七色虹:第二話 忍び寄るフラグ
一階にある図書館の一番北側の窓が壊れているのだと、七色が教えてくれた。
「さ、ここからどうぞ。冬治君から先ね」
「お前から先でもいいぜ? 待ってると濡れるだろ?」
少し段のある図書館の窓を眺めながら言うと、ふくれっ面になった。
「そう言って本当はパンツ、見る気なんだよね?」
「はぁ? 暗くて見えないだろ」
「……」
どうやら、そんな単純な事すら頭から完全に抜け落ちていたらしい。
七色はそれでもなお、自分の非を認めようとはしていなかった。
「知ってたよ? それを踏まえたうえで……わざわざ懐中電灯で照らしてみるつもりなんでしょ?」
中々のガッツである。
しかし、ちょっと強引すぎないか?
「……懐中電灯、七色が持って入ればいいだけだろ」
「わ、わかってたよ? 僕が持って入ればパンツは見えないってことも! でもね……」
「ああ、もうっ。わかったよ! 俺が先に行くよ!」
なんて面倒くさい奴なんだ!
そして、七色は更に口を開く。
「しーっ! 何、いきなり大声出してるの。ばれるでしょ」
「……」
お前が大声、出させているんだよ。
「よっこい、しょっと……」
七色を尻目に、俺は窓枠に手をかけて、中に入ろうと試みる。
「手伝おうか?」
「大丈夫だ。このくらいなら余裕……っと」
「遠慮しないで……えいっ」
「!?」
突如、激痛がお尻を襲った。
そのあまりの痛さに、俺はそのまま前につんのめり、図書館の床に顔面から着地するのであった。
叫び声は気合いで飲み込んでおいたぜ。
尻を押さえ、俺は外にいるアホを睨みつける。
「な、七色……お前っ!」
「ご、ごめんってば。浣腸がそんなに痛かった?」
両手をくっつけ、俺に謝っていても……これは、許すべきことじゃあない。
「いいかね? 七色さんや。男の子のお尻は非常に、ひじょーに、デリケートだ。そういう物を受け入れる穴じゃあない」
「ちょっとした出来ごろだよっ」
小学生だってしねぇよ。
昔はしていたかもしれないが、今はしないだろう。
「冬治君は浣腸なんてしないよね?」
報復を警戒する七色に俺はうんざり顔になるしかない。
「……しねぇよ。もう、図書館に入っちゃってるだろ」
争いは、何も生まないんだよ。
「それもそっか」
窓枠に手をかけて、七色も中へと入ってこようとしている。俺より身長が低いので、少しばかり苦労しているようだ。
「ったく、何やってんだ……」
「わわっ」
両脇の下に腕を滑り込ませ、そのまま引き上げる。
思ったよりも軽くて、柔らかかった事にびっくりしながらも平静を装う。
「な、何とか無事に入りこめたな」
「う、うん」
ちょっと気まずくなってしまった。
「ん? 冬治君、あれ」
「何だよ?」
七色の指差す先には廊下があり、何故だか光が見えた。
「……懐中電灯だよね」
声をひそめた七色が、耳打ちするように話しかけてくる。
「ああ、そのようだ。でも、変じゃないか?」
「どこらへんが?」
「さっきから全く動かないし、床に置かれているだけみたいだぜ」
宿直の先生の恐れもあるので、警戒しつつ、廊下を見る。
「懐中電灯だね」
「そうだな」
何かに驚き、その場に落としたかのように……懐中電灯がONの状態で転がっていた。
まるで、そうだな……驚いて逃げている途中に落とし、そのまま構っていられなかった。そんな感じを受けた。
「こうちゃんは懐中電灯を手に入れたー……なんてね。これ、あれじゃない? お化け物のゲーム見たいでさ。夜の闇とかを探索するアイテムを手に入れたら敵が……もがっ」
「……フラグを立てるんじゃない」
口を押さえ、じたばたする七色を押さえつける。
疲れて動かなくなった七色を解放し、今後どうするのか話し合う事にした。
「で、どうしようか」
「この懐中電灯を落とした人、困っているよね」
「……どうだろうな。校舎の外へ逃げ出したのなら必要ないだろ」
図書館は中央玄関の近くにある為、懐中電灯が転がっていたのは出口から目と鼻の先だ。
近くの窓を確認すると、一か所だけ鍵が壊されている場所がある。
間違いなく、懐中電灯の持ち主はこの窓から逃げたと思われる。
俺の考えを七色に言うと、彼女は否定してきた。
「それはないね」
「何でだよ」
「逆だよ、逆。逆転の発想」
いいかい、そう前置きしてから七色は喋り始めた。
「窓から入ってくる―の、懐中電灯でお化けを照らす―の、連れ去られる―の……」
「逃げられなかった分だけ、七色の考えの方が酷いな」
「え? そうかな、中々いい考えでしょ?」
「褒めてないよ……それで、どうするんだ?」
「せめて学園をひと廻りしてみようよ。それで、誰にも会わなかったら逃げたってことで僕達も帰ろうよ?」
「うーん、そうだな」
そもそも、七不思議を探しに来たのだからここで帰ったらただのチキンだ。
俺が得たものは何もないし、七色に尻を掘られたぐらいだ。
「さ、レッツゴー」
やる気満々でノリノリかと思いきや、七色は俺の腕を掴んで後ろに隠れるように歩き出す。
「何だよ、びびってんのか」
「は、はぁ? ビビってないし。冬治君が腕、組んでほしいなーってやらしい目で見てくるから仕方なく、組んであげてるだけだよ? 恐いとか、マジ意味わからないし! 僕、ずぶとい神経だしっ」
その直後、学園の奥から……おそらくは上の階から、絶叫が聞こえてきた。
「ひゃーっ」
七色はひとたまりもなかったようで、俺の腕をちぎらんばかりに抱きしめてきたのだった。
うん、俺も得る物があったし、もう帰ってもいいかな。




