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七色虹:第七話 最後の想い出

 夏の行事は多々あるもので、夏祭りに海水浴、市民プールに水族館でイルカのショー、スイカをたたき割って、遊び呆けた愚か者へ夏の友からお尻に火をつけられるのだ。

 まだまだ夏の友から尻を叩かれるには早い夏休みの始め……七色に海水浴に行かないかと誘われた。

「……今度は俺一人だけ待ちぼうけって事は無いだろうな?」

 夜の学園での一件がある手前、七色からの誘いには注意しなくちゃならない。

「う、うん。大丈夫。雨天中止だよ!」

 年々日差しが強くなっているのに、七色は両肩を出して笑っている。

 既に、小麦色に焼けているんだからなぁ……ぐっとくるものがあるねぇ。

「どしたの?」

「んにゃ、何でもない。それで、誰が来るんだ?」

「え?」

「人だよ、人。何人か呼ぶんだろ?」

 視線を泳がした後、ちょっとだけ残念そうに七色は頷いた。

「……いつものメンバーかな」

「そうなのか。ま、わかったよ。今度の金曜か。楽しみにしとくぜ」

 しっかし、あの黒葛原さんの水着姿に群青先輩のロケットボディを眺められるのか。

 俺も健全な男子生徒の一人……七色には感謝せざるを得ないね。

 七色に誘われたのが水曜日だったので、俺は夏休みの友を片っ端から仕留めていくことにした。

 海水浴当日に、海水パンツが無くて海の家に売っていたブーメランを履いて泳いだらぽろりした友達がいたんだよな。

 その出来事を教訓にばっちりと準備は終えている。勿論、七色に誘われた日に、だ。

 そして、金曜日はやってきた。

 九時に駅前集合だったので八時半に来てみたところ、誰も来ていなかったりする。

「少し早かったか?」

 辺りを見渡し、人がいないことを確認すると俺はため息をついた。

「白取君、おはよう」

「あ、群青先輩……居たんですね」

 右斜め後方から群青先輩がやってきて俺に微笑んでいた。

 しかし、どう見てもその格好は海水浴のそれではなく、山登りの準備をしているように見えた。

「あ、あの、先輩今日は……」

「山登りに行って来るの。白取君は?」

「俺は海水浴なんですが……」

 あれ? 先輩にちゃんと連絡できなかったのか?

