秋山実乃里:第六話 ハリボテの関係
暦じゃ秋だ。でも暑い。
「あちぃ……」
「じゃあ肝試しだね」
「何でそうなるんだ」
隣のえせ小説家の一言に気だるげに答えると他の生徒達が寄ってくる。言っておくが、今は授業中である。寄ってくるんじゃあない。
「え、今日肝試しやるの?」
「秋山さんの男の冬治君の言う事だから簡単に実現するよ」
「おい、俺は別に秋山の男じゃないぞ。あとな、秋山ならまだしも、その男がほいほい実現できると思うなよ」
騒ぎだしたらうるさい我がクラス。転校した時から思った事だけれど、他人の不幸は蜜の味とか勉強をしていないクラスメートには超手厳しい連中だ。
「勉強してないからとかありえねー」
「赤点とかマジねぇわ」
「不良が許されるのは中学まででしょ」
なんて言っている連中だからな。
こいつら全員、影の努力者だから何ともいえんがね。赤点とった連中が受けるような補習にもクラスメートほぼ全員が参加して熱心に話を聞いているし、休日に行われている勉強会にも七割近くが顔を出している。
小馬鹿にしつつも、点数の悪かった友人、知人には自分の時間を切り詰めても手伝うようなツンデレどもである。
クラスメートの事はともかくとして、今は肝試しに走り始めた連中を止めねばならない。
「肝試しかぁ。よし、じゃあ先生が真白と一緒に学園長を説得してあげよう」
「マジかよ」
ここの先生もノリがいいからな。自由は責任の上に成り立っているとかうんぬんいっていて、赤点とったら常に家庭訪問を行っているぐらいだ。
「よかったね、冬治。これで暑さも吹き飛ぶよ」
「……あのさ、暑いんならもっと他に簡単に涼を求める方法があるんじゃないのか」
「たとえば?」
「えーっと、学園中の生徒で打ち水なんてどうだ」
「冬治君がやる気を出したぞーっ」
「計画書だ。教師を納得させる材料が欲しいっ」
「盆地の暑さを訴えるポスターを美術部に提出してもらおうっ」
今は授業中だろうに……騒ぎ過ぎだろう。
「はぁ……」
「今度はため息……もっとメンバーが欲しいって事?」
秋山が心配そうな顔で俺を見ていた。
「ちゃうわい」
くそっ、面倒事を増やしやがって。
この肝試しの話は瞬く間に学園に浸透した。
まぁ、クラスとしては超優秀だし、品行方正のそろったメンバーが肝試しをしたいと言ったのも影響があったのだろう。
割としっかりした計画をまとめ、それを学園長に出したら認められてしまったのだ。
とんとん拍子で話は進み、責任者は俺と秋山実乃里である。
「八時から開始、二人ずつの五分後ごとにスタートで旧校舎ルートからと新校舎ルートで時間を短縮します。驚かす側は演劇部の方々で、九時には完全撤収……確認する必要もありませんが、片付けも含まれています。ゴールしたものは担任へのメールと印鑑によるチェックを行うこと。なお、今回の目玉はいわくつきのひな人形です。以上」
仕舞い忘れて行き遅れた人から譲り受けた由緒正しい(?)ひな人形である。
肝試し当日、自由参加にもかかわらずほとんどのクラスメートが集まっていた。
「じゃあ実行委員長から何か一言」
そういって秋山にマイクが渡される。
秋山は満足そうに参加者を見渡して、喋り始める。
「改めてルールを説明します。今回のイベントは肝試しです。周る相手は既に知っての通り隣の席の人と、ですね。つまり、男女です」
その言葉に、一部の男女がいちゃいちゃの予兆を見せた。
「勘違いしてもらっては困りますが、これは仲良くなるためのイベントではありません。散々怖がってもらうためのイベントですから安心してください……やるからには手を抜いていませんので演劇部には死ぬ気で挑んでもらっています」
このクラス、隣の席が彼氏彼女って言うのも少なくない。何せ、自由に席替えできるからな。変わってくれって言われていいよと言えば即席替えが可能だ。
だからと言って授業中に騒ぐような輩はいない。
「よっちゃん、君は僕が守るから」
「ありがとう時雨君……」
「けっ、アベックはちびっちまえよ」
「まぁまぁ、冬治。その為に他校の演劇部を呼んだんでしょ?」
「待てよ、今悪態付いたのは俺じゃないだろ」
悪態を着いたのは誰かは知らないが、秋山の言う通り、誰もこの学園の演劇部だけとは言っていない。
ホラー系をやらせたら日本一だと噂の学園から引っ張ってきた。
こんにゃくとか的確にシャツの隙間に滑り込ませる事が出来るそうな。演劇でホラーをやるのかどうかは知らんがね。
「私と冬治はラストだよ」
「そらそうだ。こっちは企画を担当しているんだからな」
残念なことに殆ど撤去されている可能性が高い。
「それでは、始めてください」
開始十分、旧校舎と新校舎から断末魔に近い叫び声が聞こえてきている。
