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闇雲紗枝:第一話 気になるあの子は悪い人かもしれない?

 世の中には見ちゃいけない物がある。

 来週行われるテストの答えや、自分の将来、人気職業の裏事情、裏帳簿に裏でつながっているあの先生とあの人達などなど。

 普通に生活していても見てしまうときは目に入るのだ。。

 ゆるいものなら笑って許せるかな。

 多分、俺が手にしている物は見事にそれだろう。

 一年が終わると同時に転校した俺は、うまく学園に溶け込めていると思う。

 二年生が始まって二日経った。

 あっという間にクラスになじんだ俺、夢川冬治は友達とのじゃんけんに負け、一人で教室の掃除をしていたのだ。

「ん?」

 教壇の下に落ちていた書類の束に『闇雲計画帳』と書かれている。

「闇雲……ああ、あの先生か」

 俺のクラスの副担任だ(後日、担任は謎の失踪を遂げた)。見た目は俺らと同じくらいで、凄く若い。

 一部男子生徒に大人気の(罵ってほしい人限定)先生である……まぁ、そんな事より俺は『闇雲』なる名字の方が気になっていたりするがね。

 兎にも角にも、その先生の持ち物を拾ったと思う。

 大人しく届けよう……勿論、中身を読んだ後で。

 一枚目をめくると『Thank you』が手書きで確認出来た。

 走り書きとしか思えないし、何で英語にしたのだろう。読んでくれてありがとうって意味だろうか。

「ふーん?」

 よくわからないままに次のページをめくる。

 三枚目以降はパソコン入力の文字だ。堅い印象を受ける。

「……矢光冬治って、俺の名前か」

 其処に書かれていたことは単純で、酷い内容だった。

 一度読み直して、再度読み直す。二度目は羅列されている文字にじっくりと目を通し、内容を確認して行った。

「悪戯か? だよな、こんな事……あり得ないよな」

 この『闇雲計画帳』に書かれていた事は、俺を騙し、闇雲先生がご懐妊(事実でも、嘘でもいいらしい)したと難癖付けて俺の父親から金をふんだくるとのことだった。

 まず、俺がこの学園に転校してきた理由は母親の再婚である。

 そして、お相手は風間うんたらさん(まだ父親とは認めてない)だったが、どうやら風間うんたらさんが離婚する前のお相手が闇雲だそうだ。

 ややこしい話だが、この闇雲さんは連れ子が居た状態で風間なんとかさんと結婚……まぁ、この夫婦が離婚する際、すでに連れ子は夫婦仲が険悪になった時点で独立している。

 簡単に言うとこんなところだ。

 いくつも気になる点があり、非常に厄介な話である。

 そして本日、その計画の序章が始まるそうなのだ……もっとも、この『闇雲計画帳』を信じるのが前提の話だ。

「くだらねぇー。てーそーたいでもつけとけよ糞が!」

 突拍子もない話ばかりだ。

 再婚した際、俺に妹が出来た。名前を葉奈ちゃんというヤンキーな女の子だ。

 その子の母親は葉奈ちゃんを生んだ際に既に死んでいると書かれていたし、風間なんたらさんは億単位の金を持っている等と書かれているのだ。

 アホらしい!

 そんならそいつの息子になった俺が贅沢出来ないのはおかしな話である。

 くだらない話を信じる程、俺も暇人ではないのだ。

 掃除も馬鹿らしくなった。元あった場所へ『闇雲計画帳』を放り投げ、帰ることする。

「んんーっ! ったく、暇人は暇つぶしでもやってろよ」

 麗らかな春の陽気は夕方にもまだ残っていて、伸びをすると存分に感じる事が出来る。

「さぁーて、どうするかねー」

 既に友達である只野友人、七色虹は遊びに行ってしまっているし、まだ転校してきて間もないので他に友達もできていない。

 話はしても、遊ぶまでには至らない……まぁ、そういった連中も部活持ちだったり、彼女持ちだったりするので誘うのも難しい。

 部活に入ってみてはどうかと誘われたものの、運動部系は二年開始だと微妙だ。運動に関してそこそこ自信はあるものの、其処まで打ち込もうとは思っちゃいない。かといって文化部に入る程、一芸に秀でているわけでもないんだよなぁ。

