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闇雲紗枝:第三話 二口女も二枚舌?

 街中を歩いていれば誰かに会うもんだ。

 紗枝先生のデートのお誘いを速攻で拒否し、逃げ出した俺は知らない道を(もともと転校してきたばっかりなので道を覚えちゃいない)歩いていた。

 俺が通っていた道はぐるりと輪を描くような道だったようで、見知った人にぶつかったのだ。

「わぷっ」

「いたた……」

 俺は尻もちつく程度で済んだが、ぶつかった相手……紗枝先生に良く似た別人は腰を打ってしまったようだ。

「すみません」

「な、なんだ。冬治君かぁ……もう、女性に優しくしないと駄目だぞ?」

 手を出すと相手は勿論俺の手を掴んでくる。

 そして俺はそのまま動かず、相手を見続けた。

「あれ? 立たせてくれないの?」

「……あの、名前を教えてくれませんか」

「名前って……知ってるでしょ? 冬治君のクラスの副担任。名前は闇雲紗枝だよ?」

 太陽の匂いがする女性の手を掴んだまま、俺は首を振った。

「諸々知っているんで、本当の名前を教えて下さいよ」

「……諸々って何の事?」

 俺は素直に『闇雲計画帳』の事を話した。

「ったく……紗枝の奴何やってるのよ……それで、君は、冬治君は何でその事をあたしに伝えたの?」

 少し腹黒そうな表情へとかわった。

 この人のデフォルトなんだろう。

「まず名前をお願いしま」

「八枝。闇雲八枝。紗枝の双子よ」

「実はですね、紗枝さんが俺に酒を飲ませた次の日、俺の部屋に変な紙が入っていたんです」

「変な紙? まさかあの馬鹿、あろうことか計画の紙を突っ込んでいたの?」

 それはあり得ないだろう……八枝さんは何を考えているのかわからない表情をしていた。

「いや、違いますよ」

「冬治君はそれを知っていたって事だもんね」

「ええ、入っていた紙は俺を助けるような文章が書かれていたんです。誰がいれたのだろうと思って……もう一人の紗枝先生、つまり八枝さんがいれたんじゃないのかなーと」

「何であたしだと思ったの?」

 彼女は唇を舐めて俺を試すような目で見ている。

「二人の間に亀裂が入って、計画自体を潰すつもりかと」

「あるわけないでしょ。あたしが首謀者だもの」

 そういって八枝さんは笑っていた。うん、悪そうな笑みだ。

「まぁ、そうかもしれませんね。じゃあ、紗枝さんがいれたのでしょうか?」

「紗枝が?」

「はい。あの『闇雲計画帳』をわざと落としておいて、掃除担当だった俺に読ませる……その後は手伝わなくても、手伝っても……どの道俺は部屋に戻るでしょう? 俺が言った謎の文章を起きる前に新聞受けに入れておけばいずれ目にします」

 俺の言葉に八枝さんは黙りこんだ。

「それは、あくまであなたがあたしに対して嘘を言っていなければの話でしょ?」

 そう言われたら俺も頷くしかない。

「はい、そうです」

「そもそも紗枝はこちらがわの人間でしょ?」

「ですね。でも、八枝さんでなければ紗枝先生しかいませんよ。まだ計画に加担していた人がいるんですかね?」

 八枝さんは首をすくめた。

「あり得ないでしょ。誰も信じないでしょうし……そもそも、これは復讐でもあるし」

「復讐ですか」

「そうよ。あの男……あんたの所の今の父親は仕事命の人間でね。紗枝の方はまぁ、ちょっとは懐いていたけど……思えば、紗枝には優しかった。双子なのに……あいつはあたしの時は見向きもしないで……言ってしまえば復讐ね。あの男に復讐したかったし、その子どもとなった者も同罪よ」

 そういって軽く睨まれる。

「はぁ、俺もあの人嫌いなので……そもそも、お金は全くもらっていませ。億単位の金がある事を知って俺もちょっとは憤慨しましたよ」

「あら、馬が合うのね? 何か企む?」

「遠慮しときます。ま、悪いのは全部あの父親って事にしましょう。金をふんだくられたわけでもないですし、強いて言うのなら肉体労働をさせられただけで済みました。でも、一体だれがこんな事をしたんでしょうね」

 軽い非日常を体験できた……そう思う事にしよう。

 じっと八枝さんを見ていると目を逸らされた。

「もしかして葉奈かしら?」

「葉奈ちゃんですか」

 突如として出てきた妹の名前に俺は首をかしげる。

「葉奈に対しても優しかったし……でも、あの性格を考えると直接止めてくるに違いないわ」

「ですね」

 あんなヤンキーみたいな妹が姑息な手段を取るとは思えなかった。

 そもそも、そんな知識が……はっ! 殺気!

