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闇雲紗枝:第九話 将来(さき)を心配する人しない人

 期末テストが近づいてきた中で、学園に復帰できたのは僥倖としか言いようがない。

 本来は闇雲姉妹の計画を頓挫させるため、知り合ったような寝床先生がここで活躍してくれるとは思わなかった。

「ありがとうございました」

「気にしなくていいよ」

 寝床先生はそう言って笑う。

「ジョセフィーヌも喜んでいるようだ」

「……あの、ジョセフィーヌって一体何ですか?」

「犬だよ」

 俺にはベッドにしか見えなかった。

「そして、ベッドだ」

「……」

 余計、わからなくなった。

「ペットのベッドですか?」

「ベッドは家族さ」

 いくら感謝する相手だとしても、このままベッドの話に付き合っていたら昼休みがつぶれてしまう。

 適当なところで話を切り上げ、俺はその場を後にした。

 教室に戻ると昼飯を食い終えた友人が近づいてくる。

「なぁ、冬治」

「ん?」

「朝も聞いたけど三人相手に無傷で勝つって……お前って変な奴だな」

 強いんだな、なら俺も遠慮して首をすくめたさ。なんだよ、変な奴って。

「……お前に比べたらよっぽど普通だ」

「でも三人相手にして勝ったんだろ?」

「ああ、あれは土谷真登の名前が怖くて尻に火がついただけだぜ」

 そう言うとクラスのどこかで誰かがずっこけた。

 やはり、土谷真登とは恐怖の代名詞らしいな。

「冬治君が無事に帰ってきてくれてよかったよー」

「そうだな、俺としてはもうちょっと休みたかったんだが……」

 お姉ちゃんと過ごせたのはたった一日だったしなぁ。

 折角姉が出来たのだ……といっても、したいことは特にない。

 困ったことに、俺の仕事が増えたのは間違いないが、葉奈ちゃんが居た時とあまり変わらないので問題はない。

 また日常が始まるのだ、そう思っていたら違っていた。

「……ふぅ」

「闇雲先生」

「なに? 先生は今、考え事してるの」

 惚けた表情で七色を見ている。クラスメートは殆どが首をかしげていた。

「それはいいですけど……音読、終わりましたよ?」

「ああ、そう。じゃあみんな……将来について作文を書いて。これは内容も大切だけれど与えられた時間で自分の言いたい事を手短に文章でまとめるための訓練だからね。制限時間は三十分。丁寧な字で書きなさい。将来については自分の頭で考える事。作文用紙はここにある。ノートでいい人はノートに書いて」

