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アナタはわたしの手の中  作者: 未田
第27章『開放感』
80/90

第80話

 八月十二日、火曜日。

 大型連休三日目の今日、京香は瑠璃の墓参りに同行した。

 昨年と同じく、自動車を出した。昨年と違い、瑠璃から――午後に出ること、一泊分の準備をしておくこと、その二点を押さえられた。

 そう。瑠璃が『行きたいところ』の計画を立てているのは、明白だった。


「それで……いったい、どこに向かってるのよ?」


 京香は素直に従ったが、瑠璃から行き先を聞いていない。

 現在も、携帯電話を眺める瑠璃の案内で、山道を運転している。

 時刻は午後三時過ぎ。フロントガラスから差し込む日差しが強く、車内の冷房がうるさく動いている。京香の額に、少し汗が浮かんだ。

 墓参りを終えて、三十分が過ぎようとしていた。暑い時に済ませたが『その後』のことを考え、京香は墓地で落ち着かなかった。幸か不幸か――瑠璃の両親への罪悪感を想定していたが、実際は薄れていた。

 今も楽しみな気持ちだけでなく、少し不安でもあった。


「それは着いてのお楽しみです。まだ道なりに走ってください」


 あまり代わり映えしない山道を走っていると、京香はふと気づく。

 いつの間にか、ある地域に入っていた。京香はあまり訪れることがないが、自然豊かであり、アウトドアの印象が強い。一応は、地元からの近場となる。


「あんた、まさか……キャンプするとか言わないでしょうね?」


 キャンプ場の看板が目に入り、京香は不安になった。

 ただでさえ暑いこの時期に、アウトドア素人の女性ふたりでキャンプは自殺行為だと思った。


「さあ、どうでしょうねー」


 瑠璃が素っ気なく返す。本当に目的地を告げないまま案内するつもりだと、京香は諦めた。

 テントのような大掛かりな荷物は無かったはずだ。いや、現地で借りる可能性もある。そのように疑いながら、川沿いの道を運転した。


「やっと着きましたよ。ここです」


 やがて、森の中――三台分しかない駐車場に到着した。既に二台分が埋まっている。時刻は午後三時半だった。

 京香は瑠璃と共に自動車を降りると『施設』の看板が見えた。ロゴの中に『GLAMPING』の文字が入っていた。


「グランピング? ほら、やっぱりキャンプじゃない!」


 詳しく知らないが、京香はそのふたつが同じだと思っていた。

 騙されたような気分だった。セミの鳴き声が響く中、口先を尖らせた。


「同じようで別物――らしいですから。京香さんが思ってるのと違いますから、たぶん」

「なんで、あんたもあやふやなのよ!?」

「わたしだって、こういうところ初めてなんです。しっかり調べて予約しましたから、安心してください」

「安心できるわけないでしょ!」


 狭い駐車場で口喧嘩を繰り広げながらも、京香は自動車のトランクからキャリーケースをふたつ下ろした。

 ここまで来た以上、瑠璃が予約している以上、引き返せない。仕方なく、瑠璃の後をついた。

 管理棟と思われる小さな建物で、瑠璃が従業員に到着した旨を伝えた。

 チェックインを済ませ、従業員に施設内へ案内された。

 京香はウッドフェンス越しに、テントのようなもの――丸い屋根が見えた。いや、自然に囲まれた割と広い施設は、柵で区画整理されているのだと、歩きながら気付いた。

 やがて、柵の扉が開けられ、内側の光景が明らかになった。


「うわぁ」


 まず京香の目に飛び込んだのは、プールだった。五人ほどで遊べる広さだ。

 それの傍に、ドーム状の建物、そしてテーブルと椅子とグリルと冷蔵庫を囲うベルテントがあった。ふたつは同じぐらいの大きさだ。

 また、ジャグジーバスやリクライニングチェアーも見えた。

 まさに、リゾート地が圧縮されたかのような空間であり、京香は思わず高ぶった。


「ここ、私達だけ?」


 施設の構造を頭に思い浮かべると、区画の数と駐車場の台数が一致した。おそらく、この光景が三区画分ある。それぞれがプライベート空間だろうと思った。


「そうですよ。好きに使いましょう」


 瑠璃が頷く。彼女もまた、幼い子供のように目を輝かせていた。

 午後七時に焚きに火をつけることを決め、従業員が立ち去った。その際、食材を持ってくるそうだ。

 手ぶらで楽しむキャンプをグランピングと呼ぶことを、京香は後で知る。


