東未奈美:第八話 変化するべき関係
今年最後の定例会となり、生徒会室の中にはどこかゆるっとした雰囲気が流れていた。この中で緊張感をもって望んでいるのは生徒会長の俺一人だろうよ。
「みなさん、今年も終わりが近づいていますが、あまり緩まないようにしてくださいね」
「はーい! 東先輩も気を付けてくださいよ」
「わたしはいつも気を張って生きていますので大丈夫です」
この時期なのに忙しくないのか東先輩は定例会に出席している。しかも、以前より生徒会のメンバーとも打ち解けている気がする。以前はどこかぴりりと辛口の雰囲気が流れていたっていうのにここも変わっちまったもんだな。
別に悪く思っちゃいないが、それはそれでさみしいものがある。なんでだろうねぇ、不思議なもんだよ。
「生徒会長、難しい顔をして何か問題でもありましたか? 来年の文化祭とか運動会の決め事はもう決定事項で職員側にも伝えていますよね」
「ん、そうだ。問題は何もないんだがなぁ……どうも雰囲気がね」
「雰囲気が?」
北原は定例会も終わって少し話しているメンバーを見つめている。
「とても連携が取れるようになった生徒会の人たちがいるだけですよ」
「その通りだな」
「生徒会長、お先に失礼します。北原さんもね」
「ああ」
「お疲れ様です」
出ていくメンバーの後姿を見ていると北原から腕を引かれた。
「やはり、何も問題ないかと。生徒会長ともうまくいってますよ」
「……わかってるよ。今の生徒会が出来たころを思い出していたんだ」
「そうなんですか?」
東先輩の声がして、俺は振り返る。
「ええ、年末が近づいていますし、ちょっと感傷的になったりするんですよ」
「年末って、あまり感傷的になったりしませんよね」
普段は真面目なのに、こういうときだけいたずら好きの子供の顔をするから面白い奴だと思う。
「俺はナイーブなところがあるからなっちゃうの」
「またまたー、戦車で精神踏まれても壊れなさそうな人が何を言っているんですか」
「お前さん、失礼の極みだねぇ。この小娘が!」
「ちょっと、頬をひっぱらないでふははいっ」
こいつ、もちもちっとした肌をしてやがるな。
「……こほん、冬治君」
「はい?」
俺の腕を静かにつかんだのは北原ではなく、東先輩だった。気のせいか、無表情だ。
「そういうのはやめてあげたほうがいいですよ」
「ま、まぁ、確かにそうですね。すまんな、北原」
「なーに言っているんですか。もっとしてくれてもいいんですよ?」
何か思うところがあるのかあえて俺のほうへと顔を近づけてくる北原。その間に東先輩が入り込む。
「北原さん。お話があります」
「あれれ、東先輩もですか? 私も東先輩と話したいことがあります」
「偶然ね」
「必然だと思いますよ」
「……待ってたほうがいいですか?」
俺は東先輩のほうを見て話しかける。
「冬治君は校門で待ってて」
「わかりました。北原も話し終わったら一緒に帰るだろ?」
「さぁ、どうなるかわかりませんよ。ささ、生徒会長は先に出て行ってください。ここから先は女の子のお話ですから」
そういって、俺の背中を押して生徒会室を追い出してくる。
「俺、生徒会長だぞ。生徒会長って生徒会の中で一番偉いんじゃないのか」
「トップは決定権を持った雑用係ですよ」
「……そうかもね」
俺は黙って校門で待つことにしたのだった。
校門前で出ていく部活生たちを見送っていると、意外なことがわかったりした。
「さよならー、生徒会長」
「おう、またな」
「生徒会長―っ、今度の休日、一緒に遊びに行きませんかー?」
「ハンドボール部は次の休みに練習試合があるだろ」
あれ、俺って結構女子生徒に声をかけられていないか。
俺が若干女子生徒の後姿に気を取られていると背後に人の気配がしたので素早く距離を取る。
「えっと、生徒会長って忍者か何かですか?」
「……あ、なんだ、北原か」
「すごいですね、ちょっと驚かそうとしたら逆に驚かされました」
「偶然だろ、偶然。俺は忍者じゃないよ」
俺が忍者だったら今頃くのいちと仲良くなってるよ。
「あれ、東先輩は?」
「……口論になって刺しちゃいました、えへっ」
「おい、物騒なことを言うなよ」
「ですね。ちょっと考えたいことがあるとのことで裏門から帰っちゃいました」
「裏門から? 別に一緒に帰ればいいのに。というか、それならわざと追いかけて驚かせてやろうかな。悪い、北原。俺は東先輩を追うよ。お前さんの家は近いから問題ないな?」
俺はそういって一歩踏み出した。
「待って」
「ん?」
俺から少しだけ視線をそらした北原が俺の腕をつかんでいた。
「なんだ?」
「えっと……あの、すみません。今だけは私を見ていてください」
雰囲気が変わった気がする。
「東先輩がどうしてその、生徒会長のバックにいたか知りたくありませんか?」
「……北原、俺がそういうのは東先輩から直接聞くから言わなくたって大丈夫だぞ」
「……そうですね。私としたことが間違えていました」
一体、東先輩と北原何を話したのだろう。
切なげな表情を一瞬だけ見せたが、微笑まれる。
