土谷真登:第八話 寂しさと嬉しさ
生徒会選挙が始まって一週間が経ち、土谷の名前はかなり広まっていた。もともと、悪名は轟いていたんだけどな。
それまで大暴れしていた暴君さんが心機一転した……その噂は新聞部によってあっという間に学園中に知れ渡ったのだ。
校門前でのあいさつ活動は毎日続けており、俺もその傍らに佇んでいる。
勿論、俺も他薦されている為にある程度は名前を売らなくてはいけない。俺の名前も土谷を抑えた実力派元転校生として知られていたりするものの、土谷に比べれば弱い。
「土谷さんがんばれー」
「おう」
最近の土谷は本当に落ちついてしまったもんだ。
最初はクラスの女子たちが恐る恐る挨拶していた。
さっぱりとした性格のためか、あっという間に友達を増やしていった。それまで嫌煙していた男子生徒もやはり恐る恐る……中には殴ってくれと求める輩もいたが……土谷に話しかけていた。
そのおかげで支援者も結構増えてきたもんだ。
「土谷さん、これどうすりゃいい?」
「矢光に聞けよ」
「真登ちゃん、これは?」
「それも矢光に聞いてくれ」
うん、俺がいなくても問題はない……かな?
それから挨拶活動が終わって、片づけを終える。そして、そのまま解散だ。
トイレへ向かった土谷を置いて、俺は先にクラスの方へと引き上げる。
「いやー、変われば変わるもんだよな」
「だねぇ」
「よぉ、おはよう」
話をしていた支援者の二人である友人と七色は俺を見て手を振った。
「いよいよ明日だね」
「ああ」
「手ごたえはどんな感じ?」
「この分なら大丈夫だろ。今の土谷は生まれ変わったも同然だ」
生まれ変わったと言っても名前と悪評は受け継いでいるさ。
当初はその悪評の更に悪い方、土谷に恨みを持つような奴がいるかもしれないと思っていた。
だが、それは杞憂に終わってしまった。
不満を持った連中がいるとするなら教師で、彼らの中に反対する者もいたそうだ。最近では授業中も黙っているので(寝ている事が多いが)問題はないとのこと。
もっとも、これは俺の耳に入っているだけの情報で結論付けたのだ。なにかやらかしているかもしれない。
「それで、冬治君の方はどうなの?」
「俺? ああ、そういえば他薦されてたな」
「忘れてたのかよ?」
友人の言葉に俺は苦笑するしかない。
「ちゃんと覚えてたさ。ただ土谷を優先しただけだよ」
「へぇ、頑張るね?」
「ですねぇ。これは怪しいですねぇ」
ニヤニヤ顔の二人に俺は首をかしげる。
「何がだ?」
「お前らおはよう」
そういって教室後ろの扉を開けて土谷が入ってきた。数人の友達をひきつれており……今では俺よりも友達が多いようだ。
ちょっと、羨ましい気もする。
「土谷、ちょっといいか?」
そういえば近頃は選挙の話ばっかりだからなぁ。たまには土谷と話すのもいいかもしれない。
「わりぃ。今こいつらと話すので忙しい」
「そ、そうか……」
そういってそのまま土谷は席の方へと歩いて行った。
「あららー振られちゃったね」
「ま、気を落としなさんな」
俺の両脇を七色と友人が挟む。
「盗られたみたいで悔しい?」
「はぁ? そんなわけないだろ。あれが普通だと思うぜ。いつもカリカリ、気付けば誰かをふっ飛ばすよりはより健全的だ」
「冬治の言う通りだわ」
三人で土谷を見ていると再び教室後ろの扉が開いた。
「お邪魔するっす」
そういって眼鏡の少女が入ってきた。
ちっこくて目つきが悪い女の子だ。
「おや、夢ちゃん」
「お久しぶりっす七色先輩」
この生徒の名前は只野夢……友人の妹さんで、俺の支援者代表を務めてくれている女子生徒だ。
「どうしたよ」
友人が妹に近づくと中指を立てた。
「夢川先輩に用事があるっす。兄貴じゃないっすよ。頼まれていたポスター、刷ってきたっす」
「ありがと」
