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アナタはわたしの手の中  作者: 未田
第24章『いたわり』
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第70話

 二月十七日、月曜日。

 休日が明け、新たな一週間が始まる。京香は憂鬱どころか――仕事に対し、かつてないほどのやる気に満ち溢れていた。

 瑠璃の作り出した青いレアチーズケーキ『ラズワード』に勝利し、瑠璃を手に入れる。弱みを握って脅迫するのではなく、正々堂々と手に入れる。

 そのために、こちらも新商品を編み出さないといけない。十一月のショッピングモール開店まで八ヶ月、新商品企画の現実的な締め切りまで一ヶ月半しか時間がない。


 京香が思うに最もアレンジの効く焼き菓子である、マカロン。それで進めようと決めていた。出社早々、マカロンの製造工程を改めて確かめた。

 妙泉製菓ではヴァニラ、イチゴ、レモン、ショコラ、抹茶――五種類のフレーバーを製造している。アソートでの五個詰め、十個詰め、十五個詰めで販売している。京香がかつて開発した白い『酒麹』は亜種であり、期間限定のバラ売りだった。

 京香は再び、特別なフレーバーを開発しようと考えていた。しかし、亜種をバラ売りで販売したところで、新商品としては弱い。そもそも、新商品と呼んでいいのかすら疑問だった。

 だから、新たに何種類か用意し――何かのコンセプトに沿ったアソートとして開発しようと思った。


「というわけなんですけど」


 午前十時半、京香は工場内の喫煙所で温かいコーヒーを飲みながら、三上凉に方向性を相談した。


「コンセプトって、例えば?」

「そうですね……。高級フレーバーを集めてプレミアム、とか」


 京香の中で真っ先に思い浮かんだのが、それだった。値段はさて置き――既製品との差別化が明白であり、消費者にもまだ受け入れられやすいと思ったのだ。


「うーん……。否定する気は無いんだけど……なんか勿体ない感じ」

「どういうことですか?」

「正直に言うね。たぶん、どんなコンセプトでも……アソートの中身変えただけなら、新商品としてはまだ弱いかな」


 凉から厳しい内容を告げられるも、京香は納得した。

 結局のところ、既製品のフレーバーを変えただけでは新鮮味が薄い。期間限定なら通じるだろうが、レギュラー商品として考えなければならない。


「ていうかさ……何も既製品にこだわること、なくない? せっかくの新商品なんだから、新しい製造工程(ライン)作ればいいじゃん」


 京香は無意識に、既製品の製造ラインを流用することを考えていた。商品開発部の部長として、そして工場の責任者として、コストを抑えることが前提だったのだ。しかし――


「そうは言っても、マカロンですよ?」


 既に確立した種類の商品なのだから、仕方ないと思った。

 だが、その先入観が間違いだったと、京香はすぐに気づく。新たな製造ラインを使用するなら『馴染みのマカロン』でなくとも構わない。フレーバーのアレンジ以外にも、変更可能な箇所が生まれる。


「そっか……。デザインから変えてもいいんですね」

「そういうこと。ネコの顔したやつとか、ハート型とか、あるじゃん」


 確かに、そこまで違えば新商品としての印象が強くなると、京香は納得した。


「ウチの会社は何気に技術あるから、そういうのガンガン振れば、応えてくれるんじゃないかな」


 それは京香もよくわかっている。むしろ、それを活かさなければ瑠璃への勝機は無いと思っていた。

 抽象的で漠然としているが『技術でデザインに力を注いだマカロン』を開発する。つまり――味は二の次だ。

 京香はそう理解するが、何かが引っかかった。老舗として重視すべきはどちらかというと、デザインより味だ。いくら二の次とはいえ、味を捨ててはならない。見た目通り美味しくなければ、消費者の満足度は低くなる。騙すような真似は、したくなかった。