 七色が電話してきたのかどうか、聞こうとしたら群青先輩の父親っぽい人がやってきた。

「あ、パパ」

「藍、行くぞ」

「うん。それじゃあね、白取君」

「あ、はい……」

 去っていく群青先輩の後ろ姿を見送って、俺は七色を待つことにした。

 そういえば、群青先輩って殆ど携帯電話使わないって言ってたもんな。

 多分、ぎりぎりになって七色が誘おうとしたのだろう……だから、彼女は来る事が出来なかったし、そういった素振りも見せなかったんだ。

「冬治くーんっ」

「七色か」

「アターック!」

 腹部に向かってのヘッドバットを難なく受け止め、俺はため息をついた。

「あのな、そういうのは中学生ぐらいまでだぞ」

「楽しい事に年齢は関係ないってば。そんな事より、そろそろ行こっか」

 俺の腕を引っ張る七色を制し、他のメンツはどうしたのか聞いてみる。

「置いて行くつもりじゃないだろうな?」

「え? ちゃ、ちゃんと覚えてるよ。でもね、誘ったんだけれど……みんな駄目なんだって。だからほら、行こう?」

 変に騒がしいのはいつもだからな。

 そんなに海に行きたいのだろうか。

「ま、駄目なら、仕方ないな」

 来ない相手を待っていても、時間の無駄だ。

 俺は七色に倣って駅の改札口へと向かうのであった。

「楽しみだねー」

「そうだな」

 俺達が目指すのは三駅離れた場所で、その街には海がある。比較的海の近い場所に住んでる気がするなー……と、思えるほど近いわけでもない。途中、トンネル通るし。

「ついたー」

 電車内で浮き輪を膨らませるという海を待てないお子様漂うクラスメートに苦笑しながら俺は七色が持ってきたパラソルを手近な場所へと指す。

「……今思えば二人きりで来たのか。しっかし、二人で遊ぶのにも二時間あれば充分だろうしなぁ……」

 着替えに行くとも言わずに行ってしまった七色を律儀に待つことにするとしよう。

 どうせ、俺は下に着用しているのだし、誰かが見張っていなければ七色が持ってきたクーラーボックスを取られかねない。

 黒葛原さんや群青先輩の水着姿は拝めなかったが、なぁに、夏の海だ。マッチョも、ボインもより取り見取り……人間観察するだけでも楽しめる。

「サングラスは必需品だな。

 シートに寝転がっていると、背後から水をかけられた。

「冷てっ!」

「何、海に来ていきなり寝転んでるのー!」

 後ろを振り向いてサングラスをずらす。

「どう? 夏の新作ビキニだよーっ?」

「……」

 つるぺた娘にビキニ姿か……オレンジに青色、うん、なかなかいいんじゃない?

 でも、相手は七色だ。

「悪くないな。似合ってるよ」

 からかおうと思っていたら素直な感想が口に出ていた。

 七色から逆にからかわれるのではないか、そう思っていたら七色はまんざらでもない表情をしている。

「でしょでしょ。さ、遊ぼうよ」

「いいけど、何するんだ?」

「海に来たんだからまずは砂のお城を作るにきまってるじゃん!」

 そういって七色は俺に持たせていた荷物の中からスコップとバケツを取りだした。大工が使うようなヘラみたいな物まで持ってきている。

「……えーと?」

「目指せ! バロック美術!」

 また適当な事を言ってるな。

 バロック美術は絵画に使われるんじゃないのか?