 以前通っていた学園で所属していた『生物部』もここの学園の生物部と大きく違っている。何せ、昔はあさがおを育てるだけの楽な部活なのだ。幽霊部員をごまんとかかえる部活所属だったのだ。

 まぁ、幽霊させてくれるのならどこでもいいや……そう思いながら職員室前の階段にやってきた。

「おや、矢光君? 今暇?」

 闇雲紗枝先生が困った表情で俺を見ていた。

 サイドテール(右側)で、黒いスーツだ。香水でもつけているのか、桜を思わせる匂いがしてきた。

 先生を見ていると自然な流れで『闇雲計画帳』を思いだすが、アホらしくて苦笑してしまう。

「暇ではないです。今帰るところです」

「そう、じゃあ暇なのね」

「いえ、村でお腹をすかせた息子と豊満な嫁が待っているんで帰ります」

 そう言ってみると唇の端を歪めて先生が笑い始めた。

「あはは、なにそれ……もう子ども居るの?」

「冗談ですよ。それで、俺に何か用ですか?」

 くだらない内容の書類で先生を邪険にするのも変だろ……良心が叫んだので内容を聞く事にした。

「うん、そう。悪いんだけどさ、これから引っ越しの準備手伝ってくれない?」

「引っ越しの準備ですか」

「そうなの。私ね、今のところだとちょっと通勤に手間取ってさ。それで、引っ越し先を見つけたんだけどねぇ……誰も手伝ってくれないからさ」

「ほー……大変そうですね。引っ越し業者に頼めばいいじゃないっすか」

「そこまではないかなーって。ほら、今の時期高いじゃん」

 最近引っ越してきたけれどさ、俺は段ボール一つ分で足りたよ。何せ、実家に殆ど物を置いているからな。

「値段は知りませんけど、それなら俺じゃなくて友達に頼めばいいじゃないですか」

「んー、女友達はいるんだけど、重たいものもあるし」

「男友達に頼めばいいでしょ?」

「殆どいなくって。実はさ、矢光君が住んでいるアパートの隣の部屋に引っ越すんだ。だから、ね?」

 そういって屈むようにして両手をあわせる。

 両手の向こうに、胸の谷間が見えた。

「いいこともしちゃうかもしれないゾ?」

 ああ、わざとやっているんだなー……そう思うと滅茶苦茶醒めた。

 データにお金をつぎ込んだ人みたいな気持ちになった。

「ね、お願い?」

 多分、さっきの『闇雲計画帳』もその原因をかっているのだろう。

 計画帳に書かれていたことは『酔わせて記憶を曖昧にさせる』と書いてあったし、二人きりはやばそうだぞ。

「あ、あれ? 矢光君……もしもーし? 聞いてる?」

「ああ、ちゃんと聞いてますよ」

「じゃあさ、どうかな? 手伝ってくれるよね?」

「嫌です」

「そんな、ちょっといいから……」

「さよなら。また来週」

 そういって階段を下りる。後ろからは『ひどーい!』と聞こえてきた。

 道中、何か登場でもするんじゃないかと勘ぐれば当たるもので、再び紗枝先生が現れた。

「また会ったね」

「……」

 サイドテールが右側から左側になっている。

 まぁ、黒いスーツなんだけど……どこか紗枝先生と違う感じがする。

 みた感じは大体一緒だ。

「ああ、匂いか」

「匂い?」

「いえ、いい匂いがするなーって」

