秋山実乃里:最終話 彼女が望んだエピローグ
実乃里が小説を書く理由……以前、まだ彼女じゃなかった時には自己満足で書くのだと言っていた気がする。
「いらっしゃい」
「ああ、邪魔するぜ」
リビングで向かいあって、俺は実乃里の言葉を待った。
「今日はどうしたの?」
「どうしたのって……あのね、あたしゃ、実乃里さんからメールをいただきましてね、あなたが私が小説を書く理由を聞きに来てほしいと言われたんです」
そういって俺は携帯電話の画面を突きだした。
「危機に来てほしいと言ったけど、教えてあげるとは言ってないよ」
「何だそりゃ……と、言いたいところだが想像はしてた」
「そうなの?」
「これでも実乃里の彼氏をやってるもんでね」
「ふーん」
その心底どうでもいいって感じだけはやめてください。彼氏、悲しいです。
「昔はね、娯楽だった」
「娯楽?」
そして、唐突に始まるのも実乃里の常だ。
「そう、娯楽。あり得ない事があり得る。口にして他人に話しているとおかしいと思われるけど、文章に起こすとおかしいとは思われない。不思議なことだよ」
「確かに、言われてみればそうかな」
「読まれると逆に指摘を受ける。ここが甘いとか、表現が違うとか、ね。もっと、おかしくなれと言われていた気がしたよ」
実乃里は笑ったが俺は笑わず先を促した。
「恋愛小説って難しいね。書いていてうまく出来ないや」
「他のもあまりいい出来ではないだろ」
俺の言葉にむっとしたが、大人しく首を縦に動かした。
「まぁ、そうかも」
「しかし、一応、俺って彼氏がいるだろ? 何でうまく出来ないんだ」
「書いていてもやもやする。現実じゃないにしろ、冬治が他の女の子といちゃいちゃしているところを書くのは気分が悪い」
「主人公を実乃里にすればいいだろ」
そうすれば俺が実乃里といちゃいちゃしているだけになる。
「それじゃ、駄目」
「何で」
「現実と一緒だから。あたしは起こり得ない事を起こしたい」
「……なるほどね。言っていることはよくわからないけど、ニュアンスは伝わった」
「何度か小説は書いた。でも、冬治を最終的に刺しちゃう」
そいつは穏やかじゃあないね。
たとえ文章の中とは言え、気持ちいいものじゃないね。
「自己満足じゃ、これが限界かな」
「そうか……じゃあ、今日からプロになれよ」
「プロ?」
「そうだ。まずは俺のために書いてくれ。俺と実乃里がいちゃいちゃする小説だ」
「わかった……やってみる」
実乃里が小説を書く理由……はっきりと俺には分からないが、彼女が文章を書くのを辞めるまで、隣で見て、これじゃ駄目だと軽く馬鹿にしてやりたい。
――――――
-私が望んだエピローグ-
下駄箱に入っていた一通の手紙を一人の学園生が不機嫌そうに掴む。入口から冷たい風が入りこんでくるが、どうという事はなかった。
「……はぁ」
ピンクの皮を乱暴に破り、中から二つ折りの紙を取り出す。その動作は実に緩慢でもらった事が無い人なら心が躍って手が震えていた事だろう。
便せんに書かれている文字を面白くなさそうに眺め、青年は唇の恥をちょっとだけ動かすと興味を失ったように再び二つ折りにしてポケットへ突っ込む。
「やれやれ」
紙飛行機にしてそのまま窓から飛ばしたい気分になる。拾われて他人に読まれたら一大事なので青年が二つ折りにしたのは正解だろう。
もう一度だけ、二つ折りの紙を取り出して内容を確認しながら旧校舎へと向かう。
『放課後、旧校舎三階で待っています(はぁと)』
書かれていた文面はたったそれだけ。
丸っこい感じの字でいかにも女の子が書いたもののようだ。勿論、いたずらの可能性もあるだろう。問題なのは受け取った側の青年がそのような悪戯に恵まれない人間だったので、冗談だったなら犯人は一人しかいない。
旧校舎は今のところ部室棟として機能しており、来年には取り壊される予定だ。
校舎一階から旧校舎一階へ続く渡り廊下は風邪が吹きすさんでおり、聞こえてくる音はスカートめくりをされた女子の声のようだと青年は考える。
雪が降るかもしれない、青年は寒さで不機嫌そうな表情を崩さずにもらったマフラーをもうひとまき首に巻くのだった。
今の時期に旧校舎を部室として使うところは殆どない。火事を防ぐためにストーブを置いているのも一回だけの為、二階以上の教室は殆ど物置として使用されている。良からぬ事に使うカップルもいるとか居ないとか噂があったりもする。
青年がここに来る事はあまりなく、所属していた生徒会の用事で来る事があった程度か。ここにやってくるのは数ヵ月ぶりである。
だからと言って道に迷う筈もない。隙間風のせいで外と温度が変わらない階段を上って行く。
「……ん?」
