいられる」
「はい」
「だから、ここにいなさい」
そういって目をそらす。
「なんですか、自信がないんですか」
「まず、返事をしなさい」
「喜んで」
これからずっと一緒にいられるかどうかはわからないが、まだ続くであろうこの生活を楽しもうと思う。
はい、こんにちは雨月です。ことがうまく進んで投稿できました。誰に感謝をすればいいのかわかりませんが、ありがとうございます。さて、気になるあの子のフラグを立てろの東編終了です。原作とは後半ががらっと変わっています。あっちは散々な結末でしたからね、ええ。あれ、こんなにひどい結末だったけと久しぶりに読み返して驚きました。人間の記憶なんて全然頼りにならないことが実証されました。次回は……これまた展開がガラッと変わりそうな内容なので、また頑張ろうかと思います。ここまで読んでもらってありがとうございました。




