七色虹:第五話 それでも女子です
時刻は八時十五分……期末テストが終わり、残るは夏休みだけという夏のある日、俺は担任の先生に呼び出された。
夜の学園に誘われたのなら、俺は間違いなく断っていたね。
「……この時間帯に家に呼び出してくるってあるのだろうか」
俺の担任は四季萌子先生だ。今年三十路で、絶賛彼氏募集中(年下大好き)の先生である。
普段は真面目で生徒思いのいい先生なんだがな……俺に電話してきたときは呂律がまわっていなかった。
「先生のぉ、言う事聞いてくれないとあっちの個人レッスン、しちゃうぞっ」
「どっちの個人レッスン!?」
「それはぁ、ひ、み、ちゅ! じゃーねー」
歳を、歳を考えろと言いたくなった。
ともかく、あの先生ならやりかねないので……俺は泣く泣く四季先生の家へと向かっている。
「もしかすると……もしかしちゃうかもしれないな」
今どき、歳の差カップルなんて珍しくもなんともないよな、うん。
いや、待てよ、俺。四季先生はそんな事を考えるような先生じゃない。真面目で生徒思いの先生だって事は知っているだろう?
頭の中であーでもない、こーでもないと考えていたら四季先生のアパートまで辿り着いた。
指定されていた部屋番のチャイムを鳴らして、数秒……中から鍵をはずす音が聞こえてくる。
「いらっ、しゃーい!」
アルコール臭を遠慮なく俺にぶちまけて、四季先生がしなだれかかってきた。
「え、ええっ?」
パーカーの前を全開にし、下は下着姿だ!
そ、そんな……やっぱり、先生はその熟れた肉体で俺の事を誘惑するつもりなのか?
「……」
「さぁ、白取君を、誘惑しちゃうぞ!」
三十代は成熟しきった女の身体だと俺の友達が言っていたが……あれだな。
「……世の中には成熟しない人も……いらっしゃるのですね」
「ほれ、どういうことろぉ!」
俺を軽く叩き始めたのでため息をついた。
酔っ払いの相手はやってられん。
「あ、冬治君も来たんだ?」
「七色?」
リビングから歩いてきた七色を見て俺は首をかしげた。
そういえば、玄関には結構な数の靴が置かれているではないか。
「ほら、先生行きますよ」
「うぃー」
酔っ払いを肩に担いで七色はリビングへと向かう。それにならって、俺も付いて行くことにした。
「あ、白取君。こんばんはー」
「……こんばんは」
「君も来たのね」
「先輩、こんばんは」
四季先生の部屋のリビングには赤井陽、黒葛原さん、群青先輩に鈴がいた。
「なんだ、みんな呼ばれたのか」
「女子会って、やつだよぉ、冬治君!」
再びしなだれかかってきた四季先生を支えながら首をかしげる。
「女子会ねぇ」
聞くたびに思うんだけどさ、いい年した女性に対して女子って単語は如何なものだろうか。
いつまで経っても若い頃を忘れない心がけは大切だと思うけどよ。
しかし、ここで言うのは憚られる……何せ、発言すれば袋叩き間違いないからな。
俺はそこまで、マゾじゃないぜ。
「それで、何で俺は呼ばれたんだ?」
「四季先生が王様ゲームやろうって言いだしたんですよ」
鈴が麦茶を俺に渡してくれながら言った。
「王様ゲームねぇ……」
「他にも男子生徒の候補があったけど、彼女持ちだったり、狼になる可能性があるから駄目だって」
「赤井が言うと冗談に聞こえないな」
狼娘が睨むような視線を寄こしたので俺は首をすくめておいた。
「それで、君はどうするつもり? 帰る?」
「面白そうなんで参加しますよ」
群青先輩の質問にそう答えると四季先生が俺の膝の上に乗り始める。
「よし、王様が玉座についたからゲームをっ、始めるわよーっ!」