二階で何か物音がしたので身構える。ここで仕掛けてくるのかと青年は考えた。
何事も起こらず、そのまま指定された旧校舎三階へとやってきても誰もいなかった。長い廊下は寒さのせいで別の世界に見える。
「……寒い」
誰が出したものか青年には断定できやしない。しかし、こんな事をしてくる相手には心当たりがある。
まどろっこしいと思いながらそれ以上に面倒な事に巻き込まれてきたので彼の心は実に穏やかだった。
なんとはなしに、窓の外へと視線を向ける。グラウンドから運動部の声が聞こえてきたのもあるし、雪を見ようと思ったのだ。
「それは彼にとって致命的な選択となった」
「?」
「最初は衝撃だった」
「うおっ」
右腰にひっついてきた人間にびっくりした青年、真白冬治はそのまま尻もちをついた。
「マウントをとられるか、振り向いた時に鳩尾をぶすりっ」
冬治は馬乗りになっている秋山実乃里を見上げるのだった。
「お、おい、実乃里……お前何してるんだ」
「反撃しようとして、身体を構えようとするとよろけ、そのまま倒される」
「もう押し倒されてるっつーの……ぐっ、お前へんなところに力入れんなっ」
「この後、冬治はめった刺しにされてそのまま気を失ってしまう」
実乃里は冬治の上から降りると独り言をつぶやき始める。
「……長いかな」
「ケータイに打ち込んでるのか?」
冬治も立ち上がって実乃里の携帯電話を覗き込む。
「紙が無いからね。メモ帳代わり……どうかな」
冬治は実乃里から差し出された携帯電話を眺めてため息をつく。
「あれ? ダメだった?」
「いいや、『火事』が『家事』になってる」
「些細些細。読んじゃえば音は一緒だから」
「誤字は気にしろよ」
「今度直しておくよ」
これ以上続けてもしょうがないと冬治はため息をついた。
「それで、お前は俺をこんなところに呼んでなにするつもりだったんだ」
ポケットから手紙を取り出して実乃里に見せると彼女は微笑んだ。
「ラブレター、欲しかったんじゃないの?」
「……もらった事は無いからまぁ、欲しかったと言えば欲しかったかな」
「彼女が彼氏にラブレターを送っちゃいけないなんて事は無いでしょうから。冬治には小説の登場人物になってもらうからね、夢を見せてあげたの」
「あっという間に現実に引き戻されたけどな」
いつものやり取りを終えて、実乃里は冬治の胸に額を当てた。
「お、おい?」
「……よかったね、冬治。死ななくて」
その言葉は彼の耳に届く事は無い。
「え、何かいったか」
「ううん、何でもない。また一緒に夜の学園に侵入しようか。ここって女子生徒に恨まれて殺された男子生徒の幽霊が出るらしいからいちゃいちゃ出来るよ」
「できねぇだろっ」
冬治の言葉に実乃里は笑うだけだった。毒気を抜かれて冬治はため息をつく。
さっきまで感じていた寒さは冬治の腕の中のぬくもりで消えてしまった。
「?」
「どうしたの?」
「いや、今なんだから鋭利な金属が落ちた時の音がしたみたいでさ」
「ああ、それ私の護身用ナイフだよ。夜の学園を歩いたりするからね」
「物騒なもん持ち歩くなよっ」
「うん、もう要らない。だって、冬治がいるから」
「……ま、何かあったら俺が何とかして見せるさ」
こうして、話の幕は下りるのだった。
――――――
「実乃里―、出来たか」
「んー、もうちょっと」
小説家、実乃里はコーヒーに口を着けながら最終話を考えている。主人公が新しい理由を与えてくれるシーンだった。
「お前さん、ちっとは勉強したらどうだ? もう、学期末だぜ」
「彼氏が私の分まで点数稼ぐからいい」
「この学園にそんな特別方式は取られていません」
「大丈夫、学期末が終わってダーリンは恐れおののくから」
「……現実になりそうだから辞めて」
後日、実乃里の言った通り彼は恐怖する。
何故なら、二人の成れ染めが現代国語の答案用紙の代わりに教師へと提出されたからだった。
今回で秋山実乃里編、終了っ。すっごい加筆だとか、話そのものが変わるのはいかがなものかとおもって意外と変えていません。意外とグロい最初だったり少しおかしな終わり方なのもわざとです。ハードルは高ければ高いほど、越えられないものなんです。つまり、今の私には過去の私を越えられないのです。変わっているところはおもに、冬治が生徒会長であることですかね。そういったところは変わっています。あとはほとんど、たぶん、おそらく……変わってないかな。秋山実乃里編は確か書いててすぐに終わった記憶があります。あれよあれよと文が頭に浮かんで、終了。そういえば、こんな物語を読んだことがあるなぁとみなさんが思ってくれればそれでいいと思います。感想、誤字脱字、その他あればよろしくお願い致します。




