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闇雲紗枝:第七話 根は悪い人じゃないつもりなの

 夏から始める停学生活……紗枝先生を帰らせてから、晩御飯の支度を終えた。あとは焼くだけだ。

「ふぅ」

 俺は一息つくためにお茶を注いで八枝さんの前に置く。

 俺の定額は八枝さんが原因だろうと訊ねたら、あっさりと頷かれた。

「渡りに船とはこのことよね」

「は?」

 俺のシャツを着用しているので、胸がきついようである。うん、このぐらい特が合ってもいいだろう。

「保護者を気取って停学にしてもらったの。冬治君の雄姿を納めた動画も実は撮っててね?」

 そういって動画を見せられる。

「呆れた……腰が抜けてたのに」

 あの時、八枝さんは腰が抜けていたはずだ。それなのに動画を撮っているとは大したたまである。

「本当は冬治君が返り討ちにあった時のために……役立てようと思っていたのよ? でも、まさか勝つとは思わなかったからね。それで、今度は利用させてもらおうと考えたのよ。あまりお金、使いたくないもの」

 親指と人差し指で円を作る。

「そう言う理由で転がり込んできたと?」

「うん、まぁ。押し掛け女房ってやつ? 節約、節制、自家発電のお供に?」

「……洒落になってませんって」

「本当にそのつもりだからね? ただで泊めてもらうつもりはないからさ」

「……だから、それが洒落になってないと言っているんです!」

 一つ屋根の下、年上の女性と同居生活……そして、この人は押し掛け女房のつもりだそうだ。

 傍から見ると展開的に問題はなさそうだ(大ありだが)。大いに結構じゃあないか……それは他に想い人がいなければ、だ。

 お隣に双子の姉だか妹がおり、紗枝先生と俺はキスをした。

 そのキスも紗枝先生からしてもらったもので、いつか返してほしいと言われている。

 さらに、紗枝先生に対して俺は八枝さんの事は知らないの一点張りで学園を後にしてきたし、来た時も嘘をついてしまった。

 全部八枝さんの計略だったとしても、これはまずい。

「うぐぐ……うがががっ」

「ははは、苦しんでる苦しんでる。もっと苦しめ―」

「くそ……まぁ、あれです。一緒に住むと言った限りは手伝ってもらいますからね?」

「あ、なんだかんだいってやるつもりなんだ」

「違います! 家事ですよ、家事! それで、家事はちゃんと出来るんですよね?」

「未経験です」

「正直に言ってください」

「超苦手です!」

「十年後、自分は何をしていますか?」

「専業主婦で自堕落な生活」

「……十年後を実現させるため、今現在、どのような努力をされていますか?」

「馬車馬のように働いてくれる男の子をだまくらかして調教するつもりです」

 最悪である。

 こんな人と一つ屋根の下、暮らしてしまえば女郎蜘蛛の餌食になる事よろしく下僕にされる。

「はぁ……」

 どうしたものか、正直に言って部屋から追い出したいのは山々だ。

 もっとも、スコール張りに振り続ける夕立の中、ほっぽり出すのはこれまた気が引ける。

 俺が色々と我慢しとけば何とかなるかもしれん。

「それで、どうするの?」

 こっちの心を見透かしたように能天気に訊ねられた。

「……どのくらい、此処にいるつもりですか」

「仕事先が見つかってそこそこ貯金が出来る間。あとはただで住める場所が他に見つかったら出て行く」

「そんな人、いないでしょ」

「わからないよ? もしくは冬治君を追いだせばいい」

「無理でしょ」

「ま、お金が貯まったら出て行くよ」

 それは仕方がないのかな。

 俺が卒業するまでいるつもりだと言わなかっただけ、マシだ。

「わかりました。許可しますよ」

「やった!」

「あ、もし一緒に行動することがあったら姉として接してくださいよ」

「わかったー。ところで、あたしの部屋は?」

 二部屋とリビングダイニングキッチンの間取りなので和室に泊まってもらうとしよう。

「荷物はないんですか?」

「着の身着のまま」

「この前のっていた車はどこにあるんです?」

 当然、俺は車どころか免許すら持っていないのでアパートの駐車場は借りているわけもない。

「んー、隠してきた」

「まずくないですか?」

「まぁね。えっとさ、このアパートの大家に連絡とって貸してもらえないか聞いてみて」

 俺は自宅電話を使用し、大家さんに確認をとってみた。

「八枝さん、わかりましたよ」

「あー、駄目駄目」

「え? なにがですか」

 名前を呼んで近づくと八枝さんは自身の顔の前で手を振った。

「呼び方」

「はぁ? 八枝さんは駄目ですか」

「そう、駄目。紗枝が聞いたら大変だもん」

 たしかにそうだ。しかし、隣の部屋まで『八枝さん』が聞こえるとは思えないんだが……。

 俺の考えている事が読まれているのか、八枝さんは紗枝さんの部屋に一番近い和室へ俺を連れて行った。

「耳を当てて聞いてみなよ。木造だと意外と聞こえるもんだって」

「わかりました」

 そんなに聞こえてしまうものなのか?