 そういって黒板に堂々とやる気無しと書いた。

「さすがにまずいでしょ」

 七色が立ちあがり、『将来についての作文』と書き直した。

「なぁ、お前何かしたの?」

「何もしてないぜ? 知っての通り、自宅謹慎だし、昨日は平日だろ。学園で何かあったんじゃないのか?」

 友人がため息をついた。

「いや、昨日もこんな感じだったな」

「その割にみんな真面目にやってるじゃないか。騒ぐもんだと思ってたぞ」

「それがね、ぼーっとしていても見ているんだよ。騒いだ奴らにペナルティ化して、更にうるさいやつらは内申点まで下げられた」

 なるほど、ぼーっとしていても先生は先生なのか。

「だから今回も真面目にしないとまずいよ」

「だな」

 おしゃべりもそこそこ、俺たちは作文に取り組み始めた。

「はぁ……」

 時折、自分の唇に触れていたのが気になった。

「はい、終了。提出で来た人からノートを出して」

「ふぅ、こんなもんかね」

 けだるそうな先生の元へ、ノートが寄せられて行く。

 紗枝先生が作文を読んでいる間(驚く事に三十数人分を十五分で読み終えた)友人たちと話をする。

「どんな事書いたよ。幸せな未来か?」

 にやにやする友人に鼻で笑ってしまう。

「いや、幸せな未来は無いだろ。このまま地球温暖化が進んでだな……」

「あの、冬治君……将来って多分、自分の将来だと思うよ?」

 七色に言われて考えた。

「マジで?」

「むしろ冬治が地球の将来を書いたのか教えてほしい」

「今日の朝、テレビでやってたし、お姉ちゃんともそんな話をしたからな」

 喋ってしまったと思った。

「お姉ちゃん?」

「あ、ああ」

「へぇ、お姉ちゃんいるんだね」

「まぁな……結構、複雑な家系なんだよ」

「そうだな」

「えーと、応援してるよ?」

 二人とも気を使って苦笑している。

 そういや、葉奈ちゃんは一年でも結構目立つ存在だし、手を焼いていると思っているんだろう。

 意外と、いい子なんだけどね。

「みんなが将来の事を詳しく考えているのは素晴らしい事でした。三十分という短い間でここまで考えられているのはいい事です」

「先生、三十分って長いんじゃないんですか?」

 生徒の一人が手を挙げると紗枝先生は首を振る。

「いいえ、難しい事ですよ。今年のこの学園の推薦枠で似たようなお題を九十分で作ってもらっています。うまく書けていない子もいました」

 そういって先生は笑った。

「ただし、この中に将来を勘違いしている生徒が居ます」

 友人と七色が俺を見ていた。

 それで、他のクラスメートにも気付かれたようだ。

「……放課後、説教します」

「目がマジモード」

「闇雲先生に叱られるとか代わってもらいたい」

「おれも罵ってもらいたい」

 馬鹿ばっかである。

 しかし、その馬鹿だって書けた作文を書けていないので俺の方が馬鹿のランクが上だ。

 それから放課後まで憂鬱な気分だった。

「はぁああああ……」

「ま、そう気を落とすでないぞ若人よ」

「そうそう、誰だって失敗はあるって」

 それぞれ肩に手を置き、俺を慰めてくれる友達が二人いた。

「お前ら……ありがとよ」

「でも地球はないわー」

「地球だけに奇を地球テラった?」

 めちゃくちゃ笑っていた。

 くそ、最悪な気分だ。

「さらに恥○とか言っちゃう?」

 そしてふざけ過ぎた友人は思わず伏せ字を使うような言葉を口にした。

「くたばれ只野!」

「変態!」

「何言ってるの!」

 女子から机やら椅子を投げられ、沈黙した。

「……日本語って難しいなぁ」

 同じ読みでも意味が違ってくるからな。

 人の不幸は蜜の味、というわけではない物の友人のおかげで気持ちが軽くなった。

 ありがとう、友人。

 そして、放課後がやってくる。

「じゃあなー」

「復帰お祝いパーティーやろうと思ったんだけど、また今度ね」

「ああ、またな」 

 友人と七色が連れ立って出て行き、俺は教室で待機だ。

「さて、と」

 教壇に立っていた紗枝先生が俺にノートを返却した。

「書きなおしが罰です」

「……ほっ」

 てっきりもっと怒られるかと思っていたが、書きなおし程度なら軽いものだ。

「ただし、内容如何によっては覚悟してね」

「……あの、罰の内容は?」

「聞きたいの?」

「やっぱり、いいです」

 俺はノートを広げ、作文を書き始めた。

「冬治君は女の子、好き?」