渡されたポスターに『学園にそれなりの変革を! 矢光冬治』と書かれているのを確認する。
「……普通さ、それなりって言葉は使わなくない?」
七色の言葉に友人も頷いた。
「聞かないよな。お前、間違ってんじゃね?」
「大丈夫っすよ。言われた通り作ってきたっす! 夢川先輩っ、これでいいっすよね?」
「勿論だよ」
少し慌てた様子の夢ちゃんに俺は頷く。
「三歩下がってお供します。日本人の謙虚さを前に出して行こうかと思ってな」
「残念、がけっぷち!」
「下がれば落ちるぞ! 今すぐ書き直せ!」
「いいんだよ、一応のままで」
そう、こう書いておけばおそらく俺は落選するだろう。
ろくに選挙活動を行っておらず、ポスターも遅れ気味で教師側から一度注意を受けている。その時はまさか他薦されているとは思っていなかったし、副生徒会長の選挙準備をしていたので……そういって切り抜けた。
「今からポスター貼って間に合うのか?」
友人の言う事も尤もである。何せ選挙は明日だし、手書きのポスターもやっつけ感が漂うものを六枚校内に貼っているだけなのだ。
「大丈夫だろ」
「ほんとにー? 土谷さんの人気知ってるでしょ? 今も目の当たりにしたじゃん」
「冬治より友達多いんじゃね?」
「……友達の友達は俺の友達」
「は?」
「わかってるって言ったんだよ!」
友達いなくても生きていけるよ!
「大丈夫っすよ。自分は夢川先輩が勝つ事を信じているっす!」
夢ちゃんには悪いものの、俺は勝つ気が無いからな。
その日の昼休み、土谷に飯を食いに行こうと誘ったら断られた。
「わり、別の奴らと食う」
「そ、そうか」
「ほんと、すまん」
「気にすんなよ。ほら、弁当」
相変わらず、俺は土谷のお弁当を作り続けている。
「ごめんねー矢光君」
「気にしてないって」
そういって俺は土谷達を見送った。
「娘をとられて哀愁漂う母の背中?」
「待て。何で母親なんだ?」
俺の腋から七色が顔を覗き込んでくる。
「そりゃあ、あれだ。お前がいつもお弁当を作ってくるからだろ? いい加減作るの辞めてもいいんじゃね? 今のあいつなら他人の弁当にちょっかいださないだろ。そもそも食費は誰が出してるんだ?」
「俺だけど?」
二人が口を開けて俺を見ていた。
「何だよ?」
「これが友愛ってやつか」
「だな。だけどまぁ……今回も見事に断られたな」
「憐みなんかいらねぇよ。ほら、馬鹿言ってないでご飯食べようぜ」
二人を促し、俺は席へとつくのだった。
そして放課後、選挙活動最終日なのでいつもより気合いを入れることにする。
「じゃあ土谷をお願いするよ」
「任せといてー」
「友人もふざけないでちゃんとやれよ」
「おう友よー」
土谷のバックアップは友人、七色その他のクラスメートに任せておけばいいだろう。
「土谷」
「ん?」
「頑張れよ」
「わーってるよ。なぁ、冬治、今日これが終わったら……」
「矢光せんぱーい。そろそろ時間っす」
何か言いかけたところで夢ちゃんが時間を告げに来た。
「了解。それで、何だ?」
「ん、いや……なんでもねぇ。じゃ、行って来る」
「ああ」
まぁ、さして重要な事じゃなかったんだろう。
いつもの土谷ならちゃんと言うもんなぁ。
俺の方の支援者はあっちとは比べられない程少ない。
「夢川先輩、こっちは先輩入れて二人しかいないっすね」
集団を寂しそうに見守る夢ちゃんが凄く気の毒になってきた。
「ごめんね、うちの葉奈ちゃんがこの前土谷にくってかかっちゃってさ……支援者参加禁止令出されてるんだよ」
俺の妹である葉奈ちゃんと土谷は何やら因縁があったようだ。土谷は葉奈ちゃんを無視していたが(不機嫌にはなっていた)葉奈ちゃんはそういかなかった。
俺の支援者代表であった葉奈ちゃんはそれが原因で降ろされ、周りに頼める相手がいなかったのだ。