 これまで騒音だとか全く気にしていなかったので思いもしなかった事だ。

「……」

 壁に耳を当て、壁越しに聞いてみることにした。

「……あ、本当だ。何か聞こえてくる」

「でしょ? 八枝さんって言葉を聞いたら紗枝の奴はこの部屋に殴りこんでくるわよ」

 八枝さんの言葉も一理あるな。

 でもさ、まだ紗枝さんは帰宅していないはずだし、聞こえてくるの……御経っぽいんだけど。

 リビングへと場所を移す。俺は今後和室に近づかないようにしようと思う。

「じゃあ、俺は八枝さんの事を何と呼べばいいんですか?」

 闇雲さんは意味ないし、八枝がつく呼び方は全て駄目となる。

「さっき冬治君が言ったじゃないの」

「え、俺何かいいました?」

「うん、姉として接する事って言ったでしょ? 今後はあたしの事を『お姉ちゃん』と呼んでよ。いいわね?」

 人差し指を立て、弟が欲しかったんだと言っていた。

「……ま、いいですよ。八枝お姉ちゃん」

「くぅ……甘美な響き。いいよ!」

 照れているところ申し訳ないが、俺が求めていたのは名前を入れた事に対する突っ込みだったりする。

「八枝さんの名前入ってますね。お姉ちゃん」

「んー、名前ないと半減したよ」

 そう言われてもなぁ。

「あ、そうだ。あっちから『おねーちゃーん』って言いながら走ってきてよ」

「えー?」

 そんな恥ずかしい事をしないといけないのか?

「はいはい、わかりましたよ」

「もち、両手を広げてね?」

 玄関を指差され、仕方なく俺はスタンバイ。

 何で偽姉に対して感動の再会をやらねばならないのか。

「おねーちゃーん」

「ん、思ったより嬉しくもなんともないわね。ぎり四歳児までしかやっちゃ駄目だわ」

 じゃ、やらせるなよ。

 時刻は六時を周っていた。

 いつもの晩飯にはかなり早いが、ハンバーグを焼き始めることにした。

「ねぇ、まだー?」

「まだ晩飯食うには早いでしょ」

「いやいや、冬治はわかってないね」

 俺の呼び方も君から呼び捨てへと変わっている。

 どうでもいいけどさ、お姉ちゃんの場合は声出して聞かれ時点でアウトだと思う。

「食べたい時に食べる、寝たい時に寝る、買いたい時に買っておかないと買えなくなる。これ、常識ね」

「常識というより本能の赴くままに生きてますね」

 何かもっと話す事があるような気がしてならなかった。

 はて、何だろうと考えているとハンバーグが出来あがってしまう。

「あたしが大きい方ね」

「え? 何でですか」

「お姉ちゃんだもん」

「普通、こういうときは下に譲るものでしょう」

「はぁ? 寝言は寝て言えよ」

 晩飯のおかずごときで喧嘩しちゃうどっかの姉みたいなセリフを言うのはやめてほしい。

「……わかりました」

 あまりに浅ましいのでハンバーグは譲ることにした。

「ありがと。今度助手席に乗せてあげるわ」

「いえ、遠慮しときます……ああ、そうだ。駐車場の話を忘れてました」

 呼び方の話になってすっかり忘れていたのだ。

「駐車場は月額二千円です。今使用できるのは三番だと言っていました」

「ああ、じゃあ払っておいて」

「わかりました。でも、ちゃんと後で払ってくださいよ?」

 軽い調子でオーケーオーケーとか言っているお姉ちゃんを見ると不安になってきた。

「でも、車でばれませんか?」

「そこのところは大丈夫。紗枝はあの自動車を知らないからね。何かあるときは紗枝の車に乗って行動していたから」

「ふーん」

 後は一緒にテレビを見ながらごはんを食べ終えた。

「……食器は洗ってくれるんですかね?」

「え? 割っていいのならやるけど?」

 やれやれである。

 二人掛けのソファーに寝そべり、堂々としているだけだ。

 何か文句を言っても言い負かされる事、間違いなし。

 諦めてさっさと家事に専念した。

 明日の予習でもやっとくか。あ、俺は今停学中だった……等と考えているとお姉ちゃんがテレビに視線を向けたままこんな事を言いだした。

「ケーキ」

「は?」

「八枝お姉ちゃんおいでませパーティーがやりたい。新しい家族が来たら普通は歓迎パーティーやるでしょ?」

 それは俺が言うべき事であって、あんたが言うこっちゃない。

「嫌ですよ」

 どうせ文句を言うのだろうなぁ。

「そっか……わがまま言ってごめん」

 しかし、想像に反して思いっきり、凹んでいた。

 軽く小突いたらその場に倒れ、痙攣して泡を拭いている感じだ。いけいけゴーゴーな人は突っ込まれると弱いのだろうか?