「え……」

 いきなりなにを言っているのか首をかしげる。

 そして、この前のあれを思いだした。

 まさか、体育教師との間を誤解されているのだろうか? いや、ありえない。

 お姉ちゃんにもどうすればいいのか聞いたら『別に追いかける必要ないでしょ』と言われたので放置していた。

「そりゃ、まぁ。あ、えっと……女の子って言うより……」

 紗枝先生を見て応えた。

「大人の女性が大好きです」

「そう、よかった」

 ほっと胸をなでおろす先生を見て俺は作文に集中する。

「……男の人もいけちゃう?」

「いけません」

「そっか。本当に良かった」

「実感こもって頷くのはやめてください」

 それから先生が何か言うわけもなく、俺をじっと見ていた。

 集中が途切れることなく三十分でどうにか完成まで辿り着いた。

「出来た……」

 読み直して誤字脱字も確認する。

 文を書く上で当然のことだよと誤字脱字の多い三流作家が言っていたような気がした。

「見せて」

「はい」

 紗枝先生に手渡す。

 先生はゆっくりと時間をかけて読み、頷いた。

「うん、よし。合格……冬治君はこれから告白するつもりね?」

「はい」

 何だかんだあって、最初はキスしたから意識しているのかとも思った。

 好きなのか、それとも俺の勘違いなのか……うだうだと考えるより、まずは告白してオッケーもらえるのなら付き合って決めればいいのだ。

「俺と付……」

「うん」

「……き合って下さい。って、紗枝先生、早いです」

 非難がましく見ると舌を出された。

「じゃあ、もう一回言ってくれる?」

「……わかりました。こういうのは一度で決めるべきだと思いますがね」

「男の子なんだから細かい事を気にしちゃだめよ」

 ぶつくさ言いながらも、俺は深呼吸を整える。

 さっきのはリハーサル、今度が本番だ。

「紗枝先生、俺と……」

「この泥棒猫!」

 教室後ろの扉が開いて八枝さんが入ってきたのだった。

「あ、八枝……ちょっと早い」

「え? 嘘?」

 何だか最悪な展開になる。

 そう思っていたが、かなり普通に八枝さんと紗枝先生は話していた。

「あの?」

 困惑する俺を見て二人は笑っていた。

「紗枝には迷惑かけたからね。あたしなりの気遣いをしたわけよ」

「気遣い?」

 話が全く見えなかった。

「……停学の話に紗枝先生も絡んでたってことですか?」

「ううん、違う違う。紗枝は停学の話知らなくてね、電話を入れたのはケーキを買いに行かせた時」

「電話があってびっくりしたよ」

 紗枝先生はそう言うが、俺の方がびっくりした。

 まさかお姉ちゃんが紗枝さんに話をするとは思わなかった。

「あの、じゃあ最初っから紗枝先生の部屋に行けばよかったのでは?」

「んー、まぁ、それはおいおい話す。紗枝、さっさと帰る準備してきなさいよ」

「はーい」

 紗枝先生が居なくなったので俺たちは裏の駐車場へ向かう事にした。

「紗枝の事をどう思っているのか知るために同居しようと思ってね」

「……嘘でしょ?」

 そう言うとお姉ちゃんは舌を出した。

「途中で考えたわけ。ああ、もし冬治と紗枝がくっつけばあたしはただで部屋を借りられるんじゃないかって」

「は?」

 夏の暑さでやられてしまったのだろうか。待て、そういえば似たような事を言っていた気もする。

「だって、あたしと紗枝は双子でしょ?」

「そうですね」

「冬治の部屋に紗枝が住んで、紗枝の部屋にあたしが住めば完璧よね?」

「ああ、本当だ。って、一緒に住むって問題ありませんか?」

「紗枝の事は遊びなんだ?」

「そんなわけないです!」

 気付けば大声を出していた。

「ヒモのくせになに怒ってるの?」

「……うぐ」

 いや、学生だもん。

「勘違いしてもらっちゃ困るわ。これは取引よ」

「取引?」

「ええ」

「俺がもし、拒否したらどうなるんですか?」

 不敵に笑ってお姉ちゃんは走ってくる紗枝さんを見た。

「一緒にお風呂に入ったことは言ってない」

「……それ、脅迫じゃないんですか?」

「ま、いいじゃん。弟は姉の言う事を聞くものよ」

 そうか、将来的にそうなる可能性もあるのかな……。

 俺も同じように紗枝さんを見ながら前向きに考えることにしたのだ。


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