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東未奈美:第四話 傀儡使いのお気に入り

 見事に生徒会長に当選した俺、真白冬治……よりも知名度がある東先輩。

 生徒会長のイスに座っているのも俺ではなく、委託生徒会長となった東先輩である。これは、俺が生徒会長であるが、学園に慣れていない転校生であるために適用された処置でもある。

「真白君はわたしの指示通りに動いてくれればいいから」

 新任の挨拶の時に言われた言葉がこれである。面倒事が少々嫌いな俺からしてみればまぁ、いいかなと思ってしまった。

 男としては毅然とした態度でノーと言いたいものだね、うん。何か意見しようとすれば暗い笑顔で『黙ってて』って言われるから何ともし難いものがある。

 それでも一応は生徒会長である。生徒会での話し合いがあるときはお飾りと呼ばれようと出席しない割には行かないのだ。

「生徒会長さーん」

「ん?」

 ノートと筆記用具を手にした俺を親しげに呼んでくれる新生徒会書記の、何とかさんである。うーん、この人はなんという名前だっただろうか。

 俺のそんな考えが出てしまったのだろう。相手はおもちゃを見つけた子供の表情を見せた。

「あ、いまあたしの名前を考えてましたね?」

「へぇ、良くわかったねぇ」

「それはもう、男心は心得ていますから」

 人懐っこい笑顔を俺に向ける。なかなかかわいい子じゃないか。

「そうかい、悪いけど名前をまだ覚えてないんだ。俺の事を生徒会長さんって呼ぶぐらいだから君も名前を覚えてないんだろうけどさ」

 この言葉にちょっと憤慨して恐い顔をされる。

「そんなわけないですよ。あんな悪い事ばかりしていた人たちとは違って、しっかりと生徒会長選に臨んだ高潔の人じゃないですか」

 まぁ、確かに悪い事はしていないんだが、黒幕が何かをしているかもしれない。

「じゃあ、俺の名前は?」

「真白冬治先輩でしょ」

「そうそう」

「あたしの名前は北原紗衣です」

 もう忘れないで下さいと言ってから右手を掴まれる。

「ほら、行きましょう。そろそろ始まりますよ」

「ああ、そうだな」

 俺の苦手な元気っ子だ。話すときも顔が近いし、役員会が行われる時は必ず名指しで俺の意見を求めてくる。

 生徒会室に入ると殆どの生徒が揃っていた。つまり、俺と北原が最後だったわけだ。

「それでは七月の役員会を始めます」

 これが俺の数少ない仕事の一つである。いや、仕事自体は開始と終わりの宣言だけと言っていいかもしれない。

「それでは第二月曜日に行われているあいさつ運動についてです。生徒会役員の参加人数を参加可能な方全員に変えたいと思います。反対の方はいますか」

 東先輩の言葉に誰も反論を出さない。まぁ、これはいいだろう。あいさつ運動はあったほうがいいし、学校周辺での犯罪行為も減るとか言われているからな。良いことだし、これはほぼ決定事項だと言わんばかりだったりするがまぁ、いいさ。

 滞りなく議論が進み、最後は生徒会メンバーからの要望の時間になった。

「何かありますか」

 基本的に何もないから今日もすぐに終わるだろうと思っていた。

「はい、ありますっ」

「え? あ、北原……さん、どうぞ」

 北原が立って役員全部を見渡す。

 最後に、俺を見て笑顔を向けられる。

「あの、第三月曜日に行われている清掃活動、一名から二名に変えたいんです」

「その理由は何でしょうか?」

 俺ではなく、東先輩が笑顔ながらどこか不気味な雰囲気を漂わせて北原を睨んでいる……気がする。

 ちなみに、この清掃活動は俺が担当している。影で呼ばれている名前は『お掃除生徒会長』だ。中にはスイーパーと呼んでくれるいい人もいる。

「今の人数ではさすがに学園内の清掃活動が完璧だとは思えません」

 それでも一応普段学園に行く時間帯より三十分早く来ているんだぜ。

 これは遠まわしな俺への批判かと考えていると北原が視線を向けていた。

「生徒会長はどう思いますか」

「……俺か? そうだな、強制的に決定してもだらだらやっているだけじゃ意味がない気がする。そう言う奴らはきちんとするとも思えないからな」

「確かにそれはそうですけど」

「そもそも、清掃活動については元より自由参加なんだよ。だから別に一人だけってわけじゃないぜ?」

 たまに他の生徒が俺の手伝いをしてくれることがある。こっちが名前を知っていなくてもあっちは東先輩の隠れ蓑で大変ですねぇと寄ってきてくれる。ちょっと情けない気もするけれど楽しくやれているのでそれでいい。

