四季萌子:最終話 再度の誓い
萌子先生が俺に出した条件は単純明快なもので、彼女に告白することだった。
「とはいってもなぁ……」
二学期始まって四日、告白しまくっている俺は全てフラれ続きなのだ。
何かしら条件がついているのだろう、そんなことは簡単に想像できる。
問題はそれが一体何なのか、である。
もう自分一人で成功させるのは不可能だと早々に根をあげた俺は、オブザーバーを雇うことにした。
「白取冬治の頼れる仲間一人目、赤井陽」
「……冬治の、頼れる仲間、二人目、黒葛原、深弥美」
ぶっちゃけ、頼りになるのは黒葛原さんだけだ。
「あのさ、赤井って告白したことある? もしくは、されたこと」
「へへん、見くびってもらっちゃあ、困るねぇ。あたしはこう見えて、もてるんだ」
「どうせ、犬にもてるとか言いだすんだろ」
「……何がいけないってさぁ、ボケるまえに潰す事だね」
出鱈目が当たると余計な事が無いな。
凹んでいる赤井は無視するとして、一番頼れそうな黒葛原さんへと視線を向ける。
「……惚れ薬なら、ある」
「力技で解決する気ばりばりっすね」
黒葛原さんは困った表情になり、惚れ薬をポケットに戻した。
「……おそらく、萌子先生は、冬治に全力で来てほしいんだと思う」
「白取君は常に全力じゃないの? すでに、クラスの全員が白取君達の事知っているみたいだよ」
噂その一、白取冬治は教師の四季萌子にご執心である。
噂その二、白取冬治と四季萌子は同居しているらしい。
噂その三、行きつくところまで行っているのに、実は付き合っていないそういう危ない関係。
「誰が流した噂だよ」
一はまだ何とかなるかもしれないけどさ、二番と三番はやばいだろ。
「八割はあたし、でも、残りは違うよ」
「八割って……駄目じゃねぇか! 三つしかないのに八割ってどうすりゃいいんだよ!」
教師と生徒の恋なんてご法度なんだぞ。
俺がどれだけ気を使って告白しているのか……わかっているのか!
「……実際は、一番が、赤井。残りを流しているのは萌子先生」
黒葛原さんがいつものように喋り、俺と赤井は顔を見合わせた。
「……赤井は、手をつないでいるのを見た、仲よさそうなところをみかけた、ぐらいの内容。先生の物は……ちょっと言えないような事」
その言葉に赤井がため息をつく。
「嘘、あることない事話してたのに……負けてる? さすが、当人には敵わないなぁ」
「萌子先生は一体何が目的なんだよっ。俺をふったり、自分から噂を流したりするってさ!」
赤井がいやらしい笑顔を浮かべ、俺の言葉に続けた。
「そりゃあ、冬治君の心と、身体でしょ」
「……そうだけれど、あの人の狙いは……究極の二択を望んでると思う」
「究極の二択?」
至高のうんたらーとか究極のうんたらーか?
答えを導き出せない俺の隣で、赤井が手を挙げた。
「あ、もしかして萌子先生は……このまま噂が広まって、教師たちの前で冬治君に……告白させる事?」
え、嘘だろ……萌子先生は俺と自分の仲をみんなの前で認めさせるつもりなのかよ。
確かに、それは下手したら退学か、萌子先生がこの学園から去るって事じゃないのか?
「……惜しい」
「よ、良かった」
そうだよな、さすがに萌子先生もそこまで周りが見えていないわけじゃ、ないよな。
胸をなでおろす俺に、黒葛原さんは言った
「……学園長の前で、言わせるつもりだと思う」
「ひゃー、凄い。でも、そこで言ったのならあたしだったらオーケーしちゃうかも」
顔を真っ赤にして赤井が叫んだ。
「……何で学園長なんだ?」
「あれ? 知らないの? ここの学園長は四季美空……萌子先生の親族だよ」
「マジか」
つまり、親族の前で交際宣言をするという事は、ゆくゆくは……。
「その覚悟が、白取君にあるのか試されるわけだね」
「いや、待てよ。そもそも二人とも萌子先生ってわけじゃないんだからそれが本当かどうかはわからないじゃん」
「じゃあ、賭ける?」
すぐに賭けたがる奴は程度が低いって誰かが言ってたぞ。
「……これ、誓約書」
「何々? わたくし白取冬治は賭けに負けた場合、一生赤井陽の下僕になる事を誓います……」
血判状なんて書いてあるし、黒葛原さんが取り出した用紙だ。
危険な香りがぷんぷんしやがる。
「するわけないでしょ! もう、俺は行くよ」
「今日も萌子ちゃんに告白しちゃうの?」
「……一応な」
毎日の努力が実を結ぶと信じたい。
しかし、本当に実を結ぶのかね……愛の告白なんて毎日聞いてたらうざくなってくるんじゃないのか?
