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東未奈美:第五話 お気に入りの居場所

 夏休みを過ぎれば三年生も忙しくなってくる、はずだ。

「はい、それでは九月の生徒会役員会議を始めます」

「気付けば俺の仕事も一つ減りました……」

 俺、二年生の新生徒会長なのにとうとういつものあいさつも東先輩に盗られちまった。

 東先輩は三年生なのに何故か毎度顔を出しているし、一体これはどういう事なんだ。他の三年生は受験勉強で忙しい忙しいって言っているのに。

 俺の言葉に東先輩はどこ吹く風でこう言った。

「忙しい忙しいって言っている人は別に忙しくありませんよ」

 それはちょっとあるかもしれない。

「忙しいと言う暇があるなら出来そこないの頭に英単語でも詰めればいいんですよ」

「言う言葉が辛辣だ……」

 東先輩のお説教タイムが始まったのを見て、他の生徒会メンバーは頭を下げて帰っていった。

 そして、俺二人だけになると東先輩の表情が若干変わる。

「事実だから言っているんでしょ? なんなら、二人っきりで教えてあげようか?」

「うーん、東先輩とは面倒くさそうなんで、いいです」

 そう言うとガクッとなっていた。

「あ、あのねぇ。普通さそったら頷くでしょう?」

「あれ、からかっていたんじゃないんですかね」

「違う。普通に誘ってあげてた」

「あー、それは気づかなくてすみません」

「ったく、たまに冬治君ってば天然が入るよね」

「っすかねぇ。自分じゃちょっとわからないです」

「ま、もういいんだけどさ。ほら、二年生は今どんなことをやっているの? こっちおいで、わからないところは教えてあげるから」

「はぁ、どうも」

 席に座らされ、俺は色々と質問されてそれに答えることになった。

「……はい、違う。さっきのところは応用問題だされやすいから教科書の練習問題と公式、あとはどう言った応用が出やすいのかをちゃんと覚えておくこと」

「へーい」

 やれやれ、今回はちょっとイレギュラーに教えてもらったけれど今後はないだろうから安心できるな。

「機会があったらまた聞くからね」

「……あ、はい」

 その時、ドアの方で音がした。

「ん、誰かいるんですか?」

「えっと、北原です」

 ドアが開いて北原が顔をのぞかせる。東先輩は声音も変わっていたりする。

「どうかしました?」

「忘れ物をしたかもと思って戻ってきたんですけど、大丈夫でした。あの、お二人はまだ勉強しているんですか?」

「いや、もう区切りがいいから帰りましょうか」

「そうですね」

 荷物をまとめて俺ら二人は立ち上がり、三人で部屋を後にする。

「東先輩って、生徒会長の勉強も見てあげているんですね」

「ん、まぁ、そうですね」

 あれを見られていたのかという表情を出していたが、北原相手には問題ないだろう。

「生徒会長、こういう時はどんなふうに感謝するんですか?」

 ははぁ、この子は俺が日常的に勉強を教えてもらっていると勘違いしているな?

「そういう時は胸の前で両手をクロスさせ、オメガドライブと叫ぶ」

「それ、わたしに対しての最大限のお礼でしょうか?」

「はい、感謝ではないと思います」

 真面目に返されてしまったので、俺も真面目に考えることにした。

「そうですねぇ。俺に出来る事と言えば……なんだろう」

「それ、こっちから要求したら何かしてくれるって事でしょうか?」

「へ? 何か要望があるならまぁ」

「じゃあ、今度のお休みに荷物持ちしてください」

「はぁ、いいですけど」

「待ち合わせ場所とかすぐに考えるからちょっと待っていてください」

 歩きながら何やらぶつぶつ言い始めた東先輩を引っ張っていると、北原が耳打ちしてきた。

「やったじゃないですか、東先輩とデートだなんて」

「これはデート、と言えるんだろうか」

 荷物持ちだって言われたからなぁ。

「デートじゃない。買い物に付き合ってもらうだけですからね」

 本人がかたくなに言っているから、これ以上突っ込むのはやめた方がいいだろう。

 しかし、北原は目を輝かせていた。

「いや、でも、男子と女子が休日にお買い物はデー……」

「買い物っ」

 くわっと目を見開いて北原を睨みつけていた。

「ひゃ、ひゃい」

「わかればよろしい……です」

 素が出たであろう東先輩に軽く北原が怯えていたりする。

「い、言い過ぎちゃいました。東先輩、怖っ」

「突くと怒るという事は東先輩にとって触れられたくない場所なんだろうなぁ。きっと、過去に自分はデートだと思っていて向こうから見たらただの買い物だったって思い出したくない過去があるんじゃ……いででででっ」

