表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
139/283

葉奈:第七話 同時刻校舎裏に勇者が誕生した

 期末テストも近くなったある日の朝のことだ。

 とある男子生徒の下駄箱にラブレターを一人の女子生徒が入れた。

 そしてそれを見ていた一人の女子生徒がいた。



――――――――



 補習候補にならず、かといって成績優秀者に名を連ねる事の無い平凡なテストあけ。その頃には葉奈ちゃんがいなくても寂しいと思う事はあまりなくなっていた。

 友達と一緒に廊下を歩いていると女子生徒がやってきた。

「ちょっと、酷くないですか」

 見知らぬ女子生徒に声をかけられたので俺は真っ先に友人の方を見た。

「おい、友人。この子に一体何をしたんだ」

「え? おれかよ。おれは知らないぞ。あぁ、ちくしょー、今回は駄目だった!」

「今回は?」

「おう、今回は! 次は大丈夫だ」

 惨憺たる結果のテスト用紙をぐちゃぐちゃにしつつ首を振る友人は滑稽だった。

「ちょっと、無視しないで下さいよ」

「悪い。じゃあ、あれか。まさかの七色の仕業か? 困っている人が来てるぞ」

「僕もちょっと知らない。どうみても、冬治君でしょ」

 乗ってくれるかと思えばそうでもない。

 俺はもう一人の友達にため息をついて一年女子へと視線を向ける。

「矢光冬治先輩に用事があるんですよ。あ、あのー……もしかしてラブレターを読んでないと言う事でしょうか?」

「はぁ、ラブレター?」

「馬鹿な、俺より先にこいつのほうがラブレターもらうとかありえなくね」

 よよよと泣き崩れる友人は無視する事にしよう。

「ラブレターねぇ。いつ入れたのさ」

「期末テストが始まる三日前です」

「内容はどんな感じ?」

「今日の放課後校舎裏に来てください、です」

「知らないなぁ。入って無かったよな?」

「そうだな、見てないなぁ」

「だよね。最近はずっと一緒に帰っているし……」

 頭をかいて二人を見る。その日ならこの二人と一緒に帰っていたからな。

「本当ですか?」

「ああ、マジだ。だよな、二人とも?」

 再度確認すると友人は首をかしげ、七色は首を縦に振る。

「え、なんでラブレターもらったのにこんなに冷静でいられるの」

「冬治君と一緒に帰ったけど、ぼくもラブレターは見てないよ」

「おかしいなぁ、間違えたのかなぁ。それなら放課後に校舎裏に来てくれませんか」

 上目遣いに言われて俺は首をかしげる。

「何となく、内容わかったからこの場で答えておくよ」

「え……こ、ここでですか?」

「うん。ごめんね、ちょっと俺は今それどころじゃないんだ」

 目下の問題は葉奈ちゃんだった。

 葉奈ちゃんに見られたら厄介なことになりそうだしな。

 しかし、友人がいる場所で断ったのはまずかった気もする。せっかく、結構可愛い年下の子に告白されたのにふいにするとは何たることだ、許さん。そうなるかもしれないからな。

「何たる事だ。この外道め。只野友人様が成敗してくれる」

「やっぱりかよ」

「まぁまぁ、友人君。落ちついたほうがいいってば」

 友人を七色が押さえてくれたので頭を下げておいた。

「ごめんね。俺、他に気になっている子がいるんだ」

「い、いいんです。あの、すみませんでした」

「悪い、勇気を出してここにきてくれてありがとう」

「いえ、そんな……あの、失礼します」

 涙ぐんで去って行った女子生徒に悪い事をしたと思いつつ首をかしげる。

「何で、ラブレター、入って無かったんだろうな」

「間違えたんだろ」

 不貞腐れた友人の答えにため息をひとつつく。

「それなら他の誰かが彼女のところに行くだろ?」

「む、そりゃそうか。じゃあ、冬治が実は二重人格でそっちの方の人格がラブレターを受け取ったに違いねぇ」

「あのなぁ、たとえそうだとしてもその日は俺と一緒に居ただろ。その二重人格が出たならお前ら気付くだろ」

「完璧な推理だと思ったのにな」

 アホな事言うぜ……だから今日のテスト酷かったんだろうよ。

「穴だらけだ。七色はどう思う」

 一人黙りこくっていた七色に声をかけると静かに口を開いた。

「多分、それを誰かが見てたんだよ」

「はぁ、それ?」

「ラブレターを入れていたところだよ」

 良くわからなかった。

「きっと、見ていた子が嫉妬してラブレターを冬治君より先に採りだしたんだ。あとは処理したに違いないね」

 これまた信じられない説がぶちあげられたもんだ。

「んじゃあ、その子が俺にラブレターをくれればいいじゃないか」

「きっと、シャイなんだよ。もしくは冬治君に振られたんじゃないのかな?」

 この言葉に友人が言葉にしづらい顔になる。

「ないわー、デリカシーのかけらもなさそうなこんな人間に惚れる人間なんてないわー。世界を探して一人いるかだろうよ。あ、さっきの子が世界で一人だったに違いない。お前は勿体ない事をした! ざまぁみろみろ!」

