七色虹:第三話 飛び降りる勇気
夜の学園に女の子と二人きりで、絶叫コースの腕抱きしめフルコース!
残念な事がいくつかあって、抱きついてきた女の子の事を俺は友達としてしか見ておらず、つるぺたで、先ほど浣腸された恨みもあって置いて逃げる気、満々である。
なーに、上の階から聞こえてきたって事はまだ余裕だぜ。いくら幽霊と言えど、テレポーテーションはしてこないだろうからな。
さっさと外に出るのが吉である。
「七色、放すんだ!」
「ちょ、まってってばーっ。置いて行かないで!」
「あ、ちょっ、汚いっ、鼻水とかお前の体液が顔にかかってるーっ」
お互いに足を引っ張り合いながら、出口である鍵の壊された窓へと近づく。
何故か、窓があかなかった。そして、変な物が視界に入ってくる。
「……なんだ、ありゃ」
「早く! 逃げないと取って食われる―っ」
「……外も駄目か」
「え?」
俺は顎で外にいる奴をしゃくって見せる。
「う、嘘……」
人型をした軟体っぽい、何かだ。
そいつは校門の方へと向かっているようだった。しかし、七色がライトではっきりと照らしてしまう。
「ば、馬鹿っ」
急いで懐中電灯を取り上げる。
しかし、どうやら遅かったらしい。俺らに気付いたようで、ゆっくと蠢きながらこちらに近づいてくる。
まさか、こんな事に巻き込まれるとは、思いもしなかった。
「……い、いやーっ」
俺と同じく、七色もこのような事は想定していなかったらしい。
再び叫び声をあげ、七色は走って逃げようとした。しかも酷い事に両目を瞑って逃げようとしているではないか!
アホである。
「おい、待てよ」
「は、放してよっ。早く逃げないと、僕達食べられちゃうよ!」
逃げられないようにその腕を掴み、暴れる七色を押さえつける。
「一人で闇雲になって逃げるなよ。あと、目を瞑って走るな。危ないだろ。どう見ても、一人で逃げるなんてやられるぜ?」
「え、う、うん……」
「とりあえず俺がいるからな。さっきみたいにからかい口調で腕でも組んどけ」
黙ったまま頷いた七色を腕に装備し、俺は反対側の通路へと向かう事にした。
後ろは振り向かないようにしている。
あれが一体何なのか、見当もつかない……しかし、どうやら足は遅いようなので歩いていれば捕まることは無いだろう。
「……こっちも駄目か」
鍵を開けてドアノブを回しても不思議な力が働いているようでびくともしなかった。
「ガラス、割っちゃっていいんじゃない?」
「それもそうだな」
どうせ無駄だとは思ったけれど、俺は試しに近くに消火器を投げてみた。
「……この学園のガラスは対弾仕様のガラスだったんだな」
「は、はは……そうなんだね。僕も初めて知ったよ」
ガラスに投げつけたはずの消火器は見えない壁にぶつかって廊下に転がってしまった。
「……ったく、さっきの化け物もあれか? 七不思議の産物か?」
「ううん、聞いたことないよ。そもそも、お化けの類なんて出てこないし」
「え、そうなのか?」
俺はてっきり、あの化け物が七不思議の一つだと思っていた。
この学園に封印されていた化け物を、誰かが解き放った(多分、群青先輩か黒葛原さん……大穴で赤井)と思っていたのだ。
「あるのは……深夜に大鏡に自分の想い人を心に描きながら見るとその人が写る。深夜、好きな人の下駄箱の中に名前を書いた消しゴムを仕込み一日ばれなければ想いが伝わる。カエルのホルマリン漬けの瓶の底に嫌いな同性の名前を書いておくとカエルの夢を見る……あとは……」
「いや、もういいや」
本当に関係なさそうだな。しかも、色恋とかに関係しそうなものばっかりだ。
「ねぇ、それでこれから僕達……どうするの?」
「まずはこっちに行こう」
さっきの黒い影の事を考え、俺は廊下の方へと足を向ける。
「ちょ、ちょっと! そっちは上にあがっちゃうよ? 悲鳴、してたよ?」
「……消火器で思いだしたんだが、火災時の避難用にスロープが何処かにあったろ。あれ使って逃げようぜ」
「そっか! 冬治君頭いい!」