 とはいえ――そのように考えると、なお難しく感じた。


「どういうデザインにすれば、ウケが良いんですかねぇ」

「そのへんはまあ、お客さんによりけりじゃない? 万人ウケするデザインなんて、無いよ」


 京香は凉の言葉に納得した。

 まだ未開店なのだから、客層のデータは存在しない。しかし、ショッピングモールである以上、大体の客層を予想することが出来た。


「でも……老若男女が訪れてくるんで、なるべく万人ウケするデザインを考えないといけません」


 ショッピングモールとは、そのような環境だ。

 出店する所はさらに、地理的に自動車での来店を想定している。ファミリー層がより強くなることは、間違いなかった。


「そうなるかぁ。答えなんて無いけど……まあ、そこんところ意識して考えてみるといいよ」

「はい」


 凉の指導は間違っていない。むしろ、指針が明白になった。

 だが、京香の中では漠然としているため、イメージの欠片すら掴めずにいた。


 京香は凉と共に、喫煙場を後にした。

 そして、その足でひとり、生産技術部のオフィスへと向かった。マカロンについて、相談した。


「何かこう、目を引くデザインにしたいんですけど……それに使えそうな凄い技術、あります?」


 抽象的で無茶苦茶なことを言っている自覚が、京香にはあった。相手の立場なら、怒っているところだろう。

 だが、技術部員の面々は難しそうな表情を浮かべながらも、何かを考えている様子だった。


「ここはシンプルに……大きいマカロンなんて、どうですか?」


 やがて、ひとつの案が出てきた。

 挟まっているクリームが通常よりも多い、分厚いマカロン――海外で『トゥンカロン』と呼ばれている存在を、京香は知っている。

 だが、縦方向ではなく横方向に大きいものだと、言葉から捉えた。


「大きいって、どのぐらいですか?」

「そうですね……直径二十センチぐらいは、いけます」


 六号から七号ぐらいのホールケーキだと、京香は想像した。通常のマカロンは直径四から五センチであるため、五倍ほどの大きさになる。

 両手で大体を再現すると、確かに大きいと感じる。しかし――


「そのぐらいの大きさなら、注目を集めることは間違いないですけど……超食べ難いですよね」


 自分から振っておいてすいませんと、京香は謝罪を付け加えた。

 通常のマカロンのように食べる場合、両手で抱えて囓ることになる。かといって、ホールケーキのように切り分ける場合、生地を柔らかくしないといけない――最早マカロンと定義していいのか、疑わしくなる。


「けど、まあ……瞬発力はあります」


 京香は自らの発言を擁護する。

 大きさに対して食べ難い点は、仕方ない。それを含めて売り出せば、話題に挙がるだろう。

 だが、そこまでだ。所詮は『一発ネタ』であるため真っ当な評価を受けず、長期的な売上(リピート)は見込めない。大体、古臭い老舗では社内稟議も通らないであろう。

 それに、瑠璃の青いレアチーズケーキ『ラズワード』に対抗する商品として、京香は失礼だと思った。

 そのように考えると、大きいマカロンは現実的ではない。やはり、商品開発部から具体的なデザインを提示するしかない。

 京香は頭を下げ、生産技術部のオフィスを後にした。



   *



 二月二十五日、土曜日。

 休日の今日、京香はひとりでデパートやショッピングモールを回った。

 京香なりの『売場の視察』だった。視覚で客層を捉え、そして市場のマカロンを眺めた。

 実際、どちらも思っていた通り――目新しい発見は無かった。

 特に市場のマカロンに関しては、様々な色や可愛いデザインのアソートが販売されていた。

 やはりこの路線でいくしかないのかと、京香は思う。だが、どう攻めたところで『類似品』として埋もれるだけだ。それで勝てるほど、瑠璃は生易しい相手ではない。

 根本的に――斬新なデザインを用意しなければいけない。京香は頭では理解するが、掴めるようで何も掴めなかった。

 そのような歯がゆさに悶々としながら、訪れた所はどこも、とあるキャンペーンを行っていることを知った。


「ホワイトデーか……」


 つい先日のバレンタインが終わるや否や、世間はの菓子売場は一斉に切り替わっていた。妙泉製菓は白いマカロンのままだが。

 瑠璃に白いマカロンを渡したことを、京香は思い出す。何か『お返し』があることを、少しだけ期待した。

 そして、瑠璃の顔が浮かんだところで――瑠璃ならどのようなマカロンを生み出すだろうかと、ふと思った。

 だが、それも一瞬。その範囲で考えていては、瑠璃に勝てるわけがない。あくまでも自分の視点で案を出さなければいけないと、京香は首を横に振った。

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