ああ、酒は人を変えてしまうと言うけど……普段の真面目な先生からは全く想像できない程荒れ狂ってるなぁ……。
即席で作られたくじを引き(俺は三番を引いた)、俺の膝の上に陣取っている先生が人差し指を天高く向けた。
「王様だーれだ!」
「はーい、僕だよっ」
手を上げたのは七色だった。
ま、酔っ払いじゃないから変な事も言わないだろう。
たかがゲームだ。
俺はそう思って王様の命令を待つのであった。
「じゃあ、三番がまずは炭酸一気飲みね!」
「うっ……マジか」
「お、冬治君が三番さんか。鼻から噴き出しちゃえ!」
さすが、七色だ。相手が女子だったとしても臆することはないのだろう……俺は渡された炭酸の缶を(しかも期間限定の増量缶とか……)握りしめる。
「冬治君っ、おやりなさいっ」
「見てろよちくしょーっ」
無我の境地を目指す人間に、五感なんて必要ないのだ。
されどゲーム……頭の中がパンクしそうで、鼻水が……というよりコーラが出て来そうになる。
「うぐ……」
「おっと、当然失敗したらもう一回チャレンジだよ」
優しい顔して凶悪な事を言いやがるぜ。
時間はかかったものの、何とか飲みほした。時間制限されなかったのがよかったぜ。
「……げぷっ、どうだ、俺の底力を見たか?」
「王様だーれだ!」
女子たちの方へ首を回すと既に第二回目の王様ゲームが始まっていた。
誰も見てなかったのかよ。
「はい、これとーじちゃんの分ね」
「あ、ども……」
酔っ払いからくじを渡される。次は六番だった。
くそ、また王様じゃないのか……よくよく考えてみればチャンスだ。
ここにいるのは女子だけだしな。しかも、黒葛原さんと群青先輩は胸が大きい。ここは二人に的を絞って王様になる度に背中マッサージを願する事にしよう。
「ぐへへへ……」
邪な考えを抱いていると、駄目なのは今も昔も変わらないようだな。
「次はー先生―が……王さま―ですっ」
酔っ払いが立った。
こ、これは……まずいってばよ。
他の四人の気持ちも同じなようで、全員が固まっていた。
いや、待て、落ちつくんだ。良く考えてみれば四季先生は教師であらせられる。
教師だし、適当にお茶を濁して次に移行する事だろう。
「二番が、六番の服を一枚脱がすっ! 上か下かの指定権利は……そうだ、二番! 二番の人ね!」
「誰かあの人から教師免許をはく奪して!」
俺の叫びもむなしく、二番の人……七色が立ちあがった。
「え、えーっと……ど、れ、に、し……」
そんな感じで七色は天命に任せたようだ。
そして、神様はいつでも無慈悲だ。
「……ほぉら、ズボンっ! ズボン脱ぎなさいよっ」
「やーっ! 駄目、女子たちの前でズボン脱げなんて教師の言う事じゃ……あーっ!」
酔ったら強くなるなんてどこかの拳法かよ。
ズボンを脱がされた俺は先ほどからちらちらと見てくる女子たちの視線に耐えていた。
「じゃあ、次ねー」
しかし、四季先生……ズボンを脱いだ男の膝上に乗るなんて勇気、ありますね。
そして三回目、最悪な事に……再び、四季先生が王様となった。
「いつもは生徒に頼りないと思われがちな私は今日、王様になりますっ」
群青先輩も黒葛原さんも、黙って先生の事を見ている。
鈴が何か言おうとして、赤井に止められていた。どうやら、余計な事を喋ると矛先を向けられるぞと言っているらしい。
全くその通りである。
俺が引いたくじは五番だ。
「王様ゲームで静かになるって……よっぽどのことだよ」
静寂が支配したリビング……散らかったお菓子の袋が窓から入ってきた夏の夜の風にあてられ、乾いた音を立てた。
