東未奈美:第九話 関係の見直し
学園に妙な噂が流れ始めたのは三学期が始まったころだった。
東未奈美が生徒会を私物化している。そんなうわさが流れ、新聞部が面白おかしく誇張し、教師陣がそれを確認するために当人と、生徒会メンバー全員が呼び出しをくらったのだ。
すでに推薦が決まっていた東先輩にとってはダメージになるのかもしれない。そんなことを考えたことは一切なかった。
「一体、どこから湧いた噂なんだろうな。この人は元からこんな感じなのに」
「ですね、あんなもの好きな東先輩をやり玉に挙げて喜ぶ人間って、いるんですかねぇ」
俺たちの会話に生徒会メンバーが苦笑している。
「冬治君、北原さん、聞こえていますよ?」
「すみません」
「いいじゃないですか、いい目を見ているんですから」
素直に謝った俺とは対照的に北原は東先輩に強気だった。
「……北原さん、目上の人になんでしょうか、その態度は」
「ちょっとしたやっかみですよ。つつかれたのがそこじゃなくてよかったじゃないですか」
「そことは? ほかに突っ込まれてもわたしは全然問題ありませんよ」
北原に顔を近づけているが、心当たりがあるのか微妙に視線をずらしている。
「個人塾をやっていると聞きました」
「……ほぉ、誰から?」
北原から視線は俺へとシフトチェンジ。
「さぁ、諸君。尊敬すべき東先輩の疑惑も払しょくされたわけで、三学期に我々が何をすべきか改めて伝えようと思う。生徒会室へ戻ってくれたまえよ」
「あのー、生徒会長。東先輩がすごく怖い顔をしてみていますけれど無視でいいんですか?」
気弱そうな後輩の生徒会役員が声をかけてくるが俺は落ち着いた顔を見せる。
「あぁ、安心しろ。あれは後で覚えていないさって意思表示だから直ちに影響が出るわけじゃないから。猶予があることはいいことだ」
「問題の先送りでは?」
「違うな。言い訳を考える時間が今は必要なんだよ」
「相変わらず適当なところがありますね」
「しょうがないさ。東先輩に目をつけられて今この立場に立っている。先輩の協力、そして君らの助力がなければ今の俺は生徒会長でいられなかっただろうな。俺が適当でも、みんなが手を貸してくれているから安心できるんだよ」
東先輩が好き勝手やっていたら俺は、いいや、俺らは今頃どうなっていただろうか。さっき、教員側から尋ねられた問題は今の俺たちでなかったら乗り越えることが出来なかっただろう。
「けれど、いったいどこから東先輩に対しての噂が流れたんでしょうね」
北原が不快そうに眉をひそめている。
「……そうだな」
「調査しましょう。なんだか、生徒会まで馬鹿にされたようで嫌です」
一人の生徒会メンバーがそういうと同調する生徒が出始めた。
「君たちの気持ちも十分わかるが、俺らが動くと余計な心配を生徒たちに与えるし、新聞部が動き出すだろ。いやぁ、一般生徒の時は何とも思っていなかったけれど、面倒だなぁ、あいつら」
「ですねぇ」
北原がのんびりと答え、確かにそうだとため息をついた。
「しょうがないですよ、冬治君。さ、皆さん生徒会室へ戻りますよ」
「はーい」
東先輩が先導して生徒会メンバーを生徒会室へと連れて行くのだった。
「北原」
「はい?」
「話があるから今日の放課後、生徒会室に残っておくように」
「……わかりました」
そして放課後、俺は東先輩から声をかけられた。
「冬治君」
「すみません、東先輩。ちょっと校門で待っていてください。北原と話があるんで」
「……この前と逆ってことでしょうか?」
「そうです」
「いやよ」
俺の耳に顔を近づける。北原が不思議そうな顔をしていた。
「聞き分けがよくて助かります」
「いやって言ったの。聞こえなかった?」
「……十分以内にはいきますんで」
「そう、それなら許してあげる」
そういって東先輩は部屋から出て行った。
「生徒会長、今、東先輩と何を話していたんですか?」
「ああ、最後までチョコたっぷ……」
「嘘ですね」
「嘘だよ。時間がないから本題から入ろう。北原、噂を流したのはお前さんだろ」