 俺の左ほおを引っ張って怒っていらっしゃる東先輩がいた。

「……とーじ君?」

「やだな、お茶目な冗談ですよ……いだだだだっ」

 真正面から俺の両頬を引っ張り始めた。

「う、うわぁ、すごく怒ってる」

「この、この、このこのこのこのっ!」

「降参です。許してください」

 そして二人と別れるまで俺はねちねちと責められていた。

 その後、次の休みまで東先輩は姿を現さなかった。おかげで生徒会のメンバーは俺に指示を仰ぎに来た。

「東先輩、どうしちゃったんですかね」

「そだなぁ、風邪か?」

「もー、会長、北ちゃんと話してないで来年から始める運動会の書類に目を通してくださいよ」

「すまんね。ちゃんと働くから許してくれよ」

 これはこれで問題はなさそうだが、東先輩にも後日目を通してもらう事にしよう。

 そして約束の当日。

 駅前でぼさっと待っていたら戦に向かう武者みたいな表情で東先輩がやってきた。

「おはようございます」

「……おはよう。今日は重たいものをたくさん買って連れまわすから覚悟しておくように」

 わかる事だけ言おう、彼女は大変怒っている。

「あのー、東先輩?」

「何?」

「提案があります」

「言ってごらんなさい」

 提案の許可が下りたので俺は右手を挙げていった。

「東先輩のご機嫌を取りたいのですが」

「……許可しましょう」

「ははー、ありがたき幸せ」

「じゃあ、今日一日、わたしにへいこらしてなさい」

「へーい」

「ちゃんと言う事を聞くのよ?」

「了解っす」

「まず、手をつなぎなさい」

 俺はすぐさま先輩の手を掴んだ。

「何か手をつないだ感想は?」

 求められたら応じなければいけない。今の俺は東先輩を喜ばせるために存在していると、思い込もう。

「やだ、この人ってば男らしくてたくましい腕をしてる……惚れちゃいそう」

「そういうボケはしなくてよろしいっ!」

「すんませんっ……つい、東先輩の手がすべすべしてたんで心の声が漏れないようにボケに走りました」

「わたしを褒めることはいいことよ。むしろ、そう言うところがあったら褒めなさい、すぐに褒め称えなさい」

「へぇへぇ、東って漢字最高。東西南北の中で一番」

「そうでしょうそうでしょう」

 こんな雑なものでもいいのだろうか。まぁ、楽しそうだから良しとしよう。

「それで今日はどこに行くんですか?」

「こっちよ」

 そういって引っ張られる。手をつなぐ形から俺の腕を抱くような形へとシフトしたおかげでちょっとドキッとした。

「ご褒美をあげてるだけだから」

「さ、左様で」

 やはり、あるというのは違うな。当たってるぜ、擦れてるぜ。かすかな弾力に思いをはせようものなら隣から小ばかにしたような視線を向けられるからな。

「それで、本屋で何をご購入ですかい?」

「いつもの話し方にして」

「了解っす。それで、何を買うんですか」

「参考書」

 勉強熱心なのはいいことだ。俺も何か水着のグラビアでも買って学ぼうかねぇ、いろいろと。

「何、他人事みたいな顔をしているんですか?」

「え?」

 唐突に敬語になったので俺は軽く驚いた。

「冬治君の参考書を探すんですよ」

「お、俺のっすか」

「はい。これからも勉強を教えてあげたくなりましたから」

「な、なるほど。それはとても素晴らしい提案。生徒会長を裏で操る権力者は実はお優しい!」

「それ、褒めているんじゃないのなら首を絞めてやってもいいんだけど」

「褒めてますとも」

 しきりに首を縦に動かして俺はさらに胸の前で両手をクロスさせて叫んだ。

「オメガドライブ!」

「……恥ずかしいから、やめなさい」

「はいっ」

 東先輩に怒られたので素直にやめておいた。

 そして二人で参考書のところにやってくると迷うことなく一冊を手に取る。

「あれ、それですか」

「うん。去年私が使っていたから。慣れているもののほうが教えやすい」

「はぁ、東先輩がそういうのなら購入しましょう、そうしましょう」

 俺は財布を取りだしたが、東先輩はそれを制してお金を出した。

「えっと、俺がやるんですよね」

「そうよ」

「だったら、俺がお金を出すのが筋では?」

「……わたしのお金を出させた。参考書を見るときは必ずわたしの顔を思い出してやる気が出るでしょう?」

 冗談なのかマジなのか、わかりづらいな、困っちゃうな。

「りょ、了解っす」

「さ、かえって勉強するわよ」

「えっと、どこで?」

「冬治君の家で」

 こうして荷物持ちはまさかの勉強をするだけの日になった。


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