勘違いしてもらっちゃ困るけど、友達がいないわけじゃないぞ? 全部土谷側についちゃっただけさ。
それを見かねた友人が妹さんを俺につけてくれた……そういう経緯である。
「いえ、自分の友達が少ないのもいけないっす。数少ない友達は土谷先輩側にいっちゃってるっす……」
「……俺もそうなんだよね」
「友達の友達は……自分の友達になるっすかね?」
「ならないよ」
「そうっすよね」
お互いに苦笑するしかない。
友達、すくねぇかな……。
「ま、でも立派なポスターだって作ってもらったんだし、きっちり応援してくれているからね。この前の応援演説だってみんなが褒めていたよ」
「そんな……あれは指導してくれた四季先生のおかげっすよ」
褒められるのに慣れていないのか、夢ちゃんははにかんでいた。
っと、いつまでもいちゃついているわけにもいかないな。
俺は演説場所の東側の校門へと向かうのだった。
演説と言っても特にする事もない。
そもそも、俺は真面目にやっていないので適当に名前を連呼するだけだ。夢ちゃんが見ている前では一応、真面目にやっているが彼女は今居ないのである。
「下馬評はどんな感じ?」
三十分程度で早々に切り上げ、俺は事前調査から戻ってきた夢ちゃんに報告をお願いした。
「拮抗している状態っす」
「へぇ」
かなり意外な結果だった。
何ら活動していない俺がまさか土谷と均衡しているとはな。
「理由は何だと思う?」
「夢川先輩の場合は特殊っすからね。土谷先輩の支援者代表だし、まともだし……あと、夢川先輩自体が土谷先輩の支援に徹しているのが評価されているみたいっす」
「む……」
「このまま土谷先輩が生徒会長になっても夢川先輩が実質的な存在だろうと……それと、葉奈ちゃんの事も関係しているっす」
「葉奈ちゃんが?」
「そうっす。土谷先輩に恨みを持っているみたいで……騒いでいるのが原因みたいっすね」
相当恨みが深いらしいな。
よもや、自分の妹が土谷に恨みを持つとは思っていなかった。
「葉奈ちゃんは自分と違って友達も多いっすからね」
微妙にへこんでいる夢ちゃんを励ましつつ、俺はため息をついた。
昨日調べた時はそうでもなかったのになぁ……ま、しょうがない。
「今日はもう切り上げるっすか?」
「そうだね。ちょっと早いけど打ち上げをしよう。何か奢ってあげるよ」
「マジッすか! やったっす!」
見た目は大人しそうなのに意外と遠慮しないタイプである。
「そう言うところは友人にそっくりだね」
「あんな兄貴と一緒にしてほしくないっす!」
可愛い後輩を引き連れて、正門へ向かうと土谷が騒いでいた。
「しっかし、聞いてた噂とは全然違う人っすねぇ」
「誰が?」
「土谷先輩っす。不良というより……乱暴者? どんな相手にも暴力をふるうって聞いていたっす。自分の数少ない友達も吹っ飛ばされたっていっていたっす!」
まぁ、その通りだろう。
「ああ、ありゃフラストレーションがたまっていたらしいよ」
「ちょっと話した事あるっすけど、さばさばした感じの人っすね」
「その通りだなぁ」
そのまま正門を抜けようとしたら声をかけられた。
「おい。矢光」
「何だ?」
「お前もう帰るのか?」
拡声器で話すもんだからうるさいぜ。
若干不機嫌になりつつあるようなので俺はすぐさま脳みそをフル回転させた。
そうだよと答えるわけにはいかない。
「これも作戦だよ」
「作戦だぁ?」
「明日の朝、ちょいと準備があるんでな。今からその下準備をするんだ」
「そ、そうかよ」
「ああ、またな」
「待てよ!」
まだ何か俺に用事があるらしい。
振り返って数秒、今思いついたかのような顔をして土谷は言った。
「お、お前さ……あたいに対して手を抜いてないか?」
「手を抜く? 何でそう思う?」