「どうしてそう思うんですか? 理由を聞かせてくれませんか」
微笑みを顔に乗せたまま、生徒会室の机へと小ぶりのお尻をのせる。
「おい、そこ俺の席……は、置いておくとしてだ。そういうのはいいからはいか、いいえで答えなさい」
「そうです。私がやりました」
口元をにやけさせる。
「理由は?」
「当ててください」
「……うぬぼれやだと思われたくないな」
「話の脈絡がおかしいですよ」
「俺はいつもそうだよ……はぁ、お前さんは俺のために東先輩のあの噂を流しただろ」
「それはなぜですか」
「……生徒会メンバーをさらに一致団結させるためだな」
「ええ、そうです。どうしてそういうことをしたのかも生徒会長が話せますか?」
「無理だ」
俺が北原の心まで読めるはずもない。
「そうですね。単純に私が生徒会長を慕っているからです。あなたにとってプラスになるのなら、私が少しくらい暗躍してもいい気がしたんですよ」
「……お前さん、やり方が誰かさんに似てきたな」
「全然違いますよ。あの人は裏で糸を引くタイプで、私は生徒会長をより輝かせるためです。こんな私は、生徒会室から追い出しますか?」
「好きにしてくれていい、これからもな」
「ありがとうございます。それでは、先に失礼します」
そういって鞄を持って出て行こうとする。
「なんだ、一緒に帰らないのか」
「今日は忙しいんです。それに、卒業するまではおとなしくしていようと思っているだけですよ。私、鬼の居ぬ間にってタイプなんです」
そういって帰ってしまった。
「やれやれ、真面目な子だった北原が若干悪役チックになりつつある」
いずれ、クーデターが起きるかもしれないな。
校門に行くと腕組みをして待っていた。
「東せんぱーい、隣にいる半分透けている女子生徒は誰さんですか?」
「は?」
ものすごく驚いた顔をして、隣を見た後、俺のほうへと走ってやってきた。
「え、何かものすごく気味悪いことを言わなかった?」
「やだな、半分が冗談ですよ」
「……なんだ、冗談なのね。さ、帰るわよ」
俺の腕を掴んで引っ張り始める。
「ん? さっきの発言どこかおかしくなかった?」
「そうですかねぇ」
しばらくぶつぶつ言っていたがあきらめたらしい。まぁ、会話のログが残るわけもないのでいちいち発言を見直したりできるわけもない。
「それより東先輩」
「どうかした?」
「俺の腕を引っ張って帰ってますけど、向かう先はやっぱり東先輩の部屋ですか」
「何? 嫌なの? そんなことないでしょ」
「そうですけど。なんというか、そこを学園側に指摘されていたらどうなってましたかね」
「……安心しなさい。健全でしょ。何も問題ないわ」
ご飯を食べて、勉強をして、お風呂に入って、眠っている。本当にこれだけ。朝ご飯を食べて学園に行くのも一緒だが本当に健康的で何の問題もない。
「ですけども。ルールを守るべき立場の人間がこれでは示しがつかないのではないでしょうか」
「おあいにく様。それなら冬治君を傀儡にしてないでしょ」
それ、東先輩が言っちゃうんですね。
「というか、冬治君がそういうことを気にするタイプだったなんてね」
「……いや、違います。俺が言っているのはそこじゃないんです。健全だとか、そういうものじゃなくて……彼氏と彼女ならあぁなるほどって周りが思うわけですけど俺らって違うじゃないですか」
「……そうね」
そう頷いたが、その視線は厳しく鋭いものだった。
「だったら」
「はい」
「そういう立場になりたいのだったら、わたしに告白しなさい」
「大きく出ましたね」
胸をそらした相手に俺はため息をついた。
「大きくも何も、事実でしょ? 違うの?」
「違いませんけども。てっきり、東先輩に告白されるものだと思いました」
「わたしはされたい人間なの」
「あらら、そうなんですね」
「そうよ」
俺たち二人はまた歩き出した。
「じゃあ、告白のタイミングは俺が指定しても?」
「好きにしなさい。ちゃんと答えてあげるから」
「そうっすか」
俺は寒空に息を吐いた。少し寒かったので、隣の人へ少しだけ近づいてみる。




