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左野 初:第六話 揉み放題!

 この前受けた気がするテストも気付けば二回目だ。暑さも控えめになってきてホッと一息……まぁ、冬になれば夏が恋しくなるんだろうけどな。こればっかりはわがままだと思うけれど許してほしい。寒い寒いと言いながらこたつで食べるアイスのうまさは筆舌しがたいものがある。

「二学期は長いから中間が来るのが早いと思っちまうのかね」

 ため息をついたら幸せが逃げて行くってテレビで見たんだっけ……どうだったかな。むしろ、体の中にある悪い気を呼吸法によって吐き出しているんじゃなかろうか。

 軽い現実逃避をあきらめて、図書館で勉強するべきか、自宅に帰ってから勉強するべきか悩んでいると左野に出会った。

「偶然ね」

「左野の言葉から偶然だと聞くとこの前の事が思い出されるな」

「この前の事?」

 もうとっくに忘れてしまったらしい。表情に出やすい後輩はきょとんとしてしまっている。

「ああ、それと、すまん」

「え、なんで謝ってるの?」

「色々とやっちまってお前さんの後援会とどっかの誰かのチームが争いを始めた」

「は?」

「詳しく説明すると長くなるからやめとくわ。とりあえず、お前も一緒に中間に向けて勉強するか?」

 そもそもこの子は勉強できる方なのだろうか。

「べ、勉強かぁ……」

 露骨にいやそうな顔をしつつ、何か考えがあるのか悩み始めている。

「あ、でも、リッキーも勉強を通じて仲良くなれるとか言ってたっけ……ねぇ、リッキーも呼んでいい?」

「別にかまわないぞ」

 三人で勉強することになった為、自宅はやめて図書館になった。騒いで他の人の迷惑になるのは立場上まずいので人が少ない場所へと二人を案内する。

「図書館でやらしい事が行われているって聞いたことあるけどまさか……」

「いや、ないから」

「わからないよー、豊満な女子生徒から誘われていかがわしいことが……」

 それなら俺は選ばれない。何せ、両脇にいる女子……左野は貧相、リッキーも貧相だからな。図書館の秘書さんでボインなら話は別だがね。そもそもそんな事が起こるのは十八歳以上向けの絵本ぐらいなもんだ。

「そっか、残念」

「リッキー……」

 左野が首をかしげて教科書をとりだしていたので俺も教科書をとりだす。

「真白先輩に一年のわからないところを聞いて大丈夫よね? アホじゃないわよね?」

「お前さん、俺を舐めてるだろ。尻に火がついた人間の能力、馬鹿にするなよ」

「へぇ、じゃあ頭がいいんですねぇ」

 どこか馬鹿にした感じのリッキーに俺は首をすくめた。

「一年生の頃はもっと真面目に生きていましたとも。俺の人生、どこで間違えたんだろう」

「あ、間違えたんだ」

「間違えていなかったら今頃女子に囲まれてウハウハだよ」

「い、今も割とそんな感じでしょ。後輩二人になつかれているんだから」

「お、よくいった左野っ」

「……そうだな。退屈してないから二人には感謝したほうがいいのかも」

「感謝しなさいよね」

「ありがたやありがたや」

「お布施は一人五千円でいいですよ」

「高いっ」

 これ以上持ち上げると本当に取り上げられそうなので話を変えようと思う。こいつらは危険だ、特にリッキーが。

「ちなみに聞くけどさ、二人ともどの教科が苦手なんだ」

「国語かなぁ」

 左野がそう言うとリッキーは一呼吸置いて答えた。

「保健体育を除くすべての教科」

「マジで?」

「一夜漬けの神様と呼ばれてます」

 親指を立ててさわやかに微笑まれた。それが自慢になるのはおそらく学園にいる間だけだ。

「山を外すとそりゃもう酷いけどね」

「ギャンブラーかよ……」

「でも、リッキーって本当はすごいんだよ。この学園の入試の時……満点をとってはいったんだって」

「能ある鷹は爪を隠すってやつか。リッキー、真面目に授業を受けてテストを受けろよ。後、人生の目標をしっかりとたてたほうがいい。大学だけじゃなくて、卒業の人生設計もな。進路指導の先生の所に行ったほうがいいぞ」