俺の考えとは別に、黒葛原さんは携帯電話を取り出して誰かに連絡を入れるのであった。
「冬治さん……こんな人気のないところに呼び出して、私に何か用事?」
屋上にやってきた萌子さんは黒葛原さんと赤井がいると言うのに周りを無視して雰囲気を作ってきた。
めげない人だな。
ただ、今日の告白はいつもと違う。
もしかしたら、俺の存在が本当は……萌子さんにとって邪魔なのかもしれないな。そう思ってしまう事もあるのだ。
ふざけてたりもしたけどさ、二人に聞いておきたかったことだ。
「萌子さんに……聞いておきたい事があるんです」
「聞いておきたい事?」
「はい。萌子さんは……俺の事、好きなんでしょうか」
「え?」
「俺は、萌子さんの事が好きです。もし、学園長の前で告白しろというのなら……します。してみせます。萌子さんにとって俺はただの生徒なんじゃないのか、俺があんな事をして、萌子さんに迷惑をかけてしまった……だから、こうやっていたずらな事をさせているんじゃないのか……そう思ってしまうんです」
「それは……冬治さんの本音?」
萌子さんは間違いなく、怒っていた。
「はい」
「そっか、冬治君の想いってその程度のものなの?」
「……一度、萌子さんに迷惑をかけているんです。だから、もう一度迷惑なんて掛けたくないんです」
「今更何を言っているの?」
赤井達がおほ、何この急展開……等と言いだした。
「冬治さんと私の中でしょ? 告白した時にキスもしてくれないなんて……」
「言ってくれなきゃ、わからない事……ありますよ」
「そう? 冬治さんだったらわかってくれるって思ってたもん」
「そんなエスパーなわけ、ありません。俺が萌子さんの全てを知っていると言うのなら、元に戻ってすぐ、告白してます」
嘘いつわりのない目で萌子さんを見つめると彼女は頷いてくれた。
「そうだよね、冬治さんだってわからない事、沢山あるよね」
ここで共感してもらえていなかったら……下手したら喧嘩になっていたと思う。
ほっと胸をなでおろし、会話の間に静寂が広がる。
「たとえば萌子先生のスリーサイズ?」
「……たとえば、萌子先生の今日の下着?」
「どうなの?」
まぁ、その静寂にぶっこんでくるのはこの人達なのか。
普段なら、絶対返事をしない自信はある。しかし、萌子さんが反応したのなら……別だ。
「前者も後者も知らない……そんな事より!」
この流れは危険だ。
萌子さんが気分良くなって俺に余計な事をしてきそうだ。
「萌子さん、俺は……次の告白で終わりにします」
「え?」
「男らしく、次の告白で失敗した場合は……すぱっと諦めます」
「男に二言はありませんともー……よし、完了」
俺の右手に朱肉をつけて、赤井が勝手に誓約書の印部分に押しやがった。
ま、まぁ、いいさ。
その中身がたとえ、赤井の下僕になるとしてもだ……何だかんだ文句をつけて拒否る事にしよう。
「ねぇ、冬治さん」
「何ですか?」
「夏休みの間……私のことが忘れられなかったのは誰?」
「俺です。でも、俺は萌子さんの彼氏になれないのなら諦めて見せます。苦しい思いもするでしょう……」
「慰め役はあたしがいますから!」
「……ここにもいる」
やはり、ちょっかいを出してきた二人を完全に無視することにした。
俺が無視している事をいい事に、俺と萌子さんの間に割って入ってしまう。
「え、えーと、二人ってそんなに冬治さんと仲がいいの?」
「萌子先生よりは仲、いいですよ?」
「……先生が放置していた間、色仕掛けした」
俺が無視しても萌子さんが過剰反応してしまえば意味が無い気もするがね。
萌子先生が反応した事で調子に乗った赤井が続ける。
「実はぁ、萌子先生がこうやって白取君の告白を無視したり、拒否したりしてるじゃないですか? 今日もこうやって白取君に呼び出されて慰めてくれって言われているんですよ」「え……」
「いや、言ってないし!」
萌子さんもそんな寂しそうな表情で俺を見ないでほしい。
「……先生が悪い。このまま、もらっていい?」
「それは駄目です」
「じゃあ、白取君の告白を受けてあげてください」
「……冬治は、そろそろ限界」
そういって二人は俺の前から退いた。
俺の目の前にいるのは萌子さんだけ……外野に感謝し、俺は何度言ったかわからない告白の準備をする。
「あの、萌子さ……」
そう、これが……最後だ。
乾く喉を無理やり潤わせ、言葉を吐こうとする。
「冬治さん、好きよ」
「まだ言ってないんですけど」
「言葉は要らないわ……キスをして応えて?」
「はい……」
俺は萌子さんに近づく。
そんな俺達を見ている二人組はため息をついていた。
「キスをして、だってさ」
「……爛れてる」
「風紀も何も、あったものじゃないね」
今の俺達には、そんな言葉なんて通じないさ。
赤井が軽く叫び、黒葛原さんは見ているだけ……数十秒続いたキスを終え、萌子さんは笑っていた。
「久しぶりに冬治さんからキス、してもらえたわ」
「……俺は夏休みの間、我慢していましたよ」
「私だって同じだもの」
「じゃあ、もう一回します?」
「うん……」
俺と萌子さんが再びキスをし始めると、外野の二人は撤退してしまった。
これから二人、色々と問題や壁があるんだろう。
それでも、何とかして見せるさ……。
俺は年上の彼女を抱きしめながらそんな事を誓ったのだった。
厄介事も二人なら楽しめるだろう。
これで『気になるあの子と非日常』全部おわりましたかね。本来は七色虹と四季萌子は入ってなかったのですが。次は気になるあの子は~かもしれないですね。次回をお楽しみに……。




