葉奈:第一話 気になるあの子はヤンデレかもしれない
中学時代にそれまで家族と言える存在が母だけだった俺の元へ、どこの馬ともしれぬ女の子と、見知らぬおっさんが入りこんでくれば動揺するもんだ。
そして、やってきた女の子が妹であり、その妹がヤンキーだった。冬治は見事な茶髪にぶったまげた記憶が残ってる。
妹って可愛い存在だと思ってたよ……この事を以前学園で出来た友人に相談すると『妹なんてうるさいだけよん。がんばってね、お兄ちゃん』『妹だぁ? おれは優しいお姉さんが欲しい』『僕にとって妹? 遠慮なく僕のおやつを盗んで行く泥棒猫さ』等と言われた。
時間が経てばこういう事は解決する……だから、時には歩み寄る事も大切だよ? その頃友達だった友達の説得やら母親からの言葉で、俺も割り切ることにした。
俺の事をどう扱えばいいのかわかっていない新しい父親にこっちから歩み寄ろうかと思った矢先、父親から話しかけられた事がある。
「葉奈ちゃんは凄くデリケートなお年頃なんだ……だから、冬治君、君に一人暮らしをしてほしいんだ。お金は僕が払うよ。これは君の為でもあるんだ」
「うっせーこの糞男っ」
「へぶっ!」
久しぶりにブッ飛ばしたくなる人間にあった。こんな奴が父親に成るのかと思うと正直、反吐が出る。
新しく出来た父親は闇討ちするとして、一人暮らしをさせてもらった事には感謝している。
「ちくしょーっ、こんな家、でてってやらーっ!」
あの男の娘であるヤンキーな妹の顔なんて見たくない。
「…硬派な感じだったなぁ」
長いスカートに、女子生徒の制服の上から長い学ランを羽織っていた。髪はぼさぼさで切れ長の瞳、木刀も握りしめている。
「時代錯誤だろ、ちくしょーめ!」
出て行くのにちょうどいい転校一日目、一人暮らし三日目。
引っ越し先は既に決められており(俺がまだ出て行くとも言っていなかった時期に、だ!)一人身なのに3LDKの広さもあった。
聞いたところによるとあの糞親父……いいや、あの男は相当な金持ちのようで母の中学時代の同級生だったそうな。
「ま、どうでもいいか」
実家に戻って会うときは一発ずつ、パンチをお見舞いしていこうと思う。
「さーて、何するか……ん?」
家に帰るとヤンキーが扉の前でうんこ座りしていた。
何見てんだよと言われないよう、ちらっと確認してみる。
「え?」
数は一、何処かで見た事があると思えば戸籍上の妹だ。
「悪いが、そこをどいてくれよ」
心の中ではぶん殴られるんじゃないかとびくびくしながら乱暴にしてみる。
この子が俺の部屋の前に居る理由は……。
その一、父親が殴られたので仕返しに来た。
その二、父親を殴って家でしてきた。
その三、実はこの部屋は俺にあてがわれるものではなく、彼女が住む予定のもの。それを伝えるためにわざわざ徒歩一時間以上の道のりを歩いてきた。つまり、俺が悪くないなと感じたおしゃれなアクセントクロスやカウンターキッチン、和室にこっそりと隠されていた赤字のお札も……うんぬん。
そんな事があるわけもない。どうせ、どの選択肢も外れているはずだ。
堂々として居ようと思う。たとえ、殴られても俺は平気だ……男の意地みたいなものだ。
「ほら、どいてくれよ」
「ごめん」
あっさり相手はどいてくれた。
拍子抜けしながら鍵を開けて中に入ると、ついてきた。
「何か用か?」
「話があるんだ、兄さんっ」
両腕をしっかりと押さえつけられた。
「は、話?」
す、すげぇメンチだ……子どもがやられたら間違いなくなく、眼力。
不良でもなかなかいない眼力の持ち主がこんなところにいるとは思いもしなかった。
つい、どもっちまいそうになるのを必死にこらえる。
「まずは落ちつくんだ。こんな至近距離で話す事でもないんだろ?」
予期していたヘッドバットコースも来ることはなかった。
「あ、ああ。悪い」
俺の言葉を聞いて解放してくれる。
後でお風呂に入って気付いたのだけれど、俺の両腕にはしっかりと妹の手の痕がつけられていた。これはどのぐらいの力で掴まれれば痕が残るものだろうか。
「それで、話って何だい? もしかして俺をこてんぱんに叩きのめすって事か?」
冗談を言える余裕も出てきた。
しかし、生憎俺のちっぽけな余裕も再び両腕を掴まれた時点で消失した。おでこをぶつけられそうな勢いで迫ってくる妹に完敗したと言っていい。
「兄さんは勘違いしてる!」
「ひいっ、ち、近い近い!」
「は? 地下一階?」
「違う! 近い、顔が近い!」
ちかいちかい、なんて言う人はいないと思うんだ。ちかいっかいだろうよ。
「……あたしは憧れの兄さんの前だと言うのになんつーはしたない事をっ」
な、なんだ一体この子は……。
今度は部屋の隅っこまで移動して行った妹を観察するも、どういう人物なのか余計にわからなくなってしまう。
「いつものあたしだ。いつものあたし……っしゃー」
両頬が腫れるほどはたいて気合を入れているようだ。
「兄さんっ」
「ひいっ」
平常心平常心。心の中で色即是空、右手に人の字を書いて、迷走中……ではなく、瞑想中のお坊さんを想像して心を落ち着かせるんだ!
「それで、な、何?」
気付けばさっきと同じ超近い距離である。
「兄さんと一緒に暮らしてぇんだ。それを許してほしいんだっ。あの馬鹿な父親が失礼なことを言ったのも聞いた! それもすまん!」
やたら男らしい……いや、漢らしい娘さんだった。
「あたしは兄さんに心を打たれたんだ。これは運命……いや、宿命だって思っている」
嫌な話だ。
ついでに、唾が顔にかかっているのも嫌なことだ。
「心を打たれたって……初対面じゃないのか? あ、家族になってからはちょろっと会ったけど、話もしてないだろう?」
「いいや、それ以前に会ってる。兄さんに一度……二度は助けられてんだ」
良く意味がわからなかった。
「五歳のときと、先月だ」
「先月?」
「まぁ、んなことはどうでもいいんだ。なぁ、あたしと一緒に住むのは嫌か?」
嫌である。
話す時がもう、脅されているのではないか……そんな匂いをぷんぷんさせる人と出来れば一緒に住みたくはない。
「だ、駄目?」
心で思っている事をうまく隠せなかったようで、妹は困惑している。
しかし、まぁ、あれだ。
ここで突っぱねったら俺は……新しい父親と同じだよな。
折角この子は俺に歩み寄ってくれているんだ。まさか、嫌で泣く泣く同居しに来たわけでもあるまい。
「別に、いいけど」
それでも素直に一緒に住もうと言えないのはまだ俺が若いからだ。
「そ、そっか、住むのを許してくれるのか!」
心底ほっとしたのか、その場にへたり込んでしまっていた。余計な刺激は与えない方がいいだろう。俺は
「今日からよろしく」
そういって一つの部屋に入って行った妹……葉奈を見かけて首をかしげる。




