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土谷真登:第四話 現実逃避は自己犠牲

 夢の世界はインターバル。

 どんなに優秀な刑事デカでも人の頭の中は取り締まる事は出来ないのだ。

「夢ってさぁ……ベッドに入っておねんねするときに見るもんだよなぁ」

「気絶した時にもみるもんじゃぞ。あとは白昼夢じゃな」

「つまり……俺はどういう事だよ」

 前回爺さんに出会った場所は平原だった。平原とは言っても、奈落の杜との境目だったので文明も何も感じるような場所じゃなかった。

 今回は違って、古色蒼然とした街並みが広がっている。しかし、残念なことに……これまた白黒の世界が広がっていた。

「毎回場所が違うのは何でだ?」

「お前さんはのんきな奴じゃのぅ。現実だと天井に頭から突っ込んでぶら下がっている状態なんじゃよ」

 それはとても面白い状態だと思う。写真に撮って『学園名物の天井生え』とでもやっときゃ見に来る観光客がいるかもしれない。

「どうせ爺さんが助けてくれるんだろ」

「過信は困る。お前さんはただの人じゃ」

「神様だし何とかなるっしょ」

 爺さんは首をすくめた。

「やはり、人間にはちと荷が重すぎた気がするのぅ」

「土谷の相手をする事か?」

「そうじゃ」

 確かに、俺がくたばる前に喰らった攻撃は凄かった。

 まず、アッパー……宙に浮いた瞬間に左フック、俺から見て左に身体が傾くと今度は右、床にたたきつけられ……反動で軽く飛び跳ねたらフィニッシュの蹴りを喰らった。

 そういう工程を経て、『天井生え』という天然記念物は出来あがるのである。

 常人がやろうとして出来ることではないのだ。

「この『天井生え』には種類がありまして、腰まで上半身を天井に埋まってしまう『二本足』、下半身のみ植える『こうもり』、左半身、右半身の身を埋める高等技術『半ひきこもり』があるのです」

「現実逃避をしても良いことはないぞ」

「してないさ。ただどうやったら土谷の被害を抑えられるのか考えているだけだよ」

 折角友達になったのだ。

 出来るのなら、彼女が暴れず、かといって彼女の持ち味を殺さずに穏便に済ませたい。

「そもそも、なんで出鱈目な力を持ってるんだろ」

「……出自に問題があるんじゃよ」

「出自? もしかして超お嬢様?」

 そうじゃないと爺さんは首を振る。他に想像できる事と言えば、改造人間だろうか? もしくは、超人?

「神様じゃ」

「……え?」

「もっと詳しく言うと違うがな。本当は人間じゃが……人の物差しで計ることはできない存在じゃ。あの子の両親は神様でのぅ……」

 神様ねぇ。奉らないといけない存在なのか。

 暴力の神様?

「しかし、そのまま神様として暮らしとけば幸せだっただろ?」

「そうでもない。次が決まるまで神はその地域に縛られる。娘がそうなるのを嫌って駆け落ちしたんじゃろう……人として生まれてきたのは良いものの、今度は内包する神の力が彼女にストレスを与えるのじゃ」