「やだ、先輩がちゃんと先輩している……」

「あ、あたしは?」

「左野は……まず、テストの成績がダメっぽいからそっからだな。それが出来て次に行ったほうがいいよ」

「うぐっ……事実だけれども」

「けどさぁ、人生設計とか面倒なんですよねぇ」

「ちゃんとしておかないと後で困るぞ」

 俺の言葉にリッキーはだるそうに答えた。

「だってさ、面倒じゃん。単なるテストだからねぇ。入試は点数がなんぼだよ」

「成績に響くだろ」

「んー、私はすぐに働こうと思ってるから」

 じゃあなおさら点数は取っておいた方がいいのではないかと考える。しかしなぁ、自分の能力にかまけて努力を知らない天才型は後でしくじると再起が難しいからなぁ。

 ここは彼女の心の大部分である遊び心をつついてみる必要がありそうだ。

「じゃあこうしよう。俺もリッキーの本気を見てみたいから賭けをしよう」

「ほほう、生徒会長ともあろう人がそんな事をしていいのかな?」

「ほー、俺が生徒会長だってことを知っているのか」

「え、嘘、先輩って生徒会長だったっけ?」

 そうだよ。自ら言っていなかったけどたいていの生徒は知っていることだよっ。

「生徒会長はこの際関係ない。これは俺個人の賭けだ。俺が負けたらリッキーの言う事を一つ聞いてやる」

 胸を叩いて宣言するとリッキーはにやっと笑った。

「そっかそっか。本当にいいんだね? お約束の男に二言は無いぜをもらうまではちょっと信じられないなぁ」

「男に二言は無いぜ」

 俺は高らかに宣言して見せる。図書委員から静かにしてくださいと怒られた気もするが、気のせいだ。

「よし、乗った。あ、それと左野が勝った時も同じことをしてやってくれないかな」

「左野とも約束か?」

 見たところ左野って其処まで勉強できなさそうなんだよなぁ。出来ても、一つずつずれていたり名前欄を書き忘れていたりしてそうだ。

「あ、今失礼な事考えたでしょ」

「安心しろよ。ほんのちょっとしか考えてないから……いいだろう、そっちの条件も飲んでやるよ。勿論、こっちからは何も要求したりしないから安心してくれよ」

「……それじゃ面白くないよね、左野」

「う、うん。まぁ、公平じゃないけど」

 何やら有無言わさぬ顔で左野を見ているリッキー。

「左野に勝ったら揉み放題ね」

「はいはい、わかった、それでいいよ」

「ちょ、ちょっとぜんぜんよくないっ。何よ、揉み放題って」

 わめく左野の肩に手をまわして耳に口を近づける。

「どうせ肩を揉み放題って来るだろ」

「あ、なるほど……」

「お互い気負って馬鹿にされるパターンだ。あっれぇ、二人ともどこを揉み放題だって思ったのかなぁって」

「う、うん」

「だからここは敢えて乗っておいて、普通の反応を見せることによりリッキーに地味なダメージを与えるのだ」

「わかった」

 左野と俺は一時的に演技することにしたのだった。

「作戦会議は終わりましたかな?」

「オッケーだ」

「左野は揉み放題でオッケー?」

「うん」

「よしよし、あ、それとね、私が勝った時はその時に何をしてほしいか言うから」

「え、リッキーも揉み放題じゃないの?」

「やだもー、左野ってばさすがにおっぱい揉ませたりはしないってばー」

「ちょっと! 肩じゃないの?」

「肩なわけないじゃん。どうせ、先輩の入れ知恵だろうけれどそうはいかないからねぇ」

 意地悪そうなリッキーに顔を真っ赤にして左野はあたふたしている。

「で、でもでも……え、本当に?」

「大丈夫、勝てばいいんだから」

「か、勝ったら真白先輩のおっぱいを揉み放題?」

「……男の胸を揉んでお前さんがうれしいのならそれでいいんじゃないのか」

「あれ、先輩動じてないね。つまんないの」

 そりゃあ、お前さん。揉めるだけのおっぱいを左野が持っているとは思えないんだけど。わしづかみでも物足りないんじゃないのかい?

「まぁ、俺のほうもなんでもいいぜ」

 リッキーはそこまで俺に納得させてから左野に何かを耳打ちしていた。

「初、がんばろう」

「え、う、うん」

 顔を真っ赤に染めた左野が頷いている。

「なんだ?」

「こっちも作戦会議だよ。これで左野のやる気が五割アップ」

「マジかよ。一体どんな魔法だ」

 五割アップとか俺だったら新作のゲーム機ぐらい買ってもらわないと無理なレベルだ。いや、もしかしたら冗談と見せかけて俺の体が目的かもしれないな。

「乙女の秘密だよ」

「乙女の秘密って……乙女って使っていいのは中学までだろ。左野は見た目オーケーだけどな」

「え、そうなの?」

 ちょっと嬉しがっているところ悪いけど、からかったつもりなのだ。

「真白先輩、この子には夢を見させてあげたいね、ずっと」

「……そうだな」

 左野は多分、まだサンタさんを信じていると思う。

「ともかく、真白先輩は中間テストを楽しみに待っててよ」

 リッキーはどうやら俺にひと泡吹かせようとでも思っているのかな。

 ま、これで頑張ってくれればリッキーの本気とやらを拝ませてもらえるからいいけどな。


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