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土谷真登:第九話 夢の中身は覚えてない

 不思議な場所にやってくるのは久しぶりの事で、俺は雲の上へとやってきていた。

「マチュピチュ?」

 仙人が居そうな山で、演出なのか……天使の柱から一人の老人が降りてきた。

「久しぶりじゃの」

「爺さん……そうしてると神っぽいな」

「実際そうじゃのぅ」

 なにを言っておるんじゃと言う顔をされて俺は笑うしかない。

「土谷の奴、変わったろ?」

「うむ。そうじゃな。お前さんのおかげじゃ。力を溜める器が成長したおかげでそうそうあふれ出る事もないし、放出するのと大体同じくらいじゃなぁ……余程の事が無い限り安心じゃろ」

「余程の事ねぇ……生徒会長にこのまま当選したらやばいか?」

 そうなった場合は是が非でも辞めさせなければならなくなる。そうなったらそうなったで、また暴れまくりそうだ。

「あるわけないじゃろ。今の真登なら素直に喜んで終わりじゃ……嬉しい事でストレスがたまるなんて聞いた事もないぞい」

「はは、そうだな……ところで、何で爺さんが出てきたんだ?」

「む、実はお前さんに力を貸しておっての」

「力? 俺にも特殊能力ついてたのか?」

 そんなもの微塵も感じなかったぞ。

「聞いて驚けぇ……超再生能力じゃ! あふれ出る神の力をも凌駕する再生能力なんじゃ。どうじゃ、凄いじゃろ?」

 地味だ、とは言わなかった。

 ここは驚いておこうと思う……想像付いてたし。

「ほぉー、すげぇな」

「そうじゃろうそうじゃろう。お前さんが無事でいられたのはそのおかげじゃな。しかも、限界に来ると吐血して教えてくれる親切能力じゃ」

 なるほど、吐血はそういう意味だったのか。

「じゃ、生徒会総選挙を頑張るんじゃよ」

「ああ、わかってる」

 お前の事はいつまでも見守っておるからな……そういって爺さんの姿は消えてしまった。



―――――――



 生徒会総選挙当日……俺と土谷は講堂のステージに置かれているパイプ椅子に腰かけた。

「それではこれより……」

 司会の生徒が始まりを告げ、最後の演説が行われる。

 この最後の演説について、俺は土谷にとある事をアドバイスしていた。もっとも、アドバイスと言っても一言だけで……『お前の言葉で言ってみろよ』というものだ。

 これまでは俺が内容を考えていたのでどこか土谷らしさの掛ける真面目くさった内容だったからな。

 最後に欠けるような事をするべきでないと思ったものの、たまにはいいだろう。内容自体は最初に教師が目を通しているし、友人と七色にも見てもらっている。

 俺に何も言ってこなかったという事は問題ないと言う事だからな。この期に及んで土谷が暴走するわけでもないだろう。

「それではまず最初に矢光冬治さんお願いします」

「はい」

 どちらかというと短いぐらいの文章に今一つの内容で喋っておいた。

 拍手もまばらで、ヤジも飛んできた。

「おいおいー昨日はお楽しみかよー。内容がしょぼいぞー」

「るっせー……こほん、失礼しました」

 野次を飛ばした友人はどうやら俺が真面目にやっていない事に気付いているらしい。

 ま、これでどっこいだった下馬評も土谷に傾くはずだ。

 そう思ってパイプ椅子へ腰掛けた。

「それでは次に土谷真登さんお願いします」

「ああ」

 土谷は壇上へ向かう。

 マイクの位置を確認し、前をしっかりと見据えていた。

「こほん、あー、あー……尻の穴かっぽじってよーく、聞けよッ!」

 少しざわついていた講堂が一瞬にして静まり返る。

「あたいの名前は土谷真登です。それは皆さんにも伝わったと思います! お前ら……じゃなかった、皆さんも知っての通り、あたいはとてもイライラしていた時期がありました。いつもと同じ、退屈な日々。あふれ出る力を抑えられなかったのです! そんなある日、あたいの友達になりたいと言う馬鹿な奴に出会いました」

 何だこの内容は?

「そいつは馬鹿なやつで、あたいは遠慮なくブッ飛ばしました。他の連中とは違い身体がとても頑丈でした。初めてスカッとしました。何せ、他の連中は本気でやると大変なことになるからです。その後も、あたいはそいつをおもちゃにしていました。でも、ある日何だか楽しくなくなって……全然スカッとしなくなったんです」

 おいおい、そんな日記みたいな内容じゃ意味無いだろ。

 口出ししようにもそんな権限があるわけもない。

 教師が邪魔に来る事を祈りつつ、黙って聞いておくしか今の俺には出来なかった。

「その事を、そいつは見越していました。それからまた少し経ち、最後に保健室送りにしたとき……そいつは血を吐きました。馬鹿なやつで、あたいが原因なのに『友達だ』、そう言ってくれたんです。もっと殴ろうって思ってそいつの事を待っていたのですが、その気持ちもどこかに吹き飛びました」

 助けてー、四季センセー……。

「うう、土谷さん、本当はいい子だったのね……ううううっ」

 こりゃ終わったな。

「思えば、あたいが大人しかった日は……あいつは嬉しい顔をしていました。あたいはあいつが嬉しい顔をする学園を作りたい……何でそう思うのかはわかりません。でも、あたいは生徒会長になりたいんです! だからあたいに票を入れろっ! 以上です」

