秋山実乃里:第八話 前だけ見て生きるんだ
秋山に手を掴まれて向かう先はどこだろう?
時刻は既に十時を回っている。
「ホラー映画ってさ、二時間でどれだけお客を怖がらせるか大事な要素だよね」
「突っ込みどころが多かったらとんだお笑い映画だけどな」
それを楽しむのも一興かもしれないが。
「うん、でもね、二時間で千円超えちゃうから色々と勿体ないなと思って今回はリーズナブルにお墓にデートしに来たよ」
ひゅー、どろろ……そんな間の抜けた音がどこからか聞こえて来た気がした
「お前、アホだって良く言われないか?」
「小説の種にはなるかなって」
「ならねぇだろ」
罰当たりな奴め。気付けば見渡す限りの墓野原である。
「くそ、俺もどうして気付けなかったんだ」
「反対されると思って、木陰にお墓が隠れてわかり辛いルートから霊園に入りこんだんだ。すごいでしょ」
気付けばお墓に囲まれているのだ。特に苦手意識が無くても俺らの居る所が低い為、お墓に見下ろされているような感覚を覚える。
「そこは自慢する所じゃねぇ……確かにすごいけどな」
「ほら、爽快じゃない? すっごい数のお墓に囲まれてるよ。それで、ここから出てくるんだよ、あれが……」
あれ、あれね。鳴る程。映画だったらよくあるわな。
「お化けだよね」
「ゾンビだよな」
そう言ってお互いに沈黙する。
「実乃里、お墓に出るのは幽霊だろ」
「ダーリンこそ、日本は火葬でしょ」
アホらしい事で言い合いを始めている俺らはホラー映画なら既に死亡フラグが立っている。
「ほら、さっさと帰るぞ。元来た道帰るだけでいいんだからな」
「そう言うと思って脚立倒してきた」
「なっ……マジかよ」
途中、廃工場を通過してきた。廃工場を超える時に脚立が必要だったので(しかも十メートルの高さ)使用したのだ。映画館に近道だとか言いだしたから通ったのに……なんてわけのわからない事をしてくれたのだろう。
「最悪だな」
「まだ最悪じゃないよ。お化けが出てない」
ついでにスケルトンも出てないよと言われた。お化けじゃなくて、幽霊だろうという突っ込みも呆れて出てこない。
「くそ、デートだって言ったじゃないか」
「霊園デート」
相変わらず何を考えているのかよくわからない奴だ。
もはや諦めるしかないな。
ため息一つ、そこで意識を切り替える。
「……それで、今度はどんな小説を書くつもりなんだ」
「話してなかったっけ? 恋愛小説だよ。彼氏とこうやって霊園に迷い込んで……お化けに襲われるの」
ハチャメチャな秋山と言えど、さすがに幽霊は呼び出せないと信じたい。この前は三角関係って言ってたじゃないか……三角関係と霊園デートは関係なさそうだよっ。
「霊園で幽霊に襲われて、最終的には彼氏が絶体絶命の彼女を見捨てる。その後、自宅まで逃げ帰った彼氏に着信とかメールがくるの……彼女から」
「待て、それは絶対に恋愛じゃねぇだろ」
「死んでも死にきれない女の純愛」
唇をゆがめる秋山にため息しか出なかった。霊園よりも、隣の奴の方が怖いぜ。
「そもそもだな、俺が秋山を見捨てて帰るわけないだろ」
「え? そうなの?」
意外そうに見られて頭にくる。
「あのなぁ……期間限定のなんちゃって彼氏だが、俺がお前を置いて逃げるなんてありえないよ」
これは少し決まったと思ってしまった。
それで、彼女の方を見てみる。
「ふーん」
こいつ、信じてねぇな。
ま、実際にそんな事にならない限り証明できないから説得力の欠片もない。
「とりあえず、あるくか」
「うん」
霊園を歩き始めて二十メートルほどで気付いた事があった。
秋山は俺の腕に自分の腕を絡めているのだ。
「秋山」
「実乃里って呼んでよ」
「実乃里」
「なれなれしい」
「何でもいいよ……ところで、腕なんて絡めて一体どうした? 怖いのか?」
ちょっとからかってやろうと言うと腕どころか胸を押しあてられる。傍からみたら抱きつかれているようなものだ。
「うん、ちょっと」
「そうか、やっぱりお前みたいなやつでも夜の霊園は怖いんだな」
腕に当たる柔らかな胸の感触に、口がにやけてしまうのが止められない。着やせするタイプみたいだなぁ……。
「本物が出たからね」
はい?