方針が決まったので俺たちは上へ逃げることにした。
「……」
「ねぇ、いきなり難しい顔してどうしたの?」
「え? ああ、どこにあったかなーって考えてるだけだよ」
ふと、思ったんだけどさ。
さっきの絶叫あげた人って、俺達と同じ考えに至ったとか……ないよな。
二階の階段踊り場までやってくると、七色がもじもじし始めた。
「どうした? 霊感でも手に入ったのか?」
「ち、違う。お、おしっこ……」
「おしっこだぁ? そんなもん、我慢しろよ」
「が、我慢の限界……」
「……しょうがねぇな」
幸い、近くにトイレはあった。
そろそろ学園内に侵入してきた黒い奴も階段を上るのにも時間がかかるだろう。
「ほら、行って来い」
「……え、ついてきてくれないの?」
心の底からびっくりした顔を初めて見た。
俺の方がびっくりするわい。
「女子トイレに入れるわけ、ないだろ」
「……じゃあ、男子トイレでするから付いてきてよ」
マジかよ。
俺にはそんな趣味は無いぞと思いつつ、腕を引かれたので仕方なくついていくことにした。
「ねぇ、いるー?」
「ああ、いるよ」
へっぴり腰のビビりだと思っていた七色は意外と肝が据わっているらしい。
年頃の男の子がいると言うのにトイレ中も個室の扉、全開である。
呆れた俺は少しだけ離れた場所に移動しており、携帯で助けを求めてみることにしていた。
「……圏外、ね。空気読めてるじゃないか」
相棒のガラケーにそう呟いてみる。
「終わったよー」
衣擦れの音を耳にしつつ、後は手を洗って外へ出るだけだな。そう思っていた。
「……あ?」
洗面台の方へ視線を向ける。当然、其処には大きな鏡があるし、鏡は入口方面まで続いていた。
出入り口には扉が無いトイレなので、入口も今現在俺が立っている場所から見える。
入口には真っ黒な液体を人型にした、さっき外に居た化け物がいた。
「早速、詰んだのかよ」
ホラーゲームだったら、取ったら即ゲームオーバーっていくつかあるからな。
しかし、これはゲームじゃなくて、現実だ。狼女や、未来の見える少女がいるのなら、こんな化け物が居ても、仕方ないんだろう。
良く見てみれば、目と口があった。瞼の無い瞳は当然ながら見開かれており、口なんか歯茎が凄く強調されている。
鏡に映っているそいつは間違いなく、俺達を出待ちするつもりのようだ。
「冬治君? どうしたの? トイレしたくなったの?」
「七色……」
奥に逃げる場所は無い。
いや、あった。
トイレの窓は開きっぱなしで、何とか飛び降りることができそうだ。
「やれやれ、またか……」
ま、あの時も何とか助かったんだ。今回も何とかなるだろ。
「え? どうしたの?」
「……そっか、今回はお前がいたんだったな」
七色をどうするか考える。
鏡を見てしまったら、アウトだ。間違いなくこいつは叫んでパニックを起こすだろうなぁ。
「悪いんだけど、もうちょっとこっちに来てくれないか?」
「え? こう?」
俺に近づいてきた七色をそのまま抱き寄せる。
「ちょ、ちょっと冬治君?」
「……おんぶ、御姫様だっこ……」
どっちも危ないな。
せめて、もう少し一階に近づく形になれば何とかなるかな。
抱擁していた七色を一度離す。
出来るだけ安全に降りるにはロープを作るべきだろう。
俺はズボンとシャツを脱いでちょっと短いロープを作ってみた。
「と、冬治君いきなり脱ぎだすなんて……むらむら?」
顔を真っ赤にして、こっちを見てくる七色を見てほっとする。
よかった、まだ鏡はみてあいつに気付いているわけではないようだ。
「……よし」
窓のわきに設置されている手すりに簡易のロープを結ぶ。
「あのー、白取の冬治さん」
「何だ」
「それは、その……何をなさるおつもりで?」
「こうするんだよ」
七色を抱きしめ、俺はロープを掴んで降りてみる。
「きゃっ」
「やけに可愛い声を出すなぁ……」
真下を見るが、暗くて良くわからない。
腕の力が限界に来る前に俺は自らロープを落とし、出来るだけ七色に被害が出ないように強く抱きしめて落下したのだった。