「ふふ、ありがとう」

 先生は一歩、俺に近づいた。

「どんな匂いがする? もっと近づいたほうがいい?」

「いや、このぐらいの距離で十分ですよ。恥ずかしいですし」

「初心ねぇ」

 からかうように紗枝先生(?)が笑っている間、俺は一生懸命考えて結論付けた。

「あなたからは太陽の匂いがします」

「へぇ、ありがとう」

「本当の事です。それでは失礼しますね」

 わきを抜けようとしたら目の前に立ちはだかった。

「ちょっと、待って。引っ越し、手伝ってよ」

 俺はこの時点で『闇雲計画帳』を信じはじめたのかもしれないな。

「わかりました」

 あまり反抗して酷い結果につながったらまずいので、大人しく従う事にした。

 ここは下手に刺激しないほうがいいだろう。

「意外と素直についてくるのね?」

 軽自動車に案内しながら、闇雲さんはそんな事を聞いてくる。

「まぁ、俺もちょっと断り方が強引だったかなと思いまして」

「ふーん、そっか」

 二人で軽自動車に乗り込み、五分が経つ。

 狭い車内でだんまりも息苦しいのはお互い様か、向こうから話しかけてきた。

「転校してきてどんな感じ?」

「楽しくやれてます」

「そっか、それはよかった。あ、ちょっとトイレに行ってきてもいい?」

「どうぞ」

 途中、スーパーに止まり、運転手はトイレへと向かった。

 そしてそれから十五分が経つ。

「……あー、女の人のトイレってなげーんだな」

 年季の入った二つ折りの携帯電話を眺めながら待っていると、ようやく戻ってきた。

 そろそろバッテリーの替え時かもしれない。

「ごめんごめん、遅くなっちゃって」

 桜の匂いが車内に漂った。

「先生、遅いですよ」

「ごめんねー、ちょっと混んでいてさ」

「ま、いいですよ」

 今更追及したところで白を切られるだろう。

 もしかしなくても、双子に違いないね。

 俺があの時、『闇雲計画帳』を見なければいい夢を見れていたんじゃないのか……そう思うとこの双子の計画立案者に喝を入れたくなった。

 もしかしたら三つ子、四つ子、五つ子……それ以上かもしれないがね。

「はぁ……」

「えー、何そのため息」

「これから手伝いかーと思うと……やる気がそがれまして。ああ、安心してください。文句を言う分はきっちり働きます」

「ああ、そうなの」

「ええ」

 先生は俺と話したくないのか、それ以降は黙りこんでしまった。

 闇雲先生の引っ越す前の住居はマンションで、特に持ち運びが重たいものなんて無いように思える。

「一体、どれが重たいんですか?」

「これよ、これ」

 言われた先には箪笥があった。

「これが重くってね」

「……さすがにこれは軽自動車には積めないでしょう?」

「うん、だからあれ」

 そういって窓の外を指差した。

「リアカー……」

「そう。お願いね」

 マジかよ。

 リアカーなんて何処かの田舎で見たのが最後だ。しかも、小学低学年の頃である。

「ぐぐぐ……」

「じゃあ、頑張ってねー」

 俺を尻目にメギツネ教師は去っていった。

「ぐぐぐ……くそっ」

 リアカーなんて現代社会に不適応だよ!

