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黒葛原深弥美:第七話 彼が見たのは現実

 黒葛原さんを待っていたはずの俺は目を覚ました。

「ん?」

「……寝すぎ」

 じっと見下ろすのは制服姿の黒葛原さんだ。隣のベッドに座っている。

 暗がりではあるものの、彼女が前髪を額の上で結び顔を見せている事がわかった。

「……約束してたのに、寝てた」

「ご、ごめん。最近寝てるんだけどさ……きちんと眠れてなかったんだ!」

 ぐっすり眠る事が出来たのか、久しぶりに目覚めのいい朝……ではなく、夜だ。

 今の季節はそう、夏だ。夏でお外が真っ暗、つまり、時間帯はとっくに生徒が家に帰りついているような時間帯だろう。

「え、九時!?」

 両親が帰ってくる時間今日は遅いからいいものを……下手したら警察に連絡されていたかもしれない。

 いや、それはさすがにないかな。俺が女の子だったなら警察に連絡されていたかもしれないがね。

「……それで、話は……何?」

 ここは夢の中じゃない。現実世界だ、ぼーっとしていたら変に思われてしまう。

「あ、えっとさ……俺、黒葛原さんに嫌われている……と、思うんだ。何か嫌な事をしていたんなら俺が謝るから、許してくれないかな?」

「……」

 しっかりと目を見て話した。

 今の黒葛原さんは前髪を頭の上でまとめている為、目をしっかりと見据える事が出来る。たとえ、暗くてよくわからなくても、慣れればどうという事は無いからな。

 心なしか、双眸は怪しく光っているような気がするし。

 俺と数分見つめ合った末に、黒葛原さんは首を振った。

「……別に、冬治は悪い事なんて、してないよ」

 とぎれとぎれの会話を頭の中で瞬時に理解する。

 うん、しっかり眠る事が出来たおかげか、脳内がクリアだ。

「黒葛原さんには避けられてたぜ……ん?」

 あれ、俺今……呼び捨てにされた? いいや、今はそんな事を気にしている場合ではないな。

「やっぱり、俺が……」

「……悪いのは、こっちだから」

「話が見えないんだけど?」

「……気にしなくていい、面白くない話」

 黒葛原さんが話したくないのなら、仕方あるまい。

 仲良しとは言わないまでも、前の関係までは戻れたのかな。

 仲良くなれたのなら、もっと欲が出るのもうなずける。

「あ、じゃ、じゃあさ……俺がこのまま続けて話してもいいかな?」

「……うん」

 右手を胸に当てる。

 すごく、心臓が踊ってた。

「最近眠れなかった。いきなりどうした、って思うかもしれない……でも、黙って聞いてほしいんだ。あのさ、本人を前にして言うのもなんだけど……ずっと、ずっと黒葛原さんの夢を見てるんだ」

 さすがの黒葛原さんだって驚いているに違いないね。

 そう思って表情を探ってみた。

 しかし、現実というのは奇妙なもので、俺の話を聞いた黒葛原さんはいたって普通の表情をしている。

「……うん、知ってる」

「え?」

「……話、続けて。聞きたいから」

「え? あ、ああ……」

 そういえば寝言を言っていたぐらいだからな。隣の席に座る黒葛原さんなら余裕で聞きとれた……のかな。

「えっと、それで……最初はデートの約束をして、手をつないで……凄く嬉しかったなぁ……」

 変な話だ。

 本人を前にして、妙な妄想を語り聞かせている。

 黒葛原さんを相手にデートを何回もしたとか仲良く歩いたとか、困ったことを相談したとか、色々と内容まで話している。

 言い方はおかしくなるかもしれない。頭の中で自分がこの人はこういう人間だと決めつけて作り上げた相手と夜な夜な……いいや、最近では昼間でも夢を見て、会っていたのだ。

「最後は……」

 これは間違いなく引かれるだろう。だから、辞めておいた。

「保健室で、黒葛原さんに会った。これで終わりだ」

「……」

 それまで相槌を打ってくれていた黒葛原さんがしっかりと俺を見据えていた。

 しっかりと伝えてほしい……彼女の目がそう言っているような気がした。

 こうなりゃやけだ。

 どうせ俺は既に痛い男子生徒としてみられているはず……いっそのこと、全部吐き出して清々しい気持ちで泣きながら、走り去りたい。

「引いてくれて構わない。保健室で、黒葛原さんに膝枕してもらって……その後、キスしたんだ」

 自分の気持ちを吐露するのが怖い人間は、以前にそれで失敗をした事がある。自身の心が傷つくのを恐れて、素直な気持ちを相手に伝えるなんて無理だと思う。

 俺達の間に静寂なんてなかった。

「……それ、現実だから」

 いつもの独特な間があき、黒葛原さんが俺にそう告げた。

「は?」

 何を言われたのかよくわからなかった。

「へ? げ、現実?」

「……」

 黒葛原さんは黙ってまとめていた前髪をほどいた。

 いつものように彼女の顔は隠れて見えなくなる。でも、唇を右手の親指でなぞっているようだ。

「……」

 恥ずかしがっているのだろうか? と、とりあえず、こんな変な話をしても彼女はこの場に居てくれている。

 今がチャンスだと思った。もう、俺の気持ちなんて伝わっていると思うけれど、言葉にしておきたかった。

「つづらはらさ……深弥美さん。俺と、付き合ってくださいっ」

「……冬治が、望むならいいよ」

 これまた間髪入れず、返答があった。

「えっと?」

「……冬治が、望むならいい」

 幻聴かと疑って、呆然とし、頭がはたかれたような気がして、歓喜が走った。

 黒葛原さんにしては意外にも即答……これまで俺は黒葛原さん改め、深弥美さんに対して押し倒したりしてきたというのに……。

「っしゃーっ!」

 両手をグーで突き上げて、喜びの雄たけび。

「……喜びすぎ」

「もう、嬉しくて……死んでも……」

 俺はデジャヴを覚えた。

 それまで頬を緩めていた黒葛原さんが、ちょっと恐い表情をしている。

「まだ、いくのは早いな。口が滑っただけだぜ?」

「……うん」

 大切な誰かと約束したのだ。

 変な話、誰と約束したのか思いだせなかった。

「……これからも、よろしく」

 差し出された右手に自身の右手を重ねようとして……俺は手を止める。

「……どうしたの?」

 黒葛原さんが首をかしげたので、俺は思った事を口にしてみた。

「あのー……さ、抱きしめていいかな?」

「……好きなようにしていいよ」

 初めてできた彼女にそんな事を言われると、本当に好きなようにしてしまいそうだった。

「深弥美さんっ」

「……うん」

 でも、今は抱きしめるだけで今は充分だ。

 これまであった体のだるさなんてどこかにいってしまった。これも彼女パワーか?


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