 後ろを振り返っても其処には誰もいなかった。

「どうしたのよ」

「いえ、何でもございません……」

 気のせいだよな。

「冬治君。あたしと手を組まない?」

 八枝さんは奥歯に何かが挟まったような表情をして俺に手を差し出してくる。

「手を組む?」

「ええ、計画自体は終わってしまったけど、横やり入れた奴はいるでしょ。だから、そいつを暴きたいのよ」

「……あのぅ、今考えついたんですけどね……ばれることも八枝さんの計画じゃないかな―と」

 八枝さんは手を一度引っ込め、思案する。

「……他人のアイディアはもらえないわ」

 そして再び手を出してきた。

「そうですか」

「ま、紗枝が相手なら仕方がない……ばれたと伝えるわけにもいかないし、冬治君はこのまま紗枝に振りまわされるように生活を続けて」

「八枝さんは何をするんですか?」

「裏で調べてみる。勿論、紗枝の事もね。冬治君が疑問をもったこともあたしが調べてあげるわ。どう? この話に乗ってみる?」

 しばらく考えた末に、俺は差し出された手を握った。

 柔らかい手をしていた。

「はい、お願いします」

「裏切りは許さないわよ?」

「それはこっちのセリフです」

 これが吉と出るか凶と出るか……結果がすぐに出るわけもない。

「ま、あなたが三枚目を見ていないのなら仕方がないわね……」

「はぁ」

 見ておいた方が良かったのだろうか?

「いいわ。今日はもう帰って紗枝とデートして」

「わかりました」

 少しでも八枝さんがおかしな行動を見せれば、俺は当然この人を裏切るつもりだ。

「連絡を入れるときはそっちからお願いね」

 携帯電話の番号を八枝さんから渡され、俺は首をかしげる。

「俺からですか」

「ええ、こっちから掛けて紗枝が居たらまずいでしょ。でも、そっちからかけて紗枝が近くに居ても問題ないもの」

 多分、紗枝さんと八枝さんの間では『どちらかが俺の近くにいる間は電話をかけない』というルールがあるのだろう。

「計画にイレギュラーは付きものだけれど……まさか本人に知られるとはね」

 そういって八枝さんは行ってしまった。

「不思議な人だな……」

「あれ? また此処に出た」

 右へ消えたはずの八枝さんは俺の左後ろに登場した。

「もしかしなくても方向音痴ですか?」

「……早速力を会わせる時が来たようね」

 俺の腕を掴み、彼女は歩き出す。

「そっちじゃないですよ。こっちです」

 途中、何故だか同じ道に続く方向へ歩いて行こうとする八枝さんを引っ張り、俺たち二人は脱出するのであった。

 八枝さんが街に消えたところで俺は部屋へと戻る。

「もう、遅いんだから!」

「あ、紗枝先生……居たんですか」

「そりゃあね。恋人の帰りを待つのは当然でしょ?」

 勝手に彼女面をしないでほしい。

 しかし、八枝さんと約束したもんな……。

「あれ? 照れてる?」

「……いや、照れてません。それで、俺に何か用事ですか?」

「恋人が一緒にいちゃおかしい?」

 照れた様子が初々しい……惜しむらくはこの人、俺の彼女じゃないんだよ。

「そもそも俺たちは恋人じゃありませんよ」

 そして、疑問を持つべき相手でもあるのだ。

 教室を掃除している俺に対し『闇雲計画帳』を発見させ、俺が寝ている隙に部屋の新聞受けへとあの謎書類を投函……つまり、俺を助けようとしたのではないのか?

