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馬水雫:第五話 出会い

 俺の彼女は結構独占欲が強いみたいだ。まぁ、七色の一件で思っていたことだけどさ。

 いいねぇ、俺も一度でいいから『俺の女に手を出すな』なんてセリフを言ってみたいよ。

 その事を知ったのは俺の下駄箱の中にラブレターが入っていた時のことである。

「それ、どうするの?」

「どうするってそれは……」

「それは?」

 鋭利な出刃包丁で人でも刺しそうな目をしている。俺を包丁で刺すためだけに夜な夜な研いでそうだ。

 怖いよママン。

「俺には雫さんがいるからもちろん断るよ」

 両手に花かぁ……浮気は男の甲斐性って言う人もいるよな。うん、そうなったら俺が悪いんだし、刺されてもいいよ?

「……何だか、惜しいかもって思ってない?」

「お、思ってるわけないじゃん!」

 でも、もうちょっと人生を楽しんでから刺されたい。そう言う理由で、今回は遠慮したいと思う。

「そうだよね、当然だよね……でもさ、彼女がいる男の子に手を出すなんて最低な人間じゃない? 結構さ、広がってる筈じゃん。あー、何だかイライラしてきたかも」

 負のオーラとでも言うのだろうか……彼女の心の奥底へ通じる扉がほんの一瞬開いた気がした。

 全解放したら何かしらボーナスプレゼントがもらえるかもしれないな。

 開ける勇気は全くないので、そのプレゼントは手に入らないだろう。

「……ちっ、一度シバいたろか」

「え」

「あ、ううん、何でも無い」

 取り繕ったような顔だった。

 俺はその時、まだ雫さんのことを良く知っていないんじゃないかと思ったのだ。

 最近は付き合い始めてあった他人感が薄れてきたし、気さくに話せるようになってきたのは間違いない。

 もっと、雫さんの事を知りたいと思うようにもなってきた。

「なぁ、どう思う?」

 だから、こうやって友達二人に相談している。悪友だったり、足の引っ張り合いをしたりもするけれど、こういう時に友達に相談できるのは意外と嬉しい事なのだ。

「おれは何とも言えないな。特別仲がいい方でもないし」

 そういってお手上げ状態になった友人から七色へと視線を向ける。

「七色はどうだ?」

「僕は他人の過去は詮索しないほうがいいと思うよ」

 知られたくない事だから話さないんだろうなぁ……雫さんにちょっと話してみても『わたしじゃ、駄目なの?』って返されるんだよな。

 ま、この前の七色の一件の時がまさしくそれだったと思う。

 本人から聞かなければ意味がないだろうし……でもなぁ、やっぱり知りたい物は知りたいのだ。

 友人の意見はともかく、七色は雫の小さい頃を良く知っているようでひきつった笑みを浮かべている。

「詮索するつもりはないよ……色んな雫さんを知りたいだけだ」

「つまり、ローアングルの雫さんやブラチラの雫さん、脱衣所の雫さんを見たいと?」

「そういうのがみたいわけじゃない」

「本人聞いたらちょっとショックを受けそう」

「もう飽きたの?」

 其処までスケベじゃないし。まだ手しか握って無いしっ。

「俺は身体目的で雫さんと付き合ったわけじゃないぞ」

 俺の言葉に友人は体をくねらせる。

「んまっ、あちしのボディーじゃ満足できないというざますかっ」

「スル―で。ともかく、雫さんが誰かをいじめたり傷つけたりするのは良くないと思うんだよ……雰囲気があった」

「包丁持ってぶんぶんするとか、寝込みを縛っちゃうとかそんな闇を感じさせるものか?」

「病み? いいや、病みじゃあ無いな、もっとアグレッシブな何かだ」

 ふむ、どう説明したら伝わるのだろう。

 結局なにも思いつかず、代わりに七色が雫さんと同じ中学だった事を思い出した。

「なぁ、七色は同じ中学だったろ? 彼女のことを知らないのか?」

「う、うーん、知っているよ。でもねぇ……」

 困った顔で七色はそう言ってため息をついた。

「いつもさ、冬治君にはお世話になってるから僕は手助けしてあげたいんだけど他人のプライベートについて話すのは良くないよ。冬治君だって、僕のことを馬水さんに話すかどうか悩んで……結局、言わなかったよね?」

「……ああ、言わなかった」

 俺が間違っているのはわかっているんだ。

 これ以上、彼女の事を探るのはやめた方がいいと思う。

「多分、馬水さんがそのうち冬治君に話してくれるよ」

 だったら、俺が聞くことではないのだろう。

 二人への相談は失敗に終わった。

 俺は放課後、雫さんと落ち合って喫茶店へと入る。

「ふー、あっちー」

「最近熱くなってきたから涼しいね」

「うん、何頼もうか」

「私、冬治君と同じ奴」

「じゃあ俺は雫さんと同じ奴だな」

「それじゃあ決まらないって」

「そだな」

 馬鹿をやってから二人でアイスコーヒーを頼む。周りの視線なんてあるようで無いものさ。

「あの、雫さん」

「ん?」

「えっとさ……中学の頃の話、聞いていい?」

 中学という言葉を出すとあからさまに嫌そうな顔をした。

「……ごめん、それはちょっと無理だよ」

「そっか、俺も変な話ふってごめんね」

 全然変な話じゃない、それでも、しっくりくるようなセリフだった。

 気まずい空気の中、運ばれてくるアイスコーヒーを二人で眺める。

 いつもだったら雫さんを見ながら話をするのに、さっきの雰囲気が全然抜けなかった。

「いらっしゃいませー」

 俺は何気なく、入口の方を見て首をかしげた。

「ふーあっつー……あれ? 兄さんじゃん」

「葉奈ちゃん」

「その隣に居るのは……え?」

 血のつながらない葉奈ちゃんは俺の所へ来ると雫さんを睨みつけていた。

「……何であんたがいるの?」

「え?」

「葉奈ちゃん、雫さんを脅さないでくれよ」

「雫?」

 不思議そうな葉奈ちゃんは首をかしげて言った。

「そいつの名前、土谷真登だよ?」

 聞きなれないどころか、初めて聞く名前だった。

 そして、雫さんは葉奈ちゃんのことを睨みつけていたのだった。


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