 最後の方で恥ずかしくなってきたのか……一気にまくしたて、顔を真っ赤にしながら席へと戻っていく。

「いいぞー」

「もっとやれー」

 率先して拍手を始める我がクラスにため息をついてしまう。

 釣られて拍手を始めた生徒達は視界になだめられた。

「……ふー、負けたかな」

 神頼みでもしないと負けそうだ。



 結果は惨憺たるもので俺は一割の得票数だった。

 いつものように、俺はあいつのサンドバックになったようだ。

「ぼろ負けっすね」

「そうだね」

 夢ちゃんと一緒にポスターをはがしていたりする。

 負けたほうが勝った方のポスターや片づけをする事になっているので……二人しかいない俺たちは非常に時間をかけて片付け作業を行っているのだ。

 時間をかけて、とは言っても一時間程度か……。

「打ち上げするっすか?」

「敗戦の将にはジュースがお似合いだね……ちょっと待ってて。買ってくるよ」

 俺は自販機にひとっ走り。

 適当なジュースを買ってきて二人で飲むことにした。

「いままでありがとね」

「お安い御用っすよ! また何かあったら任せるっす! げほっ」

 無い胸を叩いてむせたのでつい笑ってしまう。

 夢ちゃんと別れた俺は教室へと戻った。

 馬鹿騒ぎも既に終わった後……散らかった教室の黒板には『矢光頑張れ』と書かれた文字があった。

「しょうがねぇなぁ……ったく、派手に散らかしやがって」

 まずは掃除用具を取り出さないとな。

 掃除箱の扉を開けると何故か土谷が入っていた。

「……」



 キィー……パタン。



 みなかった事にしよう。

「おいっ! なんで閉めるっ!」

「うわぁ!」

 乱暴に扉があけ放たれ、中から土谷が飛び出してきた。

 これが夜の学園だったのなら、ちびっていたこと間違いなしだ。

「いや、だってまさか……使用中だとは思わなかったんだ」

「トイレじゃねーぞ」

「そりゃそうだが……えーと、それで俺を脅かすために残ってたのか?」

 一学期最後になりつつある空はようやく夕暮れになろうとしていた。

「別に脅かすためじゃねぇ」

「じゃあ、何故?」

「……ここが片付いたら話す。ほら、片づけるぞ」

 そういって彼女は箒と塵取りを持ち掃除を始めた。

 生徒会長自ら掃除をし始めたので俺も動かなくてはならない。

 十五分程度で終わったのは思った以上に土谷が掃除を頑張ってくれたからだと言わざるを得ない。

「それで、なんで残ってたんだよ」

「矢光に聞きたい事があった」

「ん? 俺に聞きたいことねぇ?」

 打ち上げでもするつもりかね……いや、既に俺を待たずして打ち上げは終了していた。

 もしかして俺が手を抜いていた事に気付いたとか? まさかなぁ……。

「お前、なんであたいに優しいんだ?」

「何でって……」

 下手なごまかしは許さないぞ。

 目が俺に訴えかけていた。

「何でって、そりゃ……何で?」

「あたいが聞いてるんだよ! あたいが神様の子どもだからか? あ、でも、それより前に優しく居てくれてたしな……」

 ぶつくさ言っている土谷に俺は首をかしげる。

「何で、何でかぁ……うーん?」

「真面目に答えてほしい」

「……多分、放っておけないんだよ。世話が焼けると言うか……何と言えばいいのか」

 最初は間違いなく好奇心だ。

 放り投げられて、土谷に興味を持った。それから友達になって、殴られて気絶したりもして……それでも土谷にちょっかいを出し続けたのは放っておけなかった、それに尽きる。

「あたいにブッ飛ばされたのに?」

「ああ」

「お弁当を未だに作っているのも?」

「ああ」

「……じゃあ、あたいが真人間になったら放っておくのか?」

 ああ、そう言ったら泣くかもな。

 そう考えて心の中で笑ってしまう。

 泣くわけないよな。

「どうなんだよ」

「それは……どうだろう。よくわからない」

「馬鹿、ちゃんと答えろよ」

 そういって胸を叩かれた。

「かほっ……げほっ」

「わりぃ……これでも加減したんだぜ?」

「わかってるよ」

 弱っちい身体になっちまったもんだな。

 俺はその場に血を吐いていた。

「矢光……血が出てるぞ!」

「いや、こりゃケチャップだよ。気にすんな」

 おかしいな? この程度の……しかも、ちょっと小突かれた程度だ。

「……なぁ、土谷」

「何だよ。医者か? 呼んできた方がいいのか、送ってやる方がいいか選べよ」

「そうじゃねぇよ。ちょっとさ、殴ってくれねぇか? 最近お前が殴ってくれないから調子が出てないんじゃね?」

「馬鹿かお前? あたいが殴ったら大変なことになるぞ」

 眉を吊り上げ怖い表情を作りあげた。

「大丈夫だよ。お前知ってるだろ? 俺はすげぇ回復能力の持ち主だってさ」

「……血、吐いたぞ」

「久しぶりだったからな。なーに、最近は保健室のベッドに寝てないし、交通事故にあったわけでもない。大丈夫だろ」

 渋々ながら土谷は俺のお願いに応じてくれた。

 本当、変わっちまったもんだ。

「じゃ、行くぞ」

「ああ、頼む」

「……絶対に変に動くんじゃねぇぞ? 逆に危ないからな」

 そう前置きをして、土谷は拳を作った。

 拳がすぐさま唸りをあげ、俺に迫ってくる間に……俺はある事を思い出した。

「ああ、そういえば爺さんが超再生能力とやらを返してもらうって言ってたっけな」

 つまり、もう俺って単なる人間じゃね?

 コンクリ穿つようなパンチを頭に喰らったら……。

 そう思った時にはもう遅い。

 目前までパンチが迫っていた。


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