 美術に疎い俺は考えている隙に、七色から腕を掴まれる。

「さ、砂場が待ってるよ!」

 腕を掴まれ引っ張られるのであった。

 七色に押し切られ、俺は子どもでもないのにお城の砂を作ることになったのだ。

「やれやれ、何で海に来て城を作らなきゃならんのだ」

「その割にはうまいね」

「……まぁな。やるからには真面目にやるさ」

 まずは基礎となる土台作りだ。

 ちょいちょい水をかけて固め、しっかりとした土台を作り上げる。

 作業開始から二時間……お互い話もせずに作り上げたお城は達成感もひとしおだ。

 海水客も俺達のお城を写メに撮ったり、記念撮影にしてもいいかと訊ねてきたりする。

「腹減ったなー」

「サンドイッチ作ってきたよ!」

「お、マジか」

 シートのあるところに戻り、七色の取りだしたバスケットを眺める。

 料理、出来たんだなぁと思っていたらやけに不細工なサンドイッチを渡された。

「文句があるなら食べなくていいよ」

「まだ何も言ってないぜ。いただきまーす」

 ま、変なもんも入ってないようだし、味は大丈夫だろ。

 口にしてみたサンドイッチは普通と言ったところか。

「みんなも来られたら良かったのになー」

「……そうだね」

 残念そうに言う俺を見ずに、水平線を見ながら七色は食事をしていた。

 黙って食べるのも悪くない。でも、やっぱり友達が一緒にいるのなら話しながら食べたいもんだ。

「ほんと、みんなの水着姿も見たかったかな」

 この手の話なら七色が何かしら反応してくれるからな。

「……そんなに、みんなときたかった?」

「え?」

 思ったよりも薄い反応、そしてどこか暗かった。

「七色?」

 砂のお城を全力で作っていたので疲れているのだろうか。

 少し心配になった俺は七色の顔を覗きこもうとする。

「っ……」

 俺が何をしようとしたのか、気付いた七色はすぐさまびっくりしたようにこちらへ顔を向けた。

「何でもないって!」

 七色は首を振って笑っていた。どうやら俺の気のせいだったようだ。

 しかし、やはりサンドイッチを食べ始めてみんなの話をし始めたら顔を背けたりする。

「本当に何でもないのか?」

「だから、何でもない……あのさ、デザートも持ってきてるんだよ? ちょっと待っててね」

 言うが早いか、食べている途中だと言うのに走って行ってしまった。

「……デザートか」

 一体、何が飛び出てくるのだろうか。

 甘いの大好きな女の子だからなぁ……。

「運動神経はいいからなぁ……良い尻してるぜ」

 走り去っていく七色のお尻を見てしまっている自分に気づいて、頬を叩く。

「おいおい、相手は七色だぜ」

 まぁ、でも……夜の学園じゃ七色も女の子だなーだと思ったし、今日のビキニ姿もそのまま褒めちまってるな。

 俺が普通に褒めたから砂のお城作ったり、ちょっとおかしな態度を取っているのかもしれないな。

 そうだよなぁ、それまで男女関係なく仲良くしていたんだ。まだ友達になって日が浅いとはいえ、友情に時間なんて関係ないだろう。

 俺は気持ちを切り替えることにした。

「お待たせ―っ」

「おかえり……スイカ?」

「うん、そう。食べたければ割って食べてね」

 アイディアとしては悪くないんだけどさ、おそらく……大人数で食べるつもりで持ってきていたであろうスイカは、俺たち二人で食べ終えられるほどの大きさじゃない。

「あ、スイカは爆発しないから安心してね?」

「……スイカは爆発しないだろ」

「知らないの? 最近のスイカは爆発する物が紛れ込んでいるんだよ?」

 どこからの情報だよ。

 そんなスイカあったらお店の沽券に関わるわい。

「まぁ、スイカ割りってのはわかったよ。眼隠しと棒はどこだよ」

「棒はこれね」

 渡されたのは鉄パイプだった。

「……静岡辺りに落ちてそうな錆びついた奴だな」

「静岡って鉄パイプ生産日本一だっけ?」

「さぁな。でも、これでスイカたたき割ったら汚くて食えないだろ」

「そうかな? 大丈夫だと思うよ。なんでそう思うのさ」

「何だか良くわからない赤くて黒い液体まで付着してる」

「ふーん? はい、今度はこれね。目隠しなかったから三角コーン被って」

 赤と白のストライプの付いた三角コーンをかぶせられる。

 なんだ、この静岡装備は……。

「しょうがねぇなぁ、これでやってやるよ。でも、スイカが汚くなっても文句言うなよ」

「うん! 期待してるよ!」

 十回周って、俺はいったん立ち止まる。

「全然、わからねぇ」

「僕が誘導するよ。そのまま、まっすぐ」

 嵌められている気がしないでもないな。

 しかし、他に方法もないので言う事を聞くしかない。

「まっすぐー、まっすぐー……ああ、そこら辺」

「何だよ、いきなり曖昧な指示にするなよっ」

 今日の晩御飯何がいい? 

 何でもいいー……そう返された気分だ。何でもいいが一番困るんだよ!