「……えー、あんな事をしておいてそんな事いうの? 寝かせてくれなかったくせにー……酒の勢いも」

「じゃあ、キスしますね」

 俺は紗枝先生の両肩を引き寄せ、強引にキスをしようとした。

「……」

 紗枝先生の身体はこわばり、抵抗しようとして……辞めた。

「し、して、いいよ?」

 全く、見上げた根性である。そこまでしてお金が欲しいのだろうか。

 震えるまつ毛を見ながら俺は紗枝先生と距離をとった。

「冬治、君?」

「紗枝先生に話しておきたい事があるんです」

「え? そんな真剣な顔をして……結婚式の話?」

「いえ、それより大切な事です。俺の部屋に来てください」

「あ、ちょっと……」

 紗枝先生の腕を掴み、そのまま部屋へと連れて行く。

 押しやるようにしてリビングへ上げて、俺はコーヒーを置いた。

「ご、強引にキスをするかと思ったら今度は部屋に入れて……」

「子どもを孕んだとか言って教え子から金を巻き上げようなんて酷い事を考えますね」

「……何の話?」

 さっきのキス(未遂であるが)よりも顔をこわばらせていた。

「ネタはばれているんです。そもそも……『闇雲計画帳』をわざと教室においたのは紗枝先生じゃないんですか?」

 しらばっくれるのだろうか?

 相手は腹黒そうなイメージを持たせてきた八枝さんの片割れだ。

 思案するも数秒、ちょっと照れたように紗枝さんは口を開く。

「あれ、ばれたんだ?」

 あっさりと認めてくれたのは意外だった。

「じゃあ、俺の部屋にあの変な文章を投函したのも紗枝先生ですか」

「変な文章? なにそれ、私は知らないけど?」

 八枝さんとは全く違うような表情だった。

 ちょっと柔らかい感じの表情だ。

「保健室の先生を尋ねろ……そんな感じの文章です」

「……ああ、だから冬治君はこの前の授業、すぐに保健室に行ったんだね」

 どうもこの感じを見ると彼女が仕掛けたものではないらしい。

「じゃあ、一体だれが?」

「……もしかして八枝かな」

「八枝?」

「あ、えーっとね。私たちは双子なの。紗枝と、八枝。八枝はとても悪い女でねー……冬治君を嵌めようと考えついたのが八枝」

 俺が八枝さんの事を知らないと思ってか、説明を始めた。

「あの、何で紗枝さんは俺に計画帳を見せてくれたんですか?」

「え? えーっと……まぁ、その……冬治君みたいな子が、私のタイプ……」

 頬を掻いてかなり照れていた。

「そ、そのー……さっきのキスを拒否しなかったのは計画のためじゃなくて、『うわ、やっぱり男の子だ!』って期待もあって……」

 そういって上目遣いに見てきた。

 う、可愛い……年上なのに、凄く可愛い。

「……こほん。そうですか」

 これも計画なのでは? ううーむ、全然わからなくなってきたぞ。

「う、うん。悪かったとは思ってるけどね……その、お金はふんだくってもそのまま結婚するつもりだったし。お金と男の子手に入れられるんなら得だよね?」

「……」

 鳴る程、紗枝さんにも目的はあったわけか。

「しかし……書類を俺の部屋に投函したのは誰だろう」

「八枝だよ。多分、あたしが将来的に裏切るんだと感じたんじゃない? 双子って恐ろしいねぇ……それか、何か問題があったのかな」

 紗枝さんはそう言って首を振った。

「ま、計画はばれてしまったけどね……冬治君には悪いけれどまだ付き合ってもらうよ」

「え?」

「八枝にばれちゃうでしょ。だからさ、このまま私といちゃいちゃし続けて? そうすれば八枝が隙を見せるかもしれない」

「え、えーっと……」

 俺は八枝さんと……そう言おうとして手を掴まれた。

「私じゃ、駄目かな?」

「だ、駄目じゃないです……」

「そっか。よかった……優しいね、騙そうとしていた女を信じるなんてさ」

 そうだ、紗枝先生は俺の事を騙そうと思っていたんだ。

 だから、俺が騙しているのは……問題ない?

「心のつかえが取れたよ」

「あ、いえ……そんな」

「人を騙すのは良くない事だ」

 意外といい人なのか、そういって紗枝さんは料理を作り始めた。

 その背中を見て、俺はため息をつく。

 この先、どうなってしまうのだろう……別に修羅場でも何でもないのに、暗雲が立ち込めた気がしてならなかった。


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