「行ってください、冬治先輩。東先輩にはまだ追いつけると思います」
「おう、驚かせてくるわ」
俺は北原を残して行程を突っ切る。途中、風が吹いてさよならという声が聞こえた気がした。
校門から出て数分ほど走っていると、目的の人物の後姿を見つけた。
「東せんぱーい」
しかし、声をかけたというのに無視して先に歩いて行ってしまう。
「ちょっと、東先輩ってば」
俺は驚かせるのを忘れて肩を掴む。
「ん?」
「あ、ごめんなさい。人違いだ」
「……何をやっているんですか」
その先にいたのか、東先輩が振り返ってこっちを見ていた。
「あ、東先輩……いや、待て。もしかしたら人違いかもしれない」
「正面から見ても間違えるんですか、君は」
「ほら、くのいちだったら変装ぐらいするじゃないですか?」
「わたしはくのいちではありませんよ」
似たようなやり取りをさっきした気がする。
「それより、わたしは冬治君と一緒にいたくはないんですよ」
「どうしてですか?」
「……言いたくありません」
どこか疲れた表情を見せた先輩に俺は悩む。
「ただ、どうして一緒にいたくないのか、知りたければまたわたしの部屋まで来なさい」
敬語はなりを潜め、どこか高飛車な雰囲気をまとった東先輩が顔を覗かせる。
「矛盾していますね」
「人間なんて、矛盾した存在のほうがおもしろいの冬治君もそういうタイプでしょ?」
俺の返事も聞かずに東先輩は歩き出す。当然、俺は彼女の隣を歩くことにした。
東先輩の部屋につくとこの前のことをおもいだすわけで、つい、東先輩の頭を見てしまう。
「どうしました? わたしの……頭をそんなに見つめて」
途中まではどこか恥じらうような表情をしていたのに俺の視線が頭に言っていることに気づいたのか本当に不思議そうな顔をしている。
「視線に関しては気にしないでください。えっと、この前病院に一緒に行ったじゃないですか。あの後、気分が悪くなったりはしていませんか?」
「大丈夫。問題ないから」
「それで、東先輩。どうして俺と一緒にいたくないんですかねぇ」
「……今日、北原さんと話をしてね。どうして、冬治君を前にして生徒会長みたいに指示を出しているのかと聞かれたわ」
「直接かぁ。やるなぁ、北原」
何事もはっきりさせないと気が済まないタイプなのかな。自分の中にストレスを抱え込まないだろうが、周りとの人間関係に苦労しそうだ。
「東先輩はそれに対して何と答えたんですか?」
「……わからないって答えた」
「え?」
「少し前に聞かれていたらちゃんと答えられていた。けれど、今はわからない。真面目な話だから、笑わないで聞いてくれる?」
「笑いません。東先輩が笑えって言っても笑いませんから是非に、話してください」
「……わからないけど、冬治君と一緒にいたいというわがままで一緒にいるのかもって言ったわ」
俺から視線をそらしてカーテンの隙間から見える夜の世界を眺めていた。
「それはそれは……なんとも聞いているほうが照れちゃうような話ですね」
「あの子と同じ反応をするのね」
ふっと笑って俺を見た。
「そういえば北原も東先輩に聞きたいことがあるって言っていましたね」
「……それは、わたしの口から言えないわ。彼女のことに関することだからね。それに、もう教えてくれないと思う。今こうやって、ここにいるからね」
よくわからないが、何か北原聞くチャンスを失ったのは確かだ。
「それより東先輩。厚かましいんですけど今回は晩飯が出てこないんですかね」
「……出してあげる。座って待ってなさい」
「あ、エプロンしてくださいよ、エプロン」
「エプロン? ちょっと待ってて、着替えてくるから」
ちょっとした冗談だったが、まさか俺の希望を答えてくれるなんて思わなかった。まぁ、なんにせよ要求が通るのならおとなしく待っておこう。
その後、俺は東先輩が準備してくれた味噌汁に焼き魚、ほうれん草のお浸しという朝飯でも通用しそうなものを食べた後、勉強をしっかりと教え込まれた。
「この参考書も半分を過ぎたわね。次のレベルのものを考え始めないといけないわ」
「……東塾だよ」
「何か言った?」
「いいえ、何も……それより先輩、先輩の将来の夢ってあるんですかね? 大学を卒業した後の話ですけど」
「……そうね」
少しだけ逡巡した後、口を開く。
「冬治君の……」
「俺の?」
「……なんだと思う?」
「上司ですねっ! いやぁ、まいったなぁ。これで俺の未来は安泰ですよ……は、鼻にシャーペンを突っ込まないでくださいっ」
「別に、死にはしないわ」
「やめてくださいって。俺、何か怒らせるようなこと、いいましたか」
「言ってないけど、イラつくの」
「な、何でもするから許してください」
「なんでも?」
「はいー」
「……じゃあ、泊まっていきなさい」
家主がいいというのなら、いいんだろう。
なぜか準備されていた新しい男物のパンツとシャツを受け取って、これまたサイズがぴしゃりのパジャマにそでを通し、俺はリビングで寝た。
一切何もない、ただのお泊り会であったが逆にそれが怖かった。