「ざまぁっ。アベックどもざまぁっ」
「冬治、アベックは古いと思う」
「いいんだよ。転校してきたときに俺をはめやがった罰だ」
俺が腹を抱えて笑っている隣で秋山はメモ帳に何かを書きこんでいる。
「こんなときでもネタを書いてるんだな」
呆れるもんだとため息をつくと眼を輝かせてペンを滑らせている。
「こういう時こそ、だよ。叫び声とか悲鳴とか実にいい材料になる。何もしなくても頭に浮かぶって人もいるけど、私はやっぱりその場所に行かないと想像できないタイプだから」
腰が砕けた状態の男子生徒、何故か下がジャージだったりする男子生徒もいる。涙ぐんだ女子生徒が彼氏と思しきクラスメートに支えられていた。
「ふむ、残りはギブかぁ」
「じ、実行委員長っ。あんたどんだけ頑張ったんだ。やりたくなさそうだった割には頑張りすぎだろ」
「うるせぇ、手加減するわけにはいかないだろう」
「屋上から人が落ちてったのはどういうトリックだっ」
「演劇部の部室に、沢山人が居たはずなんだけどいきなり消えたよっ」
そう言うのは知りません。ええ、私はその件についてはノータッチですから。
「……呼ばれて出てきたんじゃないのかね」
「は?」
「どういう事だよっ」
説明を求めてくる連中に俺は首をすくめる。
「天然ものだろ。良かったな」
一応、フォローしてみた。養殖物にひかれて出てきたんだろうなぁ、うん。
「そもそも、お門違いだ。俺はおどかす事には関わってないから。秋山、次は俺達の番だぜ。行くぞ」
「うん」
秋山をひきつれて、俺は旧校舎側から中に入る。
「幸か不幸か、惨状だけが残っているな」
ストーリー系のおどかし方だとか言っていたかな。おどかされた側に使った道具の残骸が転がっている事が多く、血しぶきも多い。ある一定の角度から窓を眺めると女の顔が映ったりする技術も使われていたり、それに気づかない生徒もいたりするはずなのに本当、手が込んでいる。
「アンモニア臭がするね」
窓から女の子が下に向かって飛んでいく窓があった。その近くに何やら鼻を突かせる匂いがあった。
「気にするなよ」
「じゃあ、気にしない」
全然、ドキドキしていない事に気が付いて俺は苦笑していた。
「そういや、こうやって秋山と夜の学園に忍び込むのは久しぶりか」
「うん、そうだけど今回は特別に許可が下りているから。そもそも忍び込みじゃない」
「ま、そうだな」
俺が秋山の後ろを離れずに歩くのも気付けば慣れてしまったのかな。
「ねぇ、冬治」
「ん?」
われたアイスホッケーの仮面をふんづけて転びそうになりながら、秋山は続けた。
「私今度恋愛小説書こうと思うんだ」
「恋愛小説ねぇ。普段は書かないのか」
窓の外に、再度女が地面に向かって飛んでいくのが見えた。
「良くわからないから」
「良くわからない? 一体何がだ」
人影っぽいものが扉も開けずに教室へと入って行った。
「そういうの。疎いから。付き合った相手いないもん」
「そうなのか」
「そうだよ」
それから黙ってまた歩く。おかげで他校のしかけてくれたいくつかのギミックを見逃してしまった。
「そろそろ、肝試しも終わりだな」
後片付けを始めている人とも何度かすれ違う。
「冬治、私の彼氏になってほしいんだ」
「は? ぶっ」
終わりが見えてきたところで飛んできたこんにゃくを避け損ね口に入ってしまった。
「俺がお前の彼氏だって?」
正気かよっ……と、秋山を見たが、いつものように俺から目を逸らすことはなかった。
「彼氏が良くわからないから。冬治ならいいかなって思える」
「小説書く為だけにか? 俺を彼氏にすると?」
「うん」
「あほらし……他に頼めよ」
「頼める人は居ないから」
驚くほどの無表情。どこか照れたように言ってくれるのなら俺もにやけて頷いていた事だろう。
「駄目かな。それとも冬治は私みたいな変な子は嫌かな?」
肯定、否定する前に俺は口を開いていた。
「自覚はあるんだな」
「客観的に自分を見ることは出来るからね……で、どうなの。嫌い?」
「変な子ねぇ……俺はちょっとしか思ってないから気にすんなよ」
「じゃあ、いいよね。困る事とかないよね」
まぁ、確かにいい、のかな。別に俺が困るようなことも起きないだろうし。
せっかくの肝試しも秋山のこの申し出によっていまいちおぼろげな記憶になってしまう事間違いなしだろう。
肝試しも終わり、俺と秋山は最終確認を終えて帰り始める。
「それで、彼氏って何をすればいいんだ」
期待を込めてそう尋ねると校門前で秋山は俺に手を振った。
「さぁ? 知らない。とりあえず、今日は帰るね」
「え、ああ……」
「ばいばい」
あれ、ちょっとは期待していた俺の甘酸っぱい感情はどこへ消えてしまったのでしょうか。




