七色虹:第六話 お肉トリニティ
明日からお弁当が必要ない……冷房の入ったクラスでお弁当を食べるのもこれが最後だ。
「さぁさ、お昼の時間だねぇ」
右隣の赤井が俺の机に自身の机をくっつける。
「……うん」
それにあわせ、左隣の黒葛原さんも俺の机と合体させる。
「僕も混ぜてよ」
そして、七色も机をくっつけてきた……俺の椅子に。
背後をとられた俺は立てなくなった。
「おい」
「うん?」
「俺が出られなくなるだろ。前に来ればいいじゃないか」
「……そんな、冬治君の前にくっつけるなんて恥ずかしくて出来ないよ」
「何でだ」
恋する乙女みたいに頬を染め、彼女は自分の双肩を抱く。
「だって、冬治君ってば……お昼御飯を食べてる僕の胸、見る気なんでしょ?」
「はぁ? お前は何を言っているんだ。そんな事を日中考えるアホはいねぇよ。赤井、なんとか言ってやってくれ」
「あー、おいしー」
右隣の赤井を見ると既にランチを始めていた。
「黒葛原さん」
「……うまー」
左隣の黒葛原さんも我関せずとサンドイッチを口にしている。
「七色お前……」
「さーて、今日のおかずは何かな―」
「……」
すでに、お昼御飯を食べ始めていた。
もほ弁(有名なお弁当屋さん……正規名称はもっと掘って)の親子どんじゃねぇか……おかずも何もないだろ。
「ったく……からかうだけからかいやがって放置かよ。さーて、今日の俺のおかずはなんだろな」
まぁ、ほぼ一人暮らし状態ですからね、俺のお弁当の中身は自分が一番よく知っている。
「おっと、今日は豪勢にもお肉トリニティ……鶏、豚、そして牛。ご飯の上にはキャベツが乗ってお肉を受け止める姿勢、ばっちりなのですねー」
ふたを開け、お肉トリニティを眺める。
鶏は若鶏のモモ肉を醤油にしょうがをつけて片栗粉をまぶしてから揚げにした。
豚はあっさりと食べたかったのでちょっと変だが、しゃぶしゃぶにしておいた。しかし、これは知り合いがくれた秘伝のごまだれで、どんなお肉も美味しくいただける逸品だそうだ。
牛は冷めてもおいしいステーキの作り方がテレビであったので参考にしてみたのだ。
「それじゃあ、いただきまーす」
目を閉じ、箸を合わせて頭を下げる。
ニワトリさん、生まれてきてありがとう。ケッコーな味になってるとおもう。
豚さん、美味しくなってありがとん。
牛さん。もう、たまらんぜよ。
「……あら?」
目を開けるとお肉トリニティがいなくなっていた。
「やれやれ、しょうがないね……とんだ恥ずかしがり屋さんだ。生きのいい連中はどこに消えたのかな―……?」
唐揚げやしゃぶしゃぶ、ましてやステーキが逃げるはずなんてない。
冷静に考えれば、それは誘拐だ。
「この中に狼がいる!」
「わふっ!」
隣の狼がステーキをかじっていた。
「やっぱりお前かっ。さっさとそいつをこっちに……」
「ごくん」
「……てめぇ」
俺はちっぽけな人間である。
そして、愚かだ。
相手が絶対に勝てないとわかっている狼人間だとしても、肉を食われたとあっちゃあ……ぜってぇ、この恨みは晴らす。
「肉を食った赤井、赤井陽……お前だけは、ゆるさねぇ」
「じゃあ、あっちはいいの?」
「あっち?」
黒葛原さんを見た。
「……中々の味付け」
「おい、てめぇ、赤井このやろう。お前だけはぜってぇゆるさ……」
「じゃ、じゃあ、そっちは?」
「そっち?」
赤井が指を向けたほうへ首を動かす。
「あー、しゃぶしゃぶおいしかった」
七色がつやつやした肌になっている。
「赤井、お前だけは絶対に許さないっ」
末代まで『お肉を食べるときは滑りやすいダジャレを言ってしまう呪い』をかけてやる。
「そ、それっておかしいよっ。なんであたしだけ?」
困惑する赤井に俺はため息をつく。
「お前さん、本当にわかってないのか?」
「……頭がいいから?」
「七色はアホだろ」
「失敬だなーっ!」