「爺さん……」

「わかってくれたか?」

「全然わからん」

 苦笑してからしばらくの間黙りこんだ。

 どうやら、俺にうまく説明しようとしているらしい。

「……そうじゃ。お前さんはゲームが好きか?」

「ゲーム? まぁ、そこそこするぜ」

「よし、ならそれで行こう。お前さんが操作するキャラは既に成長限界まで来た勇者じゃ」

 鳴る程、最近流行りのチーとキャラってやつね。

「そして、お前さんが活躍する場所は魔物が一切出る事のない、平和な山村。無論、殺人事件も起きない」

「それで、それからどうなるんだ」

「いや、なにも起きんよ。それで終わりじゃ」

「……なるほど、ひねくれるわけだ」

 暴君を自称しても悪くないな。

 そこまでかけ離れているのならいっそのこと、自称魔王になると言うのも手だ。

「……」

 記憶喪失の青年が王様以前倒されたはずの魔王討伐をお願いする。

 王様が勇者に託したのは魔法が使えたからだ。

 そして、苦心しながらも魔王を倒す。

 実は勇者が魔王で魔王は伝記に登場する勇者だった……。

「酷い出来じゃ。八点」

 俺の考えている事なんてお見通しなのだろう。というか、神様なんだから心を読む事が出来ても何ら不思議はない。

「……百点満点のうちの八点?」

「当然じゃ」

 ですよねー。

「じゃ、じゃあ! 題して『第二ボタンの魔王様』ってのはどうだ? 売れそうじゃね?」

「お前さん、現実逃避もいい加減にした方がいいぞ。今は危険な状態じゃ」

 爺さんの言う通りである。

 人間規格で神様サイズが生まれてきたんだ。

 そりゃ誰だって対処に困るわ。

「でも、友達になったのは間違いないんだ。おさらばするわけにもいかんしなぁ」

 今更取り消しなんてしようとも思わない。

「爺さん。土谷をダウンサイジングって出来るか?」

「力を失くすつもりじゃろう? それは無理じゃな。力を失くすことはできんよ」

 むぅ、駄目か。

 考えてもあまりいい案は思い浮かばない。

「……じゃあさ、その力を俺が奪っちまえば問題ないんじゃね?」

「それだと今度はお前さんがそういう状態に陥る。むしろ、人の身でありながら神の力を受け入れれば……真登は器が素晴らしかったが、お前さんは破裂すると思うぞ。はじけ飛んで終わりじゃ」

 恐ろしい話である。

「……困ったもんだな。なぁ、爺さん。話は変わるが……何で土谷に対して其処まで熱心なんだ? もしかしてあんたの娘か?」

 俺の質問に爺さんは首を振った。

 歴史のある壁を眺めて、爺さんは言った。

「孫じゃよ」

「孫か。そりゃ可愛いもんだよな」

「目に入れても痛くない。ただ、見ていて辛いものがある。中学一年の頃は子どものような表情で動物をいじめておった」

 そりゃ、まぁ……子どもは残酷な事をするからなぁ。

「二年になったら愛が芽生えたらしい。濡れた猫を……」

「今はふざけてる場合じゃないだろ!」

 聞くのが怖かったので俺は再びどうすればいいのか考えることにした。

「神の力を俺に半分、あいつに半分でどうだ?」

 神様の力にちょっと興味の湧いた俺はそっち方面で話を押すことにした。

 勿論、心の中を見透かされているだろう。

「そうなりゃ俺が暴走しても土谷が何とかするだろうし、土谷が滅茶苦茶やっても俺が抑えられるだろ?」

「……そうじゃな。半分でも人の身には重いと思うが……半減すればわしでも何とかできるじゃろう」

「よっしゃ。じゃあどうすりゃいいんだ? 爺さんが何かするのを見ていればいいのか?」

 寝て起きたら神様の力を得ていた……実にすばらしい展開である。

「さすがにあの子の力となる、お前さんが直接動く必要がある」

「方法でもあるのかよ?」

「ちゅーじゃ」

 最初何を言われたのかわからなかった。

「は?」

「ちゅー、キスじゃ、接吻じゃ! あの可憐な唇を奪えば、成功じゃ! 真登との接点さえあればわしが何とかして見せるぞ」

「……いや、ちゅーって……爺さんの孫だろ」

「何じゃ、不満があるのか? 不満があるのならわしに言え。ここで八つ裂きにしてやる」

 新手の冗談かと思えば目が笑っていなかった。

「そういうわけじゃなくてだな……あんたの孫なんだろ? どこの馬の骨ともわからない……つーよりか、単なる人間である俺がちゅーしていいのかよ」

「お前さんの人間性は承知しておる。こう見えてわしは意外と信頼しとるぞ」

「さすがにキスは勘弁してくれよ」

 何でもない女子相手にキスする度胸なんて俺にあるわけがない。

 そそそそ、そんな接吻なんてまだはやぁいざまぁす!

