七色虹:第一話 気になるあの子は唯の人
気になるあの子がいる。
一人称が僕の女の友達だ。
転校してきて最初に仲良くなった友達で、明るくて元気が良く、そしてつるぺたな女の子なのだ。
一緒に馬鹿やっていたりすれば時が経つのも早いもので……気付けば六月に入り、本格的な梅雨になっていた。
雨がじゃじゃぶりの中、俺は夜の学園へ呼び出された。
「ったく、何でこんな雨の降りしきってるっていうのに肝試しなんかやらにゃならんのだ」
友達である赤井陽、群青藍先輩、後輩の黄金鈴、黒葛原深弥美さん……そして、仕掛け人の七色虹が待っているはずだ。
七色はともかく、他の四人とは結構いい雰囲気だ。
今回、行われる肝試しであわよくば……。
待ち合わせ場所の校門前で待機する事、三十分経過。
「……誰もこねぇ」
降りしきる雨の音は聞きあきた。
約束の時間は既に二十分オーバー……俺は、携帯電話を握りしめる。
仕掛け人である七色へ電話をしてみることにした。
「もしもし? どったの?」
向こうからのんびりした感じの口調が聞こえてくる。
「おい、今日……肝試しする予定だったろ?」
「肝試し? やだなぁ、七不思議調査でしょ。間違えないでよ」
「名称なんて、どっちでもいいんだよ。こっちは雨の中、待ってるんだぞ。誰もいないし、来る気配もない」
「雨天中止って言わなかったっけ?」
俺は七色に誘われた時の事を思い出す。
「あのさ、今度の金曜日の夜、空いてる?」
「ん? ああ、別に用事は入ってないぞ」
「じゃあさ、この学園の七不思議を探しに行こうよ! ビビりな冬治君の為に赤井さんに黒葛原さん、群青先輩とか黄金ちゃんとかも来るよ?」
「ほぉ、誰がビビりだって?」
「ま、ともかく金曜日の夜、八時集合ね。おっと、急がないと焼きそばパンがなくなっちゃう!」
はい、回想終了……。
「思いだした?」
「……思いだした。俺を誘ってきた時、お前さんのお昼は焼きそばパンの予定だったようだな」
「へぇ、記憶力いいねー。僕は昨日食べた物も忘れちゃったよ」
「……記憶力のいい俺からもう一言だ」
「何?」
能天気に聞き返してくる七色に俺は真実を伝えるのだった。
「雨天中止なんて話、聞いてないみたいだぞ」
責めるつもりはなかったが、つい、責める口調になってしまう。
「ご、ごめんね。僕の家、学園に近いからすぐ行くよ!」
「あ、別に来る必要は……」
ないんだぞ。
俺がそう言う前に電話は切れてしまった。
全く、相変わらず人の話を聞かないやつだ。
「七色が来たところで何も変わらねぇよ」
あいつが来たら、雨がやむのだろうか? それとも、タオルでも持ってきてくれるんだろうかねぇ。
メールで来る必要はないと一応、伝えてみた。果たして、彼女はどういった反応をするのだろう。
もし、着てしまった時に俺がいなければあいつの事だ、探すんだろうよ。
帰るわけにもいかないので、俺は大人しく傘を指して待つことにした。
「来たか」
雨の向こうから、傘もささないアホが一人、走ってきた。
「はぁ……はぁ、ご、ごめんね?」
ショートカットに雨水を垂らし、灯りすら持っていなかった。
「……あのな、別に七色が来る必要なかったんじゃないのか?」
「え? 何で?」
「だってよ、雨天中止なんだろ。さっきの電話で帰っていいよって伝えればよかったじゃないか」
しばらく考え、彼女は頷いた。
「うん、そうかも。でもさ、これでちゃらにしてよね」
「……はぁ、別にいいけどさ。とりあえずタオルで拭けよ。ほら」
雨が降るのを見越して準備してきていたタオルを渡すと、俺の差している大きめの傘の下で身体を拭き始める。思ったより、濡れていないようだ。
「しっかし、良く降るなぁ」
心もとないペンライトじゃ、殆ど自分の足元しか照らせやしない。
ここにやってくる前は其処まで振っていなかったのでこの程度で光量が足りていたものの、帰りはちょっと危なそうだな。
「こりゃ止みそうにないな。ほんと、お前さんはこの中をわざわざ傘なしで来たんだからな。御苦労さまだよ」
「そうだねー……ま、来ちゃったものはしょうがない。入ろうよ」
俺の腕を引っ張り始めた。
「入るって……どこへ?」
「夜の学園。美少女と二人きりなんて胸躍るでしょ?」
「……マジかよ」
別に不気味な物は苦手じゃないが、雨に振られて半端に濡れている状態だ。
お化けは怖くないものの、罰則が厳しい学園に入りたくはない。
「そもそもさ、警備システムが発動しているんじゃないのか?」
「今日はあれだよ、宿直室に人が泊まるから大丈夫」
今どき、宿直室なんてあるのかよ。
「さ、行こう! 七不思議を記事にしてもらうんだっ。僕の夢は学園新聞に載る事なんだよ。雨だって学園内に居れば止むかもしれないよ?」
自慢げに語る七色の夢よりも、雨が止む方にかけることにした。
「……しょうがねぇなぁ」
本当は黒葛原さん、群青先輩に腕を組んでもらうはずだったのになぁ。
「あれれ? 冬治君黙っちゃってどうしたの? もしかして、胸押し当てられてるのが恥ずかしい?」
からかい口調の七色に俺はため息をつく。
「……女の子の肋って、男のそれとあまり変わらないんだな」
「えいっ!」
七色の的確な一撃は、無防備な俺のすねに直撃した。
「ぐっ……何しやがる!」
「もいっちょ、えいっ。乙女の心を傷つけた罰だっ」
「ぐあっ」
先ほどよりも重たい一撃を、ただ耐えるしかない。
門の閉められた校門をぐるりと周り、裏門から中へと侵入する。
「本当に鳴らないんだろうな?」
「うん、大丈夫。ビビりすぎー」
そらそうさ。
一度、警備システムに引っかかってみればわかる。
あれはすごかった。お化けを探しに行ったつもりが、まさか警備会社数名との鬼ごっこになるとは思いもしなかった。
警報なんて鳴らないからさ、いきなり一台の車がやってきて二名入ってきたんだよな。察しのいい友人が警備会社の連中だって叫んでそれからもう、大変な出来事だった。
最終的には二階で追い詰められ、俺と友達は飛び降りて何とか逃げ切れたが……あんなのはもう、こりごりだね。
「ほら、宿直室にいた先生も、三階に行ってるみたいだし今がチャンスだよ」
見上げると、七色の言う通り三階に明かりがともっていた。
「……懐中電灯にしてはやけに青色の強い、光だな」
「そうかな?」
あれ、鬼火なんじゃね?
喉まで出かかった言葉を飲み込み、俺は七色に導かれるようにして雨の降りしきる中、夜の学園へと侵入を開始するのであった。
まぁ、あれだね。何の変哲もない日常の延長上だから……何も起きないと思うんだ。七色はいたって普通の人間だしな。




