左野 初:第三話 一緒に帰ろう!
梅雨に入ったのかなと空を見上がる。
灰色の空から一滴の雫が落ちてきた。
「ぎゃあああっ、右目に入ったっ、天界から目薬っ。スナイパーがいるうぅっ」
俺は右目を抑えながらうめく。周りの生徒がひそひそと話していたりする。なんともまぁ、ひどい生徒たちだろうか。
雫はあっという間に数を増やして大地を襲う。傘を忘れた間抜けな俺は校舎内へと撤退するしかない。
俺みたいに傘を持って来なかった勇者の数は少なく、男子は女子の友人か彼女、女子は男子から誘われて一緒に帰り始めて更に少なくなった。
「え、し、時雨君……一緒に帰ってくれるの?」
「当たり前だよ。あみちゃんのこと、僕が放っておくわけないでしょ?」
「うれしい……」
「……ねぇ、時雨さん。どうしてあみさんと一緒に帰るんですか?」
「あ、み、美奈さん」
そして、一部修羅場っぽいことが起こっていたりする。見ないようにしよう、あまりどろどろとした展開は頭に入れないほうが幸せに過ごせると思うから。
「ちっ、爆ぜろよ」
「石灰とあれと、これを……」
危ない言葉を口走る独り身の男子生徒に白衣の根暗そうな女の子がいたりする。
「現実なんて必要ない、おれには二次元の嫁さえいればいいんだっ。うおーっ」
そういって二次元に選ばれし勇者は鞄を頭にのせて去って行った。
「猛者だ」
「なんて奴だ……購買部に行けば傘の一本ぐらい、売っているというのに……」
一人の言葉で勇者達は購買部へ雨という魔物を凌ぐ剣を買いに行った。
俺もその一人になろうとすると、困った風に灰色の空を見上げる知り合いを見つけた。
「おや、スクミズコじゃないか」
「スクミズコ?」
スクミズコ、左野初は妖怪でも探すような目で辺りを見渡している。
「スクミズコってリッキーのこと?」
「リッキーだよ」
セット販売の羽根突律が親指を立てているので首を振った。俺、佐野を見つけると必ずリッキーにも会うような気がする。
「今日はスクール水着じゃないんだな」
「はぁ? 毎日水着を着ているわけ無いでしょ?」
「左野は水泳部だろ? もしかしてすっぽんぽーんで泳いでるのか」
想像してふいてしまった。これはないな、そんなことをするのは幼稚園児ぐらいだろう。
「違うわよっ。素っ裸で泳いでいる奴なんていないわよ。会話のつなげ方がおかしいからね?」
「ああ、サボりか」
「さ、サボってなんかないもんっ。また会話のつなげ方がおかしかった」
「だよなぁ、カナヅチだから頑張らないと……」
「う、ううっ、どうしてそんな意地悪言うのよっ」
「いや、何でも無い。俺が悪かったよ」
既に涙をためている状態だった。大して言い過ぎた気にもならなかったが、相手からしたら許容限界を超えさせてしまったらしい。
「あー、泣かしちゃったー」
芝居がかった顔で(かなり見下した下衆顔で)俺を見た後、胸倉をつかむが……俺のほうが身長高いので寝転がって本を読むような感じになっている。
「悪かったよ、すまん」
「泣き止ましてよ、すぐにこの空から降る涙を無くしてよ!」
「そっちは俺、関係ないよね」
「うむ、その通りだね」
「左野のことはいいのか」
「空から降ってくる涙さえ消してくれれば些末なことですよ」
リッキー、俺はよく君のことがよくわからなくなるよ。君は左野のなんなんだい?