 とはさすがに言わないまでも……最近友達になった相手にキス出来るわけないだろボケ。

「他の方法もあるぞ」

「え? マジ? 爺さんも人が悪いなぁ」

 キス以外なら余裕だ。

「それで、どうするの」

「……こうすればええ」

 そういって腰を振った。

「却下。んなもん出来るわけないだろ糞爺!」

「む、そういうものか? 興味があるんじゃろ?」

 げへへと笑う爺さんをねめつけ、俺は反論する。

「ま、まぁ、それなりに興味はあるが……そういうんじゃないだろ。友達になったばっかだしな……お互いに知り合ったばっかだ」

「もっと詳しく知るためにどうじゃ? あっちの相性も大事じゃろ? 仲を深めるのには最適な行為じゃ。ぐへへへ……」

「行為とか言うんじゃねぇ! ともかく、俺はやらない!」

「頑固な奴じゃのぅ……文句ばっかり言いおって。いい加減お前さんの肉体が限界じゃ。お前さんを生き返らせよう。このままだとまずいぞ」

 爺さんは俺の頭に手を置いて軽くはじく。

「いてっ」

「今回は色をつけておいた。精々、頑張ってみるんじゃな」

 爺さんの声が徐々に遠ざかっていく。



―――――――



 目が覚めると思いっきり尻を廊下にぶつけてしまった。

「いてて……」

「へぇ、やっぱり頑丈じゃねぇか。ますます気にいったぜ」

 頑丈な人間を見つけて悦ぶ人間なんて早々いないだろ。

 もう一度天井にブッ飛ばされるのか……どうしたものかと考えていたら下校時間を知らせるチャイムが鳴り響く。

「……ちっ、今日はここまでか」

 何だ、帰るのかよ。

 そんな言葉が出そうになったのを必死にこらえ、俺は首をかしげる。

「それにしても……意外と決まりごとは守るタイプなのかしらん?」

 助かったのだからこれで良しとしよう。

 体の傷を気にしつつ、教室へ戻ると男子生徒が机の下に隠れて縮こまっていた。

「どうしたよ?」

「土谷が来たんだよ」

「ああ、暴君が……」

 教室内をよく見てみれば机が破壊されている。

「それよか、あいつって意外と真面目なんだな」

「真面目? 頭打ったのか?」

 最近は良く打ってるよ。あいつ遠慮なく頭叩くからな。

「さっき、チャイムが鳴ったから帰るってさ」

「ふーん、そう言うところはあるかもな」

 倒れた教壇の下敷きになっていた友人がよっこらせと身体を起こしてきた。

「自分ルールかもな。倒れた人間はそれっきり。追い打ちはしないんだよ」

「単に獲物が動かなくなって興味なくなるんじゃね?」

「いや、さすがにあいつも倒れてる相手に追い打ちしないだろ」

 だよなぁと男子生徒が頷き合っている。

「この前、矢光が窓から投げ捨てられたろ? おれさ、タマヒュンしたもん」

「ああ、俺も俺も。お前さ、普通だったら先生に訴えるだろ」

 そうなんだよなぁ。

 俺も其処が不思議だった。

 そう言う気持ちが全くわいてこなかったのだ。

「それにさ、あいつ不思議と退学にならないよな」

「だな。備品壊すし、いきなり殴るし、何故だか問題にならないし……世の中どうかしてるぜ」

 散々愚痴を垂れてすっきりしたのか男子生徒は帰るために立ちあがった。

 当然ながら不満が溜まっているのだろう。

「……意外とあいつも同じなのかもな」

「あぁ? そりゃないだろ」

 俺の言葉にみんながこぞって首を振る。

「やりたい放題じゃねぇか」

「だよな」

「さ、帰ろうぜ」

 ま、俺の勘違いかもしれないがね。

 その後、俺は実験を始めてみることにした。

 俺が気絶するまで殴られ、その後被害に遭う生徒がいるかどうか……である。

 結果は俺が想像した通りになった。どうも、俺が頑張れば被害は出ないらしい。

「自己犠牲ねぇ……」

 ため息をついた。

 女子生徒に殴られたがっている連中を見つければ事態は早く収束するのではないか……もっとも、さすがのマゾでも入院すればおいそれと学園に来ることはできないだろうがね。


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