「あ、いや。なにもそこまで凹むことはないでしょ」

「つーん」

 あっという間に拗ねてしまった。

「……わかりましたよ。ケーキ買ってきます。でも、コンビニに売っているやつでいいですよね」

「うん」

 財布と携帯電話をポケットに突っ込み、足を靴に突っ込んだところで濡れていた事を思い出した。

「おねえちゃーん、靴の中に新聞紙丸めて突っ込んでおいてくれませんかね」

「わかったー。あははっ」

 テレビを見て笑っている姉に多少なりの不安を浮かべながら、俺はケーキを買いに外へ出たのだった。

「お、止んでる」

 あれだけ振っていた雨はいつの間にか止んでいた。



―――――――



「あ、もしもし紗枝? あたしね……」



―――――――



「あー面倒くせぇ」

 コンビニに行ってケーキを探し、何だかラインナップが微妙だったので別のコンビニにいった。

 選りすぐっていた結果、ケーキ屋の近くのコンビニまで行って……ケーキ屋でケーキを買った。

 ケーキって思ったより高いんだなと思いながら店を後にする。

 ふと、駐車場に見知った車が入ってきた。

「あ、紗枝先生」

「あれ? 冬治君?」

 相手は非常に驚いた顔をしていた。

「何でケーキ屋に居るの?」

 訝しい顔で俺を見てきた。

「……やっぱり、停学中にケーキ屋に行くのはまずいですか」

「厳密に言うと駄目かも」

 やっぱり駄目か。

 しかし、其処の所抜かりはない。

「これ、紗枝先生の分です」

 ケーキは三つ買っておいた。

 お姉ちゃん……八枝さんを匿っている事を黙っている、来た時に居ないと嘘をついた後ろめたさもあるのだ。

「私に?」

「はい」

「えっと、ありがとう……」

 八枝さんとは大違いだ。

 家に帰って渡しても当然だとばかりに受け取るだろうな。

 やはり、双子でも性格に差が出るのは間違いないようだ。

 俺からケーキを受け取ると紗枝先生はまだ何か言いたそうだった。

「何か?」

「あ、うん。冬治君は……何か隠してる事、ない?」

 嘘を見破るような視線だ。

「あります」

「やけにはっきり言うね。なにを隠してるの?」

「でも、言えません。終わったらちゃんと説明します。今は俺を信じていてください」

 気付けばそんな言葉を口にしていた。

「……信じられない」

 いつだったか似たようなやり取りを紗枝先生との間で交わした事がある。

 もっとも、その時は立場が逆だった気がするが……。

「じゃあ、さ……」

 そういって紗枝先生は目を瞑る。

「……」

 俺は紗枝さんに近づき、肩を掴む。

 軽く肩を震わせ、それでも尚俺に身体をゆだねてくれた。

 意を決し、口づけをしようとする。



「電話だよ! 電話だよ! 電話だよ!」



「わっ」

 後もう少しというところで邪魔が入った。

 びっくりして離れ、俺は携帯を耳に当てた。

「もしもし?」

『まだー?』

「……今帰ります」

 全く、なんて人だ。

 俺はため息をついて紗枝先生を見た。

 そこには不安そうな紗枝先生が佇んでいた。

「邪魔されちゃった?」

 紗枝先生の言葉に俺は頷くことなく、近づく。

「え? と、冬治君?」

「すみません。俺は邪魔されたって、やりますよ」

 目を開けたままの紗枝先生と唇を重ね、すぐに離れる。

 その場にペタンと座りこんでしまった紗枝さんを見ていつかの八枝さんとダブって見えた。

「えっと……」

「じゃ、俺は行きますんで」

 気恥かしさから声もかけられず、俺は先生を残して家へと帰るのであった。

「遅い! なにしてたの!」

 既にテーブルには紅茶が準備されていた……お姉ちゃんの分だけ。

 罰として、俺のケーキは半分徴収されてしまった。

「甘いですね」

「そりゃケーキだから当たり前でしょ」

 それでも、ケーキは充分甘かった。


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