 適当に振りまわして誰か居たら大変だよなぁ。

 だからと言って、振り落とさなければ順番も変わらないし。

「冬治君、終わったよー」

「え? 何がだ?」

 頭の三角コーンをさっさと取ると、シートの上で七色がスイカを食べていた。

 その手には、包丁が握られていた。

「……なぁ、すいか割りは?」

「冬治君が十回周っているうちに終わっちゃったよ」

 マジかよ。

 文句を言うつもりはない。何だか赤黒くて鉄っぽい匂いのする液体の付着した鉄パイプでスイカをたたき割って食べたくないし。

 黙ってシートの上に座り、俺はスイカを食べることにした。

「ふいー、うまいな」

「ほんとだよね」

「どこのスイカだ?」

 スイカの本場ってどこだろうな。

 タイは果物がとても安くて、タイの方々が日本に旅行に来ると果物の値段にびっくりすると言うのは聞いた事があるんだけどなぁ。

「アンドラ公国産だって」

「……どこそれ?」

「さぁ? 外国?」

 日本にないのは確かである。

 味は美味しいが、何だか怪しいスイカを食べ終え、午後から何をするのか話し合う。

「せっかく海に来たんだし、ビーチバレー!」

「……いや、二人だし」

「チームは組めるよ?」

 きらきらした目でこっちを見るな。

 確かに、二人でチームは組めるだろうよ。だがね、一体、誰と闘うと言うのだ。

「大丈夫。はい、ラケット」

「ラケット?」

「ビーチバドミントンです。さ、こっちだよ!」

 そういって七色は立ち上がる。

 うーん、やっぱり谷間なんて出来ないな。

 俺はそんな事を考えながら七色の後を追うのだった。

「七色ー」

「んー?」

「あんまりはしゃぐなよ」

「え? 何? まさか冬治君……僕に手加減してほしいの?」

「ちげーよ」

 ラケットを回している七色に俺は察してほしかった。

 七色はビキニを着ているからな。あんまり、激しく動くとぽろっといっちゃうと思う。

「ふふーん、悪いんだけれど……本気で行っちゃうよ。負けたほうは晩御飯奢りね」

 不敵に笑う七色に俺は内心ため息をつく。

「わかったよ。お前さんが其処まで言うのならこっちも遠慮しないぜ」

 ワンゲーム二十一点の三ゲームマッチがこうして、始まるのであった。

「まずは一ゲーム目先取。ちょろいね。冬治君も口ほどでもないや」

「むぅ……」

 こっちは七色の水着を気にしながらやってんだ! と、言い訳するつもりもない。それに、七色は冗談抜きでうまい。

 悔しいが、お遊び程度でしかやった事のない俺が敵うわけもない。

「……というかさ、初心者相手にそんなに無双して楽しいか!」

「負けたらサンドバック白取って呼ぶね! 努力してよ」

 ま、努力はしている。二ゲーム目の半ば、比較的七色を動かせるぐらいは出来てるんだ。

「行くよっ」

 そして、激しく動けばその分……水着の心配も大きくなるのだ。

「……やっぱりか」

 強く振り抜いたラケットは何処かで水着の布を引っ掛けたらしい……準備していただけあって、俺の行動は早かった。

「へ?」

 七色が気付くよりも先に、バスタオルを肩にかける。

「え、な、何で?」

「はしゃぎすぎだろ……よっと」

 ラケットに引っ掛けられて宙を舞っていた青とオレンジ色の水着をキャッチする。

「えっと……」

「そう言う事だよ。とりあえず、着けてこいよ」

「う、うん」

 俺らに注目している奴なんていないからな。それが良かったってところだな。

 十分後、戻ってきた七色は少しぼーっとしているようだ。

「安心しろよ。誰にも見られてないみたいだし、俺も見てないからさ」

「そ、そっか……ありがとう……冬治君は本当に、僕のその……見てないの?」

 もじもじした様子の七色に俺は断言する。

 こういうときはあれだ、いつもの馬鹿やってた時と同じく軽い口調で言ってやったほうが七色の為になるだろう……間違いないね。

「見てないよ。ま、七色じゃなくて群青先輩や黒葛原さんがそうなってたら眼福だったんだがなぁ……赤井もぎりぎり、かな。七色の体は見る気もおきねぇよ」

 それまで確かに、仲良くやっていたと思った。

 だから、この言葉に問題が合ったんだろうよ。

「ああ、そう! 良くわかったよ! 僕と一緒にいるのがそんなに、つまらないんだ?」

「は?」

 いきなり怒りだした七色に俺は困惑するしかない。

 顔を真っ赤にしている彼女へ、俺はなだめるような口調で言い聞かせた。

「何言ってるんだよ。充分楽しいって」

「……嘘だ。だって、他の女の子の事、良く話すじゃん! 確かにさ、僕は色気なんてないかもしれないけど……こうやって二人で海水浴誘うのだって、勇気を出したんだよ! それを……もう、いい! 帰る!

 投げつけられたタオルをキャッチし、俺はその後ろ姿を眺めているしかない。

「いきなり、何なんだよ」

 海に来たと言うのに、結局その日は泳がずに帰ることにした。

 一人で泳ぎたいのなら、別に海に来る必要はないんだよな。

「……俺、そんなにまずい事言ったのか?」

 あの七色があんなに怒ったところなんて見た事が無い。

 間違いなく、俺の責任だ。


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