馬水雫:第四話 好きな物、テスト(嘘です)
学園に行っている限り、学力テストはあるもんだ。
雫さんも、七色も、友人そして俺も全員が中間テストを乗り越えた。
「……人生終了のお知らせ」
「おわった……安心しろよ、おれもだ」
「おかしい……良くつるむ友達ならせめて片方が超優秀って設定だろ? その設定が多いはずなのに……俺の友人二人組は机に突っ伏して涙を流しているぞ」
乗り越えたなんて言葉はこの場合適切ではない。
俺がもうちょっと言葉を知っていれば『満身創痍でうんたら』『敵と相打ちになった』といった言葉を使わなくてもよかっただろうな。
只野友人、七色虹の両名は十中八九追試を免れないだろう。
「冬治よぉ、おれたち二人を見下すほど、頭良かったっけ?」
「……だよねぇ?」
「え? あ、あはは……どうだろうな」
偉そうな事を言っている俺も危なかった。胴体着陸と言えば納得してもらえると思う。
「冬治君はテスト、どうだった?」
「くっ……まぶしいっ」
成績優秀の俺の彼女から後光を感じ取ることが出来る。
「ぎゃあああっ、灰になる―」
「目にしみる―……」
「え?」
全く及ばない俺の友達二人はあまりの眩しさに目を伏せていた。サングラスはどこだろうと鞄の中に手を突っ込んで探している。
二人よりも少しましな俺は、サングラスを探すより先に返答しておいた。
「勿論、駄目だったよ! なぁに、次があるって」
テストの話はこれで終わりだ。これ以上、苦しみを他人に投げかけるのは非常によくない。
そんな通過儀礼の週の休み、俺と雫さんは一緒に水族館へと向かっていた。
男女二人でお出かけだから単なるデートだ……さっきからずっとドキドキしっぱなしだ。
「冬治君はどんな動物が好き?」
「そうだなぁ……ちょっと考える時間もらってもいい?」
「結構、候補あるんだね?」
「真面目に答えたいんだ」
極力引かれないような、それでいて個性がありそうな動物をチョイスしたいと思う。
「ふーむ……」
つまりは珍獣辺りを狙っていけばいいのだろう。
狙い所としては年に一回テレビに出るかでないか……そんなお笑い芸人辺りを狙えばいいはずだ。
「……ソレノドンかな」
「もー、冬治君、これから水族館に行くんだからクラゲとかウミウシって答えてよー」
少し意地悪な表情を浮かべる雫さんに俺も首をすくめるしかない。
「ごめん」
クラゲって動物かしらん? うみうしも大丈夫なのかしら?
水分九割のぶよぶよした連中が動物なら空気九割の生命体が居てもいい気はするよなぁ……。
いや、ちゃんといるのかもしれないけどさ。
水族館内はちょっと暗めで、人が多い。
「冬治君、離れないでね」
「……むしろ、こんな密着した状態で離れたら素質があるよ」
プロポーション悪くない女の子にここまで密着されりゃ、誰だって照れるさ。普段は腕を掴むぐらいだから、こうやってひっつくことはあまりないんだよなぁ。
「……ちょっと、恥ずかしいぜ」
「ごめん、良く聞こえない」
それとなく、離れてほしい事を伝えてみたものの、どうやら周りがうるさいらしい。
「雫さん大好き!」
「私も冬治君の事好きだよ」
ばっちりさ、聞こえてるじゃん。
その後、たまたまどこかの水族館からやってきていた人気もののイルカショーも行われていたので見る事が出来た。
「遠慮なかったね。冬治君、びしょぬれになっちゃってさ」
「……そうだな」
俺にだけ水をぶっかけた事は絶対に許さないぞ。
「イルカを嫌いになりそうだよ」
「その割には『ラヴいるか』Tシャツ着てるよ」
だって、しょうがないじゃん。水族館側の人が記念にとくれたんだもん。濡れた服を着ているわけにはいかないし……。
くそ、太平洋辺りで再会した時はイルカを討伐したいと思う。
駅前まで戻ってきて、そのまま喫茶店へと俺たち二人は入った。
「今日は楽しかったね」
「うん、最近熱くなってきてたしねぇ、水がある場所が一番だよ……また水族館行く?」
今度は俺があのイルカをコケにしてやる番だ。
「今度は別の場所がいいな。海とかさ」
「う、海かぁ……」
上目遣いでそんなことを言うのは反則である。
脳内が急激に活性化されていく。
約二秒で雫さんが水着姿に変わっている……もちろん、頭の中で、だ。
水泳の授業でちらりと見たことあるけど、なかなかいいプロポーションをしていた。何より、水族館の中で密着してたんだし。
その筋の話によるとたった一年で更にいい感じに仕上がっているらしいからな。是非、海で確認してみたいと思う。
水着姿の雫さんを見る事ができるのなら俺は……。
「刺されてもいい…」
「え」
「ううん、何でも無い。じゃあさ、今度は期末テスト終わったら一緒に行かない?」
「うんっ」
二人で約束するなんて恋人っぽい。実際に彼氏と彼女だ。しかも、ラブラブときた。
ま、兄妹とか、姉妹とかそこら辺でも約束はするけどさ。
「あいたっ」
「雫さん……大丈夫?」
のろけていたのが悪かったのか、それとも神様が嫉妬したのかは知らない。
喫茶店を出て二人で歩いていると雫さんが転んでしまった。
転んでひざをすりむいたようだ。
偶然、ハンカチを持っていたのでそれで傷口を拭くと驚いていた。
てっきり、俺がハンケチを持っていた事に驚いていたのかと思ったぜ。
「え、いいよ、大丈夫っ。汚れちゃうって!」
凄い抵抗だった。目が泣きそうだし、最初は痛いのかとも思ったよ? どうやら、俺のハンカチーフが汚れる事を本気で心配しているようだ。
「気にしなくていいからっ、ほらっ、せめて水で傷口洗って……押し当てておこうよ。痛む?」
ハンカチを軽く当ててその場で手当てを施す。とちょっとだけ眉をひそめていた。
「だ、大丈夫だよ」
「うん、怪我自体は軽いから大丈夫だよ」
ハンカチを治そうとしたら凄い勢いで奪われた。
「あ、洗って返す! 汚れてるからさ!」
「気にしなくてもいいのに」
「私が……気にする!」
顔を真っ赤にして、ハンカチをしまい込んだ。
うーむ、女の子の膝をハンカチで拭いてあげるのはそんなに恥ずかしい行為ではないと思うんだけどなぁ……。