 しかも重いので、あっという間に身体が熱くなってくる。

 ひいこらと一生懸命リアカーを引っ張り、道行く人達がこっちを見たら睨みつけて散らした。

 いい晒しものである。

「ありゃ、矢光先輩っすか?」

「やぁ、夢ちゃん」

 もう少しで俺の部屋があるアパート……というところで友達である友人の妹、夢ちゃんと出会った。

「転校生ってのは聞いていたっすけど。苦学生さんっすか?」

 リアカーを押しながら歩いていれば誰でもそう思うか。

「んにゃ、違うよ。闇雲先生に引っ越しの手伝いを頼まれてね。箪笥を持って行ってほしいんだと」

「ふーん、大変っすね」

 相手が友人なら買収してでも助けてもらうつもりだった。

 その妹の夢ちゃんはちっこい感じの女の子でどう見ても文学系だ。悪いが、何の役にも立ちそうにない。

「自分にもうちょっと力があれば手伝えたんっすけどねぇ」

「いいよいいよ。もう少しで目的地に着くから」

「闇雲先生とやらも何で引っ越し屋さんにたのまなかったっすかねぇ」

「俺もそう思うよ。あの先生、ケチなんだよ」

 俺が目的みたいだよ……なんて適当な事は言えなかった。

「あ、自分はおつかい頼まれているんでここらで行かせてもらうっす」

「うん、気をつけてね」

「失礼するっすー」

 夢ちゃんとの他愛ない話は終わりを迎え、休息を終えた俺の体力は微回復した。

 十五分程度かけてようやくアパートにゴール。俺の部屋は二階で……隣に引っ越してきたのなら階段をあがる必要がある。

「……うおおおおおおおおっ」

 と、気合を入れてみた。

「こりゃだめだね。もてねぇや」

「やっと持って来たんだ。遅かったねー」

 二階廊下にラフな出で立ちの紗枝先生が立っていた。

「……あのー、先生」

「ん? なにかな?」

「もしかしなくてもシャワー浴びてませんか?」

「うん、汗かいちゃったし、あまりに矢光君が遅かったから……つい、ね」

 ぺろっと舌を出している。

 久しぶりに怒りが込み上げてきた。

「……ちょっと傷がついても問題ないですかね?」

「んー、まぁね」

「そうっすか」

 持ち主の許可ももらったのでかなり乱暴に階段に押しやり、そのまま押して押して、押しまくった。

 多少の引っかき傷が出来ても気にするまい……俺はそんな気持ちでどうにか二階の先生の部屋まで運びこむことに成功する。

 まぁ、これが意外にも時間のかかる仕事で(廊下はともかくとして、部屋を傷つけるわけにはいかない)、気付けば夜になっていた。

「はーい、御苦労様!」

「……ふぁ」

 既に意気消沈である。

「こっちに晩御飯の準備、出来てるからね」

「……はぁ、そりゃどうも」

 紗枝先生の言う通り、そばを中心に様々な料理が用意されていた。

 どれもおいしそうであるが、できあいの物ばかりだ。

「ささやかなお礼だよ?」

「ありがとうございます」

 席に着くと先生が俺のコップにビールを注いだ。

「えぇ? まずいですって! 俺、未成年ですよ?」

「大丈夫だよ。誰も見てないからさ」

「いやいや、闇雲先生は教師でしょ。すすめちゃまずいですって」

「いいの。身分的に偉い人はもっと悪い事をしちゃってももみ消そうとするからさ」

 そういって先生はビールを淵一杯まで注ぐのだった。

 なるほど、これがやりたかったから無理やりにでも引っ越し作業を手伝わせたのか。

「さぁさぁ、飲みなよ!」

「あ、じゃあちょっとトイレに行ってきてもいいですか?」

「いいよ」

 俺はトイレに引っ込み、思案する。勿論、本当にトイレをする為でもあるが……『闇雲計画帳』を御破算にしたかった。

 一つが黒に見えると全部が黒に見える性格なもので、もしかしてこのトイレの何処かに盗聴器でもあるんじゃないのか? じゃあ、七色や友人にそれとなく電話をかけてこの後遊びに来るよう言うのは無理だなぁ。

 そんな下らない事を考えてしまう。あるわけないよな。

「っと、ようやく出終わったぜ」

 便座から立ち上がり、俺は携帯電話を操作した。

 ボイスレコーダーを起動させ、そのままポケットに仕込む。

 これなら、何かあっても大丈夫のはずだ。

 ばれないように内ポケットのさらなる内ポケットに放り込んでおいたのだった。


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