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七色虹:第四話 それは単なる失敗作

 二階……とは言わない程度の場所から落下した俺は脱臼で済んだ。

 医者には適当に階段から転げ落ちたと嘘を伝えて、今度は月曜日の朝の学園へとやってきた。

「夢だったらよかったのになぁ」

 俺と七色が使用したトイレの隅に、あの黒い物体の一部と思しき液体が付着していたりする。

「やっぱ、マジだったのか」

「……おはよう」

「うわっ!」

 何故だか、男子トイレの個室から……たしか、七色が使用していた場所から黒葛原さんが出てくる。

 一瞬、自分が女子トイレに入ったのではないかと戦慄を覚えた。

「……迷惑、かけた」

「え?」

「……あれは失敗作」

「うん?」

「……ホムン、クルス」

 良くわからない事を黒葛原さんは話し始める。

「……途中、聞こえたと思う絶叫は、あいつらの断末魔」

「へぇ……」

 話によると黒葛原さんは生贄となる(何のための生贄かは知らない、怖くて聞けない)ホムンクルスを生成したが、宿直の先生の気配を感じたホムンクルスがフラスコを割って逃げ出したらしい。

 話を聞くと数体いたようだ。つまり、飛び降りた場所にあいつがいたら一貫の終わりだったと言うわけか。

 背中がひやっとしたぜ。

「……片づけたから」

 まぁ、安心していいのかな。

 俺と黒葛原さんが教室へ戻ると七色の周りに人だかりが出来ていた。

「あれ、何やってんだろ」

「……さぁ?」

 二人で首をかしげ、近づこうとすると赤井が俺達の方へ寄ってきた。

「すっごいじゃん、白取君!」

「は?」

「聞いたよ! 夜の学園に忍び込んで、よくわかんないのと一戦交えたらしいね?」

「うん?」

 その話の方が良くわからないんだが?

 これは一体どういう事だと、七色の方へと近づく。

 話は佳境に入っていたようで、周りのクラスメートは黙っていた。

「……それで、トイレまで逃げて来たんだけどさ、追い込まれたわけ! そうしたら、いきなり冬治君が脱ぎだすもんだから……びっくりしちゃった。あ、襲われるんだ、男子トイレが初めてなんだ……なんて、おもったらさ、凄いんだよ! トイレの窓からロープを作ってね? 引っかけて、僕を抱きしめてそれを伝って、途中から飛び降りたの。ほら、今日冬治君が腕を吊っているのはそれが原因なんだよっ!」

 まくしたてるように七色が喋り終えた。

 クラスメートたちはしきりに感心しているようだ。

「あ、冬治君っ! 怪我、大丈夫?」

「え? あ、ああ……ちょっと脱臼しただけだ」

「さっきの話、本当なのかよっ」

 一人のクラスメートが俺に訊ねてきたので、つい反射的に頷いてしまう。

 それを皮切りに、俺へ質問が飛び始めた。

 夏に近づきつつあったからか、一気に話が広まった。

 放課後には三年生にも飛び火しており、俺と七色は職員室へと呼び出されていた。

「ま、こうなるわな」

「……だよねー」

 四季先生に大目玉を食らい、俺と七色は二人でトイレ掃除をさせられる羽目になった。

 黒葛原さんが召喚したのか、作り出したのか知らないホムンクルスとか言う化け物は宿直室の先生を襲っていたのだ。

 やはり、あの懐中電灯はその先生のものだったようで、七色がそれ持っていた事もこの話を信頼するに値する材料としたらしい。

 化け物の事は置いておくとして、何者かに襲われた事はこれで確定となった。

 教師サイドは犯人が何なのか、結局わからずじまい。しかし、人を襲うような輩がいる夜の学園に侵入したのは間違いないので俺たちは大目玉をくらったのだ。

「そういえばさ」

「んー?」

 帰路についた俺たちは肩を並べて歩いている。

「ありがとね」

「何がだ。夜の学園を一緒に練り歩いた事か?」

「ううん、違うよ。励ましてくれたし、何より……僕を置いて行かないで逃げてくれたじゃん。鏡に映ったの、ちらっと見えちゃったんだよね」

「……良く騒がなかったな」

 俺がそう言うと七色は照れていた。

「だって、冬治君がいてくれたじゃん。本当は恐くなって叫びそうになったよ? でもさ、図書館前で抱きしめて言ってくれたセリフを思いだして……我慢出来たんだ」

「……そうか?」

 自分があの時何を言ったのか思い出せなかったりする。

「だ、だからさ、ありがとう。飛び降りたあとも、僕の腕を引っ張って逃げてくれたし……すごく、格好良かった」

 普段と全然違う七色に調子を崩されてしまう。

 あっけらかんとして適当な事をいう奴なのにな。

「ありがとよ」

「い、言いたいのはそれだけだから!」

「そ、そうか……」

「うん……」

 変な空気が、気恥かしい空気が俺達の間に漂っていた。

「ところでさ、七不思議って何だったんだ?」

 話題を変えればまたいつものように馬鹿を言えるだろう。

 そう思って元凶である七不思議に話を持って行くことにする。

「凄く恐い奴なのか? トイレの華子さんとか?」

 言い方が何だか華やかだと思う。

 多分さ、WCのフローラル・ジェシーさんに改名したらいいと思う。

「ううん、違うよ。どっちかというとおまじない関係かなぁ……オカルトチックなんだけれど、恐い奴じゃないんだ。だから、一緒にやってみようかなって」

「どんなのだよ?」

「え? えーっと……」

 七色は頬を掻いて俺を見た。

「何だよ」

「う、ううん。ちょっと、度忘れしちゃって。思いだしたら、教えてあげるね!」

「そうか。んじゃ、今日は遊びに行くか?」

「駄目だよ! 脱臼してるじゃん!」

「大丈夫だってば。もう痛くないし」

「駄目だって! もっと自分の体、労わってよっ!」

 びっくりするほどの大声を出され、俺はおめめをぱちくりとしてしまう。

 七色も自分が大声を出した事にびっくりしているようだ。

「あ、えっと……ご、ごめんっ。僕、用事があるからもう帰るね!」

「あ、ああ……」

 脱兎のごとく駆けだした七色の背中をそのまま見送ってしまう。

「……あの時はすぐに腕を伸ばせたのにな」

 図書館前で伸ばした事を思い出す。

 それと同時に、押さえつけるためとはいえ、七色の事を抱きしめていた。

「……って、いかんいかん。七色だろ、ありえねぇよ」

 でも、お礼を言ってくれた時の表情は可愛かったのは確かだ。

「落ちた時に頭でも打ったんだろうか」

 少し痛む肩を摩って、再び俺は歩き出した。


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