「まぁ、一般的に言うのなら謝るのなら最初から泣かせなければいいのに」
おっしゃるとおり、返す言葉もございません。
「よ、よし、ドケチで有名な先輩の真白冬治がジュースをおごってやるぞー」
「うわー、また自分を下げてしかも、しょぼいごまかしを入れてきた」
「しっ、リッキーは黙ってなさい。な、左野。一緒に購買に行こう?」
「うう……ぐすっ、わかった」
ジュースで左野のご機嫌をとりつつ、購買部へ行こうとしてうめく。
「どったの?」
「落ちついて聞いてほしい、リッキー。今君らにジュースを奢っただろう?」
「ありがとーございます」
「ああ、気にするな。ただちょっとお金が足りなくなって傘を買えなくなった」
「うわ、女々しい。それって気にしてるって言うんじゃないの? あんた馬鹿ね、バカバカね」
ここぞと左野が責めてくるので中指を立ててやった。
「あぁ? んだ、てめぇ」
「ひっ……」
「せんぱーい、その本気で相手を威嚇する顔やめたほうがいいよ。殺傷能力あったら確実に撃ち返されてるから」
「安心しろよ。俺も左野と一緒で考えるより手が出るほうだから本気で怒ったら手が出てる」
「な、なんだ、冗談なのね」
「うーん、それは安心していいのだろうか」
自分で言っておいてなんだけど俺もどうかと思う。
「しょうがないなぁ、それならここはわたしが傘に入れてあげようっ」
左野よりはある胸を、それでも薄い胸を、叩いてくれた。
「ありがとう、リッキー……けど、俺が入ると肩が出て濡れちゃうからいいよ。鞄を頭にのせて走るから」
「じゃ、じゃあ、あたしの傘、貸してあげるわよ」
「え? いいのか。ありがとな」
左野が許可してくれたので傘に入る。
「ち、違うわよっ。誰があんたと相合傘なんて……ほんのちょっとだけはしてみたいけど」
「してみたいだ……」
「ほ、ほら、ここに折り畳み傘があるから」
「超ファンシー」
花とクマの二重奏、これを男子学園生がするのはなかなかの勇気が必要そうだ。
「え? ファンタジー?」
「違う。なんだその傘は」
「えっと、ゲームの言葉でしょ? なんだっけ、ろーぷれっていうんだっけ。正式名称が筒のような銃のような……戦車を攻撃するものだったかな」
おそらくこの子はゲームとかの知識が少ないんだろうな。
「ろーぷれって何だろう。ローププレイの略称?」
そういっていやらしい笑みをリッキーが浮かべる。
「ローププレイって、左野はどう思う?」
「え、ゲームの話をしてたのよね? なんでプロレスの話に?」
「旦那、この子はたまに天然入るから気を付けて!」
「……おう」
リッキーも十分気を付けるべき相手だと俺は思う。
「これこそまさしく勇者だな」
「ともかく、其処まで言うのならしなくていいもん。お気に入り、貸してあげたのに」
「滅相もございません、有り難く使わせていただきます」
女子学園生から指を指されたのですさまじい眼力でそんな連中を沈黙させる。
「うわー、すごい。睨まれると子どもが出来ちゃいそう」
「いや、ないから」
「う、うそ。あんたに睨まれると子供が……出来るのね。目をそらさなかった。お腹が最近出てきたのもあんたのせいね!」
「信じるなよ。断言すんな、お前の腹が出たのは甘いもんの食いすぎだろ」
「左野のお腹はぽんぽこりん。自重できないポッコリお腹」
「り、リッキー……」
リッキーの言葉に左野はかなりのショックを受けているようだ。
「うん、ま、傘に関しては礼を言うぜ」
「もっとお礼を言いなさいよ。満足するまで受け付けてあげるんだから」
「ありやとーございます」
胸をそらした左野にリッキーが頭を下げている。
「ジュースをもう一本、あたしに奢る権利をあげるわ」
「なんて面の皮が厚い奴なんだ」
「こ、ここで威嚇したりあたしのことを馬鹿にしたら泣いてやるんだから」
しかも自分を人質にしてきやがった。
「リッキーなんとか言ってやってくれ」
「うん、あのね、左野はこう見えて先輩のことを下着泥棒だと間違えたことをね悔んでいるんだよ。だから、照れ隠し。見当違いでこの子頭大丈夫かなーって思うかもしれないけれど生暖かく見守ってあげて」
うわー、リッキーってひどいところを今回ボロボロ見せちゃってくれてるよ。
「なっ、ちょ、違うわよっ。どうせ、こいつ」
「こいつじゃないでしょ? 真白先輩って裏じゃ呼んでるじゃん」
「り、リッキーっ」
「先輩、別に恥ずかしい呼び名じゃないよね?」
ここは頷いておくしかない。心がいっぱいになっている左野をつつくとどうなるのかさっぱりわからないからな。
「ああ、変じゃない。普通だから。俺もそう呼んでもらったほうが嬉しい」
俺は暴走しないように素直に言い表しておいた。言っておくが、左野が、ではなくリッキーがだ。この子は左野のことをおもちゃかなにかと思っている節があるからな。
「そ、そう? 変じゃない?」
「うん、自信を持っていいよ」
「じゃ、じゃああんたのこと、真白先輩って呼ぶわ? 念のため、もう一度確認するけれど本当にいいのよね?」
くどいが、まぁ、こいつも遠慮する性格なんだろうか。
「いいよ」
「そ、そっか。でも、ちょっとよそよそしいかしら。まっしーとかましろんとか……普通すぎるかも。まっしーましまろん……長いか」
何やらぶつくさと俺の呼び名を決めてくれていた。真剣なその表情に何か口を挟める余地は残されていない。
「もう、好きにしてくれ」
天を仰ぐと雨がいつの間にか止んでいた。