「あの、もしもし実乃里さんや。今なんていいましたか」
ピンク色の脳内があっという間にウォーニングウォーニングと警鐘を鳴らし始めた。
「詳しく説明すると、後ろに何かが憑いて来てる。うーん、出る出る言われていたから期待してたけどまさか本当に出るなんて思わなかったよ。あはは、笑っちゃうね」
乾いた笑みが、現実感を帯びていた。
「それは肝試しに行ったダメな若者の死亡フラグだろ」
おいおい、一体これはどういう事だ。
「走って逃げるか?」
「気付いているって知られるとやばいんじゃないの? このまま歩いて行こう? 幸い、出口はあと五十メートルほどだし……」
ここから見てもいまいち出口はわからない。霧のようなものが出ているからだ。
「おかしいな、さっきは切りなんてない澄み切った夜空が見えてただろ」
「本当だよねー……あ、人魂」
「お前余計なもん見つけるなよ……しっかし、あれか。後ろからついてきてるのは落ち武者か?」
さっきまでの心臓バクバクは残っているとはいえ、隣に居るのが秋山だからかそこまで緊張はしていない。
逆に、楽しいと思ってきている辺り俺は実乃里と居るのに完全に毒されているようだ。
「はは、それはないよ。霊園に落ち武者とかあり得ないって。近くの森で首括ったサラリーマンだよ」
首に縄がぶら下げられたまんまだそうだ。
「幸せそうだから憎たらしくなったんじゃないかな」
「幸せそうなのはお前だけだろ?」
「そうかな、冬治も頬が緩みきってる」
開いている方の手で頬を触ると何ともなかった。
「自覚はあるんだね」
「……からかっただけかよ」
こんな会話、他人が聞いたら確実にくだらないと思うだろうな。俺が幽霊だったら間違いなく、化けて出るわ。
「ねぇ」
「何だよ」
肩に実乃里の頭が当たり、もっと密着し始める。
「もっとそばに寄っていい?」
「ゼロ距離だろ」
「そうだね」
密着したままで霊園の入り口から外へと出る。
入口から出た瞬間、後ろから声が聞こえてきた。
「二度と来るなっ!!」
さすがに鳥肌が立った。実乃里もどうやら腰が抜けたようで腕にすがっているまんまだ。
「驚いたね」
「ああ」
「まさか、あんな大所帯で追いかけられるなんてさ。後ろ振りかえったらやばかったよ。冬治が後ろを見てたら私は間違いなく走りぬけてた。足には自信があるからね」
実乃里の言葉に俺はため息をつく。
「冗談言うなよ。結局逃げることなく、二人でいちゃいちゃして出てきただけじゃないか」
「ダーリンもそうだったよ。ホラーには向かないなぁ」
ここでいちゃいちゃしていると今度は洒落になりそうにない雰囲気が霊園の方から寄ってきているような気がした。
「んじゃ、帰るか」
「うん」
それからまた少し歩いて見た事のある道路に出た。
「ふぅ、今日はここでばいばい」
本当は実乃里の家まで送ってあげたかったが、それは実乃里が望んでいないような気がしてならなかった。
大人しく、右手をあげた実乃里に応じて俺も右手を挙げる。
「そうか。じゃあ、また明日な」
「ねぇ、冬治」
帰ろうとして呼び止められる。
「なんだよ?」
「次のデートはそっちが決めてね」
「デート、ね」
苦笑するしかなかった。こいつはデートの意味をはき違えているんじゃないだろうか。
「わかった。俺が決めとくよ」
「それなりに期待しておくから」
「それなりってどんくらいだ」
「ダーリンが私を幽霊に差し出して逃げる確率ぐらいかな」
それだと全く期待してないって事だよな。
「ったく、驚いて言葉が出ないくらいは期待してくれよ」
「うん、それ無理かな。じゃ、お休み」
「ああ、おやすみ」
暗闇に溶けていった彼女の後姿を眺めて俺は次のデート場所を考えることにしたのだった。