後ろから一発殴られた。痛くもかゆくもないわい……肉を盗られた恨みで痛みなんて感じないんだよ。
「あ、そうだったかぁ……じゃあ、なに?」
「黒葛原さんを見てみろ」
「うん?」
七色と赤井は黒葛原さんを見ていた。
「?」
彼女は水筒に入っている紅茶を飲んで一息ついていた。
「立派だ。しかし、さらに成長の余地がありそうだ」
「はぁ? 何が」
まだ気付いていないらしい。
「じゃあ、何で僕は許されたの? いつもだったら怒るんじゃないの?」
「七色は……もっと沢山食べないとな。成長期だろ? それに、もう夏だしな。夏はみんなで一緒に海に行ったら……水着姿で困るだろ?」
「白取君サイテー」
赤井がようやく気付いたようで、ジト目を寄こしてくる。
「うるせー、俺の肉を食べやがって」
「あたしは何で許されないの?」
自身の胸を見ながら赤井は歯をむき出しにしている。
「そりゃあ……赤井は逞しい胸だからな」
「た、逞しい胸って……」
変身したらそりゃもう、剛毛で、抱かれたい胸ナンバーワンになるのだ。
狼になった後、そっとその胸に顔を埋めてみた事があった。すぐさま引きはがされて顔面変形しちゃうんじゃないかというぐらいのパンチをお見舞いされたんだよなぁ。
「え、そうなの?」
七色は赤井が狼になる事を知らないので移動し、なんと、彼女の胸を触っていた。
「……ちょ、ちょっと白取君が見てるって」
「いいじゃん。冬治君が触っているわけじゃないんだし……うん? 普通の胸だよ」
羨ましい気持ちに駆られながらも、俺はキャベツを口の中に放り込んだ。
「ねぇ、冬治君」
「何だよ」
「逞しい胸って言っているけどさ……触った事、あるの?」
「……ねぇよ」
「だったら、何で……」
非難するような赤井の視線を受けつつ、俺は七色に対していいわけを考えていた。
困ったことに、いいごまかし方が思いつかなかった。
「……以前、冬治と赤井に間違えて薬を渡してしまった」
「え?」
「……冬治は女になって、赤井はマッチョメンに変身した。その時、冬治が赤井の胸を触った、から」
神様はいるもんだな。
一見すると魔術師のような黒葛原さんが今じゃ、女神に見えるぜ。
「そ、そーなんだよ。黒葛原さんからもらった面白い薬でな。そうだよな、赤井?」
「う、うん。そうなんだよっ」
何だか怪しい薬の話だ……それに、普通に聞いたら眉唾もんである。
しかし、黒葛原さんがそういった薬を持っている(何で持っているのかは知らないが)のは噂で知っているし、女子の中では有名なのだろう。
「そうなんだね……」
七色も黒葛原さんが怪しい薬を持っていた事を知っていたのか、すんなりと納得してくれたのだった。
ただ、どこか寂しそうな顔をしている。
「あのさ、冬治君ってさ、二人と仲がいいよね?」
「え? まぁな。だよな、赤井?」
「ううん! そうでもないよ!」
え?
「……最悪の相性」
そ、そこまでいいますか?
凄く、傷つくのですが……。
「そっか、そんなに仲は良くないんだね」
そして、何故だか七色がほっとしているようだった。
何気に酷くねぇか……。
「おい、赤井……寂しい事言うなよ」
「この鈍感!」
「……空気、読めてない」
「?」
一体全体、何のことやら……。
困惑している俺の弁当に、いきなりお肉が降ってきた。
「え? 肉?」
「あ、そういえばさっきはお肉、食べちゃってごめんね。お詫びとして僕の親子丼のお肉あげるよ!」
「え? あ、ああ……ありがとう」
俺は急に機嫌のよくなった七色から大量のお肉をもらうのだった。
「何だよ、こんなにいいのか。お前、肉大好きだろ?」
「う、うん。まぁね。でもさ、大きくなったら……その、冬治君の趣味に当てはまらなくなるかなって思って」
「?」
どういう意味だと赤井と黒葛原さんを見たが、二人とも首をすくめているだけだった。