「さーて、一枚ずつ順にとうじちゃんの服を脱がすよーっ。五番が、二番の服を脱がすっ」
「あたしは一番!」
赤井がそういって紙を見せる。確かに一だ。
「わたしは三番です」
鈴がこちらに見せてくる。うん、三番だな。
「……四」
黒葛原さんも何故だか俺に見せてきた。
「五番は俺だぜ」
「六番は私よ」
「……二番、僕だ」
天井を仰いで、七色が俺の前へと立った。
「ど、どこを脱げばいい?」
羞恥に顔を真っ赤に染めたクラスメートに、俺は黙りこむしかない。
「あ、あの、四季先生?」
「んー?」
脇にどいている四季先生に俺は提案してみることにした。
「さすがに男子が女子に脱げと言うのは……如何なものかと思いますが」
「例外は、ないれすっ! んー、これは注目れすねー……とうじちゃんは胸とお尻、どっちが好きなのかな?」
ちっ、酔っ払いが! 俺は胸が好きだよっ。
なんて、女子の前で言えるわけもない。
「あ、そうだ……靴下を脱げって言えば完璧じゃね。うは、俺って天才かも」
そういって七色の足元を見た。
「まぁ、夏に靴下はく人なんていないよね」
赤井の言葉に俺も頷く。
「全くだわ」
「……それで、冬治はどうするの?」
黒葛原さんにせっつかれた。
「え? えーと……」
「選べないの? へたれー、白取冬治ちゃんはへたれー」
ぐっ、四季先生め……。
「ああ、そっか。七色ちゃんの身体じゃ、満足できないんだね? んふふー、だったら、先生が……」
「せ、先生よりは、胸あるもん!」
近づいてきた四季先生と、俺の間に割って入って七色が酔っ払いを睨んでいた。
「え? 何言ってるの?」
「冬治君は優しいだけだもん。別に、僕の身体で充分だよっ。むしろ先生みたいな中途半端が一番嫌われるんだよ」
あの、群青先輩……ほぉ、これは面白くなってきたわ……みたいな表情をするのはやめてください。
「……傍観」
「同じくっ」
「わ、わたしも隅っこ行きます!」
「お、俺も―」
女子の花園に逃げ込もうとした俺は遠慮なく叩きだされた。
凄い女の戦いが繰り広げられるのか……そう思っていたら、そんなことはなかった。
「単純な事だよー、冬治君が上か下か、選べたんなら七色ちゃんの身体に興味あるんじゃない? 選ばないのなら、それは優しいんじゃなくて、興味が無いだけ。違う?」
「うぐ……そ、そうかも」
さっきまでの勢いはどこへやら……再び俺へとお鉢が周ってくる。
「え、選んで、冬治君っ。僕は恨んだりしないから……どっちが好きなの?」
おい、後ろ見ろよー、七色。見事に策略にはまりおって、この青二才がーって顔してるぞ、あの酔いどれ。
「やーい、へたれー」
「……へたれー」
「へ、へたれせんぱーい」
「へたれくん」
しょうがない、ここまで言われたら俺も引き下がれん。なーに、どうせ下着は着用してるんだし、俺が下半身パンツ状態でも逃げないような肝の据わった連中ばかりなんだ。
それこそ、逃げだせば俺はへたれ確定である。
「上だ! 上を脱いでくれ」
「え、で、でも……谷間も出来ないよ?」
「大きいとか、小さいとか……関係ないだろ?」
「う、うん。そうだよね!」
どうだ、俺はやってやったぞ?
女子の花園を見ると四人が親指を下に向けていた。
「無い子好きとか……マニアックすぎ、変態!」
「……変態」
「へ、変態せんぱーい」
「変態クン」
結局、こうなるのね……。
七色の上半身下着姿……というよりもスポーツブラ? みたいな物をつけていたので全然ぐっとこなかった。
俺はためいきをつき、夏のある夜を終えるのだった。