「うわっ、ここ透けてるじゃない」


 ドーム状の建物は、家屋とも呼ぶにはどこか頼りなく、テントと呼ぶにはしっかりとした造り――京香は、そのように見えた。

 だから、側面の広く透けている部分も、窓という表現は相応しくないように思えた。きっと、開閉できないだろう。

 強いて窓と呼ぶならば、窓辺にソファーが、その奥にダブルベッドがふたつ置かれているのが見えた。


「別に、透けていてもいいじゃないですか。ここには、わたし達以外に誰も居ないんですから」


 瑠璃が扉を開け、ふたりで建物の中に入る。

 床はフローリングであり、天井から電球が垂れている。また、冷房が効いていた。断熱に弱そうな建物だと京香は思ったが、中は涼しく広さも充分であるため、とても快適だった。


「それはそうだけど……」


 京香は荷物を置き、窓を眺めた。プールが見えるだけで、リゾート気分を味わえる。

 窓の両脇には、カーテンがあった。しかし、この景色を遮るのは勿体ないと思った。

 瑠璃の言う通り、この区画はふたりだけのプライベート空間だ。ここではプライバシーを気にする必要がない――京香は頭でそう理解しようとするも、なんだか戸惑った。まだ慣れないだけだと思った。


「とりあえず……お酒飲む前に、温泉行きませんか? 近くにあるらしいんで」


 瑠璃が二枚のチケットを見せた。



   *



 京香は瑠璃と温泉へ向かった。

 自動車で五分ほどの距離だった。徒歩で往復することも可能だが、暑さを考えると自動車が無難だった。

 宿泊プランに温泉チケットが含まれていると、車内で京香は瑠璃から聞かされた。チェックインの際に受け取ったようだ。

 ここでふと、京香にある疑問が浮かぶが――野暮だと思い、敢えて触れなかった。


 温泉からグランピング施設に戻ると、時刻は午後五時になろうとしていた。

 京香は冷蔵庫から冷えた缶ビールを飲み干し、ベッドへ倒れ込んだ。瑠璃も続いたのが、背中越しに伝わった。

 身体を温め、さらにアルコールが入ったからだろう。長時間の運転による疲労を感じると同時、強烈な眠気に襲われた。

 窓から見える空は、まだ明るく青い。京香は外で遊ぶべきだと思ったが、とても起き上がる気になれなかった。日焼け止めを塗るのも面倒だった。


「悪いけど、晩ごはんまで少し寝るわね」

「はい。わたしもです……」


 互いにぐったりした様子だった。京香は勿体なく感じるが、仕方ないと割り切った。

 眠気に包まれ、意識がぼんやりとしていた。いつ途切れても、おかしくなかった。


「あのさー……これ、ひとりいくらなの?」


 だが、途切れることなく緩んだ意識は、温泉へ向かう際の疑問を容赦なくぶつけた。

 この施設での宿泊を押さえ、従業員とやり取りしているのは瑠璃だ。彼女から金銭の要求が無いどころか、金額を一切口にしない。


「いくらでもいいじゃないですか。心配しないでください……わたしでも、全然出せますんで」


 瑠璃も眠たげな声だが、意識は緩んでいないようだと京香は思った。今なお、大切なところを隠している。


「そうは言っても……」


 心配していないと言えば、嘘になる。

 京香の予想では――夕飯にもよるが、ひとり四万円ほどだった。いくらアウトドアの類にしろ、そこそこのホテルでの宿泊と大差ない、いやそれ以上だと思った。

 十一も歳の離れた瑠璃にふたり分出させるのは、なんだか申し訳なかった。


「もうっ、たまにはわたしにもカッコつけさせてくださいよ。アナタには、感謝してるんですから……」


 瑠璃の穏やかな声が、京香の耳に届く。

 そのような意図がある可能性を、考えていた。だから、訊ねるのは野暮だと思っていた。

 わざわざ触れて確かめた手前、瑠璃の気持ちを尊重するしかなかった。


「わかったわ。ていうか、私の方こそ……こんな良い所に連れてきてくれて、ありがとう」


 京香は寝返りを打ち、瑠璃と微笑んだ。


「起きたらナイトプールで遊びましょうね、京香さん」


 視界の隅で、プールの水面が輝いていた。

 瑠璃が行きたがっていたのを、京香は思い出す。ここを選んだ理由のひとつなのかもしれない。

 だが、何かが頭の中で引っかかった。大切なことを忘れているような気がするが――京香の意識は、眠気の限界を迎えた。

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