 出会って初めて、超生き生きした友達の顔を見た。

 何でだろう、その表情に一発入れたらたとえ問題になろうと清々しい気分になる確証があった。

「え、友人君は知らないの?結構冬治君って人気あるんだよ」

「え?」

 驚愕の表情に変わり、すぐさま友人はクラスメート達を見渡した。まだ放課後になって間もない為、人が多い。

「や、矢光冬治はいい男だと思う人―……」

 そこそこの人が手を挙げてくれた。男も混じっているのは俺の錯覚だと思いたい。

「世界ってさぁ、自分の思い通りに成る事は少ないよな。そんな世の中、滅びちゃえよ」

 滅せよ地球、沈みゆく太陽と共にっ……等と叫びながら去って行った友人に今度有名な医者を紹介しておこう。

「そうなのかなぁ。いまいち信じられないぜ」

「顔がにやにやしてる。さっきのは冗談だけどね」

 ここまで持ち上げられて落とされるのもなかなか珍しいな。

「それで、僕の考えはいい線いっていると思うけど? 心当たりでもあるんじゃない?」

「え、ああ、うーん、どうだろ」

 笑ってごまかした。

 葉奈ちゃんの姿が頭に浮かんで、静かに消えていく。

 最近じゃ会わなくなってきているけど、気配はあるのだ。

 ヤンキーな感じはなりを潜めていると噂で聞いた。黒髪になっていたのをちらりと見かけた事がある。

「しかし……納得いかんな」

 まさか、葉奈ちゃんがそんな事、するか?

「冬治君、世の中理不尽の塊だよ」

 どこか達観したような友達の言葉に俺はまだ耳を貸そうと思わなかった。

 午後から夏休みが始まる日になって下駄箱の中に手紙が入っていた。

「おお、とうとうあの子のリベンジか。根性あるなぁ」

 友人が目をキラキラさせていた。そして、複雑な表情へ変わる。

「おれにも手紙は入ってないかね」

 そういって友人は下駄箱を開けた。

「うっひゃ! きたわーっ。おれの時代がやってきた! 何何……放課後、校舎裏まで来い。逃げるとコロ……いやー、間違い電話。違うな、間違い手紙。配達員さんが間違えたようだな、うん」

 そういって手紙を破り捨てる。

「しっかし、どうすればおれはもてるのかね」

「主人公になればあるいは」

「おれの人生はおれが主人公じゃい! おれの下駄箱にも手紙が入ってるはずなんじゃい!」

「入ってたじゃねぇか」

「ああ、そうだな。入ってたな。ちくしょー、見てろよ!」

 こうなったら返り討ちにしてやると意気込んで去っていった。

 一体、あいつは何をしたんだろう。

「それで、今度は誰からの手紙かな」

「ああ、待ってくれ。えーと……」

 七色が覗きこんできて二人で確認する。

「風間葉奈って、どこかで聞いた事があるね?」

「俺の妹だよ。再婚する前は風間って名字だったんだ」

「妹からラブレターねぇ」

 意味ありげな視線を向けられるも、俺はそれから視線を逸らす。

「ラブレターというより、違うだろ。ほら」

 今日は実家の方に帰ってきてほしいと書かれている簡潔なものだ。

 なるほど、と七色も変な勘ぐりはしない。

「喧嘩してるんだって言ってたね」

「そうだな、ちょっと喧嘩というより……溝が出来たと言うか勘違いというか」

 こんな手紙を送ってきたのだから葉奈ちゃんも待つのに我慢できなくなったのだろう。俺は……彼女に自分の気持ちを伝えに行く必要が出来た。

「何だか、決意しているみたいだね」

「……まぁな。他の女の子より今は葉奈ちゃんの事を考えてあげないといけないんだよ」

「なるほどね、頑張ってよ、お兄ちゃん」

 何と無くだけど、七色の奴は全部お見通しのような気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