「え、そうなんですか」

 周りの役員からもそんな声が聞こえてくるので頷いておいた。

「ああ、だからやりたいって人が居たら一緒にやってくれればいい。勿論、部活もしている人は朝が忙しかったりするから強制するわけでもない。ま、俺以外は部活に入っている人ばかりだから気にしなくていいよ」

 凄いことに、生徒会と部活を両立させている人もいるからな。ダメなときは役員同士で助け合ったりってのは意外とある。傀儡だなんだと言われているが、横の連携は意外ととれていたりする。

「どうしますか、北原さん」

 この東先輩の言葉にどう思ったのかは良くわからない。

「……わかりました。さっきの提案はなかった事にしてください。あたしの早とちりでした」

 舌をちらりと出して北原は席に座った。

「それじゃあ、他に何もないならお開きにします」

 その後すぐに解散に成り、東先輩と俺が残る。無論、この部屋の清掃だ。

「真白君」

「はい?」

「北原さんって真白君の友達?」

 その質問の意図を考えるより先に俺は首をかしげていた。

「どう、でしょうね。関わり合いがあるのは生徒会だけですし」

 何より、あの子には悪いが名前を知らなかったからな。

「そっか、それならいいわ」

「ですね」

「……あのね、いいわけないでしょ」

 今では優しかったころの白東先輩はいなくなった。俺と二人きりの時は黒い方が顔を出してしまっている。

「別に反感も持っていないですし、変な事をしようとしているわけでもない。普通のいい子に見えますけど?」

「んー、なんだか冬治君を取られそうな気がする」

「いつから東先輩の物になったんですかね」

「立候補してくれたその日から」

 それは知らなかった。誰か知っている人がいたのなら教えてくれれば良かったのに。

「ともかく、変な事をしようとしているようだったら教えてよ」

「へいへい」

 この日はそんな感じで別れた。

 みんながいなくなったところで俺は生徒会室を掃除することにした。清掃活動を行いながらさっきの東先輩の事を考えている。北原と先輩は水と油なのかもしれないなぁと思いながら箒を動かす。

 そして、第三月曜日にいつものように学園へ向かうと北原が立っていた。

「北原か。早いじゃないか……君はぎりぎりに来るのが美学だって言ってなかったかい?」

「今日は違うんですよ、生徒会長」

「何が違うんだ?」

「見てくださいよ、この格好」

 そう言われて見直すとパステルカラーのエプロンをつけていた。

「ああ、家庭科の実習でもあるのか? 良く似合ってるぞ」

 まさかその格好でそのまま歩いてきたのかとは突っ込まないようにした。優しさって大切だからな、うん。

「ありがとうございます、って、違いますよっ」

「おっと、俺が嘘を言っていると思っているな? マジだぜ、マジ。北原にそうやって料理の一つでもされたら嬉しいに決まっている。俺もその一人になりたいぐらいだ」

「そ、そうですかねぇ」

 でれっとした表情を見せてくれる。ふっ、まだまだ若いな。ちょっと持ち上げてやっただけで喜ぶなんて可愛いところもあるじゃないか。

「それで、実際にはどう言った理由でエプロンをつけているんだ? まさか、本当に料理でも作ってくれるんじゃないよな?」

「えっと、乗り気なところすみません。お手伝いするために来たんです」

「掃除のか」

「はいっ!」

 熱血系の後輩って悪くないな。貧相で口うるさいイメージカラーが黄色の左野で始まって初で終わる誰かさんとは大違いだ。

「自由参加だからいつ終わりにしてもいいよ。参加してくれてありがとな」

「二人で頑張りましょうね!」

「……待った」

 そういって、意外な事に東先輩もやってきていた。その手には正式名称はわからないが、アルミ缶を拾うにふさわしい道具を握りしめていたりする。

「も、もしかして、東先輩も参加してくれるとか?」

「……気まぐれで、偶然にもね」

 俺にだけ聞こえるように近づいて、そう言ってきた。

「さぁ、頑張って早く終わらせましょうね、北原さん」

「はいっ!」

 その日はいつもより清掃活動が早くに終わった。

「これも北原のおかげだな」

「えへへ」

 その隣でちょっとイラついているようだった。やはり、ねぎらわないと駄目らしい。

「東先輩もありがとうございます。軽く感動しました」

「当然ね……いや、当たり前の事をしたまでですよ」

 ゴミ置き場にごみを捨てに行くのは下級生の俺らだけとなり、先に東先輩には教室へ行ってもらうようにした。

「あまり東先輩の印象良くありませんでしたけど、今日の参加を見て私の考えが間違っているのに気付きました」

「ま、あの人はあれで真面目なところもあるからね」

 水と油だと思ったけれど、そうでもない気がする。


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