すっとぼけてみると支援者のクラスメートが俺のポスターを持ってきた。
「今更ポスター作ったのかよ」
遅れたんだよ……というと夢ちゃんがショックを受けるので(友人とは違って繊細である)下手なことは言えない。
「よっぽど不器用な奴に作らせたんだな?」
「うぐ……大急ぎで作ったつもりっす」
既にショックを受けていたりする。
ま、まぁ、これ以上傷を深くしないように努力しよう。
「効果を狙ったんだよ」
「効果だぁ?」
「ああ。人間ってのは後から刺激を与えられた方に興味を持つもんだ。本当に売りたい商品を進めるときは一番最後にするが普通なんだよ」
俺がそう言うと心当たりがあるのかクラスメートもなるほどぉと呟いていた。
「な、なんであたいの時はそれをしてくれないんだよ?」
土谷がちょっとふくれっ面になっていた。
「土谷の場合は前に押して行こうと決めてたんだ。だから、立候補した二日後には三十枚のポスター、出来あがってたろ?」
「ああ。それは見た」
四階建て新校舎に十六枚、部室棟に十二枚はってある。後は予備だな。
「押せ押せ押して押し倒せー……勢いで押し切るから小細工は不要。そんな感じだ」
「むぅ」
納得いかなかったのか黙りこんだ。
「じゃあな、頑張れよ」
「頑張ってくださいっす」
これ以上ここに居ても土谷の邪魔になるので、帰ろうとすると再び拡声器がなった。
「待った! あたいも一緒に帰る!」
「ええっ? マジで?」
「ああ、敵情視察する。絶対に付いて行くからな。覚悟しとけよ」
どちらかというと俺……というよりは夢ちゃんの方を見ながら喋っていた。
「な、何だか睨まれている気がするっす!」
俺の後ろに隠れて夢ちゃんが震えていた。
「そもそもそいつは誰だよ」
「友人の妹の夢ちゃんだ」
「あぁ? 友人の妹だぁ?」
じろっと友人を睨んでいた。
「おい、友人。本当か?」
「ああ、どうだ? 俺に似て可愛いだろ? 幼っ子好きの冬治向きだぜ」
「……お前に似なくて良かったな。なんで矢光と一緒にいるんだよ?」
「支援者代表は夢ちゃんだよ」
そういって首をすくめるとふくれっ面になった。
「ぷっ、何だその顔」
「うるせー……矢光、お前小さい子が好きなのかよ!」
「はー?」
「ど、どうなんすか?」
何で三角関係みたいになってんだよ。
「普通だよ、ふつー」
「おい、友人」
俺の回答を待っていたのかと思いきや、既にお立ち台に乗せた友人に話しかけていた。
何だよ、あいつは何がしたいんだ?
「なんだね、土谷さんや」
大人しくなっても馬鹿力は健在。
お立ち台の上で友人を掴むや否や、こっちに投げてきた。
「ぐあっ」
「のあっ」
もんどりうって二人で転倒。
「いててて……冬治、これが女の子相手だったら嬉しかったのにな」
「だな。友人もたまにはいい事言うじゃねぇか……」
そんな事を言うのもつかの間だ。
「さっさと離れろ! 男好きだと思われるだろ!」
「それはこっちのセリフじゃい!」
「チェンジだ。そっちのお前、こっちに来い」
「ひっ……」
「こっちに来いって!」
「ひゃっ」
俺達が転倒している間に夢ちゃんが猫掴みで連れて行かれた。
「あ、おい土谷……一緒に帰るんじゃないのか?」
「お前は友人と一緒に帰ってろよ」
さっきまでは絶対に帰ると叫んでいたのにお立ち台の上に登っていた。
「うるせー。演説の邪魔だ。さっさと帰れよ」
その右手にはしっかりと夢ちゃんの手を握っていた。
わけのわからない俺は首をかしげつつ、帰ることにした。
「しょうがねぇ、友人帰るぞ」
「おう友よ」
帰り道、友人は俺の事をにやにやしてみていた。
「何だよ、気持ち悪い奴だな」
「今さらだろ」
「開き直られると困るからやめろ」
たまには友人と一緒に帰るのも悪くないかな。
さて、明日が本番だ……一体どうなる事やら。




